【第六十四話】境界を越える感覚
翌朝。遺跡内部の仄暗い空間にも、外界の変化がわずかに伝わってくる。空気が冷え、岩壁に染みついた湿気が肌にまとわりつく感覚が強くなる頃、リクは早めに目を覚ました。
焚き火の残り火がわずかに明るさを保っており、その淡い明かりのもとで、ミナが湯を沸かしていた。
「……おはよう、リク。少し寝られた?」
声は柔らかいが、目の下にわずかな隈が見える。きっと彼女も眠りは浅かったのだろう。
「うん、まあ……ありがと」
リクは小さく笑いながら腰を下ろし、差し出された湯を受け取った。温かさが指先から心に染みていくようだった。
しばらく無言の時間が流れ、やがて遺跡の奥から、微かな足音が響いた。誰よりも静かに、メイが姿を現す。彼女は何かを考える様子もなく、ただ自然にここへ戻ってきたような佇まいだった。
「……奥の魔素流、少し変動している」
開口一番、メイが発した言葉に、リクは顔を上げた。
「変動?」
「ごくわずか。けれど周期がある。規則的……脈動に近い」
リクはすぐに思考を巡らせた。その規則的な波――まるで心臓の鼓動のようなものが、この空間に広がっているのだとすれば、それは単なる魔力の流れではない。
(……やっぱり“核”がある。そこが起動しかけてる)
「隊長に、再調査の許可をもらわないと」
リクが立ち上がると、ミナも手を拭って後に続いた。
「わたしも行くわ。気になるし、放っておけないもの」
メイは黙って頷いた。
三人は簡易的な詰所へ向かい、調査団の隊長に状況を報告した。隊長は黙って話を聞いたあと、腕を組んでしばし沈黙した。
「……昨夜、俺も気配を感じた。あの広間の奥、何かが揺れている。再調査、許可する」
リクは静かに礼を述べた。
再び広間へと向かう道中、リクは昨夜の感覚を反芻していた。空間に意志が宿るかのような感触。それは第六感に近い、曖昧で確かな「違和感」だった。
やがて広間に到着すると、水晶球は変わらぬ位置に鎮座していた。けれどそこから微かな音が漏れ出していた――規則的な、心臓の鼓動のような低い“トン、トン”という音。
「……やっぱり、動いてる」
リクは水晶にそっと手をかざす。瞬間、光がゆるやかに脈打ち、彼の指先にぴたりと吸い寄せられるような魔素の流れが伝わってきた。
「……“呼ばれてる”」
思わず漏らしたリクの呟きに、ミナが不安げに眉をひそめた。
「ねえ、本当に大丈夫?」
「わからない……でも、今なら見える気がするんだ。この場所の核心にあるものが」
リクは《解析:魔素因子》を展開しながら、さらに魔素を注ぎ込んだ。
すると、水晶球の中心で何かが“開いた”。
霧のような映像が空間に拡がる。だが、前回と違ってそこには具体的な像が浮かび上がっていた。
――都市。崩れ落ちた塔。天を覆うような黒い影。そして、その中心に浮かぶ歪んだ球体。まるで無数の目が刻まれた、禍々しい“核”。
「……あれが……魔源体?」
ミナの声が震える。その映像を凝視するメイは、ぽつりと呟いた。
「場所が……示されている」
リクは息を飲んだ。
「まさか……この映像、位置情報付き?」
「座標、抽出可能。解析中」
メイは淡々と報告し、懐から装置を取り出して魔素の波形を記録していく。
ついに“次の場所”が明らかになった。




