ジアード
門の試験が告げられてから──つまり、あの「じいさんが消えた日」から、およそ二年が過ぎた。
二年の経過で皆の容姿は、七、八年過ぎたかように様変わりしていた。
老人が言葉にしていたように、時間の流れが早いようだ。
肉体を練り上げるための道具や、知識を蓄える為の書物。
これらも事前に告げられていた通り、贅沢に備えられている。
少年少女たちはそれらを利用し、門を抜けるための鍛錬を日々おこなっていた。
ここへ来たばかりのウィルモルツは悩んでいた。
すぐにわざと試験に失敗して、この余興を終えてやろうとも考えていた。
だが、未だここに留まっている……。
理由は、暇つぶしに読んだ特定の書物の面白さにハマってしまったからだ。
その特定の本に記されていたのは、異界の文化や歴史だった。
ウィルモルツが居た地獄には、対を成す「天界」や、人間などの住む「地上界」が存在していた。
だが、それらも数ある中の一つの世界に過ぎず、似たような形をした「異なる世界」がいくつも別で存在している。
このタイプの本に魅了され没頭させられてしまった……。
(まぁ、八歳までの記憶しか残ってないから、もしかしたら俺がいた世界にも、その未知は存在していたのかもしれないが──)
これが、誰かが書いた空想の内容だったとしても、まるで実在するかのように綴られた記述はとても見事だった。
思えば、ここに居る他の者たちも、ウィルモルツが居た世界とは異なる世界から選出された者たちなのだろう。
そういった内容の本が何種類も置いてある。
今日もページをめくる手をとめられずにいると、不意に一人の男が話しかけてきた。
「よお。何、読んでんだ? 『ジアード』だ」
「……、ウィルモルツ・ベリアルロースだ」
気さくに自分の名前を教えてきた男は、体系は普通だったが、ミディアムヘアーの黒髪はボサボサとまとまりがなく、顎には産毛が生えていた。
髭だろうか、十四、五歳にしては少し老け顔に感じる。
ウィルモルツの黒髪は、その男より少し長い肩に届くほどだった。
髪質は似たようなものでボサボサと癖がついている。
お互い背丈は同じくらいなようで、大体百六十センチくらいだろう。
「あー、ベリアル? ベリアルっていやぁ、俺の世界では悪魔だの、いや魔族だったか……呼ばれてた生きモンだったが、まさかそれか?」
「お前の世界の悪魔かは知らないが、一応俺は悪魔ではあるな」
「──マジかよッ! 悪魔でも英雄になるのか?!」
ジアードは言葉では驚いてみせたが、声に起伏はなく、少し笑って言ってるようにも感じた。
言われてみればそうだ。悪魔なのに英雄になってここに居るらしい。
「ここにある本って面白れえよな。自分がいたとことは、なんだかまったく異なる世界の話でよ」
そう言うとジアードはどこかへ行き、何かを持ってすぐに帰ってきた。
「なあ──こいつは読んだか?」
そう言いジアードが差しだしてきた本を見ると、表題には「ニホンの文化」と書かれてあり、それはまだ読んだことのない一冊だった。
ウィルモルツが未読であると察したのか、ジアードは無造作にページをめくりはじめる。
そして、ある箇所でめくる手をとめると、一点を指で差した。
黙ったまま差された先を見ると、そこには「屋敷」という建物についての記述と押絵があった。
驚いた──その押絵の景観は、今いる場所に驚くほどよく似ていたのだった。
「……次はここだ」
ジアードがウィルモルツの表情を確認して、また何ページかめくる。
今度は「からくり人形」と書かれたページが現れる。
そのページの絵もまた、門前で佇んでいる人形にとてもよく似ていた。
ジアードがウィルモルツに本を渡しながら言う。
「八歳までの記憶しかないが、俺の世界にはこんな物はなかった。もしかしたら、それまでに出会ってないだけかもしれねえが、お前んとこの世界にはどうだ?」
「いや、俺のところにもないな……。出会ってないだけかもしれんが……」
ウィルモルツは、受け取った本のページを行き来させた。
書かれてある物や内容は、どれも初めて見るものばかりだった。
中には、人形が着ていた派手な服が「着物」と呼ばれる服だと知ることができるページもあった。
心がその未知の数々に、高揚しているのを感じる。
「なぁこれ、お前はまだ読むのか?」
「一通り読んだから、もう別にいいぜ」
ジアードは、そう問いてくるのを予想していたかのようだった。
ウィルモルツはその本を大事そうに両腕で抱きしめる。
その時だった──。
どこからか鋭い声が響いてきて、二人は黙る。
耳を澄ませて聞くと、どうやら試験に挑戦する者が現れたようだ。
「……試験に誰か挑むみてえだな──見に行くか!」
ジアードはそう言うと、門がある広場のほうへと歩きだした。
ウィルモルツも一旦本を床に置いて、あとを追うように門のほうへと歩きだした。
✿
門がある広場に着くと、既に多くの者が集まっていた。
挑戦者の姿を皆が見れるよう、両手で花の形をつくるような形で列ができている。
この場所には、これといった娯楽がなく、食事をとる習慣さえない。
誰かが「挑戦を行う」──これがいつからか祭りのような共通認識に変わり、こうして皆が当たり前のように集まるようになっていたのだ。
おそらくだが、ここに集まっているのは、現在残っている全員であるだろう。
遅れて来たウィルモルツは、列からジアードを見つける。
となりに並んで立ち、一緒に観戦をはじめた。
「今、実際何人残ってるんだ?」
ウィルモルツは、挑戦者が現れた際には見学に来ていたが、具体的な数値を覚えていたわけではなかった。
「たぶんだが、三十九人だろうな。今回失敗したなら三十八人か……。ただ、今回は今までよりは期待値が高そうだが、見てみろ」
その理由として今回の挑戦者は、炎の魔術を使い遠距離攻撃を行うようだ。
もう既に始まってたのか、詠唱をして大きな火球が創りだされてる途中のようだ。
持てる魔力をすべて注ぎ込んだであろう、大きな火球が挑戦者の頭上にできあがると、術者の男は両手を前へ突きだした。
火球は猛然と人形を目がけて打ち放たれ、重低音を響かせながら、地面から砂埃のようなものを巻きあげ迫る。
大きな音を立て、動かない人形へ直撃すると、さらに着弾と同時に火柱を上げ激しく燃え続けた。




