【第二十九話】寄り道の村、ひとしずくの助け
乾いた枝が靴底の下でパキリと音を立てた。
木々の密度がゆっくりと薄れ、森の奥から吹き込む風に、ほんの少しだけ草の匂いが混ざる。
「……森を抜けかけてるな」
低く呟いたのは隊長だった。
隊列の先頭で歩を進めるその背中には、変わらぬ警戒の張り詰めがあった。
リクはその後ろに一歩距離を置き、足元のぬかるみに注意を払いつつも、周囲の魔素の流れを意識していた。
森を歩き続けてもう二日が過ぎていた。
初日の夜は冷え込みが強く、湿気に包まれた地面に寝袋を敷くのもひと苦労だった。
ミナはそんな夜でも明るく振る舞い、木の上から星を見つけては名前をつぶやいていたが、リクはまだこの旅に、自分がどこまで役に立てるのか迷っていた。
「平原が近い……でも、どこか落ち着かないね」
ぼそりと漏らすと、ミナがすぐ横から顔を覗き込んだ。
「風が違うでしょ? 空気が広がってるって感じ。だからリクの“解析”も少し変になるのかも」
「……そうかもしれない」
リクは頷きながら、腰につけた解析晶片に意識を集中させた。
周囲の魔素の濃度は確かに安定していたが、ほんのわずかに、流れの偏りを感じる。
風のような動き。
それは魔素では珍しい現象だった。
隊長が立ち止まり、前方を指差す。
「見ろ。あれは——」
木々の隙間から覗いたのは、小高い丘のふもとに広がるいくつかの屋根。
灰色の煙が細く空に上がっている。人の営みが、そこにあった。
「村……でしょうか?」
「だろうな。地図にはないが、あの規模なら簡易集落だろう」
「立ち寄る?」
「物資の確認と休息。それに、次の道筋を聞けるなら尚良しだ。行くぞ」
◆
〈トナの村〉と名乗ったその集落は、丘の斜面に張りつくようにして造られていた。
道はぬかるみ、家々の壁はところどころ苔に覆われている。とはいえ、どこか暖かさのある村だった。
子どもたちが小さな獣を追いかけ、老人たちが石畳の上で網を修繕している。
風の抜ける音と、人の声とが混ざり合っていた。
「旅の方ですかい?」
年配の女性が声をかけてきた。隊長が軽く頭を下げる。
「少しの間、滞在を許可してほしい。明朝には出立する」
「ああ、いいですよ。旅人には慣れてますから。……ただ、今は少し井戸の調子が悪くて、水が足りなくて」
隊長が眉をひそめた。
「井戸?」
「ええ、なんだかね。急に水が出にくくなって……。ご飯くらいは出せるけど、お風呂は我慢してね」
冗談めかして笑う女性に、リクは小さく頭を下げながら、その言葉に引っかかりを覚えていた。
(井戸の水が出にくい? 自然現象か、あるいは……)
彼の解析晶片は、さきほどから微かに脈動を繰り返している。何かが、地下で滞っている。
その感覚は、解析スキルを繰り返し使ってきた彼だからこそ感じ取れる“違和感”だった。
◆
その夜、村の隅に設けられた小さな納屋を借りて、三人はささやかな夕食を囲んだ。
「この村、悪くないね。のんびりしてて」
ミナが笑いながら干し肉を口に運ぶ。
その隣で隊長はじっと天井を見つめていた。
リクはというと、焚き火の火を見つめながら、昼間に聞いた井戸の話を反芻していた。
(水の流れが詰まってる? でも、それだけじゃない気がする。明日、少し調べてみよう)
旅の最中の、思いがけない寄り道。
しかし、それはリクにとって、自分の力を試す小さな“機会”にも思えた。
そしてまだ誰も知らない、小さな異変の兆しが、村の地下で静かに広がっていた。




