【第五十三話】交錯する兆し
山道を登り切った三人の前に、崩れた石壁と、その奥にぽっかりと開いた山肌の裂け目が現れた。
風の流れが変わる。かすかに、土と湿気、それに混じる獣のような生臭さが鼻をかすめた。
「……ここ、だね」
ミナがつぶやく。リクは頷いた。
地図に記されていた目的地。‘’魔源核‘’の中で、最後に記されていた“古の封印地”と見られる場所だった。
「魔素濃度は高い……でも流動性は低い。これは……結界の名残?」
リクは《感知:魔素流》で周囲を探る。山肌に開いた裂け目には、微かに波打つ魔素の壁――封印の残滓と思われる障壁が残っていた。
「ミナ、それから……」
リクは隣に立つ小さな少女を見て、ふと戸惑った。
「……ねえ、名前、教えてくれない? 呼び方がないと、ちょっと困る」
少女は一瞬戸惑ったように目を瞬かせたが、やがて首を横に振った。
「……ない。必要なかったから」
ミナが驚いたように目を見開いた。
「ほんとに?」
少女は小さく頷いた。
「じゃあ、名前つけちゃおうよ。ずっと“あなた”じゃ、なんだか他人行儀だし」
ミナが笑いながらそう提案する。リクもそれに同意するように微笑んだ。
「……そうだね。何がいいかな」
しばし考えた末、リクは静かに口を開いた。
「……『メイ』ってのはどう? “命”とか“源”って意味の古語。君には、そういう感じがする」
少女は――メイは、少し考えるように首を傾げてから、そっと微笑んだ。
「……うん、メイ。いいよ。そう呼んで」
「決まりだね」
ミナが満足げに頷く。
「メイ、少し下がってて。危ないから」
「わかった、リク」
リクは微笑み返し、一歩前へ進み出た。《解析:封印痕跡》を展開し、魔素の流れを指先でなぞる。結界は崩れかけていたが、微かに作用を保っていた。
「これは……魔源体を“観測できないようにする”封印。いや、“認識そのものを遮断する”……?」
リクはひと息ついてから、慎重に魔素を流し込み、封印を最小限だけ解除するよう調整する。やがて波打つ結界が裂け、裂け目の奥に道が現れた。
そこは急な下り坂だった。岩盤に沿って、かつて通路だったらしい段差が続く。石壁には古代の装飾が見えるが、風化が激しく、判読できるものは少なかった。
「行こう、ミナ、メイ」
「うん……気をつけて」
「ぅ……なんか、怖い……」
エナの言葉に、リクはそっと手を握り返した。
「大丈夫。僕がいるから」
やがて地下へと通じる広間へたどり着く。天井は高く、崩落の跡もあるが、奥の方にはまだ“人工の手”が加えられた痕跡が残されていた。
「……誰かが後から補修した? 封印の直後か……」
リクが壁面の魔素痕跡を読み取る。そこに残されていたのは、“記録”ではなく、“痛み”だった。
「これ……誰かが、ここで……」
小さな骨が、床の隅に積まれていた。それも、ひとつやふたつではない。子どもほどの小さな骨――そして、いくつかの魔獣の痕跡が周囲に残っていた。
「っ……」
ミナが思わず目を伏せ、メイがリクの手を強く握る。
「犠牲、だと思う。ここに封じられた“何か”を鎮めるための……あるいは、抑え込むための」
「魔源体って……そんなにヤバいやつなの?」
「……わからない。でも、わからないってことが……たぶん、一番怖い」
リクは、魔素の残滓の中に“断絶”を感じた。
ここにあった何かは、もう姿を持たない。あるいは――今も別の“形”で存在しているか。
「先に進もう。ここからが……本番だ」
彼らは静かに頷き、奥へと足を踏み出す。
封印の“記憶”と“怨念”が、まだこの奥で眠っているとも知らずに――。




