宵闇の傲岸
「……なあウィル──俺、ずっと思ってたんだけどさ……ある時期からアイツ、まったく老けてなくね?」
ジアードが、じーっと少女のほうを見て言う。
ウィルモルツは「たぶん、あの女のことだろう」と視線を向けると、そこに居たのは予想通り、最初の頃に話しかけてきた彼女だった。
彼女もまた、こちらから目を逸らさずにいる。
「ああ、あいつはたぶんエルフだな。だから十四、五歳くらいか……そのあたりから、ほとんど見た目が変わってないよな」
あいつを見ることも最後になるかもと考え、ウィルモルツは彼女に会釈をしておいた。
すると、彼女も会釈を仕返してきて、同じ考えにでもなったのだろうかと、内心少し驚く。
「本に載ってた感じ、確かエルフは長寿だったか? 羨ましいねえ、寿命が長いってのは。しかし、エルフ特有の、とんがったような耳はないようだな」
ウィルモルツが「確かに」と思い再度見ていると、ジアードは両手に曲剣を持ち臨戦態勢になった。
武器の先端が引っ掛けやすいようにクイっと曲がっている。
「さて、じゃあ、いきますかぁ……」
気だるそうに言い放った瞬間、目が鋭く変わったのがわかった。
その場から駆けだすと、ものすごい速さをみせ、人形に向かって接近する。
ウィルモルツは驚愕に目を見開く。
ジアードとはよく一緒に時間を過ごしてきたが、鍛錬の時までは共にしておらず知らなかった。
初めて目にする彼の技術──(人間でもここまでの速さを出せるのか)。
ジアードの繰り出した速度が、鍛錬に捧げてきた膨大な時間を物語っていた。
向かってくるジアードに人形が鋭く反応する。
人形の繰り出した小刀と曲剣が激しくぶつかり合った。
そこからは互い、一歩も引かぬ連撃。
刃と刃が激しく交錯し、弾く音が絶え間なく鳴り続けた。
これまで見た中で最も拮抗した状態を、ジアードは真っ向から維持してみせた。
しかし、それは長くは持たなかった。
機械と例えるべきか、人間と機械の「持久力の差」。
その違いが現れ、ジアードが僅かに押され出すと、体勢を崩してよろめく。
──やられるッッ!!
ジアードが死を覚悟した、その瞬間だった。
ジアードと人形の間に、ウィルモルツが切り裂くように割って入った。
ウィルモルツの左腕が、本人の腕より一回り大きい〝黒い影の腕〟を形成させている。
それを盾のように使い、応戦して人形の攻撃を弾いてみせたのだ。
人形もジアードと同じように後ろによろめく。
ウィルモルツの影の腕が、一息つける状況を作り出したのだった。
その腕を見たジアードは、息を整えながら言う。
「……ハァ……ハァ……そんな隠し玉を持っていたとはな……」
「『宵闇の傲岸』だ。こいつはめちゃくちゃ硬くて、大体の攻撃なら完璧に防げる」
「ハァ……ハァ……なら、そいつでアイツをぶん殴れば、壊せるんじゃねえのか? あの本の情報が正確なら、アイツはたぶん木製だぞ」
「残念だが、それは無理だ。この腕は守りにしか使えん。これで攻撃しても〝判定〟そのものがないんだ。ジアード──お前、魔術は使えないのか?」
「魔術はだいぶ前に鍛えるのを辞めたな。──覚えているか? 昔、アイツには魔術が効かなかった事があったろ。そのときに、その道は捨てたな」
「ああ、あったな。なら、俺がアイツを引きつけておいてやるから、お前はその隙に門を狙え。対象がお前に変わったとしても、ちゃんと回り込んで守ってやる」
ウィルモルツはそう言うと、再び「宵闇の傲岸」を使いジアードの前に立ち、勝手に人形へと突っ込んでいった。
人形は即座に小刀を振りおろすが、ウィルモルツは闇の腕で受け止め、完全に防いでみせた。
その後も人形は執拗に斬りつけたが、闇の腕は壊れず、刃の弾く金属音が鳴り続ける。
──その時だった。
先ほどウィルモルツが割って入ったのと同じように、今度はジアードが背後から割り込んできた。
ウィルモルツは体当たりを受ける形で吹き飛ばされる。
転倒して顔をあげると、再び曲剣と小刀の打ち合いを始めていたジアードの姿があった。
「ウィル……お前、長い間一緒に過ごしてきて知ってるだろ……俺がそういう性分じゃないってことをよ……。だから行けウィルッ──門をくぐれッ!!」
普段どちらかといえば、お調子者なタイプのジアード。
そんな彼が、打ち合いの最中に放った気迫にウィルモルツは圧倒される。
そこには、またも知らない彼の姿があったのだ。
ウィルモルツは素早く身体を起こし、限られた時間の中で、自分ができるであろう最善の行動を思考する。
ジアードの「門」という言葉が意識に焼き付いたのか分からないが、そこへ向かって全力で地を蹴った。
「合格者」になりたかったわけじゃない。
この試験が始まって以来、初めて人形の後方に誰かが位置したこの状況──それがウィルモルツの〝好奇心〟を駆り立て、門に向かわせたのだった。
人形もまた状況を察知する。
優先順位を変え、ウィルモルツへ対象を移そうとする動きをみせる。
「──ウオオオオオッッ!!」
人形の動きを察したジアードは、雄叫びとともに精一杯の速度で食い下がる。
だが、人形は弾き合いの一瞬の隙をつき離脱し、ウィルモルツのほうへと動きだした。
ジアードもまた、それによってできた人形の隙を見逃さなかった。
右腕の曲剣をかかげ、素早く振りおろす。
しかし、僅かに追いかけた人形には届かなかった。
「──チイッッ!!」
振りおろした体勢を整え、再び人形のあとを追おうと駆けた、その瞬間だった。
人形が後方を確認することなく投げた小刀が、ジアードの額に直撃する。
小刀は深く刺さり、声を出すことなく前へよろめくジアード。
体勢を崩して地面へ倒れ込むと、鮮やかな花弁となって宙を舞った。
ジアードが花弁になったこと。人形が自分に近づいてきたこと。
それに気づいたウィルモルツは、人形のほうへと体を向ける。
「宵闇の傲岸」を前方に構え、身体を守る。
後ろ向きのまま、門へ届くよう両足を使って後方へジャンプ。
空中で両足をすぐに屈め、創り出した腕から足がはみ出し、切り落とされることがないようにと、細部まで神経を研ぎ澄ませた。
人形は小刀を再装着させ斬りにかかる。
その攻撃は見事に大腕で防ぐことができた。
この場面での、防御の成功には価値がある。
このまま攻撃をされ押し込まれたとしても、門を抜けることは確実なことを示す距離での防御だった。
疲れを知らぬ人形は、何度も両腕を振り影の腕を攻撃し続けるが、弾く音がやむ気配はなく、破られる可能性はなかった。
あとは時間の経過を待つだけ。
これが勝利と言うならば、勝利は確実だと思われた。
しかし、ウィルモルツは気づいてしまった。
「このままでは門を通過する前に、腕を創り出している魔力が切れてしまう」と……。
徐々に闇の腕が薄くなっていくを見て、諦めという思考がよぎった、その時だった。
ウィルモルツと門との間──そこに突如として〝吸引するような空間〟が出現したのだ。
このままの状態なら、確実にその空間と接触する。
異変に抗う時間は与えられなかった。
ウィルモルツは門を通過する前に、空間の中へと吸い込まれたのだった。
歪みは徐々に小さくなっていき消失する。
ウィルモルツもまた、姿なくどこかへ消えてしまった。
人形は対象を完全に見失ったように停止する。
排除する動きを止め、回転して向きを変えると、ゆっくりと移動する機械音だけが虚しく響いた。
決められたであろう、自らの定位置に戻っていくのだった。
次話で舞台が大きく変化します。




