二日目② ヤギ太と三男
「くっ……! 胸が……苦しい……っ!!」
「ええっ?! な、なんで?! どうして急に?!」
「はぁっ、はぁっ、はぁっ、はぁっ……レオをっ……思い出すと……胸がっ……苦しくなる……っ!」
「?! そっ、それってもしかして……!!!」
……そういうことじゃなぁああい?!!! やだ、ニヤニヤしちゃう!! まさかこんなに早く私にとって都合のいい展開になるとは思ってもみなかった!
「もしかして、だと……? くっ……美咲は……この症状の原因が、わかる、のか……?」
よっぽど苦しいのだろう。グラスは藁にも縋るような表情で私の方を見つめてくる。
今なら、今のこのタイミングなら、グラスも私の口から告げられる事実を素直に受け止められるのではないか――そう思って、私は少しでもドラマティックに伝わるよう、あえて大袈裟な身振り手振りで返事をした。
「ええ……その苦しさの原因……私には、わかるっ……!」
「本当かっ?! くっ……頼む……教えてくれっ……!!」
「……私は人間だから……愛という感情にとても敏感なの」
無論、BL限定である。
「愛、だと……?!」
「……グラス、あなたが今なぜそんなに苦しいのか……それは……」
「それは……?」
「あなたがレオを愛しているからよ!!」
「?!?! 私がレオをっ、愛している、だとぉっ?! 何をバカなっ……あっ、あー――!!!」
グラスは胸をかきむしりながらその美しい顔を歪め、ベッドの上で悶え苦しむ。その様相――受けへの愛に苦しむ攻めの姿――は思わずスケッチしたくなるほど艶やかだ。
しかし、それは意外とあっけなく数分の内に終わってしまった。
「……はぁ、はぁ……どうやら、美咲の言う通りらしい……私はレオを愛してしまったようだ……」
「!!! そうでしょう?! そうでしょう!! そうでしょう!!」
「容認した瞬間に苦しさが一気に弱まったことがいい証拠だ――」
……攻めが受けへの愛を認めた!! よっし!! 第一段階突破!!
「――ということは、堕天使から大天使に戻った理由はそれか……! そしてそれを自覚してしまったのは……十中八九あのゲームがきっかけだろうな……」
状況把握の速さはさすが眼鏡をかけているだけある。
「今の状態から予想するに、おそらくあと数日はろくに動けないだろう……申し訳ないが、その間は美咲に世話を頼みたい……」
「もちろん!! 早く元気になりましょう!!」
ということで、大天使の加護の記憶などすっかり頭から抜け落ちた私は、意気揚々と魔界大通りを目指して館を後にした――。
◇
グラスの館を出て約三時間。全ての買い物を終えた私は、魔界大通りの入場門のそばにあるモダンなカフェ『ダストボックス』の駐輪場にたった今スクーターをとめたところだ。
――ここ魔界大通りは私の想像をはるかに超えた場所で、キレイに区画整理された土地には石畳風の道路の左右に真っ白な店舗やガラス張りの巨大モールが建ち並び、全ての店で品揃え・サービス・清潔の三拍子が揃った言わばショッピングのリゾート地のようなところだった。
食べ物はオーガニックがデフォルトで、更に先ほど入ったスーパーなんかはヴィーガン用の食材まであるという、これまた予想外な魔界の常識に、私の理解は未だ追い付いていない。悪魔が健康志向だなんて誰が予想出来ただろうか。
もちろん味も申し分なく、実はここに到着してすぐ、ドーナツ屋でチョコがけのシンプルなドーナツを一つ買って食べたのだが、あまりにも美味しくてグラスの土産用と称して追加でいくつも購入したほどだ。
ただ一つ苦言を呈すなら、BL系の書籍や漫画などが一切ないという点だろう。悪魔の描くBL作品が読めることを期待していたため――魔界の言語は全て日本語のように自然と理解出来た――、非常に残念だった。
しかし、その一点を除いても魔界大通りが大変魅惑的な場所なのは疑いようのない事実だ。
そして、今はいささか興奮し過ぎて疲れたので、カフェで休憩することにしたのだが……。
そこには嬉しい褒美が待ち受けていたのである――。
「お前、さっきからあの娘のこと見すぎだから~」
「何言ってんだよ。お前もだろ?! っていうか、お前ヴィヴィアンちゃんが気になるんじゃなかったのかよ!」
「それはお前もだろ~?」
私がジンジャーティーを片手に見つめるカウンターの先には、互いの脇をつついてこそこそとじゃれ合っている悪魔が二人――頭だけヤギの悪魔の男の子と三つ目の若い悪魔の男の子――がいた。
お揃いのダークグリーンのエプロンを着て時折客席を見ては二人で目を合わせ仕事中に堂々とスキンシップを図るその様は、私が腐の妄想を始めるのに十分な材料だった。
私の予想ではヤギ太(ヤギの悪魔の方の仮のあだ名)が受けで三男(三つ目の悪魔の方の仮のあだ名)が攻め。同僚としては気やすすぎる関係に見えるので、親友か幼馴染あたりが妥当なラインだろうか。どちらにしろ、私は二人のイチャつきを静観するのみである。
「なあ、あの二人、俺らの方、見てるっぽくね?! 脈あり?!」
「ないない! ただお前の三つ目の充血が気になるのかもな~」
「そこまで充血してないっつうの! つか、お前だってヒゲがボサッてるからな?!」
「これは大人の男の色気! ヒゲを触らせてほしいって子、いっぱいいるんだから。モテる男は辛いな~」
「はあぁ?! それモテるって言わねーから! ヤギの毛並み目当てだから!!」
「非モテの僻みにしか聞こえない~」
「このぉっ! 所詮お前がヤギだということを俺がわからせてやるっ!」
カップルの可愛いじゃれ合いが一変――突然三男はヤギ太を羽交い絞めにし、ヤギ太の左右の首筋をなぞり始めた。ヤギ太は天井を仰ぎながら、なぞられる度にプルプルしている。表情を見るに、今にも「メェ~」と色っぽい鳴き声を上げそうな雰囲気だ。
まさかの展開に私は目をギンギンに開いたまま、ジンジャーティーをズズーッとすすっていると、左の真横から聞き捨てならない言葉が聞こえてくる。
「……あの二人、今日はいつも以上にくっつくわねぇ……」
その声のトーンは間違いなく私と同属のものだった。そう、腐仲間である。
その腐仲間は、ボリュームのある薄紫色の巻き髪に小麦色の少しむちっとした肌を持つ気だるげな悪魔の女の子で、オシャレに着崩した白シャツにカーキ色のパンツスタイルという出で立ち。
そして、アイスコーヒーを片手にコバルトブルーの大きな瞳をパッチリ開けてカウンター越しの二人を凝視している。
その瞳から感じ取れる腐り具合はなかなかのもので、二人がお取込み中でなければ私は迷わず話しかけていただろう。
で、件の二人はと言うと――。
「これ……公開してもOKなやつなの……?」
ただ首筋をなぞっているだけなのに、まるで年齢制限が入りそうな場面へと入っていっている。男同士だから(しかも片方はヤギだし)ギリギリOKなのかもしれないが、そうだとしてもヤギ太の顔がだいぶ危うい。
「ほら、メェ~ってヤギみたく鳴いてみろよ! へへっ!」
「ひゃっ……! ん、ん! ……っ、ダメだってば……!」
……あ、ヤバいぞ。これは――。
「「――くる!」」
私と腐仲間の女の子の台詞が自然と被る。もちろん私達は目を合わすことなく、真剣にカウンターの二人を見つめたままだ。
私達はゴクリと唾を飲み込む。
「ダメじゃねぇだろ~? ほらほら、我慢せずに鳴けよ~!」
「あっ……! ちょ、やめぇっ、メェ……メェ~~~!」
店内の爽やかな音楽と共に、ヤギ太の鳴き声――それも、ヤギが昇天した的なナイスなボイス――が響いた。つまり、ヤギ太のパトスが頂点に達したのだ。
この腐女子への大サービスに、私と腐仲間の女の子は
「「っ~~~~~!!!」」
と、声にならない悲鳴をあげ、身体をおかしく揺らして喜びの舞いをシンクロさせたのは言うまでもない。
そして本人にもそういう声を出してしまったという自覚があるのだろう――ヤギ太はすぐさま正気に戻って「……しっ、失礼しましたぁ~!!」と声を裏返しながら叫ぶと、恥ずかしそうに両手で顔を抑えてガラスのショーケースの裏に隠れてしまった。
一方三男は、そんなヤギ太のそばにすぐさま駆け寄ってフォローをしに行く。ヤギ太の肩を抱きながらヤギ太の顔を覗き込むその姿は、まるで彼女を優しく宥めているような彼氏にしか見えない。いや、彼氏だろう、絶対。
次話投稿は本日8/9の18:30です




