第十四話 海陸国反乱
第十四話 海陸国反乱
翌朝。
華は、起きてすぐに違和感へ気づいた。
屋敷が騒がしい。
足音。
使者。
役人。
馬。
普段より明らかに多い。
「五条」
「起きている」
「何があった?」
「まだ分からん」
五条はすでに刀を腰へ差している。
華も起き上がる。
昨夜まで。
母。
研究室。
義弘。
皇帝。
自分自身。
考えることはいくらでもあった。
だが。
都は。
華の都合など待たない。
戸が開く。
家令。
「華様」
「何?」
「太政大臣様より」
一拍。
「すぐに広間へとのことでございます」
華と五条。
顔を見合わせる。
◇
広間。
父・橘秀逸。
源義弘。
数人の官吏。
そして。
壁には。
六国の地図。
華は入った瞬間。
何となく理解した。
これは。
自分の出生の話ではない。
国。
「何があったの?」
秀逸が華を見る。
一瞬。
言い方を注意しようとした顔。
だが。
今は。
それどころではないらしい。
「海陸国で反乱だ」
華の目が。
地図へ。
海陸国。
九龍国の西。
中国・四国地方に当たる国。
かつて九龍国と戦い。
敗北。
現在は属国。
「規模は?」
華が聞く。
官吏の一人が。
少しだけ驚く。
十四歳の少年にする質問ではない。
秀逸は気にしない。
「現時点で確認されている兵は約八千」
華の眉が動く。
「八千」
大きい。
ただの地方反乱ではない。
「中心は?」
「海陸国旧王家に近い豪族」
「国王は?」
「表向きは反乱を否定している」
華は地図へ近づく。
海陸国は。
形式上。
王家を残している。
九龍国への貢納。
軍事上の制限。
一部官僚の派遣。
実質的な属国。
だが。
完全併合ではない。
「八千人集めるのに」
華が言う。
「誰も気づかなかった?」
部屋。
少し静かになる。
義弘が答える。
「気づいておりました」
華が見る。
「じゃあ何で」
「集結そのものは」
義弘が言う。
「海賊対策と称しておりました」
「武器も?」
「はい」
「兵糧も?」
「一部は」
華は地図を見る。
「分かりやすい」
秀逸が言う。
「何が」
「最初から反乱する気だった」
華が指す。
「ただ」
海陸国。
「八千だけなら」
一拍。
「九龍国に勝てない」
秀逸の目が僅かに変わる。
「理由は」
「九龍国が強いから」
華は単純に答える。
「海陸国は一度負けてる」
「だから?」
「負けた理由を知らないほど馬鹿じゃない」
義弘が華を見る。
「続けてください」
華は少し考える。
「単独じゃない」
秀逸。
「鳳国か」
「多分」
華は鳳国を見る。
中部。
九龍国の東。
そして。
さらに南西。
大亀国。
「大亀国も」
部屋の空気が変わる。
官吏の一人が言う。
「根拠は?」
華はその男を見る。
「鳳国と大亀国は同盟してる」
「それだけでは」
「海陸国が反乱したら」
華は地図を指す。
「九龍国の主力は西へ動く」
一つ。
「その間に鳳国が東から圧力」
二つ。
「大亀国が海上から」
三つ。
「これなら」
華は言う。
「九龍国を三方向に分けられる」
沈黙。
秀逸の目。
少し。
厳しくなる。
「それを」
一拍。
「十四歳のお前が考えるか」
華は少し困る。
「普通じゃない?」
義弘が小さく。
笑う。
「普通ではございません」
また。
これだ。
◇
「東昇国は?」
華が聞く。
秀逸が答える。
「中立」
「本当に?」
「現時点では」
華は東の大国を見る。
東昇国。
軍事力は。
九龍国。
鳳国。
大亀国。
極星国。
これらより。
やや劣る。
だが。
学問。
文化。
技術。
人材。
圧倒的。
六国全体から。
尊敬される。
だからこそ。
不用意に敵に回しにくい。
「東昇国が動いたら」
華が呟く。
秀逸。
「どうなる」
「戦争の勝敗より」
一拍。
「どっちが正しいかを決められる」
官吏たちが華を見る。
華は説明する。
「文化の中心なんでしょ」
「そうだ」
「東昇国の学者とか寺とか」
「うん」
「六国中で影響力ある」
「ある」
「なら」
華は言う。
「軍を出さなくても」
一拍。
「九龍国は侵略国だって言われたら面倒」
秀逸の口元が。
僅かに動く。
「その通りだ」
華は。
地図を見る。
戦争。
兵だけではない。
情報。
正当性。
外交。
母が作った行政制度。
この時代。
思った以上に。
現代と。
似ている。
◇
「それで」
華が父を見る。
「俺を何で呼んだの?」
部屋。
静か。
秀逸が。
すぐには答えない。
嫌な予感。
「父上?」
「皇帝陛下から」
秀逸が言う。
「命が下った」
「誰に」
「お前に」
華が固まる。
「俺?」
義弘。
少し目を伏せる。
嫌な予感。
確定。
「何をしろって」
秀逸が答える。
「海陸国へ行け」
華は。
数秒。
何も言えなかった。
「……俺を?」
「そうだ」
「十四歳」
「知っている」
「戦争」
「そうだ」
「何で?」
秀逸の眉間に。
深い皺。
「私が聞きたい」
華は。
義弘を見る。
「義弘さん」
「陛下の勅命です」
「止めなかった?」
「止められる立場ではございません」
「関白は?」
「反対されました」
「父上は」
華が秀逸を見る。
「反対した?」
秀逸の目。
鋭い。
「当然だ」
そこだけ。
即答。
華は少し。
安心する。
「じゃあ何で」
「陛下が」
秀逸の声。
低い。
「お前を軍監として同行させると」
華の顔。
変わる。
「軍監?」
軍を率いる。
ではない。
監視。
報告。
皇帝直属。
「誰の軍?」
「征西大将軍・坂上景親」
華は知らない。
「強い?」
「戦なら」
秀逸。
「九龍国で五指に入る」
「政治は?」
秀逸が少し嫌そうな顔。
「弱い」
「分かりやすいな」
義弘が。
少し笑う。
「ただ」
秀逸が続ける。
「景親は忠実だ」
「誰に」
「皇帝に」
華は。
少し考える。
皇帝。
自分を。
戦場へ。
なぜ。
試す?
殺す?
守る?
どれ。
「陛下は」
華が言う。
「俺が何するか見たい?」
秀逸は。
答えない。
義弘が言う。
「その可能性はございます」
「俺、戦争したことない」
「皆最初はそうです」
「そういう問題?」
華は頭を抱える。
また。
面倒が。
増えた。
◇
同じ頃。
皇宮。
吉田侍従が。
大和武尊の横。
「陛下」
「何だ」
「橘華様を海陸国へ送られる件」
「まだ言うか」
「はい」
吉田は。
平然。
「危険にございます」
「戦場だからな」
「それだけではございません」
「分かっている」
「では」
「だから送る」
吉田の目が。
少し。
変わる。
皇帝は。
地図を見る。
「海陸国」
一つ。
「鳳国」
二つ。
「大亀国」
三つ。
「この三国が」
一拍。
「どこまでつながっているか」
吉田。
「華様に見極めさせるので?」
「違う」
皇帝が言う。
「華が」
一拍。
「何を見るかを」
吉田は。
黙る。
「陛下」
「何だ」
「華様を」
言葉を選ぶ。
「試しておられますか」
大和武尊。
答えない。
「それとも」
吉田が続ける。
「育てようとなさっているのですか」
皇帝の目。
僅かに。
動く。
「どちらでもない」
「では」
大和武尊。
ゆっくり言う。
「確認だ」
「何を」
皇帝は。
地図。
海陸国。
見る。
「優希が」
一拍。
「何を作ったのか」
吉田の顔から。
笑みが消えた。
◇
関白邸。
平岳。
不機嫌。
非常に。
不機嫌。
「馬鹿か」
その一言。
正面。
藤宮。
輿椅子。
英姫。
面紗。
すみれ。
「誰がでございますか」
藤宮が聞く。
「皇帝だ」
英姫が。
僅かに。
顔を上げる。
「父上」
「何だ」
「その発言は」
「誰が聞いても同じことを言う」
岳は。
完全に怒っている。
「十四歳を戦場へ送る?」
一歩。
「軍監?」
二歩。
「遊びではない!」
藤宮が言う。
「陛下は華を試すつもりでしょう」
「だから馬鹿だと言っておる」
岳が。
息を吐く。
「優希なら」
そこで。
止まる。
英姫。
面紗の向こう。
「何ですか」
「いや」
「母上の話ですか」
「違う」
藤宮が。
横を見る。
父。
分かりやすい。
「父上」
「何だ」
「英姫も行かせては?」
岳の目。
完全に。
息子へ。
「何を言っている」
英姫も。
「兄上?」
藤宮は平然。
「医者が必要になる」
「軍医はいる」
「華は怪我をする」
岳。
沈黙。
英姫。
沈黙。
すみれ。
少し。
目を伏せる。
「なぜそう言い切る」
岳が聞く。
「華ですから」
藤宮。
即答。
何となく。
全員。
納得。
岳。
「それは理由にならん」
「しかし」
藤宮が続ける。
「英姫の医術は」
一拍。
「戦場で役立つ」
英姫が言う。
「行きます」
岳の眉。
動く。
「誰が許可した」
「まだお願いしておりません」
「では」
「今、お願いしました」
「駄目だ」
「では町医者として行きます」
岳。
止まる。
藤宮。
顔を背ける。
すみれ。
少し笑う。
「英姫」
「はい」
「お前は」
岳が。
額を押さえる。
「優希に似すぎた」
英姫。
少し。
沈黙。
「褒め言葉として」
「受け取るな」
岳は即答した。
◇
「先生も来る?」
その日の午後。
華の前。
町医者姿の英。
そばかす。
地味。
横。
すみれ。
「はい」
「何で?」
「医者ですから」
「戦場に?」
「怪我人が出ます」
「危ないよ」
英が華を見る。
「華様に言われたくありません」
「俺は命令」
「私も」
英が答える。
「誰の?」
「自分のです」
華は。
少し笑う。
「強いね」
「何が」
「そういうところ」
英は。
少しだけ。
華を見る。
「華様」
「何?」
「戦場で」
一拍。
「無茶をしないでください」
「しない」
五条が後ろから。
「嘘だ」
すみれも。
「難しいかと」
華が振り返る。
「何で全員そう思うの」
英が。
僅かに。
笑う。
「これまでを拝見しておりますので」
華は。
不満そう。
でも。
少し。
嬉しかった。
◇
翌朝。
西門。
軍。
数千。
槍。
弓。
馬。
兵糧車。
華は。
初めて。
本物の軍勢を見る。
「……多い」
五条。
「これでも先鋒だけだ」
「何人」
「三千」
「三千」
前世。
数字なら。
見たことがある。
三千人。
でも。
実際に。
三千人が。
武器を持って並ぶ。
圧力。
違う。
中央。
馬上。
大きな男。
四十代。
顔。
日焼け。
筋肉。
派手さ。
ない。
でも。
兵が。
自然に。
周囲を空ける。
「あれ?」
華が聞く。
「坂上景親」
征西大将軍。
景親が。
華を見る。
馬を進める。
下りない。
上から。
「お前が橘華か」
「はい」
「十四」
「はい」
景親。
華を。
上から下まで。
見る。
「帰れ」
華。
固まる。
「え?」
「戦場は子供の来るところではない」
「勅命です」
「知っている」
「なら」
「陛下には」
景親が言う。
「私が叱られる」
華は。
少し。
この人。
嫌いじゃない。
「俺」
華が言う。
「邪魔しません」
景親の目。
動く。
「軍監が?」
「何もしない」
「それでは軍監ではない」
「見るだけ」
「見たものを」
景親が言う。
「皇帝へ報告するのだろう」
「はい」
「それを邪魔と言う」
華は。
少し。
笑った。
「じゃあ」
「何だ」
「報告したくないものは見ないようにします」
景親。
沈黙。
五条が。
華の後ろ。
額を押さえる。
景親の口元。
僅かに。
動く。
「面倒な小僧だな」
「よく言われます」
「誰に」
「全員に」
景親。
今度は。
明らかに笑った。
「よし」
手綱。
返す。
「死ぬな」
「みんなそれ言う」
「言われる理由を考えろ」
また。
同じ。
◇
軍は。
西へ。
進んだ。
華。
馬。
五条。
横。
英とすみれ。
少し後ろ。
英は。
町医者として。
軍医団へ加わる。
華は。
何度か。
振り返る。
「華様」
英。
「何でしょう」
「前を向いてください」
「何で分かった」
「五回目なので」
「数えてた?」
「はい」
すみれ。
少し笑う。
五条。
「六回目だ」
「五条は数えるな」
軍。
長い列。
京。
遠ざかる。
華は。
何となく。
胸。
ざわつく。
母。
研究室。
皇帝。
出生。
全部。
途中。
なのに。
戦争。
そして。
その頃。
華たちの。
さらに西。
海陸国。
◇
旧王都。
地下。
大きな部屋。
男たち。
集まる。
海陸国の豪族。
旧王家。
兵。
そして。
一人。
鳳国の衣を着た使者。
もう一人。
大亀国の海軍武官。
机。
地図。
「九龍軍」
男が言う。
「出ました」
「何人」
「先鋒三千」
「本隊は」
「四日後」
鳳国使者。
「予定通りです」
大亀国武官。
「九龍の主力が西へ集まれば」
地図。
海。
指す。
「こちらが動く」
「鳳国は」
「国境へ二万」
部屋。
ざわつく。
「戦争になる」
誰か。
言う。
鳳国使者が。
静かに答える。
「すでに」
一拍。
「始まっております」
その時。
別の男。
入る。
「報告」
「何だ」
「九龍軍に」
一拍。
「橘華が同行」
部屋。
静か。
海陸国側。
知らない者も多い。
鳳国使者。
顔が変わる。
大亀国武官も。
「橘華?」
「はい」
鳳国使者。
「確かか」
「太政大臣の一子」
「十四歳」
「はい」
使者。
少し。
考える。
「殺す」
即答。
海陸国の男が。
「子供ですぞ」
鳳国使者が。
冷たい目。
「だからだ」
「なぜ」
「今なら」
一拍。
「まだ子供で済む」
誰も。
意味。
分からない。
ただ。
大亀国の武官だけが。
黙っている。
「大亀国殿」
鳳国使者が聞く。
「異論が?」
「ない」
武官が言う。
「ただし」
一拍。
「殺すのは我々ではない」
「では」
武官。
地図。
九龍軍の進路。
指す。
「本人に」
一拍。
「戦場で死んでもらう」
その背後。
暗闇。
一人の男。
静かに。
話を聞いている。
京から。
逃げた男。
平司。
彼は。
初めて。
知る。
華を殺したい者が。
自分や雅山だけでは。
なかったことを。
◇
夕方。
九龍軍。
野営。
華は。
地図を見ていた。
景親。
五条。
数名の武将。
「ここ」
華が言う。
「何だ」
景親。
「街道」
「それが?」
「狭い」
「山間だからな」
「通る?」
「当然だ」
「兵三千全部?」
景親が。
華を見る。
「何が言いたい」
華は。
地図。
指す。
「俺なら」
一拍。
「ここで襲う」
武将の一人。
鼻で笑う。
「子供の軍略か」
華が。
その男を見る。
怒らない。
「はい」
「理由は」
「逃げ道が少ない」
一つ。
「前後を塞げる」
二つ。
「上から弓」
三つ。
「兵糧車から狙えば」
四つ。
「戦わなくても困る」
景親。
目。
変わる。
「兵糧」
華は頷く。
「人を殺すより」
一拍。
「飯を殺す方が簡単」
部屋。
静か。
前世。
歴史。
戦争。
兵站。
常識。
でも。
華は。
自分で口にして。
少し嫌になる。
人を。
数字で。
見始めている。
景親が。
立つ。
「斥候を倍に」
武将。
「大将軍」
「道の上も見ろ」
「はい」
華は。
少し驚く。
「信じるんですか」
景親が。
華を見る。
「信じてはいない」
「じゃあ」
「確認する」
華は。
少し笑う。
この人。
好きかもしれない。
その夜。
斥候が。
戻る。
「大将軍!」
「何だ」
「峡谷上部に」
息。
荒い。
「伏兵!」
野営。
空気。
一変。
景親。
華を見る。
華も。
地図を見る。
予想。
当たった。
でも。
嬉しくない。
「数は」
景親が聞く。
「確認できただけで」
一拍。
「二千!」
華の顔。
変わる。
二千。
反乱軍。
八千。
これ。
本当に。
反乱か?
「大将軍」
華が言う。
「何だ」
「海陸国だけじゃない」
景親の目が。
細くなる。
華は。
地図。
鳳国。
大亀国。
見る。
「これ」
声。
小さい。
「戦争だ」
その瞬間。
夜空。
遠く。
赤い火。
一つ。
二つ。
三つ。
狼煙。
西。
そして。
南。
景親。
立ち上がる。
伝令が。
駆け込む。
「急報!」
「言え!」
「鳳国軍!」
一拍。
「国境へ進軍開始!」
もう一人。
続く。
「大亀国艦隊!」
息。
切らし。
「海陸国南岸へ接近!」
華は。
地図を見た。
三方向。
予想。
当たった。
そして。
その瞬間。
橘華は。
初めて。
六国の歴史を変える戦争の。
中心へ。
立たされることになった。
第十四話 海陸国反乱 了




