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九龍の華 ―死んだはずの大学生、平安の世で天下を読む―』  作者: あめのひくもり


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第十三話 源義弘の告白

第十三話 源義弘の告白


華は、一晩眠れなかった。


机の上。


母・橘優希が残した手紙。


最後の一文。


皇帝があなたを自分の子だと言い出した時こそ、最も警戒しなさい。


何度読んでも。


意味が変わるわけではない。


「……何で皇帝が俺の父親だって言うんだよ」


小さく呟く。


今の父は。


橘秀逸。


華はそう教えられてきた。


母・優希が宮中で出会い。


結婚した男。


そして昨日。


ようやく会った。


まだ。


父親という実感は薄い。


それでも。


あの人が自分の父だと思っている。


ところが。


母は。


将来。


皇帝が。


自分を息子だと言い出すことを。


予測していた。


なぜ。


華は手紙を裏返す。


何もない。


光へ透かす。


炙る。


何も出ない。


「肝心なところを書いてよ……」


母親に文句を言いたくなる。


だが。


その母は。


もういない。


     ◇


「入るぞ」


声。


五条。


「もう入ってるじゃん」


華が顔を上げる。


五条は普通に部屋へ入っていた。


「返事を待って刺客が止まるか」


「ここ家の中だよ」


「昨日までのことをもう忘れたのか」


「忘れない」


華は答える。


本当に。


忘れられない。


昨日。


地下研究施設。


老人の死。


人工生体培養槽。


E-01。


H-01。


そして。


母の手紙。


五条が机を見る。


「読んだのか」


「全部」


「何と」


華は。


少し迷った。


――源義弘を信じなさい。


――ただし、すべてを話してはいけません。


母の言葉。


だから。


五条にも。


全部話すべきではない。


そう思う。


でも。


「俺」


華は言った。


「多分」


五条を見る。


「普通に生まれてない」


五条は黙る。


驚かない。


「知ってた?」


「知らん」


「じゃあ何で驚かない」


「驚いている」


「顔に出してよ」


「無理だ」


相変わらず。


分かりにくい。


華は研究記録を開く。


「ここに」


文字。


人工生体培養


五条には読めない。


「この文字」


華が言う。


「俺の昔の記憶にある」


「昔」


「ああ」


「前に言った『いた時代』か」


華が五条を見る。


覚えていた。


「五条」


「何だ」


「俺」


少しだけ。


息を吸う。


「昔の記憶がある」


五条は何も言わない。


「この世界じゃない」


沈黙。


「いや」


華は訂正する。


「この世界かもしれない」


「どういう意味だ」


「分からない」


本当に。


分からない。


「俺の記憶では」


華は言う。


「もっとずっと進んだ時代にいた」


「どれくらい」


「説明しにくい」


「してみろ」


華は考える。


「夜でも昼みたいに明るい」


「油を大量に使うのか」


「使わない」


「では何だ」


「電気」


五条が黙る。


「馬がいなくても」


華は続ける。


「何十人、何百人を乗せて走る乗り物がある」


「船か」


「陸で」


五条の目が少し変わる。


「空も飛ぶ」


「鳥か」


「人が」


五条は。


しばらく華を見る。


「頭を打ったか」


「真面目に話してる!」


「真面目だから困っている」


華は頭を抱える。


やはり。


説明しにくい。


「その時代で」


華が続ける。


「俺は大学生だった」


「だいがくせい」


「学問をする場所」


「寺か」


「まあ……似たようなもの」


全然違う。


でも。


今はそれでいい。


「脳に病気ができた」


華が頭を指す。


「手術を受けて」


言葉。


止まる。


「死んだ」


五条の目が。


僅かに動いた。


「そう思ってた」


「思っていた?」


「研究室の記録を見るまでは」


華は。


母の資料を指す。


「俺は転生したと思ってた」


「てんせい」


「死んで、別の人間として生まれ直した」


「仏教の輪廻か」


「近い」


五条は腕を組む。


「では違うのか」


華は。


ゆっくり頷く。


「多分」


自分で言うと。


怖い。


「俺の記憶」


一つ。


「考え方」


二つ。


「知識」


三つ。


「そういうものを」


華は研究記録を見る。


「何かの技術で残して」


一拍。


「この身体に入れた」


五条は黙った。


「母上が」


華の声。


小さくなる。


「俺を作った」


長い。


沈黙。


五条は。


華を見る。


「それで」


「何?」


「お前は人ではないのか」


華の胸。


止まる。


「……分からない」


「馬鹿か」


華が固まる。


「何で!」


「腹が減るか」


「減る」


「血は出る」


「出る」


「痛い」


「痛い」


「泣く」


「……多分」


「なら人だ」


華は五条を見る。


「そんな簡単?」


「俺にはそれ以上分からん」


五条は平然と答えた。


「人間とは何かなど、坊主に聞け」


「オジィ?」


「ああ」


華は。


少しだけ。


笑った。


多分。


説庵なら。


もっと面倒な答えをする。


「五条」


「何だ」


「ありがとう」


「気持ち悪い」


「そこは普通に受け取れよ」


     ◇


朝。


華は。


父・秀逸と朝食を取った。


二人だけ。


昨日まで。


父の顔を見るたび。


少し緊張した。


今日は違う。


別の意味で。


見てしまう。


秀逸の目。


鼻。


輪郭。


手。


自分に似ている?


「何だ」


秀逸が箸を止める。


「何が?」


「さっきから私の顔を見ている」


「似てるかなって」


「何が」


「俺と父上」


秀逸の目。


一瞬。


止まる。


「昨日もその話をしただろう」


「皇帝には似てないって言われた」


今度は。


明確に。


秀逸の箸が止まった。


華は見逃さない。


「父上」


「何だ」


「皇帝って」


一拍。


「母上のこと好きだった?」


空気。


凍る。


完全に。


華は。


聞いてから。


少し後悔した。


秀逸が。


ゆっくり箸を置く。


「誰に聞いた」


「誰にも」


「なら」


「そういう反応するから」


秀逸が目を閉じる。


「華」


「はい」


「お前は」


一拍。


「もう少し人の顔を見ないようにしろ」


「無理」


「なぜ」


「見えるから」


秀逸がため息。


「優希と同じことを言う」


また。


母と。


同じ。


「母上は」


華が聞く。


「陛下に好かれてた?」


秀逸は。


しばらく。


答えなかった。


やがて。


「陛下は」


言葉を選ぶ。


「優希を非常に高く評価していた」


「それだけ?」


「それ以上は」


「分からない?」


「言わない」


華は少し目を細める。


「父上は嫉妬した?」


秀逸の目。


冷たい。


「華」


「すみません」


今度は。


本能的に謝った。


「でも」


華は続ける。


「聞きたいことがある」


「何だ」


「もし」


母の手紙。


その言葉。


直接聞くべきか。


迷う。


――すべてを話してはいけません。


母は。


義弘について書いた。


父については。


何もない。


だから。


「皇帝が」


華は言った。


「俺を自分の息子だと言ったら」


秀逸の顔。


完全に。


止まった。


華の心臓。


跳ねる。


「父上?」


返事なし。


「そういう可能性」


「誰に聞いた」


声。


低い。


さっきとは。


違う。


「母上」


秀逸が。


立ち上がった。


「優希が?」


華も少し驚く。


ここまでの反応。


初めて。


「手紙」


「どこで見つけた」


華は答えない。


「華」


「言えない」


「私にも?」


「うん」


秀逸は華を見る。


長く。


そして。


座り直した。


怒鳴らない。


無理に聞かない。


「そうか」


それだけ。


華が逆に驚く。


「怒らない?」


「お前が言えないと言うなら」


秀逸は茶を取る。


「理由があるのだろう」


華は。


父を見る。


「父上」


「何だ」


「皇帝がそう言ったら」


秀逸の手。


少しだけ。


止まる。


「どうすればいい」


「信じるな」


即答。


華の目が変わる。


母と同じ。


「なぜ」


秀逸は。


華を見る。


「お前は」


一拍。


「私の子だ」


その言葉。


華の胸へ。


妙に。


重く入る。


「血が?」


華が聞く。


秀逸の表情。


一瞬。


変わる。


「何だ」


「血がつながってる?」


秀逸は。


答えなかった。


華の顔から。


少しずつ。


表情が消える。


「父上」


「華」


「答えて」


「今は」


「今は?」


また。


「またそれ?」


華の声が。


少し強くなる。


「みんな」


「今は」


「まだ早い」


「知れば危険」


「そればっかり」


秀逸は黙る。


華は立ち上がる。


「俺の父親なのに」


声。


少し震える。


「それすら教えられないの?」


秀逸の顔。


痛そうに。


見えた。


華は初めて。


そう思った。


「華」


「何」


「父親とは」


秀逸が。


静かに言う。


「血だけで決まるものか」


華は答えない。


「私は」


一拍。


「お前を自分の息子だと思っている」


「思ってる?」


「そうだ」


「じゃあ」


華は。


言う。


「血は違うんだ」


沈黙。


それで。


十分だった。


華は。


ゆっくり座る。


不思議。


悲しい。


というより。


空白。


「そうなんだ」


「華」


「大丈夫」


大丈夫ではない。


でも。


今。


何を言えばいいか。


分からない。


「母上が」


華は呟く。


「俺を作ったから?」


秀逸の顔が。


一変した。


「何?」


華は。


しまった。


と思った。


言うつもりはなかった。


「今」


秀逸が立つ。


「何と言った」


華は。


口を閉ざす。


「華」


「言えない」


「優希が」


秀逸の声。


初めて。


明らかに震えている。


「お前に何をした」


「父上」


「答えろ」


「嫌だ」


二人。


目が合う。


その時。


     ◇


「失礼いたします」


家令。


戸の外。


「蔵人頭・源義弘様がお見えにございます」


華と秀逸。


同時に。


顔を上げる。


「通せ」


秀逸が言う。


華が止める。


「待って」


父を見る。


「俺が話したい」


秀逸が華を見る。


「二人で」


「私に聞かれて困ることか」


「分からない」


秀逸の眉が動く。


華は続けた。


「でも」


母の手紙。


――源義弘を信じなさい。


――ただし、すべてを話してはいけません。


「一度」


華が言う。


「義弘さんと二人で話したい」


父。


沈黙。


長い。


「分かった」


意外だった。


「いいの?」


「よくない」


秀逸が立つ。


「だが」


華の横を通る。


「お前に自分で考えろと言ったのは私だ」


戸。


開く。


出ていく。


華は。


父の背中を見る。


また。


少しだけ。


父親に見えた。


     ◇


源義弘は。


一人で入ってきた。


「華様」


「座って」


義弘が座る。


華は。


正面。


見る。


「義弘さん」


「はい」


「母上から」


義弘の目が僅かに変わる。


「あなたを信じろって」


沈黙。


義弘の顔。


初めて。


完全に崩れた。


「……優希様が?」


「うん」


「どこで」


華は答えない。


「それは言えない」


義弘は。


しばらく。


目を閉じる。


「そうでございますか」


華は。


研究記録。


写真。


全部。


机の下に隠している。


見せない。


「聞きたい」


「何でしょう」


「俺」


一拍。


「どうやって生まれた」


義弘の呼吸。


止まる。


それだけで。


答えは出た。


知っている。


「やっぱり知ってる」


義弘は。


ゆっくり。


華を見る。


「どこまで」


「先に答えて」


「華様」


「母上が俺を作った?」


義弘の目。


揺れる。


「普通に生まれたんじゃない?」


義弘。


沈黙。


「英先生も?」


さらに。


沈黙。


華は。


拳を握る。


「お願い」


声。


少しだけ。


子供に戻る。


「俺」


一拍。


「自分が何なのか知りたい」


義弘の顔が。


変わった。


蔵人頭。


情報組織の長。


ではない。


昔。


優希の護衛だった男。


「華様」


義弘が。


ゆっくり言う。


「一つ」


「うん」


「まず」


華を見る。


「あなた様は人間です」


華の胸。


少しだけ。


緩む。


「それは」


義弘が続ける。


「絶対に疑われてはなりません」


「でも」


「人工的に生み出されたとしても」


華の目。


大きくなる。


「やっぱり」


「はい」


義弘は。


ついに。


認めた。


「華様は」


一拍。


「優希様が遺伝子工学と呼んでいた技術によって誕生されました」


華は。


息を吐く。


知っていた。


でも。


他人の口から聞く。


重さが違う。


「父上は」


華が聞く。


「生物学的な父じゃない?」


義弘が答える。


「はい」


「皇帝も?」


義弘の顔。


止まる。


「答えて」


「違います」


即答だった。


華の心臓。


跳ねる。


「じゃあ」


「華様に」


義弘が言う。


「一般的な意味での父親は存在しません」


静寂。


「……存在しない」


「はい」


華は。


机を見る。


「母上の卵子は?」


義弘は。


少し迷う。


「それも」


「違う?」


「優希様ご自身のものではないと聞いております」


華は。


完全に。


止まる。


「じゃあ母上も」


「生物学上の母ではありません」


華。


無言。


でも。


不思議と。


さっきほど。


辛くない。


母の手紙。


――私の実験体ではありません。


――私の息子です。


「でも」


華が言う。


「母上なんだ」


義弘の目が。


僅かに潤む。


「はい」


「俺を」


華は小さく笑う。


「母上が生んだわけじゃなくても」


「はい」


「母上なんだよね」


義弘は。


深く。


頭を下げた。


「優希様は」


声。


少し震える。


「誰よりも」


一拍。


「あなた様の母でございました」


     ◇


華は。


しばらく。


何も言えなかった。


やがて。


「英先生は?」


義弘の顔が。


また固くなる。


「それは」


「第一世代」


義弘の目が。


大きくなる。


華は。


言いすぎた。


でも。


戻せない。


「知ってる」


華は言う。


「E-01」


義弘。


完全に。


言葉を失う。


「どこで」


「言えない」


「華様」


「母上に全部話すなって言われた」


義弘が止まる。


そして。


ほんの少し。


笑った。


「……優希様らしい」


「本当に面倒」


華も。


少し笑う。


「英先生は」


「はい」


義弘が答える。


「華様より三年前に誕生された」


一拍。


「最初の人格継承実験体です」


華は。


分かっていても。


息を呑む。


「外科医」


「ご存じで」


「うん」


「前世」


華が言う。


「じゃない?」


義弘は頷く。


「英姫様ご自身の前世ではありません」


華の目が変わる。


「人格情報の元になった人?」


「はい」


「医者」


「旧文明時代の外科医であったと」


「名前は」


「知りません」


華は考える。


英は。


別人。


外科医の記憶・技能を持っている。


でも。


平英姫。


「本人は知ってる?」


「一部だけ」


「どこまで」


「自分が」


義弘が言う。


「普通に生まれた人間ではない可能性」


「それだけ?」


「外科医の記憶が自分のものではないことも」


「じゃあ」


華の顔。


少し暗くなる。


「平岳さんが本当の父じゃないのも?」


義弘は頷く。


「平岳様は」


「知ってる?」


「はい」


「英先生の正室のお母さんは?」


義弘が少し目を伏せる。


「病床にありました」


「聞いてる」


「正室様は」


義弘が続ける。


「英姫様が平家へ迎えられた際」


一拍。


「すべてをご承知のうえで娘として受け入れられました」


華は。


少し驚く。


「本当に?」


「はい」


「二か月後に亡くなった」


「病によって」


「英先生のために殺されたんじゃない?」


義弘の目が鋭くなる。


「違います」


はっきり。


「優希様も平岳様も」


一拍。


「そのようなことはなさいません」


華は。


少しだけ。


安心した。


     ◇


「もう一つ」


華が言う。


「皇帝」


義弘の顔から。


表情が消える。


「母上を殺した?」


沈黙。


「昨日」


華が続ける。


「研究室にいた人も」


義弘の目。


一瞬。


鋭くなる。


「研究室?」


しまった。


「今の忘れて」


「無理でございます」


「俺と同じこと言わないで」


義弘が身を乗り出す。


「どこの研究室です」


「言えない」


「華様」


「母上が全部話すなって」


「しかし」


「義弘さん」


華は。


真正面から見る。


「質問に答えて」


義弘が止まる。


「皇帝が母上を殺した?」


長い。


沈黙。


そして。


「はい」


義弘は。


答えた。


華の胸。


何かが。


落ちる。


分かっていた。


ほぼ。


でも。


確定。


した。


「どうやって」


「直接手を下したわけではありません」


「命令?」


「はい」


「理由」


義弘は。


目を閉じる。


「一つではございません」


華は黙る。


「陛下が即位なされるまで」


義弘が言う。


「皇位を巡る争いがございました」


「兄弟」


華が言う。


義弘の目が。


少し開く。


「知ってる」


「どこまで」


「母上が知っていた」


義弘は頷く。


「陛下は」


声。


重くなる。


「兄弟を」


一拍。


「自ら排除されました」


「殺した?」


「はい」


華は。


皇帝の顔を思い出す。


大和武尊。


盤。


笑う。


怖い。


でも。


話はできた。


その男が。


兄弟を殺した。


「母上は知ってた」


「はい」


「それだけで?」


「いいえ」


義弘が続ける。


「優希様は」


行政。


「国の仕組みを」


司法。


「次々と変えられた」


監察。


秘密警察。


「皇帝が」


華が言う。


「母上を怖がった」


義弘が。


頷く。


「優希様の案によって」


「うん」


「国家が皇帝個人の判断だけではなく」


一拍。


「組織として動き始めました」


華は理解する。


近代国家。


制度。


権限分離。


記録。


監査。


司法。


「皇帝がいなくても」


華が言う。


「国が動く仕組み」


義弘の目。


少し変わる。


「その言い方を」


「合ってる?」


「はい」


華は。


少し息を吐く。


皇帝からすれば。


怖い。


自分が絶対権力者。


その自分がいなくても。


国家が動く。


そんな仕組みを。


部下が作っている。


しかも。


自分の過去まで知る。


「だから」


華が言う。


「殺した」


「それだけでは」


義弘が答える。


「まだございます」


華の目が。


義弘へ。


「研究?」


義弘。


沈黙。


「母上の技術を」


華が続ける。


「皇帝が怖がった?」


「はい」


「何を知ってた?」


「全容は」


「またそれ」


「本当に存じません」


義弘は言う。


「ただ」


一拍。


「優希様が」


「うん」


「人間を」


言葉を選ぶ。


「作る研究をしていたことは」


華の呼吸。


止まる。


「皇帝も?」


「はい」


「俺のことは?」


義弘が答えない。


「知ってた?」


「完全には」


「どこまで」


「優希様が」


一拍。


「一人の子供を完成させようとしている」


「完成」


華は嫌な顔。


「その言葉嫌い」


「申し訳ございません」


「皇帝は」


華が続ける。


「俺がそれだと知ってる?」


「今は」


義弘が言う。


「おそらく」


「おそらく?」


「確証を持っているかは分かりません」


華の頭。


昨日の皇帝。


――お前は何を覚えている。


あれ。


やはり。


試していた。


「だから」


華が言う。


「俺を自分の息子だと言う?」


義弘の表情。


変わる。


「何ですと」


「母上が書いてた」


「優希様が?」


「もし皇帝が」


華は言う。


「俺を自分の子だと言い出したら警戒しろって」


義弘の顔から。


血の気が引く。


「それは」


「何?」


「優希様は」


義弘が。


明らかに動揺する。


「そこまで」


「予想してた」


「なぜ」


義弘が自分に聞く。


華も。


同じ。


なぜ。


皇帝が。


自分を息子だと言う。


何のため。


「皇位?」


華が呟く。


義弘が見る。


「俺を」


華は考える。


「皇帝の息子にすれば」


皇位継承。


政治利用。


「何か得する?」


義弘が答えようとした。


その時。


     ◇


外。


大きな音。


怒声。


五条。


「華!」


刀の音。


華が立つ。


「また?」


義弘も。


すぐに立つ。


腰。


刀。


蔵人頭。


ただの役人ではない。


戸が開く。


五条。


「屋敷内に侵入者」


「何人」


「確認できたのは五」


義弘の目が鋭くなる。


「橘家へ?」


「狙いは」


五条が華を見る。


「こいつだ」


華は。


ため息。


「都来てから多すぎない?」


「感想は後だ」


義弘が外を見る。


「五条殿」


「何だ」


「華様を裏から」


「分かった」


華が言う。


「待って」


二人が見る。


「逃げない」


「華」


五条の声。


低い。


「今回は」


華が言う。


「捕まえる」


「簡単に言うな」


「母上の研究室を襲った人と」


華は言いかける。


義弘が見る。


しまった。


でも。


もういい。


「同じ人たちか確認したい」


義弘が。


完全に華へ。


「研究室が襲われた?」


「後!」


華は刀を取る。


五条が止める。


「お前は出るな」


「でも」


「華様」


義弘も。


声。


静か。


「ここは」


一拍。


「私にお任せを」


華が義弘を見る。


その目。


さっきまでと違う。


蔵人頭。


九龍国の。


治安組織の長。


「優希様の」


義弘が刀を抜く。


「仇に繋がる者なら」


華の目。


義弘の背中へ。


「一人たりとも」


声。


冷たく。


「逃がしません」


     ◇


屋敷。


中庭。


五人。


黒装束。


しかし。


一人。


二人。


さらに。


屋根。


三人。


「八」


華が言う。


五条。


「十」


「また増えた」


「だから出るな」


義弘が中庭へ。


一人で。


黒装束。


動く。


三人。


義弘へ。


華が。


少し驚く。


「義弘さん!」


五条は止めない。


「見てろ」


一人目。


刀。


義弘。


半歩。


避ける。


手首。


斬る。


二人目。


突き。


義弘。


身体を捻る。


刀。


腹。


浅い。


殺さない。


三人目。


背後。


義弘。


見えていない。


はず。


身体を沈める。


刀。


頭上。


通過。


振り向きざま。


柄。


顎。


倒れる。


速い。


「強い」


華が言う。


「昔」


五条が答える。


「優希様の護衛だった男だ」


「知ってたの?」


「聞いていた」


義弘。


さらに一人。


二人。


五人。


華は思う。


五条ほどではない。


でも。


かなり強い。


そして。


戦い方。


違う。


五条。


殺す。


必要なら。


義弘。


捕まえる。


関節。


手首。


足。


戦闘不能。


情報を取るための戦い。


警察。


その言葉が。


華の頭に浮かぶ。


母が。


作った組織。


その長。


なるほど。


     ◇


数分。


終わった。


十人。


死亡二。


捕縛六。


逃走二。


五条が。


逃げた二人を追う。


義弘。


捕虜の一人へ。


布を剥ぐ。


華が近づく。


「華様!」


「大丈夫」


「近づかれては」


「顔」


華は。


男を見る。


知らない。


義弘が袖を調べる。


何もない。


懐。


何も。


靴。


「待って」


華が言う。


男の足。


履物。


「これ」


昨日。


研究室。


黒装束。


一瞬。


でも。


見た。


同じ。


靴底。


特殊な。


細かい凹凸。


華が指す。


「研究室の人と同じ」


義弘が華を見る。


「間違いございませんか」


「うん」


記憶力。


ここで。


役に立つ。


「皇宮の印を持ってた」


華が言う。


義弘の目。


冷たくなる。


捕虜。


一瞬。


反応。


華も見る。


「やっぱり皇宮」


「違う」


男が初めて。


口を開く。


華。


少し笑う。


「またそれ」


義弘が捕虜へ。


「所属は」


男。


黙る。


「誰の命令だ」


沈黙。


「皇帝?」


華が聞く。


義弘が止めようとする。


遅い。


男の目。


動かない。


「吉田侍従?」


変化なし。


「雅山大公主」


もう。


死者。


動かない。


「平司」


微妙。


「関白」


なし。


華は。


考える。


皇宮。


でも。


皇帝直属とは。


限らない。


「皇后?」


義弘が華を見る。


捕虜。


反応なし。


「皇族?」


なし。


「宮中の官吏?」


男の。


瞳。


僅か。


動いた。


華。


見逃さない。


「役人」


男が顔を逸らす。


義弘の目。


さらに冷たくなる。


「なるほど」


華が聞く。


「誰?」


義弘が答える。


「宮中には」


一拍。


「皇帝以外にも」


「うん」


「自分の手足を持つ者がございます」


「例えば?」


「大臣」


「公卿」


「女官」


「侍従」


「近衛」


「そして」


義弘。


男を見る。


「表には名前の出ない者」


華の胸。


嫌な感じ。


敵。


まだ。


全く。


見えていない。


     ◇


夕方。


捕虜は。


蔵人所へ移送された。


義弘は。


帰らなかった。


華。


義弘。


五条。


再び部屋。


「研究室」


義弘が言う。


「今度こそ」


華は困る。


母。


全部話すな。


でも。


義弘を信じろ。


どこまで。


「場所は」


華が言う。


「言わない」


義弘。


目を閉じる。


「承知しました」


「怒らない?」


「優希様の指示なのでしょう」


「分かる?」


「はい」


「面倒だった?」


義弘が。


僅かに笑う。


「非常に」


華も。


笑う。


「でも」


華が続ける。


「これだけは」


机。


写真を一枚。


出す。


優希。


赤子の華。


義弘の顔。


変わる。


「これは……」


「母上」


義弘が。


写真を。


震える手で。


触れそうになって。


止める。


「優希様」


声。


完全に。


昔へ。


戻っている。


「若い」


華が言う。


「はい」


「俺も」


「はい」


義弘が。


写真を見る。


長い。


「このお顔」


「何?」


「久しぶりに」


義弘の目。


少し。


潤む。


「笑っておられるところを見ました」


華の胸。


痛む。


「母上」


「はい」


「最後の頃」


義弘は。


少し。


黙る。


「笑わなかった?」


「いいえ」


「じゃあ?」


「笑っておられました」


華を見る。


「ですが」


一拍。


「いつも」


「何」


「何かに追われておられました」


華は黙る。


「華様を」


義弘が言う。


「高野山へお預けになる少し前」


「うん」


「優希様は」


記憶。


「私に言われました」


義弘の声。


小さくなる。


「この子を守って」


華の胸。


止まる。


「それから」


「何?」


「もし」


義弘は華を見る。


「私が殺されたら」


一拍。


「皇帝だけを恨まないで、と」


華の顔。


変わる。


「どういう意味?」


「分かりません」


「嘘じゃなくて?」


「はい」


「皇帝が殺したのに?」


「それでも」


義弘が言う。


「優希様は」


一拍。


「そうおっしゃいました」


華は。


写真を見る。


皇帝を恐れ。


皇帝に殺され。


それでも。


皇帝だけを恨むな。


何だ。


この矛盾。


「母上」


華が呟く。


「何を知ってたんだ」


     ◇


夜。


皇宮。


大和武尊。


一人。


いや。


隣には。


吉田侍従。


上奏文。


皇帝が読む。


「橘家が襲われた」


「はい」


「華は」


「ご無事にございます」


「義弘がいたか」


「はい」


皇帝の指。


止まる。


「捕虜は」


「六名」


「口を割るか」


「蔵人頭次第かと」


大和武尊。


少し。


考える。


「吉田」


「はい」


「宮中の者を洗え」


吉田の目。


僅かに。


変わる。


「どの範囲を」


「全部だ」


「陛下」


「私の周囲も含めろ」


吉田。


黙る。


「私もでございますか」


皇帝が。


吉田を見る。


「お前が裏切っていないと」


一拍。


「誰が保証する」


吉田は。


少しだけ。


笑った。


「ごもっともにございます」


大和武尊。


窓を見る。


「華が」


「はい」


「近づいている」


「何に」


皇帝は。


答えない。


しばらく。


そして。


「優希が」


一拍。


「最も隠したかったものに」


吉田の顔。


変わる。


「止めますか」


皇帝は。


長い。


沈黙。


「いや」


「よろしいので」


大和武尊。


目を閉じる。


「あれが」


華。


「自分で辿り着くなら」


一拍。


「見届ける」


吉田が。


静かに聞く。


「優希様とのお約束で?」


皇帝の目が。


開く。


そこに。


初めて。


ほんの少し。


痛み。


「約束など」


一拍。


「守れる立場ではなかった」


吉田は。


それ以上。


何も聞かなかった。


第十三話 源義弘の告白 了

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