【第五十四話】目覚めの残響
山中の封印地――その深部へと進む三人の足音が、静かな地下に反響する。
岩と金属の入り混じった通路。空気は湿り気を帯び、どこか澱んでいる。
「足元、気をつけて。崩れてる箇所もある」
リクの声に、ミナと――そして「メイ」と名づけられた少女が頷く。
「うん。平気だよ、リク」
「わたしも、だいじょうぶ……」
通路の先はやがて広間へと開けていた。
天井は高く、壁には朽ちかけた封印の残痕が複雑に絡み合っている。
「……ここが中枢か」
リクが呟く。壁面を手でなぞり、《解析:封印痕跡》《感知:魔素流》を同時展開。視界の端に、記録と記憶の断片が浮かぶ。
《制御失敗》
《覚醒兆候》
《個体識別不能》
《空間同調解除を試みるも不可》
(……同調? 空間との? まさか……)
「ねぇリク、これ……誰かが封印を壊そうとした痕跡じゃない?」
ミナが、削り取られたような魔法陣の痕を指さした。
確かにそこには、意図的に封印式を切断した“破壊の意志”が刻まれている。
「……誰かが、解放しようとした。それも……かなり最近」
リクの声が低くなる。
「……この封印、魔源体を閉じ込めたものじゃない。正確には“魔源体と接続された空間”を、切り離した痕跡だよ」
「どういうこと?」
「魔源体は……この世界に“存在”してたんじゃない。“繋がってた”んだ。向こうからこっちへ、干渉する形で。そしてこの封印は、それを断ち切ったものだった。だが、完全じゃない。まだ……どこかで繋がってる」
メイがリクの腕をぎゅっと掴んだ。
「さっきから、ずっと……声が、する。ううん、“声”じゃない。言葉じゃない何かが、頭に響いてくるの」
「……やっぱり、君は」
リクがメイを見つめた。
まだ幼い少女――だが彼女の内部に宿る“何か”が、明らかに普通ではないと、リクにはわかっていた。
「その感覚、もう少しだけ……我慢できる?」
「うん。リクがいるから、大丈夫」
メイが静かに頷く。ミナは一歩前に出て、今度は真っ直ぐリクを見た。
「ねえ、私たち……また魔源体と向き合うことになるの?」
「おそらく、そうなる。でも今回は、逃げられない。向こうも“こちらを認識している”。そして……たぶん、メイを通じて、何かを試してる」
リクは言いながら、床の中央に刻まれた“召喚陣”のような模様に気づいた。
(違う……これは“送還”だ。魔源体をこの地に呼び出すためのものじゃない。逆に、“送り返す”式……?)
「……待って。この場所、かつて魔源体を封じた場所じゃない。むしろ、“送り返した場所”だ。魔源体を……向こうの世界に、戻したんだ」
「じゃあ……今、再び戻ってこようとしてる?」
「その可能性は高い。でも――」
そのときだった。
空間が“ねじれる”ような感覚が走った。風が止まり、音が失われる。
「っ、来る……!」
リクが叫ぶのと同時に、広間の中央に黒い霧が立ち上った。
それは煙ではない。触れれば裂けるような、意思を持った“無形の存在”。かつてリクが遺跡で感じた、あの“気配”が、今まさに再来していた。
メイが身をすくめる。ミナが剣を抜く。
「でも……今回は、逃げない。俺たちは、“見る”ことを選ぶ」
リクはそう言って、《感知:魔素構成》《解析:実体構成》《視認:外界断層》を一気に展開。自身の魔素を、あえて“触れさせる”ことで、魔源体の輪郭を――“認識”する。
暗闇の中で、形なき“それ”が、わずかに“目”のようなものを開いた。
リクは、静かに言葉を放つ。
「……話を、しよう。お前は“学ぶ存在”なんだろ? なら、俺たちもお前を“知る”」
沈黙が満ちる。
そして、魔源体が――“反応”を返した。




