第437話 魔王と神々
――時は少しだけ遡る。
それは、チャヅケ川での合戦が行われる数時間前のことだ。
ここはトロイメライ王都『メルヘン』の関所前。その重厚な鉄扉は夕日に照らされながら固く閉ざされていた。
現在メルヘンは改革戦士団に占拠されており、王都内の関所は全て封鎖となっている。
昨日までは物資搬入に限り関所の通過が認められていたが、今はそれすら許されない状況だ。
何故ならば王都奪還の為、数多の軍勢がその周囲を完全包囲しているからだ――。
完全封鎖された王都関所を馬上から眺める金髪青年は、トロイメライ王国の隣国『イタプレス王国』の若き王『ケンジー・カタミセマン・イタプレス』だ。
今回のトロイメライ王都奪還作戦にはある人物の呼び掛けで参加していた。
今回の作戦は、トロイメライ王国の公爵・西海守護役の『ダルマン・ロックス』を筆頭に、同国の各貴族、そしてイタプレス王国とゲネシス帝国が参加している。総勢百五十万の大軍勢だ。
(――こちらは百五十万の大軍勢。おまけにロックス閣下やあのお方もいらっしゃるのだ。少なくとも我々が大敗を喫することはない……だけど……)
ケンジーは胃の辺りを摩る。
(僕には戦の経験なんてないからな。不安でいっぱいだよ……)
顔を強張らせるケンジー。すると背後からはあの声が聞こえてきた。
「ケンジーよ、浮かない表情だな」
「オ、オズウェル殿!?」
ケンジーが振り返ると、そこには黒馬に跨る長身の銀髪青年――ゲネシス皇帝『オズウェル・グレート・ゲネシス』の姿があった。
オズウェルは微かに口角を上げながらケンジーに問い掛ける。
「緊張しているのか?」
「え、ええ……恥ずかしながら、このような場は不慣れなものでして……」
「そうか……それはすまないことをした。俺が声を掛けてしまったからな」
「い、いえ! オズウェル殿の所為ではございませんぞ! 全ては私の判断でございますから!」
オズウェルは慌てた様子のケンジーを見つめながら笑いを漏らす。
「フフッ……だが、俺に頼まれた断れんだろう?」
「……はい」
ケンジーは頬を赤く染めながら顔を俯かせる。
(ええ……そうですとも。私の辞書に『オズウェル殿のお願いを断る』なんて文字はありませんから! 例え火の中、水の中、オズウェル殿の為ならこのケンジー、死地にだって飛び込む覚悟ですぞ! 嗚呼っ、オズウェル殿……)
身体をクネクネさせながら想い人の為に覚悟を決めるケンジー。
一方のオズウェルはそんな彼を横目にしながら、隣に並んだ緑髪おかっぱ頭の弟『ケニー・グレート・ゲネシス』に声を掛ける。
「さて、ケニーよ。ここはエスタの顔を立ててやろうではないか」
「はい。ネビュラに貸しを作る良い機会でもありますからね」
「ああ。そして何より、具現岩が改革戦士団の手に渡ることなどあってはならないことだ――」
兄弟は王都関所に視線を移す。
トロイメライ王都の地下に眠る具現岩。世界の理を司る重要な存在であり、具現岩から放出される具現体は、オズウェルらバーチャル種の想人にとって生命の源である。
そして改革戦士団は具現岩の破壊を目論んでおり、既にそれを手中に収めている。
オズウェルらバーチャル種にとって、トロイメライ王都が改革戦士団に支配されることは死活問題なのだ。
そんな彼らの元へ老年の大男が姿を現す。
口周りと顎に生やされた顎髭と強面が印象的――彼こそが今回の王都奪還作戦の総大将、西海守護役『ダルマン・ロックス』公爵だ。タイガーやオジャウータンと肩を並べた伝説の一人である。
ダルマンが二人の君主になまり口調で伝える。
「ゲネシス皇帝陛下、イタプレス国王陛下、そろそろいくっぺよ! 作戦決行だぁ!」
「承知した。閣下よ、指揮は頼んだぞ」
「任せるっぺよっ!」
オズウェルの言葉を聞いたダルマンは気合が入った大声で応える。だが余りの音量にケニーとケンジーは耳を押さえる。
(なんて馬鹿デカイ声なんだ!)
(鼓膜が破れちゃうよ……)
そんな二人にオズウェルが伝える。
「ケニー、ケンジー。二人には重要な任務を任せてある。抜かりないよう頼むぞ」
「兄様、任せてください! 奴らに洗脳された民や兵士を一人の残らず制圧してみせますよ。勿論、無傷で」
「そして我々イタプレス軍は、無力化した民や兵士たちを速やかに保護し、王都外へ退避させる……ですよね?」
「左様。此度の作戦で民が犠牲になるようなことは決してあってはならぬ。例え他国の民であってもな……民たちの保護は最優先事項である」
オズウェルの言葉を聞き終えたケニーとケンジーが力強く頷いた。
――やがて日没を迎える。
作戦決行の時だ。
総大将ダルマンが軍勢の先頭で仁王立ち。大きく息を吸い込んだ。
次の瞬間。
ダルマンが強烈な咆哮を轟かせる。
「作戦開始だっぺよおおおおおおっ!!」
その咆哮は衝撃波。ダルマンの大声が関所を、王都周囲の外壁を、結界を一瞬で破壊。瓦礫が砂煙の如く飛散する。
直後、百五十万の大軍勢が無防備となった王都に雪崩込む。
――対する改革戦士団陣営。
マスターら首脳陣が出払った組織を任されているのは数人の戦闘長たちだった。
彼らはドリム城の物見台から双眼鏡で連合軍の様子を窺っていた。
「おいおい……マズイぞ。奴ら王都に侵入してきやがった!」
「大丈夫だって。こっちには人の盾があるんだぜ? 奴ら民には手を出せねえよ」
「けどよ……王都を取り返す為だったら、どんな手段を使ってくるかわからねえぞ? 多少の犠牲は勘定済みなんじゃねえのか? いざとなれば民殺しの汚名を俺たちに擦り付ければいいだけだし……」
「余計な心配をするな。総帥は神々に留守番を依頼しているんだ。そもそも俺たちの出る幕じゃねえよ――」
戦闘長をそう言いながら余裕の笑みを浮かべた。
そう。王都は総帥マスターが敬う神々によって守られているだから。
その神々――ゴッドキングダムの面々が、ドリム城の塔の天辺に腰を下ろしながら、四方八方から攻め込む軍勢を眺めていた。
「ククッ……そう、それで良い……」
大空想神サミュエルは不敵な笑みを浮かべながらそう呟いた。
王都に突入した連合軍だったが、早速問題に直面する。それは連合軍の行く手を阻むように通せん坊する民たちの集団だ。
彼ら彼女らの瞳、表情には生気が宿っておらず、まるでゾンビのようだ。
それでいて殺意だけはしっかりと伝わってくる。握られた武器を振りかざすその姿が何よりの証拠だ。
だがこれも全て連合軍の想定の内。民たちが改革戦士団に洗脳されていることは、事前にネビュラ側から伝えられていた。
洗脳されて人の盾となった民たちを如何に無力化できるかが今回の王都奪還作戦成功の鍵となる。
その民たちの制圧を任されているのがゲネシス皇弟ケニーだった。
ケニーは自信に満ちた笑みを浮かべると、両腕を大きく広げる。すると紫色の靄が彼の胸元を起点に発生。周囲が靄で支配される。
「いでよっ! 俺の下僕たち!」
刹那。
紫色の靄から飛び出してきたのは数え切れない程のコウモリ型想獣だった。
コウモリはケラケラと笑いながら民たちを包囲する。
「下僕たちよっ! 民たちからエネルギーを吸い取れ!」
ケニーの声を合図にコウモリたちが民たちに飛び掛る。
コウモリたちが、暴れる民たちの身体に纏わり付くと、そのエネルギーを吸い取り始める。――間接的に。
コウモリたちが超音波を放つと、民たちの身体から緑色の光球が幾つも浮き出てきた。その正体は民たちのエネルギー……つまり、体力が具現化されたものだ。コウモリたちはその光球の一つ一つを余すことなく体内に取り込んでゆく。
やがて体力を抜き取られた民たちがその場にバタバタと倒れてゆく。
「フフッ。搾取は専門分野じゃないけど、とりあえず上手くいったな。こういう時こそ姉様の力を借りたいものだ……」
ケニーは満足げに口角を上げると、コウモリたちに次なる司令を飛ばす。
「下僕たちよ! この調子で王都内に居る全ての民たちのエネルギーを吸い取れ。それと改革戦士団の戦闘員については根こそぎ吸い取っちまえ!」
コウモリたちは主の命令に不気味な笑い声で応えると、王都全域に散らばってゆく。
その様子を見届けたケニーが自軍の兵士たちに命令を出す。
「よし、皆の者! 倒れた民たちを空想術や幌馬車を駆使して王都外に退避させるのだ!」
主君の命令を聞いたイタプレス兵たちは雄叫びを上げると、早速倒れた市民たちの保護に向かう。
そして民たちとの戦闘を回避した連合軍が王都の内部へと猛進。待ち受ける改革戦士団戦闘員を次々と制圧する。
「――さて、俺も仕事を始めるか」
オズウェルはそう呟くと空想術を用いて『鬼神』の姿に変身。それを見たケニーが兄に尋ねる。
「王妃たちの保護に向かうのですね?」
「ああ。王妃殿下たちを保護し、洗脳状態を解除する。ネビュラたっての希望らしいからな――」
オズウェルはそう言うと地面を蹴り飛翔。
「ケニーよ、この場は任せたぞ!」
「兄様、お任せください!」
そのままドリム城の方角へと飛行を始めた。
ものの数分でドリム城に到着したオズウェルは、物見台から放たれる悪意を察知。光線を放ち改革戦士団戦闘長たちを一瞬で抹殺した。
次にオズウェルが察知したのは、覚えがある想人たちの想素だった。
「どうやら、無事生存しているようだな……」
オズウェルは想素に導かれながら城内の奥へと入り込んでゆく。
辿り着いた先は玉座の間。そこでオズウェルは異様な光景を目の当たりにした。
「……不気味過ぎるぞ」
思わず言葉を漏らしたオズウェルの視線の先には、まるで置物の如く玉座に腰を掛けるトロイメライ王兄『スター・ジェフ・ロバーツ』と、玉座を囲むように王妃レナ、第二王子ロルフ、城内本部長ゲッソリオ、王都領主ウィリアムとその妹ボニー……など、王族・臣下の面々が棒立ちしていた。いずれもその瞳と表情に生気が宿っていない。
だがここで異変が発生する。
スターやレナたちの瞳が突然赤色に発光。同時に不気味な咆哮を轟かせる。
『ヴアアアアアアアッ!』
「なるほど……敵が現れたら始末するように刷り込まれているな」
そう。スターたちも例外なく改革戦士団に洗脳されている。今は人の命も躊躇いもなく奪い去ることができる敵方の殺人人形だ。
案の定、スターたちがオズウェルに襲いかかる。背中から漆黒のオーラを立ち昇らせながら突進してきた。
『コロシテヤルゥゥゥゥゥッ!』
――だが。
「お前たちに俺を殺すことはできない――」
それは一瞬の出来事だった。
オズウェルが紫に光る瞳を大きく見開く。その途端、眼差しを向けられたスターたちの動きが停止。彼ら彼女らが一斉に倒れ伏す。
「そのまま眠っていろ。目覚めた時には正気に戻っているであろう――」
オズウェルは空想術を用いてスターたちの洗脳状態を瞬時に解除したのだ。
順調過ぎる程に作戦が完了。流石のオズウェルも拍子抜けした表情を見せる。
「罠の一つや二つあると思っていたのだが……流石にお粗末すぎる防衛体制だ。油断し過ぎだぞ。これでは『明け渡します』と言っているようなものだ……」
「その通りだ」
「!?」
突然、玉座の間に響き渡る老年と思われる男声。
――次の瞬間。
天井を突き抜けてきた光線が、オズウェルの左腕を焼き落とす。
「ぐっ……この俺の腕を一瞬で切り落とすとは……一体何者だ!?」
オズウェルは左肩を押さえながら膝を落とすと、苦悶の表情で崩れ去った天井を見上げる。
すると四本の光柱と共に降臨してくる四人の人影が見えた。
「――貴様は……サミュエルだな? それに我が国で名を馳せている空想術師の姿もあるようだが……」
オズウェルの問い掛けに白髪と白髭の老年男が答える。
「クックックッ……如何にも。私がサミュエル・ゼウスである」
「何故……イメージアの空想術師が……改革戦士団が選挙するメルヘンにいるのだ!?」
呼吸を乱しながら尋ねるオズウェルにサミュエルが愉快そうに歯を剥き出す。
「それは愛弟子に留守番を頼まれたからだよ」
「愛弟子だと?」
「ああ、マスターのことだ。奴からは、侵入者あらば一人残らず始末するよう言われておってのう」
「なるほど……それで……俺を殺すつもりか?」
「ハッハッハッ! 安心したまえ。命は取らないよ。……いやあ、ゲネシスの魔王がどれ程の実力を持っているか気になったものでな、挨拶代わりに軽く一発お見舞いしたのだが……想像以上の雑魚で殺す価値もなかったよ」
「お、おのれ……!」
屈辱的な一言。
悔しさで顔を歪ませるオズウェルにサミュエルが意外な言葉を口にする。
「なので……我々はそろそろ帰るとするよ」
「帰るだと!?」
「ああ。そもそも我々は端から留守番などするつもりはない。いずれやって来るであろう君たちに、王都を明け渡す為に待っていたのだよ」
「意味がわからんな……折角手に入れた王都を敵方に明け渡して、貴様らに何のメリットがあるというのだ?」
「クックックッ……我々としても具現岩が弟子の手中にあると不都合なのだよ。何を隠そう我々もバーチャル種の想人だからのう。それに……我々と弟子は思想が異なる。遅かれ早かれ奴との衝突は避けれぬだろう」
「貴様とマスターの関係に興味はないが……今ここで王都を明け渡せば、決定的な亀裂が生じるぞ?」
「ククッ……だからこの後、引導を渡しに行くのよう。私の物語を脅かす不穏分子はそろそろ排除しておかねばならんのだ」
「理解不能だ……」
事情を知らないオズウェルは、サミュエルの言っていることが支離滅裂に聞こえた。
直後。
サミュエルたちが黄金の光に照らされながら上昇を始める。
「まあ、そういうことだ。弟子が占拠したメルヘンは貴殿らにお返ししよう。腕一本で取り戻せたのだから安いものだろう?」
「くっ……」
「では、さらばだ。次に会う時は……我々の下僕として迎え入れてやろう」
「ふざけるなっ!」
怒号を上げるオズウェル。一方のサミュエルたちは嘲笑を浮かべながらその場から立ち去った。
改革戦士団から王都を奪還することに成功。しかしオズウェルが払った代償は大きかった。
つづく……




