二日目④ サタンとの謁見
それから時は流れて時刻はお昼の十二時ちょっと過ぎ。
ビビとの楽しい会話の余韻に浸りながらほくほく顔でグラスの別荘に戻った私は、玄関扉の前で腕を組み仁王立ちしている人物の姿を発見した。そう、レオである。
私の頭は待ってましたとばかりにすぐさま邪な妄想を繰り広げ、腐のボルテージを最高潮まで上げたのも束の間――その妄想が自分にとっては最悪な事態でもあることに気付いてしまい、私は一気に青ざめた。
「美咲! 遅い!!」
「……レオ……! うそ……?! もうヤッちゃった?! 私が居ない間にヤッちゃったの?!」
「何をだよ?! また訳わかんねーこと言ってんな! でも今はお前の話はどうでもいい! 待たせすぎだ!」
「ああっ……こんなことなら買い物になんて出かけなければよかった……!」
……神様っ……腐女子に対するこの仕打ちはあんまりじゃないでしょうか?! 私は二人の結合に茶々を入れたり合いの手を入れたりとか、そんなことは絶対致しません。ただただ二人の愛の物語の傍観者として見守りたい、それだけだったんです……!!
「わかってんじゃねーか。グラスが大て……う゛う゛んっ、大変なことになってんだぞ! こういう時は上司の指示を待つのが基本だろーが!」
「グググググラスがっ、だだだだ『抱いて』って言ったの?!?! 理想の攻めがまさかの受け!! それで穴が大変だって?! そりゃ初めてだからね!! 漫画のようにはいきませんて!!」
「は? 何言ってんだ? お前、頭大丈夫か? 一旦落ち着け」
「ううっ……レオは大人になったんだね……」
「……ダメだ。話が通じねぇ。もうなんでもいいからまずはその買い物袋をよこせ! オレが家の中に入れてくる! その後すぐに出発するぞ。美咲を魔王のところに連れて行くよう、命令が下ってるんだ」
「……はぁい……」
魔王でも閻魔でも、もうなんでもいい。私は今、心の底から放心しているのだ。
そんな私からレオは買い物袋をふんだくり、「魔王城に着くまでに、その腑抜けた頭をなんとかしろよ」と言って扉の取っ手に手をかける。しかし、一瞬何か迷う素振りを見せ、動きを止めた。
「……ちなみに……グラスの様子はどうなんだ?」
「……へ? どうって……?」
「だから……オレは昨日の夜にグラスがああなった後の様子は知らないから……」
「は? ……さっきまで一緒に過ごしてたんじゃないの……?」
「っなわけねぇーだろ! ここへ来てすぐお前の気配が感じられなかったから、オレはここでお前をずーーーっと待ってたんだよ!」
……ということは、二人はまだ未結合、ってこと?! ハ、ハレルヤー!! 私の魂、戻っておいで~!!
「なーんだ! だったら最初からそう言ってよ~! 意識は戻ったけど、まだ本調子じゃないみたい。あと数日はベッドの上生活じゃないかな」
「ふん……そうか……わかった」
レオは静かにそう返事をすると、玄関扉を開けて館の中へと入って行った――。
そんなやり取りから約十分後。予告通り、私は魔王と謁見すべく、レオに抱きかかえられた状態で魔王城の最上階のスカイバルコニーに連れてこられていた。
ここ魔王城は魔界の北東に位置した丘の上に建っており、辺り一帯にはオフィスビルのような建物が等間隔に建ち並んでいる。
更にその先にはテーマパークや競技場のような空き地、はたまた何万人も収容出来そうなドーム型の建物なんかもちらほら見え、先刻まで居た魔界大通り同様、私が想像していた魔界のイメージとは全く違う。
「美咲、部屋の中には魔王がいる。すぐに謁見だ。いいか、礼儀を忘れるなよ」
「……もちろん」
レオの柄にもなく真面目な物言いに、緊張が走った。レオは謁見と言っているが、本当はグラスの件についての尋問なのだろう。私もそこまでバカじゃないので、堕天使が大天使に戻るなど荒唐無稽なレベルであることはそれとなく理解しているし、礼節を持って臨むつもりだ。そう、たとえその魔王とやらが眼鏡系やワンコ系であっても……多分。
「入るぞ。黙ってついてこい」
私はコクンと頷くと、レオの先導で窓に擬態しているガラス扉から魔王城の中へと足を踏み入れ――息をのんだ。
目の前に飛び込んできたのは中世ヨーロッパを思わせる豪華絢爛な広い室内。高い天井からはいくつものシャンデリアが垂れ下がり、キラキラと眩しい光を放っている。壁には深紅の幕と顔の整った男性らの大きな肖像画が飾られ、それらの面々の内の三名がレオと同じような服を着てその場に揃っていた。
向かって左にダークブルーの髪に黒目のクールな美少年系が一人。その反対にはベビーピンクの髪にラベンダー色の瞳をもった可愛らしいショタ系が一人。そして、その二人の真ん中で一際甚だしいオーラを放っている玉座の男性――漆黒のロングの髪に真っ赤な瞳の麗しい完璧なイケメン――が一人。彼がレオの言う『魔王』で間違いないだろう。
レオはその魔王の数メートル手前まで私を連れていき、その場で跪くよう指示を出すと、他の面々と同じく自分の定位置らしき場所――美少年系の横――にさっさと向かっていく。
これで私対悪魔の構図の出来上がりだ。一人になってしまった私は心許なさを感じながらも急いでその場に膝をついて、ひんやりとした床に視線を落とし、固唾をのむ。
一時の静寂。そして、魔王が口を開く――。
「――こうべをあげよ」
うっかりうっとりしてしまいそうなほど甘くて低い声。けれど、顔を上げた先にあったのは、獲物を捕らえた肉食動物のように私を鋭く見据える真っ赤な瞳だった。
「名は何といった」
「ひ、日野美咲と申します……」
「では美咲。魔界に来たのは昨夜で相違ないか」
「はっ、はい……」
「ここに呼ばれた理由は理解しているな」
「はい……グラスの件ではないかと思っております」
「そうだ。ならば話は早い。私はこの魔界の王サタニエル。昨夜の忌々しい事態の全貌を解明する義務がある――」
魔王の心臓を射貫くような視線と圧に、私は思わず喉をひゅっと鳴らした。
「――単刀直入に聞く……グラスが大天使化した原因について何か心当たりはあるか。私が誰か踏まえた上で心して正直に答えよ」
恐ろしく的確な質問と脅し言葉である。魔王の言う通り正直に答えるならば、心当たりはある、だ。いや、心当たりどころかほぼ正解の答えを知っている――けれども、出来ることなら教えたくない。
なぜなら、私が心当たりを答えることによって、レオがグラスの想いを早々に知ってしまうからだ。それはいくらなんでも今の状態のレオにグラスを意識させるには強硬策過ぎる。最悪の場合、拒絶反応を示す可能性だってあるのだ。
更に言うなら、グラスのレオへの愛の芽生えは来るべき時――レオがグラスのことを少し意識し始めてから、欲を言えばラッキースケベ的なハプニングの後――にアシスト的な役割で明かすのが定石であり、それはこんな厳かな場と大勢の前で話すことではない。
しかし――魔王を前にして、権力も圧力も何もない私には『嘘をつく』や『誤魔化す』なんてもってのほか、『正直に話すのでレオだけ席を外してほしい』なんていうお願いすらも口にすることは許されないだろう。よって正直に答えるのみである。
私はレオを一瞥し、どうか拒絶反応だけは示しませんようにと願いながら、答えを口にした。
「……あります」
「「!」」
「やっぱりお前が原因じゃねぇかっ!!」
意外なことに、私の答えに驚いたのは魔王以外の三人だけで、特にレオはすでに驚きの感情を怒りに変え、今にも私に突進してきそうな顔になっている。
一方魔王はジッと私を見据えたまま、至って冷静に私の次の言葉を待っている、そんな風に見えた。
「レオ! 落ち着きなよ!」
「暴れるなら話を全部聞いてからの方がいい」
ショタ系が半分呆れたように声を上げ、美少年系がレオの腕をぐっと掴む。しかし、そんなことではレオの怒りは収まらない。
「止めるなよ! グラスがこんな酷い目に合ってんだぞ?! 美咲っ! お前、グラスに何をしたんだ?!」
レオは吠えるようにそう叫び、復讐の炎をギラつかせた瞳で私を睨みつける。逆上の一歩手前、そんな感じだ。
こうなった相手には慎重に言葉を選ばなければ、火に油を注ぐ結果になってしまう。私は何と説明すればいいか考えあぐねていると、「レオ、黙れ――」という地獄の底から唸るような鶴の一声が響いてきた。
「それ以上騒ぐのなら退出を命じる」
「……っ! ……サタン……わかった……」
それは不満げな返事だったが、レオは私を睨みつけながら大人しく口を一文字に結んだ。
「美咲、続けよ」
「……はい……それでは……結論から申し上げます――」
私はもう一度、今度は憐れむような視線をレオに投げかける。
……レオ、ごめんなさい。まだ心の準備も出来てないうちに……その代わり一太刀で終わらせてあげるから! それにこれで穴の準備が出来るから結果オーライってことで!
「――グラスはレオへの愛に目覚めたため、大天使化したようです」
「「「「………………」」」」
誰も何も追及してこないので、私は続けて強力なエビデンスも付け加える。
「ちなみにこのことはグラス自身にも確認済みで、本人もレオへの愛を認めております」
「「「「………………」」」」
どうやら私の発言は、全員の脳を処理落ちさせてしまったらしい。しばらくの沈黙の後、一番に復活したのは当事者のレオだった。
次話投稿は本日8/9の20:30です




