第435話 最期の微笑み
マスターの胸元に突き刺さる黄金の矢。響き渡るサラの悲痛な叫び。
ヨネシゲたちはあまりの衝撃に言葉を失いながら立ち尽くしていた。
マスターは震える手で矢を掴むと、自力でそれを引き抜く。直後、傷口と口鼻から夥しい量の血液が漏れ出す。
「ガハッ……」
「パパ!」
「総帥!」
マスターは白目を剥くと足から崩れ落ちるようにしてその場に倒れた。
すかさずサラとソードがマスターの元まで駆け寄る。
「パパっ! パパっ! 起きてっ! 死んじゃダメだよっ!」
「総帥っ! こんな所で終わってはなりません!」
「うっ……うぅ……」
「パパ!」
「総帥!」
マスターは瞳を細く開くと、悲痛の表情を見せるサラとソードに右手を伸ばす。二人はその右手を両手で力強く握る。
やがてマスターが掠れる声を振り絞りながら言葉を口にする。
「サラ……ソード……すまない……私は……君たちとの約束を……果たせなかった……何者にも汚されない……クリーンな世界を……創る夢を……――グハッ!」
「パパっ!」
「総帥っ!」
吐血。
マスターは血を吐きながらも言葉を続けようとする。そんな父をサラが制止する。
「パパ、もう喋らなくても大丈夫だから! パパの気持ちは十分理解しているよ!」
「サ……ラ……」
サラは泣きじゃくりながら言葉を続ける。
「でもね……夢なんてもういいの……私は……パパがそばに居てくれるだけで……それだけで十分……だから……お願い……私を一人にしないで……死んじゃ嫌だよ……」
するとマスターは最後の力を振り絞り、娘の手を力強く握り返す。
「サラ……」
「……っ」
「パパは……いつでもサラと……一緒だ……ずっと……見守っているから……幸せに……なってくれ……よ……――」
「パ……パパ……!?」
マスターはサラにそう告げると優しい微笑みを浮かべる。直後、彼の握力が徐々に弱まり、瞼がゆっくりと閉じられた。
――マスターこと『アーノルド・マックス』の数奇な人生に幕が下りたのだ。
「パパっ! ダメっ! 死んじゃダメっ! 起きて……起きてよっ!」
「総帥……目を開けてください……」
必死に呼び掛けるサラとソード。
すると突然、マスターの身体が淡い光に包まれる。更にその体が光の粒子――想素に還り天へ昇ってゆく。
生身の想人が想素に還るなどあり得ない現象だ。一同、信じがたい光景に呆然と立ち尽くしていた。
そしてサミュエルも困惑を隠しきれない顔色だ。
「まさか……想素に還っただと……!?」
サミュエルはそう言葉を漏らしながら、懐から紫色の水晶玉――創造神『アルファ女神』を封印した水晶玉を取り出す。そして白色に激しく明滅するそれを睨む。
「くっ……アルファ女神め……貴様の仕業だな……一体何を企んでおる……」
サミュエルは不愉快そうに顔を歪めながら水晶玉を握りしめた。
直後、ヨネシゲの怒号が周囲に轟く。
「オメェっ! いくらなんでもそりゃねえだろっ! マスターの……アーノルドの命を奪う必要があったのかっ!」
サミュエルは水晶玉を懐に仕舞うとニヤリと歯を剥き出す。
「ククッ……感情のままに敵意を剥き出しているようでは、怒神の力に飲まれてしまうぞ? ヨネシゲ・クラフト君」
「くっ……」
悔しさを滲ませるヨネシゲだったが、ここで一回大きく深呼吸。サミュエルに尋ねる。
「念の為確認しておこう……この世界を歪ませたのは、お前の仕業で間違いないな?」
「左様。私が既存の物語に筆を加えたことで、過去も、未来も、全ての歴史を、理を書き換えてやったわい」
「なんてことを……」
「ククッ……すまんのう、濡れ衣を着せてしまって。丁度よいタイミングで、お前がこの世界に干渉してきたものでな。お前の壮大な茶番劇を利用させてもらったのよう」
「ふざけやがって……!」
怒りを抑えていたヨネシゲだったが、我慢ならず、怒鳴り声を上げようとする。
ところが、角刈りよりも先にソードの怒号が響き渡る。
「サミュエルっ! 貴様だけは許さん! 八つ裂きにしてくれるっ!」
普段からクールを装うソードだったが、今は鬼の仮面を被る。
そんな青年を見下ろしながらサミュエルは嘲笑を浮かべる。
「弱い犬ほどよく吠えるものだな……。――怯える必要はない。お前たちも今すぐアーノルドの元へ送ってやるからのう」
「おのれっ!」
サミュエルはソードにそう言うと、ギロリとダミアンに視線を移す。
「――さてダミアンよ。お前もアーノルドのお供をご希望かな?」
サミュエルの問い掛けにダミアンが薄ら笑いを漏らす。
「フフッ……敬愛なる上司だって? 冗談は止してくれよな……」
そしてダミアンは隻眼を大空想神に向ける。
「俺はアンタに付いていく。俺は――神様の味方だぜ!」
「クックックッ……お主も悪よのう」
ダミアンの返事を聞いたサミュエルが心底愉快そうに笑みを浮かべる。
直後、サミュエルは右手に赤炎を纏う大剣を召喚。それをダミアンに向かって投げ落とす。
「受け取れ」
赤炎の大剣はゆっくりと降下。手元まで届いたそれをダミアンが握る。その瞬間、ダミアンの瞳が大きく見開かれた。
「な、何だこれは? 体中のエネルギーが剣に集まっていく感じがする。それでいて、底なしの力が体の底から湧いてくる気分だぜ!」
「ダミアンよ。それはお前の力を引き出してくる神器だ。試しにその大剣で元同胞共を切り裂いてみよ」
「了解」
サミュエルの言葉を聞き終えたダミアンが狂気の笑みをみせる。するとジュエルがダミアンを制止。
「ダミアン、ダメだよ! サラとソードは殺しちゃダメ!」
「フフッ……邪魔すんなよ。お前は黙って見ていろ」
だがダミアンは聞く耳持たず。サラとソードに向かってゆっくりと歩みを進める。
対するソードは、放心状態で座り込むサラを庇うようにして一歩前進。
「ダミアンっ! 総帥から受けた恩を忘れたか!? どこまでも腐った野郎だなっ!」
「ブヒャッヒャッヒャッ! 腐ってるのはお互い様だろう? 俺はお前の良い子ちゃんぶっている所が大嫌いなんだよっ!」
次の瞬間。
ダミアンは地面を蹴ると、赤炎の大剣を構えながら全力疾走。ソードに切り掛かる。
迎え撃つソードは右手を大きく振り上げる。途端、彼の両側方に青のオーラを纏う白銀の大剣が数本出現。その剣先は言うまでもなくダミアンに向いていた。
「切り裂けっ!」
ソードが叫んだ刹那。彼の周りにあった白銀の大剣が一斉に放たれた。
青の軌道を描きながら高速で流れる大剣はほうき星の如し。
ダミアンを肉塊に変えるべく空気を切り裂きながら突き進む。
――だが。
「オラよぉっ!」
「なっ!?」
ダミアンが赤炎の大剣を軽く振り抜き、鉄をも溶かす灼熱の斬撃を放つ。迫りくる白銀の大剣を瞬時に蒸発させた。
斬撃の勢いは留まらず、そのままソードとサラを飲み込む勢いで襲いかかる。
「させるかっ!」
ソードは咄嗟に氷塊の壁を出現させる。しかし灼熱の斬撃は氷塊の壁も一瞬で溶かす。その際に発生した強烈な水蒸気爆発でソードとサラは吹き飛ばされてしまった。
その様子を見守っていたヨネシゲたちはバリアを発動しながら爆風を耐えしのぐ。
ヨネシゲが思わず二人の名を叫ぶ。
「サラっ! ソードっ!」
やがて爆発が収まると、倒れる男女の姿がヨネシゲたちの瞳に移し出される。
サラは気絶。ソードは意識を保っているものの、水蒸気爆発で受けたダメージが想像以上に大きく、全身に大きな傷を負いながら動けずにいた。
そんな男女に悪魔が歩み寄る。
「ハッハッハッ! ザマァねえな!」
「ダミ……アン……!」
怒りの眼差しを向けるソードにダミアンが愉快そうに言葉を吐き捨てる。
「俺を散々虚仮にした報いだっ! 地獄に送ってやるよっ!」
悪魔が赤炎の大剣を振り上げる。
「ゴミは……焼却処分だっ!」
ソードは悔しそうに大剣を見上げる。
「こりゃいけねえっ! ウィンター様っ!」
「承知です!」
ダミアンの蛮行を止めるべく、ヨネシゲとウィンターが介入しようとした――その時。
ダミアン、ソード、サラの足元から無数の泡――シャボン玉が吹き出てきた。
その大きなシャボン玉はソードを、サラを、ダミアンを包み込み、そのまま中へと舞い上がる。
「何なんだよこれはっ!?」
ダミアンは赤炎の大剣でシャボン玉を突き破って脱出。
直後、女性とも男性ともとれる透き通りような美声がヨネシゲたちの耳に届いてきた。
「――これ以上の暴挙は許さないよ。ゴッドキングダム!」
その旅人風の若者を目にしたヨネシゲは驚愕する。一方のサミュエルらゴッドキングダムの面々は不愉快そうに顔を歪めた。
「シャ、シャロンちゃん!?」
「フン! やはり来たか――小娘よ」
ヨネシゲは知っている。その中性的な若者を――
(どうして……シャロンちゃんがここに居るんだ!?)
若者の名は『シャロン・オルティス』。
その正体は――ヨネシゲの義妹。
つまり――ソフィアの実妹だ。
ヨネシゲが動揺した様子でシャロンに尋ねる。
「シャロンちゃん! どうしてここに!?」
「ヨネさん! 説明は後で! 今はこの状況を打開しないと!」
「お、おう!」
シャロンはヨネシゲにそう告げると、右手を頭上高くに振りかざし、巨大なシャボン玉を作り出す。
そしてシャロンは悪戯っぽい笑みをサミュエルに向ける。
「サラたちはボクが預からせてもらうよ」
「なんだと?」
するとシャロンは人差し指で巨大シャボン玉を突いた。
次の瞬間。
シャボン玉が破裂。凄まじい風圧が宙に浮かぶシャボン玉の数々を押し流す。それはサラとソードを包むシャボン玉も例外なくだ。
高速でその場から離れゆくサラとソードのシャボン玉。
それを目で追う大海原神ダニエルと大森林神ジェイダが不敵に口角を上げる。
「フッフッフッ……逃さないぜ」
「キャハッ! 追いかけっ子の始まりだぁ!」
サラとソードを乗せたシャボン玉を追うため、神々たちが飛行を始めようとした時――その進路に巨大猫が立ちはだかる。
「八切猫神……!?」
「ここから先は一歩も通しませんよ」
「ちっ……守護神か……」
巨大猫――八切猫神の肩に乗る猫耳の少年ウィンターが、凍てつくような眼差しを神々に向ける。
その様子を横目で見つめるサミュエルだったが、突如下方から殺気を感じとる。彼が視線を下ろすと、そこには地上から飛翔してくる角刈り!
「おらああああああっ!」
「……っ!」
ヨネシゲだ!
怒れる青鬼が正義の鉄拳で悪神に殴りかかる。
しかしサミュエルはヨネシゲの拳をひらりと躱す。
「小賢しい真似を……」
「神だかなんだか知らねえが……人の心を弄ぶような連中はこの拳で叩き潰してやる!」
ヨネシゲはサミュエルを威嚇するように拳を前へ突き出した。
地上では赤炎の大剣を構えるダミアンをマロウータンやドランカド、猛者たちが包囲。
「ダミアン・フェアレス! 今日という今日は御用だっ!」
「御用じゃ」
「ちっ……相変わらずムカつく野郎共だぜ」
その様子を横目にしながらシャロンが上空の神々に告げる。
「さあどうする? ゴッドキングダム。今ここでボクたちと戦うのは分が悪いと思うけど……。大人しく投降した方が身の為だよ?」
しかしサミュエルは高笑い。
「ハッハッハッ! 確かにそうだな。仕方あるまい……楽しみは後にとっておくとしよう――!」
突然、サミュエルが空想杖を振りかざす。
その刹那、空間全体に無数の亀裂が走る。亀裂の隙間からは閃光が泄れ出す。
それを見たウィンターが額に汗を滲ませながらサミュエルに尋ねる。
「裁きの領域を爆破するつもりですね?」
「ククッ……ご名答。臣下たちが肉片にならないよう、しっかりと守護しておいた方がよいぞ?」
「卑怯な真似を……!」
すると神々とダミアン、ジュエルの頭上に天から黄金の光が降り注ぐ。
「クックックッ……次に会う時は、我々の前で跪いてもらう。屈辱を味わいたくなければ、精々抗ってみせるのだな。クックックッ……ハッハッハッ!」
「待ちやがれっ! この野郎っ! 逃げるつもりかっ!」
「さらばだ――」
ヨネシゲが怒号を轟かせると、神々とダミアンたちの姿が黄金の光に飲み込まれてゆく。
逃がすものかとウィンターが凍結の衝撃波を放った。
時をも凍てつかせる冷気が一帯を支配する。
しかし――そこに神々とダミアン、ジュエルの姿は無かった。
「逃しましたか……」
悔しそうに唇を噛むウィンター。
するとシャロンの大声が一同の耳に届く。
「みんなっ! 身構えてっ! 空間が爆発するよっ!」
「マ、マズイっ!」
「退避じゃっ! 退避っ! 退避ぞよっ!」
ヨネシゲたちが顔を強張らせた直後、閃光と轟音が空間全体を飲み込んだ。
つづく……




