【第七十三話】ただ、君がいてくれたから
――光が、引いていく。
焼け焦げた空間、歪んだ魔素の渦、崩壊しかけていた遺跡の中心に、リクとメイはそっと膝をついていた。
彼の手を握る少女の表情は、穏やかだった。
記録だけを担う機械のような無表情ではない。わずかに、だが確かに、人の温度が宿っていた。
「……戻った、のか?」
リクがそう呟くと、すぐ近くから小走りの足音が聞こえた。
「リク! メイっ!」
ミナが駆け寄り、二人の無事を確認して深く息をついた。
「もう……心配したんだから」
「……ごめん。でも、もう大丈夫。彼女は――」
リクがメイを見つめると、彼女はゆっくりと頷いた。
「私は……わたしのままでいられる。“誰かの代行”じゃなく、ただのメイとして」
声は静かだったが、その言葉には、確かな“意志”が宿っていた。
「……でも、力は……?」
ミナが不安げに問う。
メイは右手を広げ、そこに微かに漂う黒紫の魔素を見せた。
「まだ、接続は完全には絶たれていない。でも、制御できる。もう“あれ”に飲まれることはない」
「……なら、良かった」
ミナが小さく微笑んだ。
三人はしばらくその場に座り込んでいた。崩れた石の上に腰を下ろし、何も言わず、ただ静かに時間を過ごした。
深く、暗く、重たい旅だった。
命を懸けるような場面だったにもかかわらず、不思議と今の空気は穏やかで――ぬるい春の風のようだった。
「ねえ、リク」
メイが、ふと口を開いた。
「君と初めて話したとき、私は“会話”が苦手だった。自分の言葉が、自分の感情に追いつかなかった」
「うん……」
「でも、君の声は――いつも、わかりやすかった。“伝えよう”としてくれてるのが、ちゃんと伝わってきた」
その言葉に、リクは照れくさそうに笑った。
「そうかな。うまく言えてた自信ないけど」
「うまく、じゃない。“ちゃんと”だった。……それだけで、救われることもある」
その言葉に、ミナもそっと頷いた。
「リクはそういう奴よ。……いつも迷ってるくせに、最後には絶対“誰か”のために踏み出す。私、そういうとこ、好きだよ」
「……急に言うなって」
顔をそむけたリクに、二人は同時にくすっと笑った。
その後、周囲の安全確認を済ませ、リクたちは遺跡からの帰路についた。
魔源体の“核”は沈静化していたが、空間はもはや長く保つ状態ではなかった。
崩れかけた天井を抜け、光が差し込む通路をゆっくりと歩く。
やがて地上の風が、彼らの髪を優しく撫でた。
――新しい朝だった。
ミナが深呼吸をして空を見上げる。
「さて、帰ったら、みんなに報告ね。……調査団、まだ残ってるかしら」
「うん。あの人たち、ちゃんと待っててくれてると思う」
リクがそう返すと、メイがふと立ち止まった。
「……リク、ミナ」
二人が振り返ると、メイは小さく口を開いた。
「ありがとう。わたしを……“わたし”として見てくれて」
その声は、ごく静かだった。けれどその一言が、どんな魔素よりも強く、彼らの胸を温めた。
リクは静かに手を差し出した。
「じゃあ、改めて。これからも、よろしくな。メイ」
メイは、迷いなくその手を取った。
「……うん」
三人の影が並んで、陽の下を進んでいく。
かつて、誰にも理解されなかった“記録者”が、今は、仲間とともに歩いていた。




