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九龍の華 ―死んだはずの大学生、平安の世で天下を読む―』  作者: あめのひくもり


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第十八話 海陸国王との会談

第十八話 海陸国王との会談


海陸国王から届いた文を、華は三度読んだ。


内容そのものは短い。


――橘華殿と直接、海陸国の今後について話したい。


それだけだった。


条件もない。


要求もない。


脅しもない。


だからこそ。


華には、かえって不気味に感じられた。


「……やっぱり俺宛てだ」


五条が横で言う。


「三度読んでも変わらん」


「間違えてる可能性もあるだろ」


「国王が宛名を間違えるか」


「人間だから間違うこともある」


「お前は、こういう時だけ妙に人間を信用しないな」


華は文を畳んだ。


海陸国王。


九龍国に敗れ。


王家を残されたまま属国となり。


今回の反乱でも表向きは関与を否定していた人物。


しかも今は。


海陸国軍が停戦へ傾き。


鳳国軍も後退し。


大亀国艦隊も沖へ下がりつつある。


戦争は。


完全には終わっていない。


だが。


少なくとも。


大軍同士が正面からぶつかる局面は、一度止まった。


そんな時に。


国王が。


太政大臣でもなく。


征西大将軍でもなく。


関白でもなく。


十四歳の華に。


会いたい。


と言っている。


「景親さん」


華が顔を上げる。


坂上景親は、腕を組んで文を見ていた。


「何だ」


「行かなきゃ駄目?」


「勅命ではない」


「じゃあ」


「だが行った方がいい」


華は嫌そうな顔をする。


「どうして」


「海陸国軍が止まった理由の一つに、お前がいる」


「俺だけじゃない」


「分かっている」


景親は言った。


「だが、向こうが話したい相手としてお前を選んだ」


「十四歳だから?」


「それもあるかもしれん」


華の眉が寄る。


「舐められてる?」


「それもある」


即答だった。


「もう少し言い方ない?」


「ない」


景親は全く気にしていない。


五条が鼻で笑った。


「景親殿は正直だ」


「五条に言われたくない」


華は文をもう一度見る。


「それ以外は?」


「お前には官位がない」


「うん」


「正式な外交官でもない」


「うん」


「だから」


景親が続ける。


「本音を話しやすい」


華は少し考えた。


確かに。


華が何を言っても。


それがそのまま九龍国の正式方針になるわけではない。


決裁権もない。


条約を結ぶ権限もない。


しかし。


皇帝へ直接報告できる軍監。


太政大臣の一子。


しかも。


今回の戦で。


海陸国軍に対して。


鳳国と大亀国に利用されている可能性を示した人物。


つまり。


無責任ではない。


だが。


正式な権力者でもない。


妙な立場。


「利用される?」


華が聞く。


五条が答えた。


「される」


「即答」


「当然だ」


景親も頷く。


「だが、お前も向こうを利用すればいい」


華が景親を見る。


「大将軍ってそういうこと普通に言うよね」


「戦場で綺麗事だけ言う奴は長生きせん」


華は少しだけ笑った。


「分かった」


「行くか」


「行く」


五条がため息をついた。


「知っていた」


「何で聞いたの」


「俺は聞いていない」


「……本当だ」


最近。


自分でも会話が雑になっている気がした。


     ◇


会談場所は。


両軍のほぼ中間。


古い寺に決まった。


九龍軍も。


海陸国軍も。


大兵力は入れない。


護衛は双方二名まで。


武器の持ち込みも最低限。


条件だけ見れば。


公平。


だが。


華は寺の位置を地図で見て。


少し嫌そうな顔をした。


「逃げ道少なくない?」


五条が言う。


「だから俺が行く」


「それだけ?」


「すみれも」


華が英を見る。


町医者姿の英。


地味な衣。


顔にはそばかす。


髪も簡素。


誰が見ても。


関白家の一人娘とは思わない。


華は言った。


「先生も来て」


英が顔を上げる。


「なぜですか」


「医者だから」


「理由になっておりません」


「会談中に誰か倒れたら困る」


「もっとまともな理由を考えてください」


英は明らかに呆れている。


華は少し考えた。


「じゃあ本当の理由」


「はい」


「海陸国を見てほしい」


英の表情が変わる。


「国を?」


「うん」


「どういう意味ですか」


華は地図を見る。


「戦争の報告書には」


一つ。


「兵の数」


二つ。


「米の数」


三つ。


「武器」


四つ。


「税」


五つ。


「そういうのは書いてある」


英は黙って聞く。


「でも」


華は続ける。


「病人が増えてるか」


「子供が痩せてるか」


「怪我した兵を治す医者がいるか」


「水が汚れてるか」


「そういうのは」


一拍。


「俺じゃ見ても分からない」


英の目が少し変わる。


「だから私に」


「見てほしい」


華は真っ直ぐ言った。


「数字じゃない海陸国を」


英は。


しばらく何も言わなかった。


そして。


「分かりました」


と答えた。


華が少し笑う。


「来てくれる?」


「はい」


「ありがとう」


英が続ける。


「ただし」


「何」


「私を勝手に軍監の補佐にしないでください」


「町医者として」


「それなら」


英は少しだけ目を細める。


「考えておきます」


すみれが横で。


僅かに笑っている。


五条が言う。


「護衛二名は俺とすみれ」


華が見る。


「先生は?」


「交渉者ではない」


「俺は?」


「交渉者」


「じゃあ本人扱い?」


「そうだ」


「変な数え方」


「お前が変な人間を連れていくからだ」


英の目が五条へ。


「五条様」


「何だ」


「それは私のことでしょうか」


五条が。


珍しく。


一瞬。


黙った。


華は。


少しだけ面白かった。


     ◇


会談当日。


寺の周囲は。


異様に静かだった。


兵は遠ざけられている。


しかし。


気配はある。


木々の向こう。


丘。


道。


双方の斥候。


護衛。


多分。


何十人もいる。


華は寺へ入る前。


小声で言った。


「五条」


「何だ」


「見られてる人数」


「二十以上」


「俺には十二くらい」


「十分だ」


「増えたね」


「成長したな」


珍しく褒められた。


「先生は?」


すみれが答える。


「十四ほど」


華が英を見る。


「先生も分かるの?」


英は即答した。


「分かりません」


すみれが僅かに顔を伏せる。


華は。


何となく察した。


多分。


分かる。


この人も。


まだ隠していることが多い。


     ◇


寺の奥。


海陸国王はすでに待っていた。


華が想像していた人物とは少し違った。


もっと。


威圧的な王を想像していた。


だが。


実際は。


四十代前半。


細身。


顔色は少し悪い。


目の下には疲れ。


衣装も。


王としては質素。


しかし。


目だけは。


落ちていない。


華たちが入ると。


国王は立った。


「橘華殿」


「はい」


華が頭を下げる。


国王も。


軽く返す。


「会いたかった」


「どうしてですか」


五条の視線が。


少しだけ華へ。


英も。


僅かに目を伏せる。


多分。


言い方。


また。


直球すぎた。


でも。


国王は笑った。


「噂通りだな」


華が眉を寄せる。


「何が」


「前置きを嫌う」


「誰から聞いたんですか」


「海陸国にも耳はある」


怖い。


都だけではないらしい。


「座ろう」


全員が座る。


     ◇


最初に。


国王が言った。


「今回の反乱」


一拍。


「私は命じていない」


華は答えなかった。


国王が見る。


「信じていない顔だ」


「分からないだけです」


「正直だな」


「証拠ないので」


国王は頷いた。


「では」


華が言う。


「止めようとはした?」


「した」


「できなかった?」


「ああ」


即答だった。


華は少し驚く。


言い訳。


しない。


「何で」


「長い」


「時間ならあります」


国王は少し笑った。


「九龍国に敗れた日から」


一拍。


「海陸国では二つの考えがあった」


華は黙って聞く。


「一つは」


「生き残るために九龍国へ従う」


「もう一つは」


「いつか必ず独立を取り戻す」


「王様は?」


「前者だ」


華は少し驚く。


「従う方?」


「そうだ」


国王は平然と答える。


「負けた直後」


一拍。


「海陸国には」


「もう一度戦う力がなかった」


華は地図を思い出す。


九龍国。


富国強兵。


海陸国。


敗北。


「それでも戦えば」


国王が続ける。


「王家の誇りは守れただろう」


「でも」


「民が死ぬ」


華が言う。


国王は頷く。


「私は」


一拍。


「王家の誇りより民を取った」


静寂。


「その結果」


「うん」


「私は」


国王が少し笑う。


「国を売った王と呼ばれた」


華は。


すぐには何も言わなかった。


「今回の反乱軍も?」


「そうだ」


「王様を弱腰と」


「裏切り者とも呼んでいる」


華は少し。


苦い顔をする。


勝った国から見れば。


従順な王。


負けた国から見れば。


屈辱を受け入れた王。


どちらも。


同じ人物。


「俺は」


華が言った。


「間違ってないと思う」


国王が見る。


「なぜ」


「死んだ王より」


一拍。


「生き残って民を食わせる王の方が」


少し考える。


「役に立つ」


側近の一人が。


顔をしかめる。


かなり。


王への言い方ではない。


だが。


国王は。


声を出して笑った。


「面白い」


「失礼でした?」


「いや」


国王が首を振る。


「優希殿なら」


華の顔が変わる。


「母上?」


「ああ」


「知ってるんですか」


「会った」


華の身体が。


明らかに前へ。


「いつ」


「九龍国との戦が終わった後だ」


「何を」


「降伏条件」


華が完全に黙る。


また。


母。


自分が知らないところで。


国の歴史にいる。


     ◇


「優希殿は」


国王が言う。


「九龍国の勝者側として」


一拍。


「奇妙な条件を出した」


「どんな」


「王家を残す」


一つ。


「地方官を可能な限り残す」


二つ。


「徴税機構も全部は壊さない」


三つ。


「言語も」


「文化も」


「宗教も」


「変えない」


華は。


黙る。


「普通は違う?」


「勝った国は」


国王が答える。


「自分の人間を置きたがる」


「反乱防止?」


「支配のためだ」


「母上は何て」


「全部壊せば」


国王は少し。


記憶を探すように。


目を閉じる。


「全部敵になる、と」


華は。


それを聞いて。


何となく。


母らしいと思った。


まだ。


本当の母を。


ほとんど知らないのに。


「でも」


華が聞く。


「結局属国にした」


「そうだ」


国王の顔。


少し。


硬くなる。


「優希殿が」


「うん」


「望んだ形ではなかった」


華の目が変わる。


「皇帝が変えた?」


国王は。


すぐには答えない。


「九龍国の中でも」


一拍。


「意見は一つではなかった」


「母上は」


「より緩やかな関係を求めた」


「皇帝は」


「支配を強めた」


華は。


昨日まで知ったことと。


つなげる。


母。


行政。


制度。


皇帝。


絶対権力。


少しずつ。


軋み。


「それで」


華が言う。


「今回反乱」


「一因だ」


国王は答える。


「貢納」


「地方官への干渉」


「軍の制限」


「積み重なった」


一拍。


「優希殿が生きていれば」


国王は。


少しだけ。


遠い目。


「違ったかもしれん」


華は。


返せなかった。


     ◇


「本題」


華が言う。


国王が。


少し。


笑う。


「そうだった」


机の上。


一枚の文書。


華の前へ。


「海陸国の自治案だ」


華は読む。


税。


内政。


官吏任命。


裁判。


地方軍。


通商。


かなり。


広い。


東昇国が提示した案より。


もう一段。


踏み込んでいる。


「これ」


華が顔を上げる。


「ほとんど独立に近くない?」


「完全独立ではない」


「九龍国の宗主権は残す」


「そうだ」


「外交の一部も」


「ああ」


「でも」


華は文書を見る。


「内政はかなり戻す」


「それが条件だ」


「俺にこれをどうしろって」


国王は華を見る。


「皇帝へ届けてほしい」


華が即答する。


「俺に決める権限ない」


「知っている」


「父上でも」


「読ませられる」


「関白でも」


「読ませられる」


「東昇国でも」


「仲介できる」


華は国王を見る。


「じゃあ何で俺」


国王は。


少し考えた。


「お前は」


一拍。


「まだ」


「どの立場にも染まり切っていない」


華は黙る。


「太政大臣の子」


「皇帝の軍監」


「だが」


「官位はない」


「権力もない」


「国の正式な立場も背負っていない」


国王が続ける。


「だから」


一拍。


「これは九龍国に得か」


「海陸国に得か」


「そういうことだけではなく」


「本当に」


「続く形なのか」


「それを」


華を見る。


「お前なら考えると思った」


五条が小声で言う。


「利用されているぞ」


華は。


同じく小声。


「分かってる」


国王も。


普通に聞こえている。


「その通りだ」


華が見る。


「認めるんですか」


「当然だ」


国王は言う。


「国王が人を使わずにどうする」


華は少し笑った。


「正直ですね」


「お前に言われたくはない」


     ◇


そこで。


英が初めて口を開いた。


「陛下」


海陸国王が英を見る。


「何だ」


「会談後」


一拍。


「民と兵を診ることを許していただけますか」


「診る?」


「はい」


「理由は」


「この国が」


英は静かに言う。


「どれほど疲弊しているか確認したいのです」


国王の目が少し変わる。


「九龍国軍へ報告するためか」


「医者としてです」


「違いは」


「患者が」


英は答える。


「九龍国人か海陸国人かは」


一拍。


「私には関係ありません」


国王は。


しばらく。


英を見る。


華は横から。


少しだけ。


誇らしそう。


理由は。


本人にも分かっていない。


「よい」


国王が答える。


「好きに見てくれ」


英が頭を下げる。


「ありがとうございます」


その時。


国王の側近。


一人。


英を見る。


ほんの。


一瞬。


顔が変わった。


華は。


気づいた。


また。


「先生知ってる?」


英の肩が僅かに止まる。


五条。


小さく。


「始まった」


側近が答える。


「何のことでしょう」


華はその男を見る。


「先生見て」


「うん」


「顔変わった」


「華様」


英が止める。


「何」


「今は」


一拍。


「私の話ではありません」


華は。


少し。


迷う。


以前なら。


そのまま聞いていた。


でも。


「分かった」


と答えた。


英の目が。


少しだけ。


変わる。


成長。


本当に。


少しだけ。


     ◇


午後。


華。


英。


すみれ。


五条。


海陸国側の町へ。


戦場のすぐ近くではあるが。


民も暮らしている。


華は。


歩き始めてすぐ。


表情を変えた。


市場。


商品。


少ない。


魚。


ある。


野菜。


少ない。


米。


高い。


子供。


痩せている。


老人。


多い。


「先生」


「はい」


「どう?」


英は。


周囲を見る。


「良くありません」


「何が」


「まず」


一つ。


「栄養」


二つ。


「水」


三つ。


「薬」


四つ。


「医師」


そして。


「衛生」


華は。


少し考える。


「戦争のせい?」


「それだけでは」


すみれが。


町人と話して戻る。


「反乱軍による兵糧徴発が」


一拍。


「数か月前から増えていたようです」


華の顔。


硬くなる。


「民から?」


「はい」


「強制?」


すみれは少し。


答えに迷う。


「場所によっては」


一拍。


「ほぼ」


華は。


言葉を失う。


海陸国独立。


正義。


でも。


そのために。


民の食料を取る。


「どっちが正しいか」


華が呟く。


英が見る。


「簡単には決まりません」


「うん」


「だから」


英が言う。


「医者は」


一拍。


「目の前の患者を診ます」


華は。


少し。


英を見る。


羨ましい。


判断基準が。


はっきりしている。


でも。


それは。


それで。


重い。


     ◇


仮設治療所。


患者。


多い。


兵。


民。


子供。


老人。


英は。


すぐに。


診療へ入った。


「すみれ」


「はい」


「この薬を」


「分かりました」


「こちらは熱」


「はい」


「その子は先に」


華は。


邪魔にならない場所で。


見ている。


一人の少女。


十歳くらい。


高熱。


不安そう。


母親。


いない。


英が近づくと。


少女が。


身体をこわばらせる。


「華様」


英が言う。


「何」


「こちらへ」


「俺?」


「はい」


華が座る。


「何するの」


「手を握ってください」


「何で」


「怖がっています」


華は。


少女を見る。


確かに。


目。


怖い。


華が手を出す。


少女が。


少し迷って。


握る。


「痛い?」


華が聞く。


少女が首を振る。


「先生」


華は英を見る。


「怖そうに見えるけど」


英の手。


止まる。


「かなり腕いいから」


少女が。


英を見る。


英の目。


冷たい。


華へ。


「華様」


「褒めてる」


「聞こえ方の問題です」


少女が。


小さく。


笑った。


英も。


ほんの少し。


笑う。


「大丈夫です」


英が少女へ言う。


「すぐ終わります」


華は。


その顔を。


少しだけ。


長く見ていた。


     ◇


診療が終わった頃。


日が傾いていた。


華と英。


並んで歩く。


五条。


すみれ。


少し後ろ。


「先生」


「はい」


「自治権って」


「私に聞きますか」


「医者でも分かるでしょ」


英は。


少し考える。


「必要だと思います」


華が見る。


「どうして」


「自分たちで決められないことが多すぎる国は」


一拍。


「不満がたまります」


「でも」


華は言う。


「全部戻したらまた九龍国と戦うかも」


「そうですね」


「じゃあ」


「だから」


英が続ける。


「全部か何もなしかではなく」


一拍。


「どこまでなら互いに受け入れられるか」


華。


少し。


笑う。


「先生」


「何ですか」


「政治家みたい」


「嫌です」


即答。


華。


笑う。


「そんなに?」


「医者の方がよほど分かりやすいです」


「人を生かす?」


「はい」


英は言う。


「政治は」


一拍。


「誰かを生かすために」


「別の誰かへ我慢を求めることがあります」


華。


少し。


黙る。


「嫌い?」


「必要だとは思います」


「でも」


「好きではありません」


華は。


少し。


理解する。


この人。


逃げているわけではない。


町医者。


それは。


身分を隠すためだけではなく。


自分で。


選んだ場所。


     ◇


その夜。


再び。


海陸国王と華。


二人。


正確には。


五条が遠くにいる。


王の側近も。


同じ。


国王が言う。


「町を見たか」


「はい」


「どうだった」


華は。


すぐに答えない。


「悪い」


「だろうな」


「反乱軍も」


一拍。


「民から食料取ってた」


国王の目が。


僅かに。


下がる。


「知っていた?」


「一部は」


「止めなかった?」


「止められなかった」


昼間と。


同じ。


華は。


少し。


苛立つ。


「王様って」


「何だ」


「止められないこと多いですね」


側近。


少し。


顔を変える。


だが。


王は怒らない。


「そうだ」


一拍。


「王だから何でもできると思っていたか」


華。


皇帝。


思い出す。


絶対権力。


でも。


本当に。


全部。


動かせるのか。


「多分」


華が言う。


「少し」


「なら」


国王が言う。


「覚えておけ」


一拍。


「権力が大きい者ほど」


「何」


「できることも増えるが」


少し。


「できないことの責任まで」


一拍。


「自分へ来る」


華は。


静かに聞いた。


その言葉。


今。


少しだけ。


理解できる。


     ◇


「自治案」


華が言う。


「持って帰ります」


国王の顔。


少し。


変わる。


「受けるとは」


「言ってない」


「分かっている」


「でも」


華は文書を見る。


「このままは無理」


国王。


黙る。


「海陸国が」


華は言う。


「また反乱するかもしれない」


「九龍国が」


「また軍送るかもしれない」


「そのたび」


一拍。


「人が死ぬ」


王は。


静かに。


頷く。


「だから」


華が言う。


「今より」


「少し」


「壊れにくい形」


一拍。


「考えた方がいい」


国王が。


少し。


笑う。


「少し?」


「一気に変えると」


華が言う。


「別のところ壊れる」


王の目。


僅かに。


遠くなる。


「その言い方」


「何」


「優希殿だ」


また。


母。


華は。


少し。


困ったように。


笑う。


「最近そればっかり言われる」


「嫌か」


華。


少し。


考える。


「前は」


一拍。


「よく分からなかった」


「今は」


「少し」


華は言う。


「嬉しい」


国王は。


それ以上。


何も言わなかった。


     ◇


一方。


別の場所。


海陸国旧王都の外れ。


古い倉。


一人の男。


暗闇。


平司。


以前。


九龍国の参議。


関白・平岳の次男。


雅山大公主と。


ただならぬ関係にあり。


皇帝と華が死ねば。


父に代わり関白へ。


その手形を。


受け取っていた男。


だが。


雅山は死んだ。


手形は。


ただの紙。


司は。


それでも。


捨てられなかった。


「国王が九龍国と話している」


部下が言う。


司が顔を上げる。


「華も?」


「はい」


司の目。


暗くなる。


「またあいつか」


藤宮。


事故。


失敗。


華。


襲撃。


失敗。


雅山。


死亡。


海陸国。


停戦。


全部。


崩れていく。


「参議様」


部下が言う。


「このままでは」


「参議と呼ぶな」


「しかし」


「都へ戻れば」


司は笑う。


「もう参議では済まない」


反逆。


兄への暗殺未遂。


華への襲撃。


雅山との密約。


全部。


明るみに出れば。


終わる。


その時。


倉の奥。


声。


「まだ終わってはいない」


司が立つ。


「誰だ」


人影。


黒い衣。


顔。


見えない。


以前。


雅山大公主の契約を。


引き継ぐと言った者。


「約束」


司が言う。


「本当に守るのか」


「何を」


「私を」


一拍。


「関白に」


人影が。


笑う。


「皇帝が死に」


「華が死に」


「平岳が退けば」


一拍。


「お前にも可能性はある」


司の顔が。


少し。


歪む。


「可能性?」


「雅山は」


「私を関白にすると」


「雅山は死んだ」


冷たい。


一言。


司の拳。


固まる。


「なら」


司が聞く。


「次は何をしろ」


人影は。


一枚の紙を。


渡す。


司。


開く。


皇宮。


詳細図。


寝所。


廊下。


夜警。


警備交代時刻。


そして。


皇帝専用の。


内廷通路。


司の顔が。


完全に変わる。


「これを」


「どこで」


「必要ない」


「誰なんだ」


「今は」


「答えろ!」


司の声。


強く。


人影は。


動かない。


「皇帝の」


一拍。


「すぐ近くにいる者だ」


司。


息。


止まる。


宮中。


皇帝のすぐ近く。


侍従。


近衛。


高官。


女官。


誰。


     ◇


同じ夜。


遠い京。


皇宮。


大和武尊は。


上奏文を読んでいた。


横。


吉田司。


いつものように。


上奏文を整理し。


取次を行い。


皇帝のすぐ近くにいる。


小太り。


冴えない。


だが。


素手だけでも三人を殺傷できる。


体術の達人。


「吉田」


皇帝が。


突然。


呼ぶ。


「はい」


「静かだな」


「夜ですので」


「違う」


吉田の手。


少し。


止まる。


「雅山が死んだ」


一つ。


「司が消えた」


二つ。


「海陸国が止まった」


三つ。


「それなのに」


皇帝。


顔を上げる。


「都が静かすぎる」


吉田。


少しだけ。


笑う。


「平穏である可能性も」


「お前は」


皇帝が見る。


「本当にそう思うか」


吉田の笑み。


僅かに。


薄くなる。


「いいえ」


「だろうな」


大和武尊は。


上奏文を置く。


「嵐の前だ」


「警備を増やしますか」


「増やすな」


吉田の目。


変わる。


「陛下」


「いつも通りにしろ」


「危険です」


「分かっている」


皇帝。


窓。


夜。


見る。


「来るなら」


一拍。


「来させろ」


吉田。


静かに。


「誰が来るかを」


「見るためでございますか」


「ああ」


皇帝は。


目を細める。


「雅山を殺した者」


一つ。


「華を追った者」


二つ。


「優希の研究を消そうとする者」


三つ。


「全部」


一拍。


「同じところへつながるなら」


吉田。


何も言わない。


皇帝。


続ける。


「私を殺しに来る」


「その可能性は」


「高い」


「なら」


「吉田」


皇帝が見る。


「お前は」


一拍。


「私を守れるか」


吉田は。


いつもの。


少し冴えない笑顔。


「三人までなら」


皇帝が。


僅かに。


笑う。


「四人来たら」


「陛下にもお一人お願い申し上げます」


「働かせるな」


「私は侍従でございますので」


二人。


僅かに。


笑う。


だが。


その夜。


皇宮。


誰も使っていないはずの。


古い内廷通路。


一つの錠が。


静かに。


外された。


その鍵を持てる者は。


限られている。


そして。


同じ頃。


海陸国。


華は。


何も知らず。


国王から預かった自治案を。


何度も読み返していた。


戦争は。


止まりかけている。


だが。


次に始まる戦いは。


軍同士ではない。


皇宮。


最も深い場所。


九龍国そのものの。


心臓で始まろうとしていた。


第十八話 海陸国王との会談 了

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