第425話 決戦、チャヅケ川の戦い 〜親父〜
――時は少しだけ遡る。
チャヅケ川の戦場に構築された『裁きの領域』では、ある男たちが激しい戦闘を繰り広げていた。
「暴風雨っ!」
「「「「「うわあああああっ!」」」」」
上空ではジン化した中年親父『ルドラ・シュリーヴ』の姿。
オヤジが両腕を振りかざすと、地上には風と雨の暴力――暴風雨が吹き荒れる。
一方、改革戦士団と結託するファイター家の戦闘員たちは暴風雨の餌食となり、まるで枯れ葉の如く上空へと舞い上がっていく。
だが、派手なスーツを身に纏う中年のサングラス男――ファイター家・首領『ノーラン・ファイター』は難を逃れたようで、上空のジンを睨む。
「野郎っ! ふざけた真似しやがって!」
「ふざけているのは貴様だっ! これ以上の狼藉は許さぬぞ!」
「ええいっ! 黙れいっ! その首斬り落としてくれるわっ!」
激昂のノーランが空想術を発動。
たちまちその身体がドロドロとした濃緑の液体に覆われる。同時に周囲には鼻を突くような悪臭が漂い始める。
ルドラが眉を顰める。
「――汚泥か。しかも、ただの汚泥ではなさそうだな」
ノーランが愉快そうに歯を剥き出す。
「流石、王都保安局の長官殿。お察しの通り、この汚泥は単なる有害物質じゃねえ――」
ノーランはそう言いながら懐から緑色の粉末が入った小瓶を取り出す。
「ククッ。汚泥の中には、俺たちが長年を掛けて改良した軍事用具現草『ウィルダネス戦士の咆哮』の粉末を混ぜ込んである。
このヘドロが少しでも身体に触れてみろ。皮膚から『グゲンモドキ』が浸透し、内部具現化を誘発させる。
当然ながらリアル種の想人は内部具現化の耐久を持ち合わせていない。
もしグゲンモドキを体内に取り込んだ状態で空想術を使おうものなら――爆発的な力に耐えきれず木っ端微塵に弾け飛んじまうだろうな」
違法薬物『具現草』――使用すれば、一時的に爆発的な力を得られるが、代償として身体を傷つけ、命を蝕むことになる。無論、己の意思に反して体内に取り込んでしまってもだ。
ノーランが悪意ある笑みを浮かべる。
「クックックッ……アンタに俺を殺るだけの力を授けてやるよ!」
「なんだと!?」
するとノーランは両腕を大きく広げて汚泥を垂れ流す。その姿はまるで翼を広げた緑色の怪鳥だ。
――次の瞬間。
「オラよおっ!」
「!!」
ノーランは広げた両腕を勢い良くクロス。汚泥をルドラ目掛けて放った。
ルドラは咄嗟に暴風雨で汚泥を吹き飛ばそうとするも――
「ククッ! やめておけ。その汚泥を風で飛散させれば、戦場の仲間たちに具現草を吸わすことになるぞ?」
「ぬぅ……この馬鹿垂がっ!」
具現草の粉末が戦場に飛散してしまえば、それを吸った者たちは体内にグゲンモドキを取り込んでしまう。その状態で空想術を使おうものなら――大惨事は不可避だ。
ルドラは急上昇して汚泥を回避。次なる一手を講じる。
「ならばこれはどうだ!」
「なっ?!」
ルドラが右手を振り上げると、天には渦巻く黒雲が発生。その激しい稲光は頑固親父の怒りを物語っている。そして――
「受けてみよっ! 怒りの雷を!」
「や、やめっ――」
刹那。
轟音と共に走る激しい閃光――雷がノーランの身体を貫く。
「ぐわああああああっ!!」
絶叫。
ノーランは頭部から煙を立ち昇らせながら、悶絶の表情で倒れ伏した。
ルドラは具現草王を見下ろす。
「――大人しく、縛につくのだな……」
直後。
ボタっとルドラの頬に何かが付着する。親父は頬に手を伸ばし、その液状のものを確認する。
「こ、これは……!」
それは悪臭放つ濃緑の泥状――汚泥であった。
そして汚泥は雨のようにルドラの身体に降り注ぐ。
「これは一体!?」
困惑のルドラ。
上空を見上げると、自身が発生させた黒雲から汚泥の雨が降っていた。
すると倒れるノーランから笑いが漏れ出す。
「クックックッ……フッハッハッハッ! 掛かったなルドラ! こんなこともあろうかと、さっき放った汚泥をアンタが作り出した黒雲の中に雲隠れさせていたんだよ! 油断したなっ!」
「おのれ……」
「さあ、長官さんよ。今のアンタは具現草漬けだ。そんな状態で空想術を使ってみろ。結果は……言わなくてもわかるよな?」
「くっ……」
ルドラは悔しそうに歯をギリギリと鳴らしながら地上に降り立つと、ジン化を解除した。
「貴様など……空想術を使用せずとも制圧できるわい!」
「クックックッ。いくらアンタが強者だからって、それは流石にナメ過ぎだぞ――」
ノーランはそう言いながらゆっくりと立ち上がると、再び汚泥の鎧で武装する。
「さあ……かかって来いやっ!」
「臨むところだっ!」
空想術という武器を捨てたルドラはノーランを制圧するべく地面を蹴った。
――しかし、結果は目に見えていた。
ノーランの前で倒れるルドラ。
いくら武術の心得があるとはいえ、空想術上段者を生身丸腰で制圧するなど、余程のマッスルではない限り極めて難しいだろう。
度重なる汚泥攻撃を受けたルドラ。全身に激痛と痺れが襲い掛かっていた。
もはや虫の息のルドラをノーランが嘲笑う。
「クックックッ。無様だな。王国治安機関のトップが具現草王の前で跪いているのだからな」
「跪いてなど……おらぬ……」
ルドラは己を奮い立たせて起き上がろうとするも――
「グフッ!」
「諦めろ、アンタの敗北は確定だ。この勝負、ノーラン様の勝ちなんだよ!」
ノーランはルドラの頭を踏みつけながら自身の勝利を宣言する。
そしてノーランは懐から短刀を取り出し、鞘を抜き捨てる。
「ククッ。こう見えても俺は優しい男なんだ。抵抗できねえ敵にいつまでも苦痛を味わわせるほど鬼じゃねえ。すぐ楽にしてやるよ――」
ノーランが短刀を振り上げる。
「あばよ、長官さんよ――」
(もはや……ここまでなのか……!)
ルドラが覚悟を決めた、その時だった――
矢の如く迫りくる一筋の光。それはノーランが握る短刀を弾き飛ばす。
右腕を押さえながら蹲るノーランの足元には――一本の十手が突き刺さっていた。
そしてルドラの耳に聞き慣れたオヤジ――いや、青年の声が届いてきた。
「くたばるにはまだ早いぞ……頑固親父!」
「ドランカド……!」
ルドラの瞳に――息子の姿が映し出される。
つづく……




