第438話 帰還の夜
山颪の如く、おむすび山を駆け下りたヨネシゲたちは、ライス軍が用意した即席汁かけ飯で朝食を済まし、その足でフィーニス領への帰還を急いだ。
マスターから王都の状況について不穏な言葉を聞いていた為である。
ヨネシゲがマスターとの会話を思い返す。
『――ああそうかい。それよりも……いいのかよ? 王都を放ったらかしにしちまってよ。俺の首を取るのも大事かもしれねえが、折角手に入れた王都を留守にするとは、随分と不用心じゃねえのか? まあこちらとしては都合が良いがな』
『心配無用だ。留守は師匠にお願いしてある。――貴様たちは、王都にゲネシス皇帝と西海守護役を差し向けたようだが、留守をお願いした師匠がこの場に居るということは……ククッ。つまりそういうことなのだよ。言わなくてもわかるな?』
『くっ……アイツらがオズウェルやロックス閣下を打ち負かしたというのか?』
『左様。師匠は抜かりないお方だ。恐らく邪魔者たちを排除した後、我々を激励する為にライス領までご足労くださったのだろう――』
――回想を終えたヨネシゲの顔が強張る。
(もし仮に……マスターが言っていたことが本当なら……更に厳しい状況を強いられるぞ……)
角刈りの手綱を握る手に力が入った。
――ライス領を出発してから三日目の朝、ヨネシゲたちはフィーニス領リッカのサンディ屋敷に帰還を果たした。
そんな戦士たちをソフィアたちが出迎える。
「皆さん、お帰りなさいませ」
「おう! ソフィア! 戻ったぞっ!」
「あなた!」
ヨネシゲとソフィアは互いの姿を確認すると同時に駆け寄っていく。
笑顔を見せるソフィアの瞳には嬉し涙。夫の手をギュッと握る。
「あなた……おかえりなさい」
「ソフィア、ただいま」
「無事に帰ってきてくれて……本当にありがとう……」
「へへっ……気苦労掛けたな。だがお陰で改革戦士団の侵攻を阻止することができたよ」
ヨネシゲはそう言いながら満面の笑顔を見せた。――だがその心は決して晴れている訳ではない。
(――少なからず味方側にも犠牲が出てしまった。帰還を果たせなかった仲間を思うと胸が締め付けられる。それに……改革戦士団に代わる新たな脅威が現れた。おまけにダミアンも仕留め損ねた。この戦いで全てを終わらすつもりだったが……考えが甘かったよ)
複雑に入り乱れる気持ちで心を曇らすヨネシゲだったが――
(――だが今は、ソフィアとの再会を喜ぼう)
ヨネシゲはソフィアをそっと抱き寄せた。
するとそこへ息子ルイスと父ヨネガッツが姿を見せる。
「父さん、おかえり!」
「だあらぁっ!」
「おう! ルイス、親父、ただいま!」
ヨネシゲは、安堵の笑みを浮かべる息子と言葉を交わす。
「ルイス、留守番お疲れ様だったな」
「父さんもお疲れ様。無事に帰ってきてくれて本当に良かったよ」
「ああ。孫の顔を見るまで死ぬわけにはいかねえからな。カレンちゃんにも宜しく言っといてくれ」
「と、父さん……」
父の言葉を聞いたルイスが恥ずかしそうに頬を赤く染める。そんな息子を微笑ましく見つめながらヨネシゲが尋ねる。
「そういや、こっちは何事もなかったか?」
「いや……ちょっとした襲撃はあったよ」
「しゅ、襲撃だと!?」
襲撃――その一言にヨネシゲが顔が青ざめる。直後、ルイスから意外な事実を知らされる。
「ああ。でもじいちゃんが敵を倒してくれたから大丈夫だよ」
「何!? 親父が!?」
ヨネシゲが振り返ると、誇らしげな表情で一升瓶に入った酒をラッパ飲みするヨネガッツの姿が視界に飛び込む。
「ガッハッハッ! ヨネガッツ様の手にかかれば改革戦士団の戦闘長など赤子同然よぉ」
「な、なんだと!? まさか改革戦士団の戦闘長を倒したっていうのか!?」
「おうよ! 聞かせてやるよ、勇者ヨネガッツの活躍をよぉ――」
ヨネガッツは語る。改革戦士団戦闘長オリビア、サンダースとの戦いを――。
(信じられん。こんなインチキ親父が改革戦士団の戦闘長を同時に二人も倒してしまうなんて……)
父親の活躍を信じきれずにいるヨネシゲだったが、ソフィアやルイス、アランやグレースからも当時の状況を説明されてようやく納得。
「まあ……親父にしてはよく頑張ったな」
「だらぁ? 随分と上から目線じゃねえか」
「ドンマイ」
「フン……ま、無事に帰ってきてくれて安心したぜ。息子が心配で心配でメシが喉を通らなかったからな」
「よく言うぜ。酒なら喉を通るのかよ?」
「当たり前だ。酒は水みてぇなもんだからな」
「まったく……どうしようもねえオヤジだぜ……」
ヨネシゲは苦笑を浮かべるも、変わりない父親の様子に安堵するのであった。
そしてこちらにも再会を喜び合う者たちの姿があった。
「ハニー、シオン、帰ったぞよ」
「おーほほっ! ダーリンおかえり」
「お父様、おかえりなさいませ。ご無事で何よりです」
「うむ。二人とも留守番ご苦労じゃったのう――」
嬉しそうに言葉を交わすマロウータン、コウメ、シオン。そこへ専属執事クラークと使用人のカエデ、ジョーソンが紙吹雪を撒き散らす。
「そーれっ! 旦那様、奥様、お嬢様、紙吹雪ですぞっ!」
「か、か、紙吹雪ですよ! そ、そーれっ!」
「それそれそれそれ!」
「ウッホッハッハッハッ! 愉快、愉快!」
「ダーリン、踊りましょ!」
「じゃな!」
マロウータンとコウメは扇を広げると、紙吹雪舞散る中、踊り始めた。
そんな様子を横目にしながら、ドランカドは母プリモや王女ノエルと、ウィンターは皇妹エスタなどから出迎えを受けていた。
するとウィンターがエスタの些細な異変に気がつく。
「――エスタさま。少しお顔色が悪いようですが?」
「ウフフ……ウィンターには隠し事はできませんね。実は――」
彼女が返答しようとした――その時。
国王ネビュラの声が響き渡る。
「皆、ご苦労! 大儀であったぞ。よく無事に帰って来てくれた!」
ネビュラは一同に労いの言葉を掛けたあと、険しい表情で要件を伝える。
「疲れているところ申し訳ないが、至急皆に知らせておきたいことがある。合わせてライス領での戦いの詳細を報告してもらおう」
一同、国王の言葉に力強く頷いて答えると、屋敷内の会議室へと向かうのであった。
「――なんですとっ!? ゲネシス皇帝陛下がサミュエルに腕を切り落とされたですとっ!?」
白塗り顔の甲高い絶叫が会議室に響き渡る。
ネビュラと王弟メテオから王都奪還戦の詳細を聞き終えた一同が険しい表情を浮かべていた。
「――私がお兄様を頼ったばかりに……」
「エスタさま……」
自分の所為で兄が片腕を失ったと落ち込むエスタ。ウィンターは掛ける言葉が見つからず、彼女を見つめることしかできなかった。
その様子を視界に収めながらネビュラが言葉を続ける。
「王都奪還は成功し、愚兄と、レナにロルフ、王都貴族、そして民たちを無事保護することができた。これも全て皇帝陛下の活躍のお陰だ。……ただ、皇帝陛下には申し訳ない気持ちでいっぱいだ。できることならこの腕を差し上げたいところだ……」
ネビュラはそう言いながら沈痛の面持ちで大きく息を漏らす。
「して……ゲネシス皇帝陛下は、今は如何お過ごしなのでしょうか?」
マロウータンの問い掛けにメテオが答える。
「うむ。皇帝陛下はその場で応急処置を済ませた後、皇弟殿下と共に帰国の途についた。帝都で本格的な治療を行うとのことだ」
「左様でございましたか……」
そして今度はメテオが白塗り顔に尋ねる。
「しかし、あのサミュエルとやらがチャヅケ川にも出没したというのは真か?」
「ええ。彼奴ら、改革戦士団に代わる新たな脅威として、我々の前に立ちはだかることでしょう……」
マロウータンは顔を強張らせながら返答すると、続いてチャヅケ川合戦の報告を行った。
「――なるほど。全ての元凶がそのサミュエルということか?」
「ええ。強大な力を用いて、この世界を歪ませている模様です」
白塗り顔の説明を聞き終えたネビュラは少し思案したあと、ヨネシゲに視線を移す。
「――何はともあれ、ヨネシゲよ。お前が無実であることが証明されたな」
そう。この世界を歪ませていたのはヨネシゲではなくサミュエルだった。マスターやサラの人生を狂わし、蛮行に駆り立てた元凶が明らかになったのだ。
だがヨネシゲは首を横に振る。
「いえ……少なからず私にも責任があります。私がこの世界に接触していたことは紛れもない事実です。もし……私が物語を読んでいなかったら……」
暗い表情で俯く角刈りにネビュラが言う。
「お前が責任を感じる必要は全くない。どのみちマスターとサミュエルの衝突は避けられない運命だったのだ。二人はヒーローと悪役という関係なのだからな。今回、その白紙のページとやらにマスターの死が描かれてしまったということだ」
「確かに……そうかもしれませんが……」
するとここでマロウータンが突拍子もない質問をしてくる。
「ヨネシゲよ。ハッピーエンドはお嫌いかな?」
「……え? あ、いや……だ、大好きですよ」
「ならば、ありもしない責任を感じている場合じゃないぞよ。
描いてみせよ、ハッピーエンドを。白紙のページを埋めることが、そなたの一番の責任じゃ!」
主君の言葉にヨネシゲの表情が少し緩む。
「確かに……くよくよしてても何も始まりませんからね。……ヨッシャ! このヨネシゲ・クラフトが、この世界にハッピーを齎してみせますよ! その為には皆さんの力が必要不可欠だ。どうか俺に力を貸してください!」
「当たり前じゃ」
「勿論ッスよ! 皆で描きましょう! ハッピーな物語を!」
「おう! サミュエルたちの好きにはさせねえぜっ!」
ヨネシゲは力強くガッツポーズを決めるのであった。
話がまとまったところでネビュラが一同に伝える。
「――明日の朝、王族は王都に戻るためフィーニスを出立する。マロウータンよ。引き続き、俺たちに手を貸してほしい」
「ははっ! 仰せのままに!」
こうしてヨネシゲたちクボウ家の面々は、翌朝フィーニスを発つことになった。
――その夜。
サンディ屋敷では、チャヅケ川で戦った戦士たちを労う為、祝勝会が行われた。
一同、久々のご馳走と上手い酒を味わいながら、楽しいひと時を満喫するのであった。
やがて祝勝会が終わり、ヨネシゲとソフィアは夫婦の時間を過ごしていた。
行燈の淡い暖色が部屋を照らす。
ヨネシゲはソフィアに膝枕されながら、大窓から入り込む夜風で酔を覚ましていた。
ヨネシゲが満足そうに言葉を漏らす。
「いやあ……実に楽しい時間だった」
「ええ、本当ね。あんなに笑ったのは久々だったわ」
「だな。ルイスと親父も子供のようにはしゃいでいたぜ」
「うん、そうだね……」
「……明日でルイスたちとはお別れだな」
「ええ。もう少し一緒に居られると思ったけど……仕方ないわね……」
「…………」
夫婦の会話が途切れる。刹那、涼しすぎる夜風が風鈴を鳴らす。
――その時である。
予告なしに部屋の襖が開かれた。
「「!?」」
「おっ、相変わらずラブラブだな」
「「ル、ルイス!?」」
部屋を訪れてきたのは愛息子ルイスだった。
ヨネシゲは咄嗟に身体を起こすと、ニヤニヤと笑う息子に向き直る。
「コラッ、ルイス。ノックくらいしろ、ノックを」
「ごめんごめん。ちょっと驚かしてやろうと思ってさ」
「やれやれ……まったく、そのイタズラ心、誰に似たのやら……」
ルイスは両親の前で腰を下ろすと、悲しげな笑みを浮かべながら言葉を漏らす。
「――父さん、母さん。明日でお別れだな」
「ああ……そうだな……」
「お母さんたちも丁度その話をしていたのよ」
「そうだったんだね……」
ヨネシゲは優しい笑みを見せながらルイスに伝える。
「ルイスと別れると思うと、寂しい気持ちでいっぱいだよ。だけどな、こうしてまた家族と顔を合わせながら言葉を交わすことができて本当に良かったと思っている。守るべきものの大切さを再認識できたよ。この奇跡の再会に感謝している」
「父さん……」
「ルイス。この別れが、もう一度皆で暮すための近道だ。父さんは全力でダミアンとゴッドキングダムをぶっ飛ばしてくる。だからお前は全力でカルムの為に働いてくれ。いつの日か……父さんと母さんが住む家を用意してな」
「ああ、わかったよ」
そしてソフィアがルイスの手を優しく握る。
「ルイス。お父さんは全力で頑張れって言っているけど、無理はしちゃだめよ。時には立ち止まって休むことも大切だからね」
「母さん、ありがとう。上手くやるから安心してくれ」
するとソフィアがルイスを抱き寄せる。
「か、母さん?」
「またしばらく会えなくなっちゃうから、今のうちに息子の温もりを堪能させて……」
「ちょっ……恥ずかしいからやめてくれよ……」
「ガッハッハッ! 羨ましいな〜ルイス。おっ、そうだ! 特別に父さんの温もりも感じさせてやるよ!」
ヨネシゲはそう言うとソフィアとルイスをまとめて力強く抱きしめる。
「どうだ!? 俺の温もりは!?」
「あ、熱苦しいよ!」
「ルイス、ムギュー」
「ちょ、ちょっと母さん! く、くっつき過ぎだよ!」
「ガッハッハッ! ドンマイドンマイ!」
じゃれ合う家族三人。
――とても幸せなひと時だ。
その時。
廊下に慌ただしい足音が響き渡る。
やがて足音が部屋の前で停止すると、襖が勢い良く開かれた。
「ヨネさんっ! 大変ッス! ……って、何やってるんですか?」
ドランカドだ。
部屋に入ってきた真四角野郎は、抱き合う家族三人を見るや否や細い目を点にさせる。
一方のヨネシゲは怒号を上げる。
「コラッ! ドランカド! ノックくらいしろ! ノックを!」
「す、すんません! それよりも、大変なんです!」
「一体何があった!?」
ドランカドの慌てようを目にしたヨネシゲの顔が強張る。――とても悪いことが起きたのだと。
角刈りが要件を催促するとドランカドの口からは衝撃的な言葉が飛び出す。
「ヨネさんっ! ウィンター様が! ウィンター様が倒れました!」
「な、なんだって!?」
その報告は、ウィンターが自室で倒れ、意識不明となっているという内容だった。
――同じ頃。
上空から屋敷を見下ろす、ゴシック服を身に纏った女性の姿があった。
「さてさて……ちょうど頃合みたいね。可愛いあの子はルーナちゃんがいただいちゃいまーす!」
また一つ、新たな悪意が迫りつつあった。
第九部へ、つづく……




