【第三十八話】地図の指し示す先へ
山霧が、わずかに晴れはじめていた。
太陽の光はまだ弱く、山肌をかすめる程度だったが、それでも霧の帳が徐々に薄れていくことで、眼下の地形が少しずつその姿を現していた。
調査団は慎重に標高を上げていた。
先ほどの結界跡を確認したことで、山脈の内部にも遺跡が埋もれている可能性が高まった。
地図には明確な道筋こそ描かれていなかったが、いくつかの記号があった。
そのひとつが――今、目の前に現れようとしている。
「……あれか?」
隊長の声が静かに響いた。
山の斜面を見下ろす位置に、岩場の切れ間から不自然な凹地が広がっている。
自然の侵食だけではできないような円形の窪地。
中心には、石造りの構造物が半ば地中に埋まっていた。
「地図の印と位置も合う。あそこが、目指していた場所だと思う」
リクは地図を見ながら言うと、慎重に斜面を下るよう指示を出した。
調査団の一行は、物音を最小限にしながら進み、ついにその構造物の前にたどり着いた。
「……扉?」
それは高さ二メートルほどの、岩に囲まれた入り口だった。
周囲には古代語で刻まれた警告文のような文様があり、苔に覆われながらも、わずかに光を帯びていた。
「これは……封印ではない。ただの閉鎖構造。誰かが“隠して”いただけだ」
リクは手をかざし、《解析:構造素性》を発動する。
石扉の仕組みが展開され、内側のロックがゆっくりと解除されていく。
「行くぞ。中に何があるかは分からん。だが……確実に、魔源体の痕跡はこの先に繋がっているはずだ」
隊長の言葉に全員がうなずき、懐中の魔灯を灯して構造物の中へと踏み込んだ。
内部は広く、想像よりも深い空洞だった。
螺旋状の階段が下へと続いており、地下深くに何かが封じられているような構造だ。
「これって……中央管理棟、のようなものかな。魔力の分配制御や、観測設備らしき痕跡がある」
ミナが周囲の壁を見渡しながら言った。
「うん。でも……この空気、おかしい。流れてないんだ。まるで、どこかに“吸い込まれて”いるみたいな感覚がある」
リクが周囲に気を張りつつ、魔素を感知する。
《感知:魔素流》
――見えた。
階下にある巨大な円環構造、その中心に、魔素の流れが集中していた。
水のように、空気のように、すべてが一点に引き寄せられている。
「……あの中心に何かがある。行こう」
一行はさらに階段を降り、やがて中央ホールにたどり着いた。
そこには、大きな石盤と、それを囲む無数の結晶柱があった。
石盤の中心には、ひときわ大きな水晶が埋め込まれていた。
リクが近づき、魔素を流し込む。
水晶が淡く発光し、再び記録映像のようなものが空間に映し出される。
『……魔源体は、流れを歪める。魔力の循環を乱し、自然界の水流や風の通り道すら影響を受ける。……この地点では水源の枯渇が発生。要因は……“意識”の干渉と推定』
『水脈に埋め込まれた魔源体の“分裂核”が、周囲の魔素を圧縮・吸収し、封印の維持を難しくしている』
『対策:分裂核を局所封印し、水流の再構成を実施。定期的な巡回と再封印が必要――記録終了』
リクは息を呑んだ。
「……つまり、水が枯れていたのは、この“分裂核”が魔素を吸っていたから……。だから、魔素と一緒に水脈まで止めてたんだ……」
「封印の再構成が必要ってことか?」
「うん。ここにある術式を応用すればできる。でも、少し時間がかかる」
隊長は静かに頷いた。
「全員、ここを警戒しつつ、補助に回れ。リク、任せたぞ」
リクは深く頷くと、魔術式の再構築に取り掛かった。
――こうして、水源の問題は徐々にその根本原因が明らかとなり、調査団は新たな任務へと向かう準備を整えつつあった。
だが、その地の魔素の流れが戻り始めたその時――
深層から、微かに“何か”が目を覚ますような感触が、リクの皮膚をかすめた。




