二日目⑤ レオとお仕事
「…………いや、ちょ、まっ……はぁ? はぁ!? 意味わかんねーんだけど?!」
「だから、ほら、ゲームで私とレオがちょっとイチャつくみたいなそぶりがあったじゃない? グラスはそれを見て嫉妬した結果、愛に目覚めることになったの」
「……はぁ!? ますます意味わかんねーよ!?」
「堕天使が愛に目覚める……しかもあのグラスが? セシルならまだわからなくもないけどさ」
「……俺は誰だとしても信じられない………」
まあ、普通はそうだろう。レオ達の反応は正しい。しかし、やはり魔王は別格のようで、一人だけ納得の顔をしている。
「……なるほど。疑問点は残るが一応理にはかなっているな」
「いやいやいや、サタン、なるほどじゃねーから! おいっ、美咲! お前適当なこと言うなよっ!! 第一、好きだの、愛だの言う前に、オレもグラスも男だ! お・と・こ!」
「レオ、愛に男も女も関係ないんだよ。むしろ私の周りには男同士の愛の話題の方が溢れていたんだから」
私は全力で「これって普通のことですけど?」という空気を醸し出す。ちなみに、その周りというのは私やミナミの部屋の本棚のことであるので、決して嘘ではない。
「オレは認めねぇ!! 絶対認めねぇ!! 愛なんて感情存在しねーよ!! 美咲は嘘をついてるんだ!!」
レオのこの反応――これはグラスの愛が受け入れられないというよりは、堕天使に好きとか愛とかの感情が芽生えること事態をあり得ないと思っているように感じる。もしかするとレオの恋愛方面は見かけ倒しで、実際はだいぶお子ちゃまな可能性も否定出来ない。
今の段階から艶めかしい展開へ持っていくのは骨が折れそうだが、グラスへの拒絶反応がなかっただけましだと思うとしよう。
「魔王様、私の発言を疑うようでしたらグラスに直接問い質して下さい。ただ、グラスはまだ体調が安定していないため、こちらに参上できるようになるのは少し先になるかと思います」
「ふむ……そうだな……身体への負担は相当なものだろうとは予想していた。グラスにはすでに連絡済みだがしばし待つと伝えよう」
「恐縮です」
「恐縮ですじゃねぇよ! 勝手に話を終わらせんな!」
私はまだ混乱中のレオを無視し、魔王に恭しく頭を下げる。レオの言う通り、これで話はほとんど終わったも同然。あとは退出の許可を待つのみ――だったのだが。
「いいや、話はまだ終わっていないぞ、レオ。もう一つ、大事な話が残っているだろう」
「? ……って、あれか?! やっぱマジなのか?!」
今度は頭を抱えて騒ぎ始めたレオを横目に、魔王は私に向かって予想外の命令を下す。
「美咲、其方にはグラスの代わりにレオと仕事をしてもらう」
「?!」
「これは命令だ。これから毎日レオと共に魔王城へ出勤せよ」
「そ、それは――」
――明らかな人選ミスでは? という感想を飲み込んで、間違いなくブラックであろう企業からの強制採用宣言に私は慌てて承諾の返事をした。
「――しょ、承知しました……」
「勤務は今日の昼食後からだ。レオ、少しでも自分の負担を減らすために美咲をしっかり指導することだな」
「ああっ! わかったよ……! くそっ……なんでオレが人間なんかと……」
「それではこれにて謁見は終了とする。全員退出せよ」
「はーい。それじゃあ俺は戻るねー。プフッ……レオ、ファイト~」
「俺も持ち場に戻る……レオ、困った時は連絡しろ」
ショタ系と美少年系はレオへの励ましの言葉を残すと、私達が入ってきた扉からすぐさま飛んで行ってしまう。魔王もいつの間にか姿を消しており、室内には私達二人だけだ。
「……おい。黙ってついてこい」
レオは覚悟を決めた顔でそう言うと、この豪華絢爛な部屋から私を連れ出した――。
「――総務大臣、執務室……? 大臣グラウス、レオナルドって……えっ、二人って大臣なの……?!」
ということで、私が連れて来られたのはなんと魔界の総務省のトップのお部屋だった。先ほどの魔王と謁見した部屋に比べればその名の通り執務に特化したシンプルな内装ではあるが、揃えられた調度品は見るからに高品質で、天井には小さなシャンデリアが飾られている。
広さも十分にあり、部屋全体の配置は一番奥にガラス扉のキャビネットと本棚、それを背にして大きな執務机が二つ、左右の壁面に鍵付きのキャビネットと二台のコピー機、そして入ってすぐのところに書類の山や箱などでてんこ盛りの特大級作業用机といった具合だ。
レオはその作業用机の上に置いてある一つの茶色い紙袋を掴むと、中から何かを取り出した。
「ほらよ、これはお前の分の弁当だ。手前のでけぇテーブルは場所がないからグラスの執務机……奥の向かって右の机で食え。もたもたすんな。時間がないから食いながら話すぞ」
「わ、わかった……」
私は意外とテキパキ動くレオに少し圧倒されながら、指示通りに整理整頓された方の机に渡されたお弁当――トンでもない屋の特製トンカツ弁当――をひろげていく。その間、レオはその隣にある少々散らかった机に腰かけ、すでに三口目となるトンカツを口に運んでいた。
「いいか。言っておくがオレは新人教育なぞやったことがねぇ。だから説明はかなりおおざっぱだし、お前の質問にいちいち答える暇もねぇ。オレの説明を聞いたあとは自分で考えて仕事しろ。必要なものがあれば探して好きに使え。オレはオレの指示がなきゃ動けねぇ無能はいらない」
「りょ、了解です……」
どうやらレオには手取り足取り教える気は一切ないらしい。まあ、それだけ切羽詰まっているのだろう。
私はたった今広げたばかりのお弁当を机の隅に寄せ、グラスの筆記用具と思われるボールペンとメモ用紙を手に今から始まるレオの説明に身構える。
「魔界のトップが魔王、その下にオレ達堕天使がトップを務める四つの省がある。その内の一つ、総務省がオレとグラスの担当で主な業務は全ての悪魔の個人情報の管理だ。その中でお前でも出来る仕事は帰国者の調書整理と情報管理になる――」
――レオの説明によると、この帰国者というのは人間界への渡航から戻ってきた悪魔を意味し、それは総務省から発行された許可証を持つ者と偽造された許可証を持つ者の二つに分けられるそうだ。
「ちなみにお前がここに連れて来られたのは正規の許可証を持った下級悪魔のせいだぞ」
「ええっ?! そ、そうだったの?!」
「ああ。正確に言えば、人間界で唆した人間の魂をゲットしたついでに、欲張ってお前の魂まで得ようとして無理やりこっちに持って帰って来たって感じだけどな」
「そんな軽いノリで連れて来られたんだ……」
「そりゃあ悪魔だからな。欲望に忠実だ。っつっても、そいつは下級悪魔だったから目の前のご馳走に目がくらんじまった感じか。闇落ちしていない魂の持ち帰りは禁じられてるのによ……ま、そいつはすでに処分済みだし何ら問題ねーけどな――」
まるでいらないモノをゴミに出したような軽い言いざまである。その下級悪魔が命を落とすことになったのは自業自得かもしれないが、そのおかげで私は理想の攻めと受けに出会えたのも事実。ここは感謝の意も込めてその悪魔の安らかな眠りを祈っておくべだろう。合掌。
「――それにそんなのは問題の内に入らねぇ。今大量発生している渡航違反者絡みの方が大問題だ」
「その、渡航違反者っていうのはどれくらいいるの?」
「ハッキリしてるのは三千人くらいだが……把握出来てない分を合わせりゃ少なく見積もっても二十万はいくだろうな」
「二十万?! どうしてそんなになるまで気付かなかったの?!」
約二十万枚に及ぶ公文書偽造だ。職務怠慢を疑うレベルである。
「それはな、人間界への渡航者には許可証の有無しか確認しねーからだよ。しかも帰ってくるタイミングは本人次第だ。数日で帰ってくる奴もいれば、何年経っても帰ってこねぇ奴もいる。更に許可証が出たからと言ってすぐに出発する奴ばっかじゃねぇ。仕事をしてる悪魔がほとんどだからな。中には自分の許可証を売る奴もいる。だからこんなに膨れ上がるまで気付かなかったんだ」
「……なるほど……」
「つっても、渡航違反者自体が出るのはそこまで問題じゃない」
「そうなの?!」
「考えてみろよ。オレ達にしてみればちょっと多くの悪魔が人間界に行ったってだけだ」
なるほど。堕天使や悪魔の視点で考えればそうなのかもしれない。
「……じゃあ何が問題なの?」
「一番の問題はな、偽造とは言っているがその渡航許可証が偽造じゃないって点だよ」
「は……?」
「だから、その許可証は本物なんだよ。つまり、省内で誰かが発行したってことだ。ただ、おかしなことにその発行履歴は存在していない……だから区別するためにオレ達はそれを偽造の許可証と呼んでる」
「……」
二十万にも及ぶ許可証の発行とその履歴の削除――そんなことをしていたら普通はどこかのタイミングでバレてしまう気がすると私が言うと、レオは苦々しい顔でバレずに出来る立場の奴もいると答えた。
次話投稿は本日8/9の21:30です




