【第三十六話】険しき山脈の呼び声
薄曇りの空の下、リクたちは遺跡を後にし、北東の山脈を目指して歩を進めていた。
目的地は、遺跡の最深部――あの魔源体と遭遇した場所に残されていた地図に記されていた地点だ。
魔素流制御装置の側面に刻まれた簡素な地形図のようなもので、古びた記述の中に、山脈の一角に印があった。
「この印……何があるんでしょうか」
ミナが歩きながら呟く。あれから数日、彼女の表情には緊張と不安、そして微かな期待が混じっていた。
「分からん。ただ、あの遺跡で“魔源体”についての記録が残されていたのなら、ここに記された場所も関係があるはずだ」
そう答えたのは隊長だった。地図を手にしたのも、魔素を探知したのもリクだったが、全体の行動方針は隊長の裁量に委ねられていた。
彼は基本的に無口だったが、今では少しずつリクの提案にも耳を傾けるようになっていた。
森の奥を抜け、小高い丘を越えると、遠くに山脈の影が見えてきた。
連なる峰々は灰色の雲を引き裂くように鋭く、どこか非現実的な迫力を帯びていた。
「ずいぶん寒くなってきたな……」
ミナがマントをきゅっと引き寄せる。風は冷たく、木々の葉はすでに冬の気配を帯び始めていた。
山道はこれまで以上に険しく、そして過酷なものになるだろう。
「地図によれば、この先の山腹……一つ目の尾根の裏側に何かがあるようだ」
リクは再び地図の複写を確認した。簡易な転写術を使い、紙に複写しておいたものだ。文字の多くは判読不能だったが、印の位置と簡単な地形は把握できた。
「ただの古井戸調査だったはずなのに、すっかり大きな道草になっちゃいましたね」
ミナの言葉に、リクは小さく笑う。
「でも、ここで終わりにはできない。魔源体の存在も、魔素の異常も……わからないことばかりだ。けど、それを知るために、僕は進みたい」
その瞳には静かな決意が宿っていた。
しばらくすると、道が細くなり、山道へと差し掛かった。
枯葉に覆われた斜面は滑りやすく、注意深く歩を進めなければならない。
だが、その分だけ周囲の気配にも敏感になっていた。
「リク。何か、感じるか?」
隊長の問いに、リクは《感知:魔素流》を発動した。
空気の中を流れる魔素の粒が、山の奥からゆっくりとこちらに押し寄せているように感じた。
「……ある。微かだけど、確かに“流れ”がある。向こうに、何かが……集まってる」
「魔源体……なのか?」
「まだわからない。でも、あの遺跡で見た“気配”と、似てる……かも」
一行の足取りに、自然と緊張が混じった。
この旅は長く、険しいものになるだろう。それでも彼らは進む。
――知るために。繋げるために。
そして再び、あの‘’災厄らしきもの‘’と向き合うために。
その夜、彼らは山の麓に簡単な野営地を設けた。
焚き火の灯りに照らされながら、リクは静かに魔素の流れを紙に記録していた。
空には星が淡く滲み、風は冷たくも静かだった。
旅はまだ始まったばかり――。




