【第三十九話】目覚める声
魔素の循環が、微かに戻ってきていた。
リクが修復した封印術式は、石盤の中心に淡く光を灯し、空気と水の流れをわずかに正常へと導いていた。遺跡の奥に滞っていた魔素の“澱み”が、静かに解き放たれていく。
「……よし、安定してきた。これで、魔源体の分裂核がこれ以上影響を及ぼすことはないと思う」
リクが魔素の流れを見定めながら、ほっと息を吐いた。
「すげぇ……。お前、封印術式まで組めたのかよ」
ミナが驚き混じりに言い、リクは苦笑する。
「試行錯誤だったけどね。あくまで一時的な処置だから、本来は専門の封印師が再調整しないと……でも、これで水脈は完全に生き返るはず」
隊長が小さく頷く。
「これで、地上の井戸も心配ないな」
「ええ。数日のうちに水位も戻ると思います。調査報告にはその旨、しっかり書いておきましょう」
そう言いながらリクが周囲を見回したときだった。
――ザラリ。
耳ではなく、脳の奥に直接触れるような“感触”が、突然リクを襲った。
(……何だ、今の……?)
再び、微細な“声”が届いてくる。
《……見ている……また……》
今度は確かに、聴こえた。言葉ではない“意志”が、魔素を通じて触れてきたのだ。
「リク?」
ミナが心配そうに覗き込む。
「……いや、今、一瞬……」
リクは警戒しながら《感知:魔素流》《感知:精神共鳴》を再発動し、空間の魔素を丁寧に探る。
(この遺跡のさらに“下”……?)
何かがいる。
いや、“残っている”と言った方が正しい。
分裂核の封印に成功したにも関わらず、そのさらに奥――地脈の底のような領域に、確かに“何か”が眠っている。
「隊長、この遺跡、地上に出る前に一度……調べられるだけ、調べておいた方がいいかもしれません。まだ、何かが残ってるようです」
「……ああ。お前の感覚は信用できる。だが深入りはするな」
全員が慎重に頷くと、残された別の通路――水晶装置の奥にあった石の階段を下りていく。
暗がりの中、徐々に空気が重くなっていくのを感じながら、リクは背中を汗が伝うのを感じていた。
そして、降りきった先。
そこには石造りの小さな部屋があり、中央にはひとつの“石碑”が立っていた。黒い石でできたそれは、まるで燃え尽きた魔素の塊のように鈍く光っていた。
(……これは)
リクが石碑に近づき、《解析:記憶痕跡》を発動した瞬間――
《……還れ、深き源へ……観測するな……意志を与えるな……“かれ”は……在るだけで、拡がる……》
(これ、“魔源体”の……?)
そのときだった。
――バチッ。
視界が一瞬、真っ白に染まった。
(……!?)
光が走る。脳内に直接流れ込んでくる情報。映像。声。いや、それはもっと原始的な“感覚”だった。
怒りでも、悲しみでもない。“在る”という事実だけが迫ってくるような、圧倒的な重圧。
――それは、魔素そのものの意志。理屈や論理を超えた“存在”の気配。
(……これが……“魔源体”……)
リクは膝をついた。魔素の奔流に晒され、意識が一瞬だけ霞んだ。
「リク!」
ミナが駆け寄り、肩を支える。
「……大丈夫、少しだけ、共鳴しただけ」
リクは深く息を吐いた。
「けど、確信した。この山脈のどこか、もっと深い場所に……“本体”がいる。今までのは……分裂核だった。あれは……あくまで“端末”だったんだ」
沈黙が落ちる。
隊長が、重い口を開いた。
「つまり……俺たちが今まで遭遇してきたのは、ほんの一部に過ぎない……ってことか」
リクは、静かに頷いた。
「ええ。地図が示しているのは……その“本体”に繋がるルートかもしれません。遺跡を越えて、さらに奥へと続く、もっと深い何かがある」
その言葉に、隊長が小さく笑う。
「……厄介な旅になりそうだな」
誰も、軽口を返さなかった。
遺跡の静寂の中、三人と調査団の面々は、次なる旅路の重みを肌で感じていた。
そしてそれでも――歩みは止めない。




