第十五話 華の戦争
第十五話 華の戦争
夜明け前。
九龍軍の陣は。
眠っていなかった。
海陸国。
鳳国。
大亀国。
三方向。
兵だけではない。
情報。
補給。
外交。
すべてが。
同時に動いている。
華は。
地図の前から。
離れられなかった。
「華」
五条が声をかける。
「少し寝ろ」
「無理」
「昨日から寝ていない」
「五条もでしょ」
「俺は慣れている」
「俺も」
「嘘だ」
華は地図を見る。
正面。
海陸国。
峡谷。
伏兵。
西。
反乱軍。
東。
鳳国軍。
南。
大亀国。
その間に。
九龍軍。
「大将軍」
華が言った。
坂上景親が振り返る。
「何だ」
「本隊は」
「三日後だ」
「遅い」
景親の眉が動く。
「三日で来るなら早い方だ」
「そうじゃなくて」
華は地図を指す。
「敵は」
一つ。
「俺たちが本隊と合流するまで待つと思いますか」
景親が黙る。
華は続ける。
「多分」
一拍。
「今夜から動く」
「理由は」
「先鋒三千だけなら」
華は言う。
「潰せる」
景親の目が鋭くなる。
「自分たちが先鋒だと分かっているのか」
「鳳国と大亀国が動いた」
「それで?」
「海陸国だけなら」
華は地図を見る。
「九龍国本隊と正面から戦う理由はない」
一拍。
「だから」
「先鋒を孤立させる?」
「はい」
景親が。
腕を組む。
「兵三千」
「うん」
「敵は少なく見積もっても」
華が数える。
「海陸国八千」
「鳳国は国境に二万」
「大亀国は海軍」
景親が言う。
「普通なら」
「撤退」
華が答える。
「だが」
景親。
華を見る。
「皇帝から撤退命令はない」
「じゃあ」
華が聞く。
「死ぬまで戦う?」
部屋。
静かになる。
武将たち。
顔。
変わる。
華は。
言い方が悪かったと気づく。
でも。
本質。
同じ。
景親は。
怒らない。
「そうなればな」
華は。
少し考える。
「大将軍」
「何だ」
「戦わない方法」
景親の目が。
細くなる。
「何?」
「今すぐ」
華は。
地図。
兵糧路。
川。
山。
「敵と戦わずに」
一拍。
「敵を戦えなくする方法」
◇
「兵糧を焼く?」
武将の一人が。
華を見る。
「子供の考えだ」
華は怒らない。
「そう?」
「敵地で兵糧庫を探して」
男が言う。
「少数で焼きに行けば全滅する」
「そうですね」
華は頷く。
武将が少し驚く。
「じゃあ」
「敵の兵糧を焼くんじゃない」
華は地図を指す。
「運ばせない」
景親が華を見る。
「続けろ」
華は海陸国を見る。
「八千人」
「うむ」
「一日でどれくらい食べる?」
武将が答える。
「米だけで百石近くは必要だ」
華は。
頭の中で計算する。
百石。
一日。
十日。
千石。
さらに馬。
水。
塩。
武器。
矢。
「八千人って」
華が言う。
「一つの場所で食わせ続けるの大変ですよね」
「当然だ」
「なら」
地図。
道。
「補給路は限られる」
景親。
無言。
華は続ける。
「反乱軍は」
「海陸国の内側から補給される」
一つ。
「鳳国の援軍が来るなら」
東。
「山越え」
二つ。
「大亀国は」
南。
「海」
三つ。
「全部」
華が言う。
「切る?」
一人の武将が。
鼻で笑う。
「兵が足りん」
「切らなくていい」
「何?」
「遅らせるだけ」
華は答える。
「橋」
一つ。
「道」
二つ。
「船着場」
三つ。
「倉」
四つ。
「全部壊さなくても」
一拍。
「一日遅らせる」
「二日遅らせる」
「それだけで」
華は言う。
「八千人は困る」
景親の目。
変わる。
「兵を倒さず」
「兵糧だけ追いかける?」
「うん」
華は。
少し。
嫌な顔をする。
「飯がない兵は」
一拍。
「強くても戦えない」
景親は。
長く。
地図を見る。
「斥候長」
「はっ」
「海陸国側の主要な兵站路を三本に絞れ」
「はっ」
「騎兵」
「はい」
「敵軍本体と戦うな」
「では」
「荷駄を狙え」
華が。
少し驚く。
景親が。
本当に採用した。
「大将軍」
「何だ」
「俺の案でいいんですか」
景親が華を見る。
「駄目なら捨てる」
即答。
「だが」
一拍。
「今は使える」
華は。
少しだけ。
嬉しかった。
「ただし」
景親の目が鋭い。
「成功しなければ」
「はい」
「お前も責任を取れ」
華の顔。
止まる。
「軍監ってそこまで?」
「戦に口を出した」
景親が笑う。
「当然だ」
華は。
少し後悔した。
◇
朝。
九龍軍。
動いた。
だが。
敵へは進まない。
むしろ。
分かれた。
騎兵。
百。
さらに。
百。
歩兵。
五百。
本隊。
二千。
華は。
景親の横。
「兵を分けるの危なくない?」
「お前が言った」
「俺は補給路狙えって言っただけ」
「そのためには分けるしかない」
「責任重いな……」
景親が鼻で笑う。
「戦だ」
その一言。
重い。
華は黙った。
◇
昼。
最初の報告。
「東の荷駄隊を発見!」
「数」
「荷車七十!」
景親が。
すぐ命じる。
「護衛は」
「二百ほど」
「騎兵百五十を回せ」
華が口を出す。
「待って」
景親が見る。
「何だ」
「全部取らない方がいい」
武将たち。
華を見る。
「なぜ」
「逃がす」
「何?」
「一部だけ」
華は言う。
「荷物を捨てて逃げさせる」
景親の目。
少し変わる。
「敵に知らせるためか」
「はい」
「何を」
華が答える。
「九龍軍は兵糧を狙ってるって」
武将が言う。
「それを教えてどうする」
「敵が」
華は地図を見る。
「補給の護衛を増やす」
景親が。
理解する。
「戦場の兵を減らす?」
「はい」
華が続ける。
「しかも」
一拍。
「輸送経路を変える」
「そこで」
景親が笑う。
「次の道を読む」
華も。
少し笑う。
「そういうことです」
武将たちが。
黙る。
一人が。
小さく呟く。
「十四歳……」
華は聞こえないふりをした。
◇
夕方。
狙い通り。
海陸国軍。
補給隊の護衛を。
増やした。
さらに。
主要街道を避け。
山道へ。
移動。
しかし。
山道。
狭い。
荷車。
遅い。
「大将軍!」
斥候が。
駆け込む。
「第二の荷駄隊!」
「どこだ」
地図。
指す。
華が見る。
「ここ」
谷。
一本道。
「取れる」
景親が言う。
「いや」
華が止める。
「今度は」
「何だ」
「取らない」
景親が。
じっと見る。
「理由」
「壊すだけ」
「兵糧を」
「半分」
「全部ではなく?」
「全部なくなったら」
華は言う。
「敵は引く」
景親の目が。
変わる。
「半分なら」
「無理して戦う」
華。
頷く。
「でも」
一拍。
「毎日足りなくなる」
景親は。
しばらく。
何も言わない。
「華」
「はい」
「お前」
声。
少し低い。
「怖いな」
華の顔。
止まる。
「俺?」
「ああ」
「五条より?」
「種類が違う」
華は。
少し。
嫌な気分になる。
自分。
敵を。
人ではなく。
数字で。
見ている。
半分。
足りない。
戦わせる。
疲れさせる。
合理的。
でも。
その向こう。
人。
「大将軍」
華が言う。
「やっぱり」
「何だ」
「全部取る?」
景親が。
華を見る。
「なぜ変えた」
「人が」
華は少し。
言葉に詰まる。
「飢える」
景親は。
静かに言う。
「敵兵も人だ」
「うん」
「だが」
一拍。
「敵兵が食えば」
「うん」
「こちらの兵が死ぬ」
華は黙る。
「戦とは」
景親が言う。
「綺麗に勝つものではない」
一拍。
「より多くの味方を生かすために」
「敵へ」
「より悪い選択を押しつける」
華は。
目を伏せる。
「覚えておけ」
「はい」
「ただし」
景親。
さらに。
「それを楽しむようになったら」
華を見る。
「お前は終わりだ」
華は。
ゆっくり。
頷いた。
◇
三日。
九龍軍は。
大きな戦闘をしなかった。
それなのに。
海陸国反乱軍では。
異変が起き始めた。
兵糧。
届かない。
届いても。
少ない。
矢。
減る。
馬。
餌がない。
海陸国軍内部。
苛立ち。
疑念。
「鳳国からの補給は!」
「山道が崩されました!」
「大亀国は!」
「船着場へ入れません!」
「九龍軍はどこだ!」
「確認できません!」
指揮官が。
机を叩く。
「戦ってもいないのに」
一拍。
「なぜ兵糧だけ減る!」
誰も。
答えられない。
◇
一方。
九龍軍。
華は。
別のことを始めていた。
「手を洗って」
兵たち。
困惑。
「華様」
軍医が言う。
「何を」
「怪我人触る前」
華は言う。
「必ず」
「水がもったいない」
「煮た水」
「さらに?」
「傷に泥ついたまま縛るな」
「今までも」
「やってる人とやってない人がいる」
華は。
英を見る。
「先生」
「はい」
「これ」
「必要です」
英が即答。
軍医たち。
英を見る。
町医者。
若い女。
そばかす。
地味。
だが。
言葉。
強い。
「傷口を洗わずに塞げば」
英が言う。
「後で腐ります」
「しかし戦場では」
「だからです」
英は言い返す。
「戦場だから」
「助かる傷で死なせない」
華は。
少し笑う。
「先生、怖い」
「誰のせいですか」
「俺?」
「余計な仕事が増えました」
すみれが。
横で。
薬を整理。
「先生」
「何です」
「華様のおかげで」
一拍。
「軍医方もかなり従うようになりました」
英。
華を見る。
「それは」
少し間。
「良かったです」
華が。
少し嬉しくなる。
「褒めた?」
「いいえ」
「今の褒めた」
「聞き間違いです」
「先生」
「仕事をしてください」
逃げた。
五条が後ろから。
「お前」
「何」
「戦より楽しそうだな」
華は。
英を見る。
「そう?」
「自覚ないのか」
「何が」
五条。
ため息。
「何でもない」
また。
分からない。
◇
その夜。
英は。
軍医所。
重傷兵。
診ていた。
刀傷。
腹。
深い。
軍医が。
首を振る。
「これは」
「まだです」
英が言う。
「しかし」
「すみれ」
「はい」
「湯」
「準備しております」
「糸」
「あります」
華は。
外から。
見ていた。
英の顔。
町医者。
地味。
でも。
目。
全く違う。
集中。
手。
迷いがない。
「縫う?」
華が聞く。
英が一瞬。
見る。
「外へ」
「何で」
「邪魔です」
「俺知ってる」
「だからです」
華。
止まる。
英が。
低い声。
「あなたは」
一拍。
「知りすぎています」
華は。
少しだけ。
意味。
理解する。
外科。
手術。
この時代に。
知られてはいけない。
「分かった」
華は。
素直に出る。
五条が待っている。
「珍しい」
「何が」
「言うことを聞いた」
「患者いるから」
「なるほど」
華は。
軍医所。
見る。
英。
中。
「五条」
「何だ」
「先生」
「うん」
「すごい人だよ」
五条が。
華を見る。
「今頃気づいたか」
「五条は知ってた?」
「お前よりは」
「腹立つ」
◇
四日目。
敵が。
ついに。
動いた。
反乱軍。
八千。
そのうち。
五千。
九龍軍へ。
正面から。
進軍。
「来た」
景親が言う。
華は。
地図。
見る。
「兵糧が限界?」
「おそらく」
「鳳国軍は」
「国境からまだ入っていない」
「大亀国」
「艦隊は海上待機」
華の眉。
寄る。
「何か変」
景親が見る。
「何が」
「海陸国だけ」
「何?」
「戦ってる」
景親。
少し。
考える。
「捨て駒?」
華が言う。
部屋。
静か。
「鳳国も大亀国も」
華は続ける。
「海陸国が九龍軍を削るの待ってる」
景親が。
顔をしかめる。
「反乱軍には」
「援軍が来るって言ってる」
「実際は」
「来ないかもしれない」
華は。
地図を見る。
「なら」
景親。
「どうする」
華は。
少し考える。
「戦う前に」
「うん」
「教える」
「誰に」
「海陸国軍」
景親の目。
動く。
「鳳国も大亀国も」
華は。
言う。
「助けに来ないって」
武将の一人。
「信じると思うか」
「証拠」
華が答える。
「何を」
「鳳国軍の位置」
「大亀国艦隊の位置」
「全部」
一拍。
「見せる」
景親。
理解する。
「降伏を促す?」
「はい」
「戦わずに」
「戦わない方が」
華は言う。
「味方も死なない」
景親は。
長く。
華を見る。
「いい」
「本当に?」
「ああ」
一拍。
「ただし」
「はい」
「使者はお前だ」
華が。
固まる。
「え?」
五条も。
景親を見る。
「大将軍」
「軍監」
景親が言う。
「皇帝直属」
「だから」
「向こうも簡単には殺せん」
華。
完全に。
嫌な顔。
「十分殺される気がする」
「五条をつける」
五条。
「断る」
華が振り返る。
「何で!」
「護衛対象が自分から敵陣へ行くなど」
五条。
頭を抱える。
「仕事として間違っている」
景親。
笑う。
「なら」
華が言う。
「行く」
五条。
「華!」
「これで」
華は敵陣を見る。
「千人でも」
「百人でも」
「死ななくて済むなら」
五条。
黙る。
景親。
少し。
華を見る。
「分かった」
一拍。
「行ってこい」
「軽いな」
「死ぬなよ」
「またそれ!」
◇
敵陣。
華。
五条。
白旗。
二人。
進む。
弓。
向けられる。
槍。
囲む。
「橘華」
敵将が言う。
「太政大臣の子が」
「何の用だ」
華は。
巻物を出す。
「鳳国軍」
一つ。
地図。
「国境から動いてません」
もう一つ。
「大亀国艦隊」
海。
「海陸国南岸へ入ってない」
敵将の顔。
動かない。
周囲。
ざわつく。
「嘘だ」
「確認してください」
「貴様」
「援軍」
華は言う。
「来てません」
敵将。
刀。
手。
「だから何だ」
「あなたたち」
華は。
海陸国兵を見る。
疲れている。
顔。
痩せている。
兵糧。
足りない。
「利用されてます」
空気。
変わる。
「黙れ!」
「鳳国は」
華。
続ける。
「海陸国が九龍軍を削るのを待ってる」
「大亀国も」
「その後」
「どちらが勝っても」
一拍。
「弱った国へ出てくる」
敵将。
華を睨む。
「証拠は」
「ここ」
地図。
「鳳国軍は二万」
「国境にいる」
「二万あれば」
一拍。
「今すぐ攻められる」
「なのに」
華が言う。
「来ない」
敵将。
沈黙。
兵たち。
ざわつく。
華は。
さらに。
「海陸国が」
声。
大きく。
「本当に独立したいなら」
一拍。
「九龍国と戦う前に」
「鳳国と大亀国に」
「聞いた方がいい」
敵将。
眉。
「何を」
華。
答える。
「勝った後」
一拍。
「海陸国を独立国として扱うのか」
静寂。
「それとも」
華。
続ける。
「次の属国にするのか」
敵兵。
ざわめき。
敵将。
顔。
変わる。
図星。
だった。
◇
その日の夕方。
海陸国軍。
動かなかった。
五千。
正面。
止まる。
翌朝。
使者。
九龍軍へ。
「停戦交渉を」
景親が。
華を見る。
「成功したな」
華は。
息を吐く。
「まだ」
「何が」
「鳳国と大亀国が」
華は。
東。
南。
見る。
「これで黙ってるとは思えない」
景親。
頷く。
その予想。
すぐ。
当たる。
◇
夜。
急報。
「鳳国軍!」
「何だ!」
「国境突破!」
景親が立つ。
「兵数!」
「一万二千!」
もう一人。
「大亀国艦隊!」
息。
切らす。
「南岸へ上陸開始!」
華。
目を閉じる。
来た。
海陸国が。
止まった。
だから。
二国が。
自分で動いた。
「大将軍」
華が言う。
「何だ」
「これで」
地図。
見る。
「海陸国の反乱じゃない」
一拍。
「完全に」
景親が答える。
「六国戦争の入口だ」
華。
少し。
地図。
東昇国。
見る。
まだ。
動かない。
その国だけが。
沈黙。
「東昇国」
華が呟く。
五条。
「何だ」
「多分」
華。
嫌な予感。
「最後に動く」
景親が。
華を見る。
「理由」
「一番」
華は言う。
「頭がいいから」
そして。
その頃。
遠い東。
東昇国。
大書院。
一人の老人が。
九龍国から届いた報告書を。
読んでいた。
その中。
一つの名前。
橘華。
老人。
目を細める。
「橘優希の」
一拍。
「子か」
周囲の学者が。
顔を上げる。
老人は。
静かに。
命じた。
「九龍国へ使者を」
「戦争へ参加されるので?」
老人は。
首を振る。
「違う」
橘華。
その名を。
もう一度。
見る。
「会ってみたい」
一拍。
「この少年に」
戦争。
軍事。
だけではない。
六国の頭脳。
東昇国。
ついに。
華へ。
目を向けた。
第十五話 華の戦争 了




