流れゆく時
火の勢いがおさまってくると、黒煙の中から人形の姿が見えてきた。
見守る者たちの期待が高まる。
だが、人形には焦げ目すらついておらず、平然と立っている。
その結果を見た多くの者たちは、悲壮感を漂わせる表情を浮かべた。
これまで剣や槍、槌などの近接攻撃での挑戦は、すべて失敗に終わっていた。
今回は、これまでとは異なる方法の遠距離魔術での試みであったが、結果が同等だったことで、突破の選択肢がまた一つ狭まってしまった……。
魔術の鍛錬をしていた者ほど、否定された思いだ。
これまでの時間が無意味だったのではと頭によぎる。
姿をみせた人形は、その場で動き出す。
両手に持った小刀を構えると、それを挑戦者のほうへと投げ飛ばした。
投げた両方の小刀が、見事に額と腹に刺さる。
後ろへ血が噴き出すことはなく倒れると、全身を地につけることなく、花弁となって空を舞った。
今回、初めて人形が「投げる」という遠距離攻撃を行い、挑戦者はその攻撃方法にまったく警戒していなかった。
結果としては仕方ないことだが、代償は残酷だった。
その情報は、残った者たちにとっては収穫ではあった。
それを考慮し、今後に使う時間を変更できるからだ。
──その瞬間だった。
挑戦者を見物するためにできた列の中から、門に向かって勢いよく駆ける者が現れた。
何らかの〝隙〟を常に狙っていたのだった。
今の人形の両手には〝小刀がない〟。
これまで個人での挑戦ばかりだったが、変則的にだが、初めて複数での挑戦が実現したのだ。
その流れの変化に気づいた者から雄叫びをあげる。
場の雰囲気は一変し、一気に成功を欲する状況へと一転した。
その雰囲気に煽られたのか、列から新たに走り出す者まで現れる。
一人が走りだすと、遅れて更に一人と駆け出していく。
動きあるモノに視線を左右に振り、先頭で走っている者を目で追うと、視界の中に捉えた人形が行動を起こしている。
注視すると両腕のあたりを動かし、ガシャンと音を鳴らすと小刀を再装着させたのだった。
それに気づいて、列の中から「──待てッ!!」と声をかける者もいたが、既に遅い。
先頭で飛び出した者は呆気なく斬られ、あとを追った者たちも、なすすべもなく一瞬で花弁へと変わった。
また花弁が空を舞うと、その場はまるで、それに見惚るかのように静まり返った。
「……これで三十五人だな……」
ジアードはそう言葉を残すと、列を離れていった。
より絶望感を感じてしまったのだろうか、皆が解散する時間も、これまでに比べ早く感じた。
ウィルモルツも例の本を読もうと、その場を立ち去ろうとしていた時、見覚えのある姿を反対の列で見かける。
ここに来たばかりの頃に話しかけてきた、水色髪の少女だ。
彼女も同様に十四、五歳ほどの姿に成長していたと思ったが、よく見たらそれより若そうにみえる。
向こうもウィルモルツに気づいたようで目が合ったが、お互い会釈一つすることなくその場を去った。
(そういえば、彼女の名前すら知らないな)
それ以来、ウィルモルツとジアードが共に過ごす時間は増えた。
ジアードは陽気。二人は違うタイプだったが、それが逆に合っていたのかは分からないが、くだらない雑談を交わす日々を送る。
今年と言っていいのか分からないが、あれから十人ぐらいだったか……試験に挑戦する者は現れたが、結局誰一人成功する者はいなかった。
それからまた、一年くらいの月日が流れる──。
✿
花弁へとなった者たちには共通点がある。
己を過信した傲慢な奴、周囲より早く成長し過ぎた早熟者、心折れた者たち、飽きた者から順に消えていった気がする。
飽き──ウィルモルツがいた八歳までの世界には、四季があったがここにはない。
天候は常に晴れというか、雨が降らない。
空の部分は曇りなのか白っぽいだけ。
ある意味で、散る花弁が美しくある。
二十歳を越えたあたりからだろうか、闇雲に挑戦する者たちは激減した。
ある一定以上の知恵がついた結果なのか、無謀な行動が減ったのだ。
確実な計算から予測を立て行動する。合理的ではあるが臆病になったとも言える。
皆、二十二歳くらいまでになった。
敷地内で会う者たちは顔見知りに変わっていき、ジアード以外とは特に交流がなかったウィルモルツでさえも、覚えられたのか挨拶されるまでになっていた。
しかし、だからといって協力関係を築く者は誰もいなかった。
老人が言った「合格者は一名」という言葉が、そうさせるのを縛っていたのだ。
そして二年、また二年と歳月は流れる──。
✿
試験が開始されてから、約八年を迎えたあたりだ。
その間、指で数えられる程度に挑戦する者はいたが、すべて失敗に終わる。
残った人数も今や指で数えられるほどに変わっていた。
ウィルモルツとジアードは、まだ残っていた。
書物が多く置いてある、いつもの部屋で過ごしていた。
「……なぁウィル……俺、そろそろ行くわ」
お互い座りながら本を読み、静かだった部屋にジアードの言葉が響く。
ジアードは伸びた髪を後ろで縛る。
髪は相変わらずボサボサで、顎髭がもっさり生え、それがもみあげと繋がっている。
まるで「ニホンの文化」シリーズに載っていた「サムライ」と呼ばれる者のような容姿だ。
ウィルモルツは髭は生えることなく、髪はお尻くらいまで伸びている。
ちゃんと手入れをしていたので、清潔な感じのストレートではあった。
二人共、身長が百八十センチほどまで伸びている。
「……勝算でも、できたのか?」
ウィルモルツが問うと、ジアードは首を横に振った。
「……そうじゃねえ。俺は種族が人間だからよ……、今がピークの限界って感じなんだよ。何年か前って表現で、この場所では正しいのかは分からねえが、維持は出来てもこれ以上は伸びねえ。何が言いたいか分かるか? あのじいさんが最初ん頃に言っていた、細胞の劣化ってやつが始まってんだ……。だから、どうせいつかやるなら今ってやつさ」
ウィルモルツは、ジアードが言った言葉の意味をすぐ理解できた。
八歳までの記憶や、ここにある書物から得た情報でもそうだが、あらゆる種族の中で人間が、老化という現象に対して抗う術がなく劣化していくことをわかっていた。
どの種族でもそれは変わりないが、人間はそのあたりの傾向が早いほうだ。
「……じゃあ、俺も行こうかな」
ウィルモルツの言葉は本音で、決してジアードに合わせたわけじゃなかった。
既に以前読んだ本を読むようになっていたし、ウィルモルツにとって、すべてがすべて面白いと思える本ではない。
変わらない景色、変わらない世界も飽きを助長させてくる。
退屈になっていく環境の中で、さらにそこに彼がいないという事実の加えは、ウィルモルツにとって穴が空く思いになっていた。
それを彼に伝えることはなかったが、ウィルモルツとジアードは門を守る人形の前に並んで立った。
他の誰かに告げるでもない、周りに見物人は誰もいないと思っていたのだが、一人の女性が二人を見届けようとしていた。
水色髪の、あの少女だ。




