第431話 決戦、チャヅケ川の戦い 〜仇敵〜
害虫並みのしぶとさを持つダミアン。ヨネシゲの攻撃を一回食らったくらいでは絶命せず。むくりと起き上がる。
口鼻から血を垂れ流し、肩で息をしながら、怒り狂う肉食獣のような目でヨネシゲを睨んだ。
「こっちは手加減してやってるっていうのに……いい気になるんじゃねえぞっ! このクソジジイがっ!」
「手加減だと? どこまでも呆れた野郎だな。戦場では常に本気で行動しねえと命取りになる。先日も俺に痛い目に遭わされておきながら、何一つ成長してねえな」
「くっ……黙れ、黙れえええええっ!」
ヨネシゲに痛い所を突かれたダミアンが今日一番の怒号を轟かせる。
「殺してやる……今すぐ殺してやるっ! 俺を馬鹿にする奴は許さねえっ!」
次の瞬間。
ダミアンは地面を蹴り、草原を駆けるチータの如く速さで疾走。
一方のヨネシゲは仁王立ちしながら、迫りくる仇敵を待ち受ける。
「さあ来い。ダミアン」
「偉そうに突っ立ってるんじゃねえぞっ!」
ダミアンは髑髏の鎧を纏いながら、赤に燃え盛る魔拳を振り上げる。
その視界に映るのは、ヨネシゲを守護する青光りするドーム。
「おらあああああっ!」
ダミアン渾身の一撃が青のドームに打ち込まれた。
――だがしかし。
「うぐっ!?」
青のドームはびくともせず。まるで鉄塊を殴ったような痛みと衝撃がダミアンの拳に走った。
「畜生っ! 畜生っ! こっちは神様のおっさんから貰った力をフルに発揮してるんだぞっ! こんなことあってたまるかああああああっ!」
ダミアンは諦めず。
拳の嵐を青のドームに浴びせる。
だが、結果は変わらず。
急激に体力を消耗したダミアンは、呼吸を乱しながら悔しそうに顔を歪める。
それでも攻撃を続けるダミアンだったが――
「ぐぶっ!? ……なんだこれは!? 離せ、離せっ!」
突如、天から下りてきた巨大な青い手が、雑草を引き抜くが如く、ダミアンの全身を握りしめ、持ち上げる。
ダミアンは苦しそうに藻掻きながら、巨大な手の持ち主に視線を移した。するとダミアンの顔がみるみるうちに青ざめる。
「あ、青鬼だ……」
そう。人の背丈の数倍はあろう巨大な青鬼の正体は、ヨネシゲに神の力を授けた怒れる怪物――怒神『オーガ』だった。
怒神が重低音の声を響かせながら、ダミアンを握った手を振り上げる。
『ジャアクナルモノヨ……ヨクニマミレタ、バンコウノカズカズ……ハジヲシレ……!』
「や、やめろおおおおおっ!」
間髪入れずに、怒神はダミアンを地面に叩き付けた。
その瞬間、地面に走る衝撃。同時に響き渡る轟音、立ち込める土煙。
やがて土煙が収まり、鮮明となったヨネシゲの視界に映し出されたものはクレーターだ。その中心には大の字で倒れるダミアンの姿があった。
ヨネシゲはダミアンを見下ろしながら欠点を指摘。
「……やはり、所詮は借り物の力だな。どんなに強大な力を手にしたところで、身の丈に合わなければ意味がない。小さな子供に重厚な大剣を持たせたところで振り回せないだろう?」
「借り物の力……だと……?」
ダミアンはそう言葉を返しながら、上半身をゆっくりと起こすと、血走った目でヨネシゲを怒鳴り散らす。
「貴様だって借り物の力だろうがよっ!」
だがヨネシゲは否定せず。
「確かに……俺も借り物の力だ。だが、俺は身の丈にあった力を怒神から使わせてもらっている。使わせてもらう為にそれなりに特訓をしてきたつもりだ。
少なくとも、今与えられた力は完全に使いこなしていると自負している。
まあ俺の身の丈に合わせた力だからな、圧倒的に強いってわけじゃねえ。
だが、乗りこなせない戦車よりも、使い慣れたピストルの方が余程実戦向きだ。要するに、今の俺はベストな力を手にしたという訳だ。
力に溺れ、力に頼るだけのお前よりも、俺の方が……強い!」
ヨネシゲが言葉を終えると、ダミアンが不気味な笑いを漏らす。
「ウッヒッヒッヒッ……ブヒャヒャヒャヒャッ! 随分とおめでたいじゃねえか、ヨネさんよぉ。『俺の方が強い』だってぇ? 自惚れてるんじゃねえよっ! アンタこそ自分の力に酔いしれてるじゃねえかっ!」
ダミアンはそう吐き捨てると立ち上がり、飛翔。クレーターの外へ出ると、再びヨネシゲと対峙。
「ヨネさんよぉ。俺より『強い』って宣言は、俺を倒してからしてくれねえかぁ?」
ダミアンは不敵に口角を上げながら、軽やかにステップを踏み、ファイティングポーズをとる。
対するヨネシゲは呆れた様子で息を漏らす。
「ハァ……お前の悪足搔きに付き合っている暇はねえぞ」
「あぁ? 悪足搔きだと?」
心底不愉快そう顔を歪めるダミアンに、ヨネシゲが静かに語り始める。
「俺は……この怒神の力を使いこなす為、今日まで精神面を鍛え上げてきた。以前の俺ならすぐに怒りを爆発させるような場面でも、感情を押し殺すことができる。だが……今は腸が煮え返るほど怒り狂いそうだよ――」
言葉を区切ったヨネシゲが怒りを宿した瞳でダミアンを睨む。その刃物のような眼差しを向けられたダミアンが顔を強張らせる。
ヨネシゲは続ける。
「――お前のような小物に、ソフィアとルイスの尊い命が奪われたと思うと、怒りで自分を見失いそうになる。
だけど、安心してくれ。怖がらなくても大丈夫だぞ。外道なお前を相手にしてもブチ切れるようなことはねえ。
──今の俺なら冷静にお前を惨殺できる」
「いっ……」
ヨネシゲから濃青の煙霧――静かなる怒りのオーラが放たれた。
怒神オーガの化身となったヨネシゲが、静かなる怒りの炎を燃やす。
その凄まじい威圧感に恐怖したダミアンの動作が、ファイティングポーズから後退りに変わる。
ダミアンは顔を引きつらせながら力ない笑いを漏らす。
「ヘヘッ……マジになるなってよ……ヨネさん……」
「俺はいつでも本気だ。言っただろう? 『戦場では常に本気で行動しねえと命取りになる』と」
「くっ……」
ヨネシゲが一歩踏み出すと、ダミアンが一歩後退。常に一定の距離が保たれていたが――その間合いにある女が入り込む。
「ダミアン! 逃げて!」
「ジュエルっ!」
ダミアンを守るようにして、ヨネシゲの前に立ちはだかった桃色髪の女は、ダミアン直属の部下『ジュエル』だった。
「ダミアンを傷つける者は何人たりとも許さないっ!」
早速ジュエルが空想術を使ってヨネシゲに襲いかかる。
「いでよっ! 木龍!」
ジュエルが右手を振り上げた刹那、地面から大木が突き出てきた。
大木は天翔る龍の如く天へ向かって伸びてゆく。
ところが、突如クネっと曲がり進路を変更。ヨネシゲ目掛けて急降下を始めた。その姿はまさしく木の龍だ。
「木龍よっ! あの男をぺしゃんこにしちゃって!」
『ゴオオオオオオオッ!』
龍と化した大木が咆哮を轟かせながら、ヨネシゲに突進する――が。
その先端が、ヨネシゲを守護する青のドームに衝突した直後、木っ端微塵に砕け散った。
「まだまだっ!」
木龍が破壊されるも、ジュエルは臆することなく、次なる一手を講じようとする。
しかし、彼女が気付いた時には――背後をヨネシゲに取られていた。
「ジュエル、後ろだっ!」
「えっ!?」
ダミアンが叫ぶも時すでに遅し。
ヨネシゲの手刀がジュエルの首元を捉える。
「うぐっ!」
「悪いなお姉ちゃん。ちょっと眠っててくるか――」
ジュエルは糸が切れた操り人形のように力を失うと、ドサッとその場に倒れた。
意識を失ったジュエルを見下ろす鬼の眼差しが、再びダミアンに向けられる。
「――ダミアン。今から自分を見失わない程度の最大級の怒りで、お前を八つ裂きにしてやる」
「じょ、冗談はよせよ……」
「ソフィアとルイスの仇はとらせてもらうぞっ!」
ヨネシゲは地面を蹴ると、神速でダミアンに迫る。
(――例え神が許しても、例え天国のソフィアとルイスが許したとしても、俺はお前を絶対に許さねえ。救いようのねえ外道に法の裁きなど生温い。この手で……直接裁きを下してやるっ!)
ヨネシゲは全身に青炎を纏う。
自身が地獄の業火となって、邪悪なる悪魔を焼き尽くす為に――。
(俺は……裁きの鬼になる!)
ヨネシゲが右拳を構える。
対するダミアンはサミュエルから授かった力を再び解放しようとするも――
「ヤバっ……身体に力が入らねえ……!」
体力・想素切れ状態のダミアンに強大な力を解放することはおろか、通常の空想術の使用すら困難だ。
――そして。
何もできずにいるダミアンに裁きの鉄拳が放たれる。
「うおおおおおおおっ!」
「や、やめろおおおおおっ!」
ダミアンが絶望の悲鳴を上げた――その時。
「っ!?」
ヨネシゲの拳がピタリと止まる。いや、止められてしまった。
そして角刈りは視界にはいっぱいに映る、自身と瓜ふたつの顔を睨む。
「……来たか、マスター――」
「裁きを受けるのは貴様の方だ――ヨネシゲ・クラフト」
ヨネシゲの鉄拳を受け止める掌――その持ち主である『マスター』が、殺意の眼光を向ける。
つづく……




