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【第三十四話】揺らぐ水脈と呼応する脈動

「……行った、か?」


隊長の低い声が、遺跡の静寂の中に溶けていく。


誰もが息を潜める中、リクは慎重に《感知:魔素流》を発動した。肌に触れる空気の震え、空間をわずかに撫でるような魔素の揺らぎ。先ほど感じた、あの異質な“気配”――それはもう、この場から去っている。


「うん……いない。完全に消えたみたい」


リクの言葉に、ミナも隊長もわずかに肩の力を抜いた。しかし空気の重さは消えない。むしろ今の静けさの方が、より不気味だった。


「……リク、お前、さっき何を見た?」


隊長が問う。


リクは、あの壁の金属板の前へと歩を進めながら答えた。


「何かが封じられていた……そんな痕跡が残ってた。“封印”とか、“制御”とか、壊れかけた記述があった。はっきりとは読めなかったけど……“失敗”という文字も見えた」


壁に手を当てると、わずかに魔素が反応する。彼は《解析:記憶痕跡》《解析:構造素性》《感知:封印符式》を同時展開。魔素を通じて、ここに刻まれた“過去”を探る。


目の奥に鈍い痛みが走り、頭の芯が熱くなる。だがリクは構わず続けた。


(この場所には……何かが残ってる。わかる)


やがて、壁の一部が静かに開いた。封印された扉だった。


その奥に、ひとつの装置が鎮座していた。石と金属の複合体――中央には淡く光る水晶球。手を近づけると、微かに振動する感触があった。


リクが魔素を流し込むと、水晶球の中に映像が浮かび上がる。淡い光が空間に投影され、古代の記録が再生された。


『……この記録が残されることを願う。制御失敗、封印不完全。奴は……目覚めつつある』


『我々は魔素の根源に触れようとした。知ろうとし、形にし、意志を与えた……その名は――“魔源体”』


『それは魔力の源にして、意志ある災厄。我々は理解できなかった。いや、“理解”という行為そのものが……奴を進化させたのかもしれない』


『魔源体は学ぶ。封じても、見つめても、滅びず、忘れず……』


記録は、そこまでで終わった。


リクはしばし言葉を失う。


「……魔源体……」


ミナが、その名前を繰り返す。


「それが……さっきの“影”?」


ミナの声は震えていた。隊長も黙ってその装置と記録映像を見つめている。


リクはゆっくりと深呼吸をし、解析を続ける。


「この魔源体は、魔素の根源でありながら意志を持つ存在……確かに強力だ。ここでの封印は失敗し、暴走の危険が残っている。ただ……」


彼は水晶球から手を離し、床に目を落とす。


「この装置……古代の魔素流制御装置らしい。水脈の流れを魔素で調整して、村の井戸にきれいな水を送っていたようだ。だが、封印の失敗によって魔源体の影響が及び、制御回路が乱れている」


隊長が眉を寄せる。


「つまり、井戸の水が出にくくなったのは魔源体のせいだと?」


「そうだ。魔源体が残した魔素の“ノイズ”が、術式を歪ませて水の流れを阻害しているんだ」


リクは指先で床に刻まれた魔素の流路をなぞる。


「だが、解析してわかったのは、制御装置の一部はまだ生きている。壊れた回路を修復し、魔素の流れを正常に戻せば、水脈は復活するはずだ」


ミナが声を上げた。


「どうやって修復するの?」


リクはゆっくり立ち上がり、周囲を見渡した。


「この水晶球と装置の魔素回路を結び直す必要がある。時間はかかるが、魔素の流れを整えれば封印の歪みも減る。つまり魔源体の影響を抑えられる」


隊長は厳しい表情で頷いた。


「よし、急ごう。ここで時間をかけるわけにはいかん。村の水は生命線だ」


リクは装置の端子に魔素を送り込む。解析で読み取った魔素の経路を一つずつ修復していく。


ゆらり、揺らめく魔素が回路を駆け巡り、次第に不安定だった魔素の流れが落ち着きを取り戻した。


空洞内に微かな水音が響きはじめる。


「来た……水が戻り始めた!」


ミナの声に皆が顔を上げた。確かに水路の一角から、澄んだ水が滴り落ちている。


リクは安堵の息を吐いた。


「魔源体の影響はまだ完全に消えていないです。だけどこれで村の井戸の水は回復するでしょう。次にまた問題が起きたら、ここに戻って対処すればいい」


隊長は短く言った。


「よくやったな、リク。さすがだ」


リクは少し照れくさそうに微笑み返した。


水の滴る音が空洞に満ち、乾いた空気が潤いを取り戻す。


「…ん?」


リクが、ふと視線を魔素流制御装置に目を落とす。


「どうしたの?」


「…地図だ」


装置の側面には、古い地図らしき図面が刻まれ、魔素の流れが描かれていた。

しかし、その全容は破損していて解析スキルでも解析できない。


「…一応、メモしておくか」


リクはその地図をメモし、失くさないようにポケットにしまいこんだ。

解析はできなかったが、リクが培ってきた感覚がこう呼びかけていた。


――この魔素地図には、何かある、と。






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