第429話 決戦、チャヅケ川の戦い 〜親心〜
マロウータンの語りは続いていた。
「例え、己が信じた道、本懐を遂げる為であっても、大切な愛娘に殺生をさせるなど気が引ける。きっとそなたの父も同じ気持ちじゃろう……」
白塗り顔の持論を聞きながら、サラが鼻で笑う。
「フッ、生温いわね。パパはそんな甘い考えの人じゃないわ。パパは悲願達成の為に私情を捨てたのよ。娘が殺しを働いたところで心が揺らぐことはないわ」
だが白塗り顔は疑問を呈する。
「果してそうじゃろうか? そなたの過去を聞く限り、マスターのそなたに対する愛情は本物に思えるがのう。
胸に手を当てて思い返してみよ。父と過ごした日々を。
マスターはそなたを人殺しにする為に愛情を注いできたわけではない。そなたには真っ当に育ってほしいから大切に育ててきたのじゃ。それは紛れもない事実でおじゃる」
「知ったような口を利くな……」
「いいや、儂にはわかるぞよ。――親心を理解してやれ」
白塗り顔の一言を聞いた魔女っ子がキッと睨む。
「はあ?! 理解したところで何になるの!? 私の手はもう血塗れなのよ!? いくらパパの気持ちを理解したころであの頃の私にはもう……戻れない!」
マロウータンは落ち着いた口調で言葉を返す。
「儂は一人の父親として、考えを伝えたまでじゃ。サラよ、これ以上親を悲しませるな」
サラが怒鳴る。
「ふざけるな! 私はパパと同じ夢を見ているのよ! 他人の貴方が偉そうに口出しするな!」
直後、サラは空想杖を振りかざす。
すると天から光の粒が降り注ぎ、空想杖の先端に集結。大きな光球を形成し始める。
「食らいなさいっ!」
そしてサラは間髪入れずに、顔を強張らせるマロウータン目掛けて光の砲弾を放った。
光球は轟音とともに空気を歪ませながら、音速でマロウータンに襲いかかる。
――だが。
「麻呂蹴鞠大会・終着点の守護神!」
マロウータンは身体を大きく広げて光の砲弾を――受け止めた!
しかしその威力凄まじく、マロウータンは足で踏ん張るも、その身体をグイグイと押されてゆく。
「――カハッ!」
白塗り顔は吐血しながらも――
「ウホオオオオオッ!」
光の砲弾を持ち上げ、そのまま天へと投げ飛ばす。
ところが、光の砲弾が上空で爆発した直後、マロウータンは膝を落としてしまう。
サラは冷たい眼差しで白塗り顔を見下ろす。
「あら? もう終わり? 降参かしら?」
「ウホッ……やりおるな……じゃが……儂は一人の父親として……そなたを止めてみせる!」
力強い眼差しで宣言するマロウータン。一方のサラは冷たい声を返す。
「貴方じゃ私を止められない……!」
刹那。
サラは神から授かった力を解放。
彼女が空想杖で地面を突くと、その先端を起点に亀裂が発生。
亀裂はマロウータンの足場を奪うように一帯を走る。
やがて大きな割れ目からは赤光と熱気が漏れ出す。
サラは、退路を断たれた白塗り顔を睨みながら自分に言い聞かす。
(何が親心よ。そんなものを理解したところで無意味よ。私とパパは……同じ夢を見る同志。それ以上の感情は不要よ。……でも)
サラの脳裏にはあの日父と交わした会話が蘇る。
『――パパ……ママの仇を取ろうよ……こんな世界……あっちゃいけない……!』
『サラの言う通りだ……元凶を討ち、世界の理を変えねばならぬ……――』
(もし……あの一言が……パパを突き動かしていたとしたら……)
彼女の心が揺れ動きそうになったその時、亀裂から水蒸気が吹き出す。その熱気は凄まじく、サラは急いで上空へと退避する。
一方のマロウータン。
灼熱地獄と化した地上で赤光を浴びながら、扇を広げて舞踊る。
「ウホ~……夢~……幻のごとし……――」
「くっ……どこまでも私を馬鹿にしやがって……!」
サラが空想杖を振り上げる。
「私とパパは理想の世界を創り上げる! 何者にも邪魔はさせないっ!」
次の瞬間。
サラの叫びを合図に亀裂から一斉にマグマが噴き出す。
マグマはマロウータンを一瞬で飲み込み、辺りを灼熱の海に変えた。
サラは呼吸を乱しながら、グツグツと煮えたぎる地上を見下ろす。
「ハァ……ハァ……貴方には恨みは無いけど……私たちの悲願の為に消えてちょうだい――」
ここでサラが額に手を当てる。
(くっ……目まいが……力を使い過ぎてしまったわ……)
圧倒的な神の力。
その力はサラから体力と気力を奪い去っていた。
そして――
(もう……ダメ……かも……)
サラは完全に力を失う。
全身を脱力させながら、地上に向かって急降下を始めた。
(まさか……こんな所で……)
サラのぼやける視界にはマグマの海が迫って見える。
(パパ……ごめんなさい……)
サラが覚悟を決めた――その時!
マグマの海から放たれる黄金の光。
同時に黄金に輝く物体が、マグマの中から飛び出してきた。
「グワーッグワーッ! ウホオオオオオッ!」
その姿は黄金の鶴・聖獣『吹飛鶴神』の如く――マロウータン・クボウが翼羽ばたかせながら高速飛行。
今まさにマグマの海に落下しようとするサラの身体を寸前で受け止めた。
白塗り顔は魔女っ子を横抱きにしながら呆れた表情で言う。
「この親不孝者めが。父を泣かすつもりかえ?」
「ど……どうして……私を助けたの……?」
サラが声を振り絞りながら尋ねると、マロウータンは黒塗りの歯をニヤリと剥き出す。
「ウホッ。例えどんな大悪党であろうと、このような形で娘を失ってほしくない。――これも親心じゃ」
「貴方……どこまでも……お人好しなのね……――」
サラは微かに口角を上げると、そのまま意識を手放した。
「すまぬが、そなたの身柄は儂らが預かったぞ――」
マロウータンは険しい表情でそう呟くと、本陣まで移動を開始した。
――同じ頃。
チャヅケ川戦場の中心で一人瞑想する黒尽くめ男は――マスターだ。
周囲を轟く悲鳴、怒号、剣戟の音、或いは地をも揺るがす爆発音。
それらの全てはマスターの耳の中では無に帰してしまう。
当然ながらそんな彼の姿は戦場では浮いた存在。サンディ・クボウ連合軍の兵士たちの標的になってしまう。
「居たぞ! 改革戦士団の総帥だ!」
「臆するなっ! 討ち取れっ!」
兵士たちは剣や槍、空想術で具現化した光剣を構えながらマスターに斬りかかる。
しかし、幾度斬りつけても斬撃はマスターの身体をすり抜けてしまう。
それもその筈。マスターは、攻撃を異空間に受け流すことができる、空想術最強のバリア『スペースバリア』を発動しているのだから。
マスターはこのスペースバリアを全身に覆っている為、斬撃が身体をすり抜けているように見えるのだ。
但し、自分より強者の攻撃となると、全ての攻撃を受け流すことは難しい。
困惑する兵士たちだったが、その足元には黒い靄が発生。
「や、やめろっ! 離せっ!」
「だ、誰かっ! 助けてくれっ!」
靄は兵士たちの身体を絡め取り、地中へと引きずり込んでいく。――マスターが事前に仕掛けていた罠だ。
今もなお、瞑想に耽るマスターだったが――突如何かを察知。閉じていた瞳をゆっくりと見開く。
「サラ……!」
どうやらマスターは娘の危機を感じ取ったようだが、取り乱すことはなく。
「……大事ないようだな」
娘の無事がわかると安堵の息を漏らした。
「無茶はするなよ……」
マスターはそう呟きながら、一歩ずつ歩みを進め始める。
(戦況は極めて劣勢。一気に片を付けねばならぬ……)
マスターは一度足を止めると、天を見上げる。
(しかし……何故、師匠たちがここに……?)
神々の出現に疑問を感じながらも、マスターは再び一歩を踏み出す。
「けりをつけようぞ……ヨネシゲ」
つづく……




