第428話 決戦、チャヅケ川の戦い 〜黒幕〜
今回はサラの過去の話がメインとなります。
――とある少女は父親のことが大好きだ。
器用な手先で壊れた懐中時計を直す父親――
「はい、これで元通りだ」
「わぁ! パパ凄いっ!」
凶悪な犯罪集団が相手でも、一太刀で制圧する頼もしい父親――
「はああああああっ!」
「「「「「ぐはっ!」」」」」
「わぁ! パパ強いっ!」
どんなに忙しくても、家族との時間を大切にしてくれる優しい父親――
「よしっ、今度の週末はケロリーランドに連れてってあげよう!」
「ヤッター! 嬉しい! パパ大好き!」
少女にとって自慢の父親だった。
「さあ、行こうか。――サラ」
「うん! 行こう! ほら、ママも早く早く!」
「ウフフ。今行きますよ――」
父『アーノルド』と、母『ジャスミン』の愛情を受けて育った少女――『サラ』。
何一つ不自由ない、幸せな生活を送っていた。
――が。
ある日突然、彼女の人生が一変する。
いつものように自室のベッドで睡眠をとっていたサラだったが、目覚めるとそこは石壁に囲まれた薄暗い部屋だった。
いつの間に着せられていたのは、ボロ切れのような白いワンピース。その薄い生地からは床の冷たさが伝わってくる。
「こ、ここは……どこ? どこなの? パパ、ママ、居るんでしょ!? 助けて!」
「うるせえガキだな!」
「ひっ……」
鉄扉の向こうから聞こえてきたのは、ドスの利いた男の声。
やがて鉄扉が開かれると、姿を見せたのは――薄ら笑いを浮かべる鋭い目つきの男たちだった。
サラは身体を震わせながら問いかける。
「誰……? 貴方たちは誰なの?」
だが――
「きゃっ!」
男は質問に答えることなく、サラの手首を強引に掴む。
「イッヒッヒッ。俺たちが誰であろうとお前には関係ねえ。奴隷は俺たちの言うこと大人しく聞いていればいいんだよ!」
「ど、奴隷……?」
突然の言葉に思考を停止させるサラ。しかし、頭の中を整理する間もなく、彼女は男たちによって部屋の外へと引きずり出される。
「嫌だ! 離して!」
「暴れるんじゃねえ!」
「きゃっ!」
平手打ち。
男の強烈な一撃にサラはその場に膝を落としてしまう。
すると、別の男がサラを抱擁する。
「コラコラ、手荒な真似をするんじゃねえよ。可哀想だろうが──」
「……っ」
その優しい所作にサラは「この人なら助けてくれる」と淡い期待を抱いた――が、現実は無情だった。
サラが男を見上げると、そこには不気味な笑みで舌なめずりする顔があった。
「ウヒヒ……お嬢ちゃん、泣き顔も可愛いねえ」
「ひっ……」
顔を青くさせる彼女に別の男が言う。
「お前にはこれから俺たちの相手をしてもらうぜ」
「相手……?」
男が不敵に口角を吊り上げる。
「ああそうさ。奉仕だよ、奉仕。お前がここに連れて来られたのは……言わなくてもわかるだろう?」
「嫌だ……嫌だ! お願いだから離して!」
「ブヒヒヒッ! そんじゃタップリと俺たちを悦ばしてくれよな!」
「パパ……ママ……助けて――」
サラの抵抗虚しく。
男たちから屈辱的な行為を受ける生活が約三年続いた。
――そんなある日のこと。
サラは眠りから覚めると、いつものように密室の片隅で怯えていた。ところが突然、男たちの悲鳴が耳に届いてきた。
何事かと思いながら鉄扉の方へ視線を移すと、見慣れない中年男が姿を現した。
黒髪のオールバック。くっきりとしたほうれい線。渋い表情でサラを見下ろす。
「だ、誰……? 貴方は一体誰なの!?」
サラが尋ねると中年男が静かに口を開く。
「サラ……私だよ」
「え?」
サラは思考を停止させる。
全く記憶にない男に「私だよ」と言われても思い出せない。それに自分の名前を知っている――怪しい不審人物だ。
困惑するサラに中年男が歩み寄る。
「……無理もない。このような醜い姿になってしまっては、な」
「こ、来ないで! 近寄らないで!」
身の危険を感じたサラは後退り。
しかし、サラの細い腕は中年男に掴まれてしまう。だがその握力からは強引さを感じない。優しく包み込むような、どこか懐かしい力加減だ。
「サラ……大丈夫だから、落ち着きなさい」
「……っ」
見知らぬ中年男だが、その優しい口調は聞き覚えがあった。
「ねえ……貴方は……一体誰なの……?」
サラの問い掛けに中年男が静かに口を開く。
「……私は、アーノルド・マックス。お前の父親だ」
「っ!? ……じょ、冗談言わないで! パパはそんな顔してない!」
再び思考を停止させるサラに中年男が続ける。
「信じてくれとは言わない。いきなり見知らぬ男に『父親』などと言われても、信じろと言う方が無理な話だ。だが……少なくとも私はサラの味方だ」
「本当に……パパなの?」
「ああ、嘘はいわない。今は起きていることは紛れもない事実だ。何故このような状況に陥ってしまったかは……後ほど説明しよう」
そして父親を名乗る中年男――アーノルドがサラの手を優しく握る。
「さあ、ひとまずここから脱出しよう。私に付いてきなさい」
「……うん、わかった」
父親を名乗る怪しげな人物。彼に付いて行っても身の安全が保証される訳ではない。
とはいえ、ここに残って飼い殺されるのはごめんだ。
サラは僅かな望みを抱きながら、三年間過ごした密室から脱出を果たした。
その後、父を名乗る中年男――アーノルドから真実が告げられる。この世界の理と、自分たちを地獄へ陥れた元凶の存在を。
「……信じられない……まさか……そんなことが起こっていたなんて……」
「うむ。私を地獄の底から救ってくださった恩人――イメージア教国の聖職者『サミュエル様』が仰ることだ。間違いはないだろう」
サラが瞳を細めながらアーノルド全身を舐めるように見つめる。
「……それで? その姿が……元凶ヨネシゲの姿なの?」
アーノルドは両腕で自分の身体を抱きしめる。
「ああ……そうとも……この醜い姿こそが……私たちの幸せを奪いさった……ヨネシゲの姿だ……!」
アーノルドは語り続ける。
「奴は私の身体を乗っ取り、くだらない茶番劇を演じさせていたのだ。何より許せないのは、私から大切な家族を奪い去ったこと……いや、大事な娘に辛い思いをさせたことだ!」
「パパ……」
「大切な妻の記憶も、ヨネシゲに改竄されてしまった。彼女はもう……私たちの知るジャスミンではない……」
「そんな……」
アーノルドは悔しさで顔を歪ませながら涙を流す。
「私にもっと力があれば……!」
「……………」
するとサラは無言で父親を抱きしめる。
「……っ」
「パパ……ありがとう……助けに来てくれて……パパが迎えに来てくれただけでサラは……とても幸せだよ……」
「……サラ」
するとサラの震える声が怒気を宿したものに移り変わる。
「私……許せないよ……ママの存在を抹消して……パパをこんな醜い姿にした……ヨネシゲと言う男が……!」
「ああ……私もだよ……」
「パパ……ママの仇を取ろうよ……こんな世界……あっちゃいけない……!」
「サラの言う通りだ……元凶が討ち、世界の理を変えねばならぬ……」
アーノルドが娘に言う。
「だが……お前が手を汚す必要はない。全て私に任せなさい」
サラは首を横に振る。
「私たち、親子でしょ? こんな時こそ力を合わせなくちゃ。ワンマンプレイはパパの悪い癖だよ?」
「フフッ……そこまで言われてしまっては敵わない、な。だが、無理だけはしないでくれよ」
「うん、わかっているわ――」
――その後。
復讐、そして世界の再構築を誓った父娘は『改革戦士団』を結成する。――世界に不満を抱いている者たちを寄せ集めて。
「――それが……そなたがここに至るまでの経緯かえ?」
「フッ……そうよ。貴方なんかにここまで話すつもりはなかったんだけどね」
どこか悲しく笑うサラにマロウータンが疑問を投げかける。
「事情はよく理解した。世界にヨネシゲの記憶が反映されていることは本人から説明を受けておる。じゃが……ヨネシゲを元凶と決め付けるのは些か早とちりに思えるがのう」
「本人から聞いたのね? なら話は早いわ。ヨネシゲの口からこの世界について語られたことが何よりの証拠よ。あの男の欲求が私たちの人生を狂わせたのよ!」
声を荒らげるサラに白塗り顔が落ち着いた声で再度尋ねる。
「なるほどのう。して……ヨネシゲが元凶であると、一体誰が決めつけたのじゃ? そなたの父かえ?」
「サミュエルよ」
「サミュエル? もしや、あのイメージア教国の特級空想術師かえ?」
「ええ。サミュエルは、早くからこの世界に生じた歪みに気付いていたそうよ」
「ほほう……」
マロウータンは瞳を細める。
「サラよ。そのサミュエルとやらは信用に足りる人物かえ?」
「え? そ、それは……あ、あのパパが信じている男だから大丈夫よ!」
「マスターが騙されている可能性も捨てきれないぞよ?」
「……っ。パパが騙されているって言うの!?」
「左様。マスターとて人の子じゃ。騙されている可能性も十分あり得る」
「パパを馬鹿にするな……!」
怒りを滲ませるサラ。
一方のマロウータンは険しい表情を浮かべる。
(なんとなく見えてきたぞよ。彼女たちを蛮行に駆り立てる――黒幕の存在が……!)
「――そなたの父を馬鹿にしているつもりはない。じゃが……もし仮に、そなたの父が騙されているとしたら……どうするつもりじゃ?」
「え?」
サラは一瞬だけ思考を停止させるもすぐに返答する。
「今更、立ち止まることなんてできないわ。私たちは――理想の世界を創るために突き進むだけよ」
その返事を聞いたマロウータンが――
「愚か者っ!」
「っ!?」
白塗り顔が怒声を轟かせる。
「そなたはどこまで罪なき者たちから尊い命を奪い続けるつもりじゃ!? 確証もない言葉に惑わされて、蛮行を続けるそなたらの方が余程元凶じゃ!」
「黙りなさい! 全てはあの男――ヨネシゲがいけないのよ!」
「戯けっ! 人の所為にする前に、まず己の非を認めぬかっ!」
「くっ……」
「そなたなら、大切なものを奪われる辛さが痛いほど理解できるじゃろう!? 頼むからこれ以上無関係な者たちを泣かせないでくれっ!」
「言わせておけば……」
反論できずにいるサラに、マロウータンが諭すように語り掛ける。
「――もう、無益な殺生はよさぬか。マスターじゃって、そなたの手が血で汚れることなど、望んではおらんじゃろう」
「貴方に……パパの何がわかるの!?」
歯を剥き出す魔女っ子に、白塗り顔が金縁丸眼鏡を光らせる。
「ああ、わかるとも。儂も、娘を持つ、一人の父親じゃからな」
つづく……
回想のお話が膨らんでしまったので、マロとサラの戦闘は次回に持ち越します。




