【第六十三話】宿る光と影
広間を離れ、再び螺旋階段を上る途中、リクは一度だけ足を止めた。闇に沈む背後を見つめる。あの水晶の中に漂っていた影は、彼の中に不思議なざわめきを残していた。
(……あれは、本当に“意思”だった。反応した……僕に)
淡い不安と、目を逸らせない魅力が同居していた。それはまるで、深海の底で光る何かに惹かれるような感覚だった。
「リク?」
後ろから小さな声が届く。振り返ると、ミナが心配そうにこちらを見上げていた。
「あ、ごめん。ちょっと考えごとしてただけ」
「……あんまり無理しないでね。わたし、リクのそういう顔……すこし怖いなって思う時あるの」
リクはわずかに目を丸くし、それから小さく笑った。
「そっか……気をつけるよ」
ミナの顔に安堵の色が浮かぶ。後ろから静かに歩いてくるメイは何も言わず、ただ黙って二人の背を追ってきていた。彼女の足音は他の誰よりも静かで、まるでその存在ごと空気に溶け込んでいるようだった。
やがて階段を抜け、広間の入口近くに戻ってくる。上層から降りてきた調査団の面々が、緊張した面持ちで三人を迎えた。
「無事か?」
そう問いかけたのは隊長だった。やや険しい目でリクを見つめるが、心配よりも確認の意図が強いように見える。
「はい。奥に記録装置らしきものがありましたが……それ以上は、まだ手を出していません」
「そうか。それでいい。必要以上に刺激すれば、何が起こるか分からん」
リクは隊長の言葉に軽く頷いたが、その胸には別の感情が浮かんでいた。
(でも……それを確かめなければ、進めない)
彼が何かを考え込むように視線を落とすのを見て、ミナがそっと袖を引いた。
「ねえ、少し休もう? リク、顔色悪いよ」
「あ、ありがとう……」
リクは素直に頷き、調査団の一角に敷かれた簡易休憩スペースへと腰を下ろした。背中の疲れがじわじわと広がり、ようやく自分がどれだけ緊張していたかに気づく。
隣に座ったミナが、持っていた水筒を差し出した。
「冷たいけど……飲む?」
「うん、助かる」
水を喉に通すと、少しだけ頭の靄が晴れたように感じた。
ふと、視界の端にメイの姿が見えた。彼女は一人、焚き火の明かりから少し離れた岩に腰掛けていた。炎に照らされるその横顔は、相変わらず何の表情も宿していない。ただ静かに、空気の動きを眺めているような眼差しだった。
「……メイは、あの装置のこと、どう思う?」
思わず声に出してしまった問いに、メイは少しだけ顔を傾けた。
「情報は不十分。でも、今までの遺跡とは“質”が違う。……違和感がある」
「どんな風に?」
「……空間そのものが、思考しているように見える」
その言葉にリクもミナも少しだけ息を呑んだ。メイはそれ以上は語らず、再び視線を炎から外した。
その瞬間、リクの背筋に冷たいものが走った。
(思考する空間……それって、まさか)
誰かが見ている。ここではないどこかから、確かに“観察”されている感覚。
彼は知らず、拳を握りしめていた。
焚き火が、ぱち、と乾いた音を立てた。




