↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍の華 ―死んだはずの大学生、平安の世で天下を読む―』  作者: あめのひくもり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
6/21

第六話 第二の襲撃

第六話 第二の襲撃


朝。


村を出る前に、華は捕らえた二人の男を見下ろしていた。


両手を後ろで縛られ、足も縄でまとめられている。


一人は四十前後。


もう一人は二十代半ば。


どちらも昨日までの刺客とは雰囲気が違う。


武人というより――。


「やっぱり役人っぽい」


華が言った。


五条が横に立つ。


「何度見てもそう思うか」


「うん」


華は年上の男の右手を取った。


中指。


筆だこ。


爪の周りに墨の跡。


「毎日かなり書いてる」


「商人でも筆は使う」


「この人の服、質は悪くない」


「そうだな」


「でも商人なら帳面か金を持ってる。何もない」


五条が黙る。


華は男の目を見る。


「役所の人?」


男は答えない。


「蔵人所?」


反応なし。


「太政官?」


わずかに目が動いた。


本当に僅か。


華は見逃さなかった。


「太政官か」


五条が華を見る。


捕虜の顔が強張る。


「違う」


男が初めて口を開いた。


華は首を傾げた。


「俺、まだ何も決めてないけど」


「…………」


「今ので余計怪しくなった」


男は口を閉ざした。


すみれが少し離れた場所からその様子を見ている。


英は少年の診察を終えたところだった。


「熱は下がりました」


母親が何度も頭を下げる。


「本当に……本当にありがとうございます」


「まだ無理をさせないでください」


「はい」


「水分を少しずつ。食事も柔らかいものから」


英は薬包を渡す。


「朝と夕に一包ずつ」


「ありがとうございます」


母親が泣いている。


華はそれを見ていた。


助かった。


現代医療なら、もっと確実に助けられただろう。


だが。


この世界で。


薬草と看護だけで。


英は一晩中患者を見続けた。


「すごいな」


華が呟く。


英が振り返る。


「何がですか」


「先生」


「何が」


「寝てないでしょ」


「少し寝ました」


「いつ?」


「華様が水を三度ひっくり返していた頃です」


「見てたの?」


「音で分かります」


五条が鼻で笑った。


「不器用」


「五条は薪割りで一本飛ばしただろ」


「見ていたのか」


「音で分かった」


英の口元が僅かに緩んだ。


すみれも笑う。


五条だけが不満そうだった。


     ◇


問題は。


捕虜をどうするか。


「殺す」


五条が言った。


「却下」


華が即答する。


「では連れていく」


「それも面倒」


「なら置いていく」


「また誰かに殺される」


「ではどうする」


華は考えた。


確かに。


この二人は重要な情報を持っている可能性がある。


だが都まで連れていけば移動速度が落ちる。


しかも。


また襲撃されたとき守る対象が増える。


「源義弘に渡す」


すみれが言った。


華が振り返る。


「蔵人頭?」


「はい」


「先生たち、蔵人頭と知り合い?」


すみれの表情が止まった。


英が横を見る。


「すみれ」


「申し訳ございません」


明らかに何か隠している。


華はすみれを見る。


「やっぱり普通の町医者と助手じゃないよね」


「普通でございます」


「普通の町医者の助手は蔵人頭に捕虜渡せないだろ」


「知人を通せば」


「その知人が普通じゃない」


すみれは黙った。


華は英を見る。


「先生?」


「何でしょう」


「説明」


英は少し考えた。


「今はできません」


「いつなら?」


「必要になったとき」


「便利な言葉だな」


「華様もよく使いそうです」


華は否定できなかった。


五条が口を挟む。


「捕虜を渡せるのか」


すみれが頷く。


「半日ほど先に、蔵人所と関係のある詰所があります」


「なぜそんな場所を知っている」


「医者ですので」


「答えになっていない」


「五条様も仮面を外してからお尋ねください」


五条が黙る。


華は思わず笑った。


「すみれさん強い」


「何がですか」


「口でも」


「恐れ入ります」


五条が小さくため息をついた。


     ◇


一刻後。


四人は村を出た。


捕虜は村人たちに預けた。


すみれの手配で、その日の午後には蔵人所側の者が引き取りに来るらしい。


華は歩きながら考えていた。


昨日。


第一の襲撃。


十二人。


そのうち一部は高野山側から合流していた。


さらに夜。


第二の監視役。


二人。


こちらは武人ではなく、役人らしい。


そして。


情報の伝わり方が異常に速い。


「五条」


「何だ」


「今、俺たちの場所を知ってる人って何人くらいいると思う?」


「分からん」


「オジィ」


「知っている」


「父上」


「おそらく」


「蔵人頭」


「確実」


「皇帝」


五条が一瞬だけ黙る。


「可能性はある」


「関白」


「分からん」


「大公主」


「分からん」


「参議」


五条が華を見る。


「なぜ参議が出てくる」


「何となく」


嘘。


昨日聞いた話。


すみれが「都では多くの者が困る」と言った。


華はその意味を考えている。


自分が都へ戻る。


それだけで。


何が変わる?


自分は太政大臣の息子。


確かにそれなりの身分だ。


だが。


十四歳。


官位なし。


兵なし。


財産も自分では持っていない。


それなのに。


なぜ殺す?


「五条」


「何だ」


「俺が都に行くと困る人って誰?」


「知らん」


「本当に?」


「俺は護衛だ」


「答えになってない」


五条は少し歩いてから言った。


「お前は」


「うん」


「自分の価値を知らなすぎる」


華が眉を寄せる。


「価値?」


「太政大臣の息子」


「それだけ?」


「それだけでも十分だ」


「でも兄弟もいるだろ?」


「いない」


華が止まった。


五条も止まる。


「え?」


「橘秀逸に実子はお前しかいない」


「初めて聞いた」


「説庵様から聞いていないのか」


「ない」


華は考える。


父。


橘秀逸。


太政大臣。


その唯一の子。


なら。


自分には橘家の後継者としての価値がある。


「だから?」


「それもある」


「それも?」


五条は答えない。


華は嫌な顔をした。


「五条」


「何だ」


「みんな知ってるのに俺だけ知らないこと多すぎない?」


「そうだな」


「腹立つ」


「都へ行けば増える」


「減らないの?」


「増える」


最悪だ。


     ◇


昼。


四人は小さな茶屋に入った。


街道から外れた場所にある。


旅人は少ない。


華は湯を飲んでいた。


英は隣。


五条とすみれは外が見える位置。


「先生」


「はい」


「都まで一緒?」


英が華を見る。


「なぜですか」


「方向同じでしょ」


「そうですが」


「昨日襲われた」


「華様が」


「先生たちも一緒にいた」


「そうですね」


「だから危ない」


英は湯を一口飲む。


「それで?」


「五条いるし」


「護衛してくださるのですか」


「五条が」


「勝手に仕事を増やすな」


向こうから声。


華は聞こえないふりをした。


「すみれさんも強いし」


すみれが華を見る。


「何のお話でしょう」


「昨日二人倒した」


「たまたまです」


「たまたまで鉄扇持つ?」


「女性の嗜みです」


「九龍国の女性怖すぎるだろ」


英が笑いを堪えている。


華は横を見る。


「先生」


「何でしょう」


「今笑った?」


「いいえ」


「笑った」


「笑っておりません」


何だか。


英と話していると調子が狂う。


「華」


五条。


声が変わった。


華は振り返る。


五条は茶屋の外を見ている。


一台の牛車。


その後ろに騎馬が四。


普通なら。


貴族。


そう思う。


だが。


五条は刀へ手を近づけている。


すみれも同じ。


「何?」


華が小声で聞く。


「知らない紋だ」


五条が答える。


牛車が茶屋の前を通り過ぎる。


何も起こらない。


華は息を吐く。


その瞬間。


牛車の御簾が開いた。


光。


華は反射的に身体を伏せた。


矢。


一本。


先ほどまで華の頭があった場所を通過する。


柱に刺さった。


「伏せろ!」


五条が叫ぶ。


牛車の扉が開く。


中から三人。


武装。


騎馬四人も降りる。


茶屋の裏。


さらに人影。


「八」


華が言う。


五条は周囲を見る。


「十一」


また見落とした。


華は刀を抜いた。


英が立ち上がる。


すみれが前へ。


「先生、後ろへ」


「分かっています」


英は素直に下がった。


昨日とは違う。


刺客。


完全な殺意。


しかも。


「五条」


「何だ」


「昨日の連中より強い」


「ああ」


五条も分かっている。


構えが違う。


呼吸。


足運び。


統率。


これは寄せ集めではない。


「英先生」


華が言う。


「何でしょう」


「逃げ道ある?」


英が茶屋の奥を見る。


「裏口」


「すみれさん」


「はい」


「先生連れて逃げて」


「華様は」


「五条と残る」


英の顔が変わった。


「駄目です」


「何で」


「怪我人です」


「昨日の傷は大したことない」


「医者が決めます」


この状況で。


まだ言うか。


「先生!」


「華様」


英が真っ直ぐ華を見る。


「患者を置いて逃げる医者はいません」


「俺は患者じゃ――」


「怪我人です」


「同じだろ!」


五条が低く言う。


「華」


「何?」


「諦めろ」


「どっちに?」


「先生を説得する方」


五条はすでに戦闘態勢。


「俺でも無理だ」


いつ説得を試したんだ。


前方。


男が一人出る。


「橘華」


昨日とは違う。


殿。


様。


何もない。


完全に殺す相手として呼んでいる。


華は男を見る。


「誰?」


「知る必要はない」


「それ、悪役がよく言うやつ」


「何?」


通じない。


当然だ。


華は刀を構えた。


「俺を殺してどうするの?」


男は答えない。


「父上への嫌がらせ?」


沈黙。


「皇帝?」


反応なし。


「大公主?」


一瞬。


男の目が動いた。


華は見た。


だが。


昨日の経験がある。


わざとの可能性もある。


「それとも」


華は続ける。


「関白?」


今度は動かない。


「平司?」


男が僅かに息を吸った。


本当に小さい。


でも。


華には見えた。


「参議か」


男の顔が変わった。


「殺せ!」


確定。


少なくとも。


平司という名に反応した。


刺客たちが一斉に動いた。


     ◇


五条が前へ出る。


一人目。


刀。


五条は受ける。


同時に蹴る。


膝。


男の体勢が崩れる。


二人目。


五条は一人目を押しつける。


刀。


首。


血。


速い。


華も動く。


右。


二人。


一人は槍。


もう一人は刀。


昨日なら。


刀の方から処理した。


今日は違う。


槍。


距離がある方を先に潰す。


華は横へ。


槍が追う。


柱を使う。


穂先が柱へ。


男が引く。


華は柄へ刀を叩き込む。


折れない。


昨日より良い槍。


なら。


踏み込む。


柄の内側。


相手が後退。


その瞬間。


華の左から刀。


危険。


身体を捻る。


刃が衣を裂く。


肩。


浅い。


「華様!」


英の声。


華は聞かない。


刀の男。


右足が前。


重心が高い。


足払い。


崩れる。


喉。


斬らない。


柄頭を顎へ。


倒す。


だが。


槍が戻る。


間に合わない。


そのとき。


金属音。


鉄扇。


すみれが槍を逸らした。


「すみれさん!」


「先生から離れすぎました」


「逃げてって言ったよね!」


「先生が逃げません」


「すみれ!」


英の声。


「戻りなさい!」


「はい!」


本当に戻った。


華は呆れた。


「俺より先生優先なんだ」


五条が遠くから答える。


「当たり前だ!」


「五条に聞いてない!」


     ◇


刺客は強い。


だが。


五条がさらに強い。


十一人。


三人死亡。


二人戦闘不能。


華が二人倒す。


残り四。


一人が叫ぶ。


「英姫を確保しろ!」


時間が止まった。


華が振り返る。


英。


英も。


すみれも。


顔が変わった。


五条の目が鋭くなる。


刺客自身も、


しまった。


という顔。


「……英姫?」


華が言う。


誰も答えない。


刺客が慌てて叫ぶ。


「間違いだ!」


華は目を細くする。


「いや」


一歩。


「今、英姫って言った」


英が黙る。


すみれの手が鉄扇を強く握る。


「先生」


華が英を見る。


「誰?」


英は答えない。


その瞬間。


刺客の一人が英へ走った。


五条では間に合わない。


すみれも別の男と交戦中。


華が動く。


英の前。


男の刀。


受ける。


重い。


華の腕が痺れる。


「華様!」


英が叫ぶ。


「下がって!」


「それ俺の台詞!」


男の二撃目。


華は受けない。


身体を入れる。


近い。


近すぎる。


男の刀が振れない。


華は肘を顎へ。


男が怯む。


腹。


蹴る。


距離。


刀。


肩へ。


男が倒れる。


華は英を見る。


「怪我?」


「ありません」


「なら――」


殺気。


後ろ。


華が振り返る。


遅い。


刃。


五条も叫ぶ。


「華!」


誰かが華を押した。


すみれ。


刀がすみれの肩を掠める。


「すみれ!」


英の声が変わった。


華は地面から起きる。


すみれは立っている。


軽傷。


だが。


英の表情。


今までと違う。


冷たい。


「華様」


「何?」


「少し離れてください」


「先生?」


英が立った。


刺客を見る。


医者の目ではない。


華は初めて。


英という女から。


殺気を感じた。


「先生、武術も?」


「できません」


「嘘だろ」


「本当に」


英は地面に落ちていた小石を拾った。


「ただ」


刺客へ投げる。


男が避ける。


当然。


しかし。


その瞬間。


すみれが懐へ入った。


鉄扇。


手首。


刀が落ちる。


喉。


鳩尾。


男が崩れる。


英が言う。


「すみれが強いだけです」


華は少し呆れた。


「先生も相当だと思う」


     ◇


戦闘終了。


十一人。


死亡四。


重傷三。


捕縛二。


逃亡二。


今回は。


二人生きたまま確保した。


五条が一人を縛る。


すみれがもう一人。


英はすみれの肩を治療している。


華は座っていた。


傷。


左肩。


右腕。


どちらも軽い。


だが。


頭の中は別のことでいっぱいだった。


英姫。


その名前。


もちろん知っている。


関白・平岳の娘。


平英姫。


九龍国でも有名な存在。


ただし。


ほとんど人前へ出ない。


成人してからは面紗で顔を覆い、社交の場でも極端に目立たない。


関白家の姫なのに。


華やかな噂がほとんどない。


「先生」


華が言った。


英はすみれの傷を縫っている。


「何でしょう」


「英姫って誰?」


手は止まらない。


「存じません」


「嘘」


「なぜ」


「刺客が先生見て言った」


「聞き間違いです」


「五条」


華が呼ぶ。


「聞いた」


「すみれさん」


「…………」


「聞いたよね」


すみれは英を見る。


「先生」


「すみれ」


「もう無理かと」


英の手が止まった。


静寂。


華は待つ。


英がゆっくり息を吐いた。


「華様」


「はい」


「都へ着くまで」


「うん」


「聞かなかったことにしていただけませんか」


「理由は?」


「お話しできません」


またこれだ。


華は英を見る。


「先生」


「はい」


「先生が関白の娘?」


英は答えない。


沈黙。


それが答えだった。


華は頭を抱えた。


「何で関白の娘がそばかす付けて町医者やってるの?」


英が僅かに眉を寄せる。


「付けているとは言っておりません」


華が止まる。


「本物?」


「…………」


すみれが顔を背けた。


肩が震えている。


笑っている。


華の顔が引きつる。


「すみれさん」


「申し訳ございません」


「どっち?」


英が少し怒ったように言う。


「そばかすがあってはいけませんか」


「いや、そうじゃなくて!」


五条が珍しく顔を背けた。


面布の上からでも。


笑っているのが分かる。


「五条!」


「何だ」


「笑ってる?」


「笑ってない」


「全員同じこと言うな!」


英は治療を再開した。


「町医者であることは事実です」


「関白令嬢なのも?」


「…………」


「沈黙で答えるのやめて」


「都で分かります」


「今教えてよ」


「嫌です」


即答。


華が固まった。


この人。


意外と頑固だ。


いや。


かなり頑固だ。


     ◇


捕虜の尋問。


華。


五条。


英。


すみれ。


四人。


一人目。


男は何も話さない。


華が聞く。


「誰に頼まれた?」


沈黙。


「参議?」


僅かに反応。


「平司?」


男の顔。


今度は明確。


「やっぱり」


五条が言う。


「断定は早い」


「でも反応した」


「訓練されているなら偽装もできる」


確かに。


華は男を見る。


「平司を知ってる?」


男は黙る。


「大公主?」


反応なし。


「雅山大公主?」


まだ。


「藤宮?」


今度は。


ほんの僅か。


男の目に違う感情。


恐怖ではない。


驚き。


華は気づいた。


「藤宮を知ってる」


男が顔を逸らす。


英が初めて口を開いた。


「もうやめてください」


華が見る。


英の表情。


少し違う。


「知り合い?」


「兄です」


華が止まる。


「兄?」


英が頷く。


「藤宮は私の兄です」


当然だ。


関白の娘なら。


華は自分の頭を軽く叩いた。


「そっか」


「何ですか」


「先生を町医者として見すぎて頭が切り替わらない」


「失礼ですね」


「ごめん」


英は捕虜を見る。


「兄と、この襲撃に何の関係があるのです」


男は黙る。


だが。


唇が僅かに動いた。


華が聞く。


「藤宮が命令した?」


「違う!」


男が突然叫んだ。


全員が止まった。


華は男を見る。


「違うんだ」


男は気づく。


自分が口を滑らせたことに。


「じゃあ誰?」


「…………」


華は続ける。


「平司?」


男が目を閉じた。


その瞬間だった。


英の顔から表情が消えた。


「司兄様が?」


華が英を見る。


「兄?」


「はい」


英は静かに答える。


「私には、兄が二人おります」


その声には。


町医者の英にはなかった。


貴族の娘らしい響きがあった。


「長兄が藤宮」


「うん」


「次兄が司」


「参議?」


「はい」


英が捕虜を見る。


「司兄様が、あなた方を?」


男は答えない。


しかし。


英には十分だった。


すみれが英を見る。


「先生」


英の手が僅かに震えている。


華は気づいた。


怒り。


でも。


それだけではない。


悲しみ。


家族。


華にはよく分からない感情。


「まだ決まってない」


華が言った。


英が華を見る。


「何がですか」


「司さんが黒幕って」


「ですが」


「この人が反応しただけ」


「…………」


「誰かにそう反応するよう仕込まれてる可能性もある」


五条が華を見る。


昨日と同じ。


決めつけない。


「だから」


華は捕虜を見る。


「もっと調べる」


英はしばらく華を見ていた。


「華様」


「何?」


「時々」


「うん」


「十四歳には見えません」


また言われた。


「みんな言う」


「でしょうね」


「先生だって十九くらいに見えないけど」


英が固まった。


すみれが吹き出した。


五条が顔を背ける。


「何?」


華が聞く。


英の目が冷たい。


「女性に年齢の話をするものではありません」


「十九って若いだろ」


「そういう問題ではございません」


「?」


華には本当に分からない。


すみれが笑いながら言った。


「華様」


「はい」


「お気をつけください」


「何を?」


「そのまま都へ入られますと」


「入ると?」


すみれは笑う。


「女性関係で刺客より危険な目に遭うかもしれません」


華は真顔になった。


「都の女性って人を殺すの?」


全員。


黙った。


五条が空を見る。


英は額を押さえる。


すみれは完全に笑っている。


華だけが。


何がおかしいのか分からなかった。


     ◇


その日の夕方。


都。


関白邸。


藤宮は報告書を読んでいた。


「第二の襲撃」


「はい」


家臣が答える。


「人数十一」


「華は」


「生存」


「英姫は」


藤宮の声が僅かに変わる。


「ご無事です」


藤宮が息を吐いた。


「すみれは」


「肩に軽傷」


「そうか」


報告書を置く。


「誰が英姫の居場所を知った」


家臣は答えられない。


「町医者として動く日は限られている」


「はい」


「経路を知るのも」


「平家内部でも数名」


藤宮の目が冷たくなる。


「司は」


「本日は参内しておりません」


「大公主邸か」


沈黙。


それが答え。


藤宮は目を閉じた。


弟。


まだ。


確定ではない。


しかし。


状況は悪い。


「父上には?」


「まだ」


「言うな」


「よろしいのですか」


「父上が知れば動く」


「はい」


「関白が動けば、相手も動く」


藤宮は静かに言った。


「今はまだ泳がせる」


「英姫様が危険です」


「分かっている」


珍しく。


藤宮の声に苛立ちが混じった。


「だから」


両手を輿椅子の肘掛けへ。


藤宮が立ち上がる。


家臣はもう驚かない。


「私が行く」


「若様」


「表からは動けない」


藤宮は歩く。


「夜に出る」


「どちらへ」


「華たちの次の宿場を予測しろ」


「はい」


藤宮が止まる。


「それから」


「何でしょう」


「源義弘へ文を」


「内容は」


藤宮は少し考えた。


「参議の周囲を洗え」


「署名は」


「不要」


「蔵人頭なら誰からの文か分かりますか」


藤宮が僅かに笑う。


「分からぬなら蔵人頭など辞めた方がよい」


     ◇


夜。


皇宮。


大和武尊は一人で酒を飲んでいた。


隣には吉田侍従。


「二度目が来たか」


皇帝が言う。


「はい」


「華は」


「ご無事にございます」


「そうか」


皇帝は杯を置く。


「同行者は」


「五条。それから町医者とその助手」


「名は」


吉田は一瞬躊躇する。


「町医者は英と」


皇帝の指が止まった。


「……英?」


「はい」


大和武尊の目が細くなる。


「すみれもいるのか」


吉田が皇帝を見る。


「ご存じで」


「平岳の娘だ」


「英先生が?」


「おそらくな」


吉田は黙った。


皇帝は酒を飲む。


「平岳は何を考えている」


「関白様が英姫様を送ったとは限りません」


「分かっている」


皇帝は窓を見る。


「だから面白い」


吉田は答えない。


「吉田」


「はい」


「華と英姫が会った」


「そのようです」


皇帝は笑った。


だが。


吉田は気づいた。


皇帝のその笑みには。


喜びではなく。


警戒が混じっている。


「何か問題がございますか」


「いや」


大和武尊は答えた。


「問題になるかどうかを」


杯を置く。


「これから見るところだ」


     ◇


そして。


雅山大公主邸。


平司は床に膝をついていた。


割れた杯。


雅山が立っている。


「誰が英姫まで殺せと言ったの」


声は静か。


だからこそ怖い。


司が顔を上げる。


「殺すつもりはありませんでした」


「確保しろと?」


「はい」


「なぜ」


司は答えない。


雅山が近づく。


「嫉妬?」


「違います」


「英姫が華と一緒にいるから?」


「違う」


雅山が司の顎へ触れる。


「なら」


司の顔を上げさせる。


「私だけを見なさい」


司の目が僅かに揺れる。


「大公主様」


「華を殺すのはいい」


雅山が囁く。


「でも」


笑みが消える。


「平英姫には、まだ手を出すな」


「なぜです」


雅山は答えない。


「英姫に何があるのです」


「知らなくていい」


「またそれですか」


司が立ち上がる。


「私はあなたの駒ではない」


雅山が笑った。


「そうだったかしら」


「手形を」


司の声が低くなる。


「忘れておりませんね」


雅山の目が冷たくなる。


「皇帝が死に」


一歩。


「華が死に」


二歩。


「平岳が退けば」


司の胸に手を置く。


「あなたが関白」


司は雅山を見る。


「約束です」


「ええ」


雅山は微笑んだ。


「だから」


顔を近づける。


「余計なことをしないで」


司は何も言わなかった。


だが。


その目には。


明らかな不満があった。


雅山はそれを見ていた。


そして心の中で思う。


――この男も。


――そろそろ使い方を考えなければならない。


二人とも。


相手を利用しているつもりだった。


     ◇


その頃。


華は焚き火の前で地図を見ていた。


五条。


英。


すみれ。


四人。


「都まであと二日」


五条が言う。


華は地図を見る。


「街道は?」


「ここ」


「関所がある」


「ああ」


「通る?」


「普通なら」


華は考える。


二度襲撃された。


一度目は刺客。


二度目はさらに強い。


次は。


当然。


もっと厄介になる。


「五条」


「何だ」


「明日は」


華が地図を指す。


街道ではない。


川。


「船で行こう」


五条が眉を寄せる。


「川を?」


「うん」


「船の手配が必要だ」


「それなら」


英が口を開く。


三人が見る。


「私ができます」


華は嫌な予感がした。


「先生」


「はい」


「やっぱり普通の町医者じゃないよね」


英は微笑んだ。


そばかすのある。


どこにでもいそうな顔で。


「町医者ですよ」


華はため息をついた。


「もう信じない」


英は少し楽しそうに答えた。


「それでよろしいかと存じます」


第六話 第二の襲撃 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。