第十七話 東昇国の使者
第十七話 東昇国の使者
東昇国の使節団は。
翌日の昼前に。
九龍軍の陣へ入った。
派手ではない。
兵も少ない。
馬車も。
旗も。
必要最低限。
それなのに。
妙に目立つ。
「文化の国って感じ」
華が言った。
五条が横を見る。
「何が」
「無駄に威張らない」
「九龍国が威張っているように聞こえるぞ」
「言ってない」
「顔に出ている」
また。
これだ。
華は前を見る。
東昇国使節。
先頭。
老人。
白髪。
細身。
杖。
でも。
弱そうではない。
むしろ。
目が鋭い。
後ろには。
学者らしい男。
僧。
医師。
役人。
武官。
混ざっている。
「軍事使節じゃない」
華が言う。
景親が。
隣で頷く。
「そうだ」
「じゃあ何」
「お前に会いに来た」
「本当に?」
「先ほどから何度聞く」
華は嫌そうな顔。
「十四歳に国の使節団が会いに来る方がおかしい」
景親が答える。
「お前が普通ならな」
「またそれ」
五条。
「諦めろ」
◇
天幕。
景親。
華。
五条。
東昇国側。
老人。
その隣。
三人。
老人が。
華を見る。
長い。
かなり長い。
華が少し。
落ち着かなくなる。
「何ですか」
老人が。
小さく笑う。
「本当に」
「何が」
「優希殿に似ておる」
華の表情。
変わる。
「母上を知ってる?」
老人は頷く。
「昔な」
「どこで」
「東昇国」
華が。
さらに前へ。
「母上が?」
「来たことがある」
老人は。
ゆっくり座る。
「まだ若かった頃」
「いつ」
「皇帝の側近として」
華が。
少し。
驚く。
優希。
東昇国。
知らなかった。
「何をしに」
老人が言う。
「学びに」
「母上が?」
「意外か」
「国の仕組み作った人だから」
「だからだ」
華の眉。
動く。
「優希殿は」
老人が続ける。
「自分が知らぬことを」
一拍。
「知らぬと言える人間だった」
華は。
少し。
黙る。
それ。
簡単そうで。
難しい。
「あなたは?」
華が聞く。
「誰ですか」
老人の隣。
役人が。
少し。
慌てる。
「無礼な」
老人が。
手で止める。
「よい」
華を見る。
「私は」
一拍。
「東昇国大学寮総裁」
華が。
固まる。
「大学?」
老人の目。
僅かに。
動く。
華も。
しまった。
「知っておるのか」
「名前くらい」
「九龍国では」
老人が言う。
「普通は大学寮と聞いても」
「学問所くらいにしか思わぬ」
華は。
少し。
考える。
「母上から聞いた」
嘘。
老人は。
華を見る。
でも。
追及しない。
「名は」
一拍。
「東城玄理」
東城玄理。
東昇国最高峰の学問機関。
大学寮を率いる男。
学者。
政治顧問。
医師たちにも影響を持つ。
六国でも。
名を知られる人物だった。
◇
「華殿」
玄理が言う。
「戦を止めたそうだな」
「止めてないです」
「鳳国軍を退け」
「大亀国軍を戻し」
「海陸国軍と停戦」
「それを止めたと言う」
「大将軍がやりました」
景親が。
華を見る。
「お前が全部言うな」
「でも」
「軍は」
景親が言う。
「一人では動かん」
華は。
少し。
黙る。
玄理が笑う。
「優希殿も」
「何」
「同じことを言っておった」
華が。
見る。
「自分がしたのではない」
「うん」
「皆でやった」
玄理。
少し遠い目。
「だから」
一拍。
「人がついてきた」
華は。
母のこと。
少しずつ。
知る。
でも。
知れば知るほど。
大きくなる。
「母上」
華が言う。
「東昇国で何を学んだの」
玄理。
少し。
考える。
「全部」
華が。
眉を寄せる。
「広すぎる」
「行政」
一つ。
「医学」
二つ。
「天文学」
三つ。
「律令」
四つ。
「統計」
五つ。
「工学」
六つ。
華の目。
少し。
変わる。
統計。
この時代。
その言葉。
「統計って」
華が言う。
「普通に使う?」
玄理。
華を見る。
「優希殿が広めた」
やはり。
◇
「本題」
景親が。
口を挟む。
「東昇国は」
一拍。
「この戦にどう動く」
玄理の顔。
変わる。
学者。
から。
国の代表。
「軍は出さぬ」
「鳳国にも?」
「大亀国にも」
「九龍国にも」
「当然」
景親。
頷く。
「では」
「調停を」
「それも」
玄理。
首を振る。
「今はしない」
華が。
見る。
「何で」
景親。
華を止めない。
玄理。
答える。
「三国が」
一拍。
「まだ負けを認めておらぬ」
「じゃあ」
「調停しても」
華が言う。
「また戦う」
玄理。
頷く。
「そうだ」
「でも」
華は地図を見る。
「放っておけば人が死ぬ」
「そうだ」
「じゃあ」
「だから」
玄理が言う。
「条件を作る」
華の目。
変わる。
「何の」
「戦争を」
一拍。
「続ける利益より」
「終わらせる利益を大きくする」
華。
少し笑う。
「政治だ」
「そうだ」
玄理も。
笑う。
◇
玄理は。
一枚の文書。
出す。
「東昇国は」
「うん」
「海陸国の自治権拡大を」
一拍。
「支持する」
景親の顔。
硬くなる。
「九龍国の属国から外すと?」
「そこまでは言わぬ」
「では」
「九龍国の宗主権を認めつつ」
玄理。
続ける。
「内政」
「税」
「地方官任命」
「軍の一部」
「これを海陸国へ戻す」
景親。
黙る。
華は。
すぐ。
理解する。
完全独立。
ではない。
でも。
今より。
自由。
「これ」
華が言う。
「海陸国は乗る」
「そう思うか」
「うん」
「鳳国と大亀国は」
「嫌がる」
「なぜ」
華。
答える。
「海陸国が九龍国から離れないから」
玄理。
頷く。
「さらに」
別の文書。
「東昇国は」
「鳳国」
「大亀国」
「九龍国」
「海陸国」
「四国間の通商会議を提案する」
華の目。
少し。
大きくなる。
「戦争中に?」
「だからだ」
玄理が言う。
「戦争の目的を」
一拍。
「領土から」
「利益へ」
「変える」
華。
思う。
この人。
かなり。
怖い。
◇
「華殿」
玄理が。
突然。
話題。
変える。
「東昇国へ来ぬか」
華。
固まる。
「何で」
「学べ」
「何を」
「お前が」
一拍。
「知らぬものを」
華。
少し。
笑う。
「多すぎる」
「だから来い」
「今戦争中」
「終わったら」
景親が。
横から。
「勝手に人を勧誘するな」
玄理。
「九龍国の人材か」
「太政大臣の子だ」
「まだ官位もない」
華。
「あの」
二人。
見る。
「俺の話?」
「そうだ」
同時。
華。
少し。
困る。
◇
その時。
東昇国側の医師。
華の後方。
見る。
英。
軍医所。
町医者姿。
すみれ。
その医師の顔。
変わる。
「……英?」
英の手。
止まる。
華が。
振り返る。
男。
五十代。
医師。
東昇国使節団。
英が。
ゆっくり。
見る。
「お久しぶりです」
男が。
立つ。
「やはり」
すみれ。
少し。
警戒。
「先生」
華が。
英を見る。
「知り合い?」
英。
答える。
「師の知人です」
男。
英を。
じっと見る。
「いや」
一拍。
「私は」
「君を」
さらに。
「もっと前から」
英の顔。
変わる。
すみれも。
「何を」
男が。
言う。
「三歳」
華の目。
大きくなる。
「君が」
一拍。
「平家へ入る前」
空気。
止まる。
英。
完全に。
固まる。
玄理が。
男を見る。
「余計なことを言うな」
「しかし」
「ここでは」
玄理。
声。
強い。
「話すな」
英。
面。
町医者。
でも。
顔。
明らかに。
動揺。
華は。
見てしまう。
「先生」
「華様」
声。
少し。
硬い。
「今は」
「聞かない?」
英。
頷く。
華。
少し。
黙る。
そして。
「分かった」
英の目。
少し。
驚く。
「本当に?」
「うん」
「なぜ」
「先生が」
華は。
言う。
「話したくなったら」
一拍。
「聞く」
英。
何も言わない。
でも。
すみれが。
華を見る。
少し。
柔らかい。
五条。
横。
小さく。
「成長したな」
華。
「うるさい」
◇
会談。
終わる。
東昇国。
軍は。
出さない。
ただし。
四国へ。
同時に使者。
海陸国自治。
通商。
停戦。
政治的。
圧力。
景親が。
玄理を見送る。
「学者は」
「何」
「兵より怖いな」
華が答える。
「同感」
五条。
「お前もそっち側だ」
「違う」
「十分同じだ」
◇
夕方。
華。
英。
二人。
川。
近く。
すみれ。
少し離れる。
五条。
さらに。
離れる。
「先生」
「はい」
「聞かないって言ったけど」
英の眉。
動く。
「一個だけ」
「……何でしょう」
「大丈夫?」
英。
少し。
驚く。
華は。
本当に。
それだけ。
聞いた。
「昔の話」
「うん」
「嫌だった?」
英。
長く。
黙る。
「嫌」
一拍。
「というより」
「怖いです」
華。
見る。
「何が」
「自分が」
英。
川を見る。
「自分ではない誰かの」
一拍。
「続きのように思えることが」
華の胸。
止まる。
同じ。
「俺も」
英が。
見る。
華。
続ける。
「同じこと」
英の目。
揺れる。
「華様は」
「前に」
華。
少し。
迷う。
でも。
言う。
「俺も」
一拍。
「昔の誰かの記憶を持ってる」
英。
完全に。
止まる。
「誰の」
「分からない」
「いえ」
華。
訂正。
「分かる」
大学生。
自分。
でも。
今。
その人。
なのか。
「俺だと思ってた人」
英。
静かに。
聞く。
「意味が分かりません」
「俺も」
二人。
少し。
笑う。
「先生」
「はい」
「俺たち」
華。
言う。
「多分」
一拍。
「似てる」
英の顔。
少し。
固まる。
でも。
そばかす。
町医者。
その顔で。
小さく。
笑う。
「それは」
「うん」
「少し嫌です」
華。
「何で!」
「華様ですから」
「理由になってない」
「十分です」
すみれ。
離れたところ。
笑う。
五条も。
頭。
振る。
華だけ。
分からない。
◇
その夜。
東昇国の使節団。
宿営。
玄理。
例の医師。
二人。
「なぜ」
玄理が言う。
「英姫のことを」
「申し訳ありません」
「知っているのか」
医師。
黙る。
「答えろ」
「昔」
一拍。
「橘優希殿から」
「何だ」
「一人の幼児を」
「診てほしいと」
玄理の顔。
変わる。
「それが」
「はい」
「平英姫」
「はい」
玄理。
長く。
黙る。
「何を診た」
医師。
声。
低い。
「普通の病ではありません」
「では」
「脳」
玄理の目。
鋭くなる。
「記憶」
一拍。
「人格」
二拍。
「そして」
医師。
玄理を見る。
「その子の中に」
声。
震える。
「別の人間の記憶が」
玄理。
完全に。
黙る。
「優希殿は」
「うん」
「何をしていた」
医師は。
答えた。
「人を」
一拍。
「未来から」
「連れ戻そうとしていました」
玄理の目。
変わる。
「未来?」
医師。
首を振る。
「正確には」
「記憶を」
「人格を」
「技術を」
「残して」
一拍。
「新しい人間へ」
玄理。
窓。
外。
九龍軍。
その中。
華。
「橘華も」
「おそらく」
老人。
長く。
目を閉じる。
「優希」
小さく。
「お前」
そして。
「そこまで」
「やったのか」
◇
同じ夜。
九龍国皇宮。
大和武尊。
報告。
読む。
東昇国。
華と面会。
玄理。
英姫。
接触。
吉田侍従。
横。
「陛下」
「何だ」
「東昇国が」
「気づき始めた」
皇帝。
言う。
吉田。
「何に」
「優希の研究」
「…………」
大和武尊。
目。
閉じる。
「玄理なら」
一拍。
「辿る」
「止めますか」
皇帝。
答えない。
長い。
「いや」
「よろしいので」
「華が」
一拍。
「知るなら」
目。
開く。
「全部」
吉田。
「陛下」
大和武尊。
続ける。
「ただし」
「はい」
「まだ」
少し。
「父親の話はするな」
吉田の目。
変わる。
「橘秀逸殿では」
皇帝。
見る。
「分かっている」
声。
低い。
「私でもない」
吉田。
完全に。
黙る。
「では」
大和武尊。
答えない。
ただ。
一言。
「優希が」
一拍。
「最後まで」
「隠したことだ」
◇
翌朝。
戦況。
大きく。
動く。
東昇国使節。
四国へ。
提案。
鳳国。
軍を停止。
大亀国。
艦隊。
沖へ。
海陸国。
自治権交渉。
そして。
九龍国。
景親。
華。
地図。
「戦争」
華が言う。
「終わる?」
景親。
首を振る。
「まだだ」
「でも」
「兵が止まっただけだ」
「じゃあ」
「次は」
景親。
華を見る。
「政治の戦だ」
華。
嫌な顔。
「そっちの方が面倒」
景親。
笑う。
「よく分かってきたな」
その時。
伝令。
駆け込む。
「大将軍!」
「何だ」
「海陸国王より」
「うん」
「橘華様へ」
全員。
華を見る。
華。
嫌な予感。
「俺?」
「はい」
「何て」
伝令。
文。
読む。
――橘華殿と直接、国の今後について話したい。
華。
頭。
抱える。
「何でみんな俺と話したがるの」
五条。
「お前が余計なことをするから」
英。
横。
「同感です」
華。
二人。
見る。
「最近仲良くない?」
二人。
同時。
「違う」
華。
少し。
不満。
しかし。
その先。
海陸国王との会談。
六国戦争の終結。
そして。
華自身へ。
向けられる。
次の刃。
すでに。
動き始めていた。
第十七話 東昇国の使者 了




