↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
九龍の華 ―死んだはずの大学生、平安の世で天下を読む―』  作者: あめのひくもり


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
10/21

第十話 雅山大公主の最期

第十話 雅山大公主の最期


皇帝との謁見から戻った翌朝。


華は、太政大臣邸の庭で木刀を振っていた。


一。


二。


三。


汗を拭う。


「集中してないな」


五条の声。


「してる」


「今ので三回死んだ」


「今日は木刀だろ」


「本番なら三回死んでいる」


「人は三回死ねないよ」


「お前なら分からん」


華の木刀が止まった。


「それ、どういう意味?」


「深い意味はない」


「最近みんな俺にそういう言い方するんだけど」


「気のせいだ」


五条は木刀を構えた。


「続けるぞ」


華は動かない。


昨日。


皇帝が言った言葉。


――お前は何を覚えている。


あれが頭から離れない。


自分には前世の記憶がある。


脳腫瘍。


手術室。


人工知能。


そして高野山で見つけた黒い板。


皇帝は。


どこまで知っている?


「五条」


「何だ」


「皇帝は母上を知ってた」


「当然だ」


「近かった?」


「かなり」


「どれくらい」


五条が黙る。


「知らない?」


「俺が宮中にいた頃には、優希様はすでに亡くなっていた」


「そっか」


華は再び木刀を構える。


「じゃあ」


一歩。


「誰なら知ってる?」


五条の木刀が来る。


華は受ける。


「父上」


返す。


「蔵人頭」


避ける。


「説庵様」


打ち込む。


「関白」


華が止まった。


五条の木刀が首筋へ。


「死んだ」


「今のなし」


「戦いながら考えるな」


「オジィにも言われた」


「なら学べ」


華は木刀を下ろした。


「関白・平岳」


「何だ」


「母上を知ってた?」


五条は少し考えた。


「かなり深く」


「何で?」


「恩があったと聞く」


「どんな」


「知らん」


また。


「じゃあ英先生に聞けば――」


「やめておけ」


「何で」


「親の秘密を娘に聞くな」


「普通?」


「普通だ」


華は顔をしかめた。


普通。


都に来てから。


最も信用できなくなった言葉だった。


     ◇


その頃。


関白邸。


平岳は、一枚の文を読んでいた。


傍ら。


輿椅子に座る藤宮。


そして正面に。


英姫。


ただし。


町医者の姿ではない。


関白家の娘としての装い。


地味な衣。


そして顔は。


薄い面紗で覆われている。


輪郭すら。


はっきりとは見えない。


「もう町へ出るな」


平岳が言った。


英姫は答えない。


「聞こえておるか」


「聞こえております」


「なら返事をしろ」


「嫌です」


藤宮が僅かに顔を背ける。


平岳の眉が動く。


「英姫」


「患者がおります」


「華に会ったからか」


英姫の声が止まる。


「関係ございません」


「では何だ」


「私は医者です」


「お前は関白家の娘でもある」


「それは患者には関係ありません」


平岳がため息をつく。


「優希に似てきたな」


その一言。


英姫が動かなくなる。


藤宮も。


「父上」


藤宮が言った。


「それは少し効きすぎます」


「事実だ」


英姫が面紗の向こうから父を見る。


「母上ではありません」


声が少し冷たい。


英姫が公的に母と呼ぶ人物は。


平岳の正室。


すでに亡くなった女性。


平岳はそれを理解している。


「分かっておる」


短い。


だが。


そこには謝罪に近いものがあった。


しばらく沈黙。


藤宮が口を開く。


「司は」


平岳の顔が変わる。


「昨夜も雅山邸だ」


「やはり」


「証拠はない」


「父上」


「何だ」


「いつまで証拠を待ちます」


岳は長男を見る。


「お前がそう言うか」


藤宮は黙った。


自分も。


一年前から弟を泳がせている。


「華への襲撃」


岳が言う。


「司が関与している可能性は高い」


英姫の手が僅かに動く。


「二度目です」


「分かっておる」


「華様は死にかけました」


「死んでいない」


「結果論です」


岳の目が娘へ。


英姫は引かない。


「次は」


英姫が言う。


「私が止めます」


「お前が?」


「はい」


「医者が何をする」


「医者だからです」


平岳は黙る。


英姫の声。


静か。


だが強い。


「生かす側の人間が」


一拍。


「殺す側を止めても問題はないでしょう」


藤宮が少し笑った。


「妹ながら恐ろしい」


英姫が兄を見る。


「兄上」


「何だ」


「歩けるくせに」


藤宮の笑みが消えた。


岳も娘を見る。


「知っておったのか」


英姫は淡々と言う。


「治したのは私です」


「…………」


藤宮が珍しく黙る。


「兄上は」


英姫が続ける。


「私が毎日診ている患者です」


「患者?」


「はい」


「妹よ」


「何でしょう」


「十九歳の妹に患者扱いされる兄の気持ちも少し考えろ」


「患者が勝手に歩いたのです」


「治ったからな」


「報告してください」


「父上の命令だ」


英姫が父を見る。


岳は目を逸らした。


「父上」


「何だ」


「あとでお話がございます」


平岳は。


珍しく。


少しだけ顔をしかめた。


     ◇


同じ日の昼。


華のもとへ。


一通の招待状が届いた。


「雅山大公主?」


華が読む。


「俺に?」


家令が答える。


「はい」


「何で?」


「存じません」


「父上は?」


「太政大臣様は登朝されております」


華は五条を見る。


「どう思う?」


「行くな」


「即答だな」


「二度襲われている」


「大公主が犯人か分からない」


「だから行くな」


「逆じゃない?」


五条が眉を寄せる。


「何が」


「会えば何か分かるかも」


「お前は」


五条が言った。


「自分の命を情報収集に使う癖を直せ」


「大公主の屋敷で殺す?」


「やろうと思えば」


「皇帝の妹が?」


「だからだ」


華は招待状を見る。


正式なもの。


封。


香。


華には分からないが。


かなり格式が高い。


「行く」


五条がため息。


「知っていた」


「じゃあ聞くなよ」


「俺は止めた」


「責任回避?」


「そうだ」


潔い。


華は少し笑った。


     ◇


雅山大公主邸。


以前。


平司が密かに通っていた屋敷。


当然。


華は知らない。


門をくぐる。


広い。


しかし。


皇宮とは違う。


美しい。


だが冷たい。


花。


池。


香。


どこを見ても完璧。


人が住んでいる感じが薄い。


「華」


五条が小声。


「何」


「気を抜くな」


「分かってる」


案内役が止まる。


「こちらにございます」


五条も進もうとする。


「護衛の方はこちらで」


「断る」


五条が即答。


案内役が困る。


「大公主様より、華様お一人でと」


華が五条を見る。


「待ってて」


「嫌だ」


「皇帝のときも待ってた」


「ここは皇宮ではない」


「だから?」


「皇帝の方が信用できる」


すごいこと言うな。


華が少し考える。


「十分」


「何が」


「十分経っても出なかったら入ってきて」


「五分」


「短い」


「三分」


「減ってる!」


五条は本気だ。


結局。


五条は隣室まで許された。


     ◇


華が部屋へ入る。


香。


静寂。


正面。


一人の女性。


華は初めて。


雅山大公主を見た。


皇帝の妹。


四十代半ば。


華やか。


だが。


派手ではない。


動き。


姿勢。


視線。


全部が計算されているように見える。


「橘華」


「はい」


華が頭を下げる。


「近くへ」


言われるまま進む。


雅山が華を見る。


じっと。


長く。


「……似ている」


華の眉が動く。


昨日も。


皇帝に言われた。


ただし。


皇帝は。


父・秀逸に似ていない、と言った。


「誰にですか」


雅山は微笑む。


「母親に」


「優希に?」


「ええ」


華の表情が変わった。


「母上をご存じだったんですか」


「よく」


「どれくらい?」


「皇帝より」


一拍。


「少しだけ長く」


華は座り直す。


「母上は、どんな人でした?」


雅山の笑みが。


少し変わった。


「怖い女」


華は黙る。


「美しく」


「はい」


「賢く」


「はい」


「そして」


雅山が杯を持つ。


「危険だった」


華の目が細くなる。


「何が危険?」


「全てよ」


「全て?」


「人の考えを変える」


雅山が言う。


「国の形まで変える」


華は黙って聞く。


「あなたは知っている?」


「少しだけ」


「行政」


雅山が指を折る。


「司法」


二本。


「監察」


三本。


「治安」


四本。


「皇帝直属の情報網」


五本。


華の目が動く。


「全部、母上が?」


「全部ではない」


雅山は笑う。


「優希はそう言うでしょうね」


「どういう意味?」


「自分は案を出しただけ」


雅山が続ける。


「実行したのは皆だと」


「悪いこと?」


「いいえ」


一拍。


「だから怖いの」


華は意味を考える。


自分の功績にしない。


なら。


反発されにくい。


気づいた時には。


組織そのものが変わっている。


「母上は」


華が聞く。


「皇帝に殺されたんですか」


雅山の表情が。


止まった。


完全に。


華は確信する。


「知ってるんですね」


雅山はしばらく答えなかった。


そして。


小さく笑った。


「誰に聞いたの」


「誰にも」


「では」


「みんな反応するから」


「…………」


雅山は。


今度は本当に笑った。


「優希より面倒ね」


「よく言われます」


「誰に」


「オジィ」


雅山の笑いが消える。


「説庵様」


「知ってる?」


「叔父上でしょう」


「あ」


華は一瞬。


皇族関係を忘れていた。


雅山が華を見つめる。


「華」


初めて。


様を付けない。


「皇帝を信じている?」


「いいえ」


即答。


雅山の目が少し見開く。


「父上は?」


「父上も信用しすぎるなと言われました」


「関白」


「まだ会ってません」


「蔵人頭」


「同じ」


「では」


雅山が少し身を乗り出す。


「私を?」


華は答える。


「信用してません」


静寂。


そして。


雅山は大声で笑った。


「いいわ」


華は驚く。


この人。


思っていた感じと違う。


「では質問を変える」


雅山が言う。


「誰が敵だと思う」


「分かりません」


「つまらない答え」


「分からないものは分からない」


「では」


一拍。


「あなたを殺そうとしたのは誰」


華は言う。


「一つは大公主様かもしれない」


雅山の笑みが消える。


「なぜ」


「印」


「偽物よ」


「そう言うと思った」


雅山の目が細くなる。


「信じないの」


「本物を偽物と言うこともできる」


沈黙。


二人。


目が合う。


「本当に」


雅山が小さく言う。


「優希の子ね」


華の胸。


何かが引っかかる。


その言い方。


血のつながり。


という意味ではない。


ような。


「大公主様」


「何?」


「俺は」


華が聞く。


「何なんですか」


雅山の顔から。


完全に笑みが消えた。


「……何を知っているの」


「何も」


「嘘ね」


「本当に」


「では、なぜその質問をする」


華は答える。


「俺自身に」


一拍。


「説明できない記憶があるから」


雅山の指が。


杯を強く握る。


「どんな」


「言えません」


「華」


声が変わる。


「何を覚えている」


昨日。


皇帝と同じ質問。


華の背中。


寒い。


「陛下も」


雅山の表情が変わる。


「何?」


「同じことを聞きました」


静寂。


長い。


雅山が。


立ち上がった。


「帰りなさい」


華が驚く。


「まだ――」


「今すぐ」


「大公主様」


「華」


雅山が華を見る。


さっきまでとは違う。


恐怖。


初めて。


皇帝の妹が。


何かを恐れている。


「母親のことを知りたければ」


華は動かない。


雅山が言う。


「皇帝を疑いなさい」


一つ。


「関白を疑いなさい」


二つ。


「蔵人頭も」


三つ。


「父親も」


華の顔が変わる。


「父上を?」


「そして」


雅山は華を指す。


「最も疑うべきは」


一拍。


「あなた自身よ」


その瞬間だった。


     ◇


音。


破裂。


廊下。


悲鳴。


華が振り返る。


「五条!」


扉が開く。


五条が飛び込んでくる。


刀。


血。


「伏せろ!」


華が身を伏せる。


矢。


部屋へ飛び込む。


五条が斬り落とす。


「襲撃!」


「誰!」


「分からん!」


外。


足音。


多い。


十。


二十。


いや。


もっと。


雅山の顔。


初めて。


完全に険しくなる。


「私の兵は」


侍女が駆け込む。


「内門が突破されました!」


「そんな馬鹿な」


雅山が言う。


「内側?」


華が聞く。


大公主邸。


外から簡単に破れるわけがない。


「内通者」


五条が答える。


また矢。


五条が華を引く。


「窓へ!」


「大公主は?」


「華!」


「置いていけない!」


雅山が華を見る。


「行きなさい」


「でも」


「あなたを殺すためではない」


華が止まる。


雅山も理解していた。


この襲撃。


狙い。


「私よ」


大公主が笑った。


「どうやら」


一歩。


「喋りすぎたらしいわね」


「誰が!」


華が叫ぶ。


「誰が大公主を殺したいんです!」


雅山は答えない。


五条が華を掴む。


「行くぞ」


「待って!」


その瞬間。


床下。


音。


華が見る。


遅い。


床板が跳ね上がる。


刺客。


一人。


刀。


雅山へ。


「大公主!」


華が動く。


五条も。


間に合わない。


刃。


雅山の脇腹へ。


深い。


刺さる。


雅山の身体が揺れる。


五条が刺客の首を斬る。


華が雅山を支える。


「大公主!」


血。


大量。


「五条!」


「まずい」


「止血!」


華が衣を裂く。


傷を押さえる。


深い。


刃が。


内臓まで。


「誰か医者!」


華が叫ぶ。


雅山が。


華の腕を掴んだ。


「無駄」


「喋らないで!」


「華」


「黙って!」


「聞きなさい」


血。


華の手。


止まらない。


「都には」


雅山が息をする。


「何人も」


「大公主!」


「あなたを……殺したい者がいる」


「知ってる!」


「違う」


雅山が華を見る。


「殺したい理由が」


呼吸。


浅い。


「皆、違う」


華が止まる。


「何?」


「権力」


一つ。


「復讐」


二つ。


「恐怖」


三つ。


「そして……」


雅山の声が小さくなる。


華が顔を近づける。


「何?」


「あなたが」


血。


咳。


「生きているだけで」


一拍。


「困る者がいる」


華の顔が変わる。


「誰!」


雅山は。


答えない。


いや。


答えられない。


「大公主!」


雅山が最後の力で。


華の手を握る。


「優希は……」


「母上?」


「失敗したのではない」


華の心臓が跳ねる。


「何を」


雅山の目。


もう。


焦点が合っていない。


「成功したから」


一拍。


「殺された」


華の呼吸が止まる。


「何が成功した?」


答えは。


来ない。


「大公主!」


雅山大公主は。


動かなくなった。


     ◇


「華!」


五条が怒鳴る。


廊下。


刺客。


まだいる。


「行くぞ!」


華は動かない。


雅山の血。


手。


自分の手に。


大量。


「華!」


五条が華の頬を叩いた。


「生きろ!」


その言葉。


華の目が戻る。


「……うん」


五条が窓を開ける。


庭。


塀。


「飛べ」


「高い!」


「死ぬよりましだ」


「それオジィと同じ!」


「いいから行け!」


華が飛ぶ。


着地。


転がる。


五条も。


背後。


火。


大公主邸。


燃え始めている。


「何で火まで」


「証拠を消す気だ」


五条が言う。


華が振り返る。


雅山大公主。


死んだ。


聞きたいこと。


山ほどあった。


母。


皇帝。


自分。


全部。


途中で。


「……誰だ」


華が呟く。


五条が聞く。


「何」


「俺を殺そうとしてた大公主を」


華は燃える屋敷を見る。


「誰が殺した」


答えはない。


     ◇


皇宮。


知らせは。


異常な速さで届いた。


吉田侍従が。


皇帝の前に膝をつく。


「陛下」


大和武尊が上奏文から顔を上げる。


「何だ」


「雅山大公主様の御邸が襲撃を受けました」


皇帝の筆。


止まる。


「雅山は」


吉田が一瞬。


黙る。


「お亡くなりに」


静寂。


皇帝は。


動かない。


「華は」


「ご無事です」


「そうか」


それだけ。


吉田は皇帝を見る。


妹。


死んだ。


それなのに。


顔。


変わらない。


「陛下」


「何だ」


「御妹君が」


「聞こえた」


「…………」


大和武尊が立つ。


窓へ。


背中。


吉田には見えない。


「誰だ」


皇帝が言う。


「調査中に」


「違う」


声。


低い。


「誰が」


窓枠。


皇帝の手。


木が軋む。


「私の妹を殺した」


吉田が初めて。


皇帝の怒りを感じた。


     ◇


関白邸。


「雅山様、死亡」


報告。


平岳は目を閉じた。


藤宮も。


英姫も。


すみれもいる。


「華様は」


英姫が聞く。


「ご無事です」


英姫の肩から。


僅かに力が抜ける。


藤宮が岳を見る。


「父上」


「何だ」


「これで司が動きます」


「分かっている」


「大公主が死ねば」


藤宮が続ける。


「司には後ろ盾がなくなる」


「だからこそ」


平岳が言う。


「自分を守るために何をするか分からん」


英姫が聞く。


「司兄様は」


「今どこだ」


岳が家臣を見る。


「行方が」


「探せ」


声。


低い。


「生きたまま連れてこい」


藤宮の目が父を見る。


「父上」


「何だ」


「ようやくですか」


岳は長男を見る。


「家族だから待った」


静か。


「だが」


目。


冷たい。


「家族だからこそ」


一拍。


「ここで止める」


     ◇


その頃。


平司は。


京の外れにいた。


一人ではない。


数名の兵。


荷。


馬。


「大公主様が死んだ」


家臣が言う。


司は。


動かない。


「誰が」


「分かりません」


「華は」


「生きています」


司の顔が歪む。


何も。


予定通りになっていない。


藤宮は死ななかった。


華も死なない。


そして。


雅山まで。


死んだ。


「手形」


司が懐から出す。


雅山大公主の署名。


関白への約束。


今や。


死者の紙。


何の力がある。


「参議様」


家臣が聞く。


「どちらへ」


司は考える。


父。


危険。


藤宮。


もっと危険。


皇帝。


近づけない。


なら。


「海陸国へ」


「海陸国?」


「国境を越える」


「しかし」


司が手形を握り潰す。


「ここにいれば殺される」


それは。


正しかった。


ただし。


司はまだ知らない。


雅山大公主を殺した者が。


次に。


自分の口も。


塞ごうとしていることを。


     ◇


橘家。


夜。


華は。


風呂から上がったあとも。


手を見ていた。


何度洗っても。


血が残っているように感じる。


五条が入口に立つ。


「華」


「大丈夫」


「聞いていない」


「でも言うと思った」


五条が入る。


「寝ろ」


「眠れない」


「寝なくても横になれ」


華は答えない。


「大公主」


華が言う。


「俺を殺そうとしてたのかな」


「分からん」


「最初の刺客」


「分からん」


「でも」


華は思い出す。


雅山。


――優希は失敗したのではない。


――成功したから殺された。


「母上は」


華が呟く。


「何に成功したんだろう」


五条は答えない。


「国の制度?」


沈黙。


「それだけで殺される?」


五条は華を見る。


「権力者は」


「うん」


「自分より有能な人間を恐れることがある」


華が父・秀逸を思い出す。


説庵。


雅山。


皆。


同じことを言う。


「それだけかな」


「何が」


華は立つ。


荷。


その中から。


黒い板。


高野山で見つけた。


《生体人格情報》


《AI統合処理》


五条が初めて見る。


「何だ、それは」


華は答えない。


指。


文字をなぞる。


「母上は」


華が言った。


「国を作り変えたんじゃない」


五条が華を見る。


「何を言っている」


「多分」


黒い板。


「もっと別のものを」


華の声。


小さく。


「作った」


その瞬間。


屋敷の外。


馬。


誰かが来た。


急報。


家令の声。


「華様!」


戸が開く。


「何?」


「蔵人頭・源義弘様がお見えにございます」


華が立つ。


ついに。


母の秘密を知る男。


源義弘。


「今?」


「はい」


家令の顔が。


強張っている。


「お一人ではございません」


「誰と?」


「関白・平岳様も」


華と五条が。


同時に顔を上げた。


母・優希を知る。


二人の男。


蔵人頭。


そして。


皇帝に次ぐ権力者。


関白・平岳。


二人が。


雅山大公主の死んだその夜に。


同時に華を訪ねてきた。


第十話 雅山大公主の最期 了

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。