精霊のもてなし亭
森の中での戦闘!
勇者は悲鳴の主を救えるのか!
悲鳴のする方向へ走り出す。
「エイト、手伝おう」
「エイトさま、よろしいですね?」
ずいぶんと後ろのほうから僕を見守っていたはずの精霊女王とソネッタさんは一瞬で僕に追いつき、あっという間に森の中へ消えて行く。
「勇者さまーーーー」
「あるじさまーーー」
もえを抱えたシルフィール姫が結構なスピードで近づいてくる。
伏兵がいるかもしれない。僕は二人と共に森に入る。
一人の少女が「はいはいこぼると」の群れと対峙している。手には半分に折れたロングソード。
彼女が身に着けていた防具や衣服はところどころ引き裂かれ、むき出しになった手足にはうっすらと血がにじんでいる。
少女の後ろには子供が数人。
既に精霊女王とソネッタさんが「はいはいこぼると」の群れに突入していた。
「精霊の女王が命じる!風の精霊よ、刃となりて切り刻め!」
「メイド奥義が1つ!灼熱の鉄拳!アイロンナックル!」
精霊女王はかまいたちを纏い、ソネッタさんはどこからか赤く焼けたアイロン型の鈍器を取り出すと、草を刈るようにアイロンをかけるように「はいはいこぼると」を殲滅する。
戦場にハイ!ハイ!という断末魔が溢れる。倒されるときも「ハイ!」なんだ。
「勇者さま!」
シルフィール姫の指差すほうを見ると、身長2mくらいの「はいはいこぼると」が現れた。
「エイトさま!あれは「はいはいこぼると」の上位種「はいはいはいこぼると」です!」
ソネッタさんがアイロンを振り回しながら僕に呼びかける。
「もえ!「ドラゴンマッシャー」を」
「はい!あるじさま!」
オーバーキルかもしれないが、一刻も早く事態を収拾したい。
僕は「ドラゴンマッシャー」を受け取るとチェーンソーを起動し「はいはいはいこぼると」に切りかかる!
何の手ごたえも無く「はいはいはいこぼると」は魔素の霧に還った。
返す刀ならぬチェーンソを振りかぶり、残った「はいはいこぼると」を刈り倒す。
「君!大丈夫か!」
折れたロングソードを構えていた少女に声をかける。
姫さまが既にヒールを行っていた。
痛みと恐怖からか、どうやら立ったまま気絶していたようだ。
少女の後ろにうずくまっていた子供たちを確認する。目立った怪我は無いようだ。
「一度城に戻ろう。ギルドに行ってちみっこに相談だ」
僕は気を失った少女に僕の上着を着せて背負い、精霊女王とソネッタさんが泣きじゃくる子供たちをあやしながら城へと戻る。
もえはいちばん小さい子の手を引いてなだめている。
道中、年長の子にそれとなく事情を聞くと、子供たちだけで薬草を取りに来て「はいはいこぼると」の群れに襲われ、そこに少女が現れて戦ってくれたという。
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城の門番に泉で倒した「はいはいこぼると」の上位種の話をすると、ほかにも発生している可能性があるということで、兵士数人が確認に走った。
ギルドに入り、約束どおりユースィアを呼ぶ。
ちみっこはいすからぱっと飛び降りる。何か見えたが見なかったことにしよう。
「泉の周りは当面立ち入りを禁止する。子供だけでの薬草採取も自粛させる」
子供たちは地方の寒村から出稼ぎに来ている両親の手助けをしていたようだ。今日取れるはずだった薬草代を年長の子に手渡す。
薬草は20株で10Rくらいのようだ。
ソネッタさんに立て替えてもらいました。
正直甘いといわれても仕方ないが、泣いている子供にはめっぽう弱い。
ソネッタさんから子供好きなお兄さんといわれても仕方ない。
ギルドで子供たちと別れ、まだ気絶したままの少女をおぶって「自宅」へ向かう。
衣服が破れた半裸の少女をギルドに放置するのは忍びない。
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少女の手当てと着替えを女性陣にまかせ、僕は食堂でそわそわしていた。
せっかくなので廃品置き場で拾ったショートソードの手入れをすることに。
手入れといっても姫さまの三色だんご精霊の力で魔導コーティングするだけだ。
刃こぼれしてぼろぼろだった刀身に鈍い光が戻り、マジックサーキットが浮かび上がる。
なまくら改と違い、もともと切れる剣なので攻撃力は問題ないだろう。
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「勇者さま!目を覚ましました!」
シルフィール姫が食堂に飛び込んできた。
寝室に入り少女が寝ているベッドに近づく。
着せる服が無いからとメイド服はどうなんだというツッコミは置いといて、特に後遺症などもなさそうで一安心だ。
ゆっくりと起き上がった少女と目が合った瞬間。
「きゃ!」
僕は力いっぱい殴られた。
精霊の加護がなければ危なかった。そのくらい、いいストレートだった。
それを見た地精霊が蔦で少女を拘束したため、さらに事態は悪化する。
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10分後、床にへばりついて謝る少女の姿があった。
少女はナタリアと名乗った。
子供たちをかばって森の中で戦っていたらいつの間にかベッドに寝かされていて、見知らぬ男が覗き込んできたので身の危険を感じて反射的に殴ったという。
「ナタリアさん、誤解が解けたところでそろそろ頭を上げてもらえませんか?」
「命を救っていただいた方を殴ってしまい、おわびのしようもありません!騎士を目指す者にあるまじき行為!どうかお気の済む方法で罰してください!」
そういえばこの世界の人は罰してほしい人が多かった。
困ったときは保留だ。
とりあえず彼女が寝泊りしているという安宿に送って行くことにした。
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そろそろ日が傾き、城下町が違う活気に溢れる時間帯。
「これが女の子が泊まる宿?」
それは表通りから路地を入り小道を何本か曲がった先にあった
風雨にさらされぼろぼろになって右下がり15度に傾いた看板には「精霊のもてなし亭」と書かれていた。
女性専用の木賃宿だ。
看板のネオン(!)からは「ジジ…ジジ…」と音がして毒々しい光が明滅する。
よく見ると光源の代わりに光る昆虫のような生き物が無造作に縛り付けられ、逃げようともがいている。
音の正体は虫の発する羽音のようだ。
宿に入ると1階は居酒屋になっていた。
今しがた、足元を声の甲高い「ねじゅみー」が通過していった「女子専用」のおしょくじどころではガタイのいいマッスルレディが肉をむさぼり、ピッチャーをそのままあおって酒盛りをしていた。
坑道で働くドワーフのおねいさんだろうか、ピンク色のひげを蓄えたマッチョさんがタンクトップからあふれんばかりの胸元を揺らして乾杯をしている。
あれは9割が筋肉だ。惑わされてはいけない。
きれいなバラにはとげがあるというが、ここにいるレディはぶっといトゲが本体にちがいない。
「ナタリア、帰ったのかい?ん?男の連れ込みはご法度だよ!」
厨房から恰幅のいいおばさんが出てきた。
「色男さん、見かけない顔だねー。ナタリアのコレかい?まぁそんなところに突っ立ってないで入った入った」
奥のテーブルに案内され、いろいろ誤解されてるのでさっきの出来事をかいつまんで話す。
おばさんは僕をじっと見つめる。そしてナタリアを見ると、ドスの聞いた声で
「ナタリア、たまってる宿代払えないんだったらそろそろ出てっておくれ」
「あの、御代はしばらく待ってもらえるという話で!」
「気が変わった。さぁ!部屋に戻って荷物をまとめな!」
半泣きになったナタリアが階段をとぼとぼと上がっていくのを見送る。
いきなり声のトーンが元に戻るおばさん。
「さて、色男に折り入って話があるんだが、精霊に好かれているあんたになら頼めそうだ。あの娘を預かってはくれないかね?」
「いきなりですね?というか精霊が見えるのですか?」
「ここは精霊のもてなし亭だよ!精霊くらい見えたって不思議じゃないさ。」
「で、見てのとおり、看板に偽りありって感じでここはあらくれ女の吹き溜まりさ。そんなところにあんな別嬪がいつまでも居たんじゃ商売の邪魔になるんでね」
おばさんはひどいことを言ってるが目つきはやさしい。
「それはそうと、周りに居る精霊はともかく色男の中に居る精霊が気になっているんだが、もしかしてあの女王と知り合いなのかい」
「精霊女王をご存知なのですか?まぁ、いろいろとありまして…」
居場所まで言うのは危険と思い、適当にごまかす。
「それじゃ伝言を頼まれてはくれないか?」
そう言うとおばさんは熊のようなごつい手で僕の顔を強引に引き寄せ、頬に分厚い唇を押し付ける。
あまりの出来事に固まっていると、
「今のが伝言だ。じゃ!たのんだからね」
鏡を見ると特大のキスマークが映っていた。
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「いろいろとおせわに…ぐすっ…なりました」
「じゃあ、色男のところでよろしくやるんだよ!」
「?」
ナタリアがあっけにとられる。
「成り行きでナタリアさんを預かることになった。とりあえず戻ろうか」
「…はい」
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すっかり暗くなった城下町を歩く。
すこし開けた場所に出る。公園のようだ。
「私、この城下町に来たばかりのころ、お財布をすられて一文無しになって。しばらくこの公園に住んでいたんです」
公園で野宿!
「女の子がこんな場所に居たらあぶないだろ!」
おどろいて声が大きくなってしまう。
「ええ、寝ているときに襲われそうになって、たまたま通りかかった宿屋のおかみさんに助けられて」
あのおばさんなら「ぶるーぶる」でも一撃で倒せそうだ。
「それであの宿屋にお世話になっていたんですが、お金もうまく稼げずについに追い出されてしまいました」
「おばさんは追い出したわけじゃないからね。あそこは君のようなかわいらしい人が居る場所じゃないってさ」
こっぱずかしいセリフで二人とも赤面する。
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「自宅」には明かりがともっていた。
帰る場所があるというだけでもありがたい。
玄関先にはシルフィール姫が待っていてくれた。
「おかえりなさい勇者さま!ごはんにしますか?それとも」
それ以上は聞きたいような聞きたくないような。
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リビングに入り双子とじゃれあっていた精霊女王を呼ぶ。
「女王さま、伝言をあずかってきました」
「わらわに伝言?どこにあるのだ」
僕はほっぺたを女王さまに見せる。
「おお、これは唇紋呪ではないか!どうしたのだこれは!」
精霊女王はぶあついキスマークを指先でなぞる。
「宿屋のおかみさんから預かってきました」
「宿屋のおかみだと?これは王族が親書につかう紋呪でな、途中で親書が開けられるようなことがあっても大丈夫なように、この唇紋呪に本当に伝えたい内容を念写して親書にキスをするのだ。開封の呪文を知らなければ内容は読み取れない。紙のほうはめんどくさくて季節の挨拶ばかり書くから、仕事をしていないように思われているかもしれないが」
ああ、仕事していないんだ。女王様。
女王さまが聞き取れない言葉をつぶやきながらキスマークをもう一度なぞると、僕の目の前に見慣れない金色の文字が現れて、砂金がこぼれるように消えて行く。
「おばさまがこの街に!地精霊、出かけるぞ!」
二人はメイド服のまま音速で飛び出して行った。
おばさま????
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ナタリアは当分の間「自宅」に住み込みで働いてもらうことにした。
また公園で野宿すると言い出しそうだったので、さっき僕を力いっぱい殴った際の「罰」を有効活用させてもらう。
広い家なのでどこで寝てもらっても大丈夫だろう。
そして引っ越し祝いに引越しそばならぬ引越しパスタをいただく。
こちらの世界にもそば粉を使った和風っぽいパスタがあったとはおどろきだ。
双子ともえは例の場所で手に入れた割り箸を使って器用にたべている。
ルティリナは麺類にはまだ慣れないらしい。何事も練習だ。
残念ながらお風呂はまだ使えないようなので、タオルを水に浸し汗をぬぐって横になる。
早速ナタリアにお子様軍団のお世話を任せる。
今日は精霊女王の邪魔が入らず姫さまも安心して寝られそうだ。
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深夜、急に胸の辺りが重くなる。
そして酒くさい。
「エイト、今帰ったぞ。早速だが昼間の約束を果たそう。わらわの記憶、食べるが良い」
精霊女王が僕にのしかかっていた。
「ん!んんんんん!」
アルコールの味が口いっぱいに広がる。
そして意識が暗転する。
またもや勇者の修行はお流れになってしまいました。
酔っ払って帰ってきた精霊女王はただのキス魔にしか見えません。




