【第二十八話】旅のはじまり、風のにおい
朝靄の中、リクたちは遺跡調査団の宿営地を後にした。
背後には、淡い陽に照らされた瓦礫の残る古遺跡が静かに佇んでいる。
そこには数日間を共に過ごした仲間たちの気配が、まだどこかに残っているように感じられた。
リクは足元の土を踏みしめながら、ゆっくりと歩を進める。
横にはミナと、そして少し後ろにツンと澄ました顔の隊長がいる。
三人の旅路が、今ようやく本当の意味で始まったのだ。
「……風、変わったね」
ミナがぽつりと呟いた。
リクも顔を上げて、鼻先に吹いた風を感じた。
湿った森の香り、どこかに咲く花の匂い、それに……人の気配が混ざっていない、静かな自然の気配。
「遺跡の中とは、まったく違う」
リクの言葉に、隊長は少しだけ口角を上げた。
「これが旅だよ。森を越え、川を渡り、街道を踏みしめて進む。次の目的地までは、かなりの距離がある。歩き通す覚悟はあるか?」
「もちろん」
リクは迷わずうなずいた。ミナも、静かに頷いている。
次の目的地は、北東に位置する〈灰の渓谷〉。古い伝承によれば、魔素の流れが特殊な地形を作り、今も謎めいた反応が残されている場所だという。
「まずはこの森を抜けて、南に広がる〈風渡りの平原〉を目指す。そこで補給ができれば、渓谷までの道もぐっと楽になるはずだ」
隊長が簡略な地図を広げ、森の中での進行ルートを指差す。
だが、この森は地図通りに歩けるとは限らない。すでにルートの一部には崩れた橋や獣道が入り混じり、予測の立たない要素が散在している。
リクは腰の小袋から、手製の解析晶片を取り出した。遺跡での経験を活かし、森での罠や危険な植物、魔素の偏在を探るために調整を加えたばかりだ。
「解析、起動」
晶片が淡く光を放ち、リクの視界に情報が流れ込んでくる。
「……この先の湿地帯、地形が不安定。回り道を提案します」
「さすがだな」
隊長はそう言って、だが表情は変えずに先を行く。
歩みは遅い。だが、確実な一歩だ。
森の中で見つけた小さな野草、梢に止まる珍しい羽虫、落ち葉の重なる音、そして遠くから響く不気味な獣の鳴き声——すべてが、旅の一部として彼らを包み込んでいく。
リクはふと立ち止まり、深く息を吸った。
心なしか、空気がうまいと感じた。
「……こうして歩くの、悪くないな」
ぽつりと漏らしたその言葉に、ミナがにこりと笑った。
そして隊長は、見ないふりをしていたが、ほんのわずかに足を緩めていた。
旅は、始まったばかり。
だが、それは確かに、リクにとって新しい世界の入口だった。




