102日目② お昼休憩での会話
「――え゛っ……?! みさきしゃん、またあの悪魔の書げふんげふん……あの同人誌とやらを売る計画を立てていたんデシか?!」
そう言ったのは、私の右斜め横に座り、本日の支給されたお弁当――トンでもない屋の特製ヒレカツ弁当――をケーキ用のフォークで口に運ぶ途中のモップちゃんだ。
その三頭身ほどの小さな身体で一生懸命に食べる姿は幼児特有の可愛さで溢れていて、背中に生えた白い翼と頭上で光る輪っかが無ければ、空色の瞳とコーラルピンクのねこっ毛が特徴の男の子にしか見えない。
でも、その中身は外見とは裏腹に結構大人っぽく察しと気遣いの鬼……いや天使で、また、背中に隠している弓矢を使って数多のカップルを成立させてきた凄腕のアーチャー、いわゆる恋のキューピッドという肩書きを持っている。
まあ、犬猿の仲のレオと絡む時だけは小学生のようになるが、ここ――総務大臣執務室で共に働く私にとっては大変心強い同僚である。
そして、そんな同僚と午前中の仕事を終えた私は、執務室の出入り扉のすぐ側に設置されている特大級作業用机の隅っこで大臣のグラス(会議のため離席中)よりも一足先にお昼ご飯を食べ始めた現在、サタンから告げられた決定事項――第二回魔界公式同人誌即売会の件について、モップちゃんにちょろっと口走ったところ、先ほどの台詞を言われた次第だ。
ちなみに、もう一人の大臣であるレオも、現場(下級悪魔街)に行っているため、ここには居ない――。
「あ、うん、そうなんだけど、でも売るのは前回販売したのと完全に同じものってわけじゃないよ?! ちゃんと新作もいくつか用意した上での開催だから!」
「……そういう意味で言ったんじゃないんデシが……えーっと、それで、魔王からはその販売会をやらないと言われたんデシね?」
「……うん、そうなの。でもそれは、公式ではって話で、個人的にはやっていいってことだったんだけど……」
「けど、なんデシ?」
「……困ったことに、条件があってね。サタンにこう言われたんだよ――」
私は溜息交じりでモップちゃんにそう答えると、二口目となるヒレカツを口に放り込み、それをしっかり咀嚼しながらサタンとの朝の会話を思い返す――。
『――かっ、開催しないってどうしてですか?!』
『私が考えていたよりも魔界における影響力が大きいからに決まっているだろう』
『影響力……?!』
『まったく……其方はツブヤイターの件をもう忘れたのか?』
『ぅぐっ……! お、覚えてますけど、でも――』
『――加えて、風紀の乱れ、それから罪を犯す者まで出てきてしまっている。そうなってしまったら、私も魔界の秩序のためにこの選択をする他ないのだ。が、しかし……それはあくまで公式で、の話だ』
『?! ……と、言いますと……?!』
『つまり、美咲が個人的に開催する分には構わんということだ――』
そして、そこまで言ったサタンは、こう付け加えたのだ――!
「――『其方らが火山の噴火日にギャラリーカタツムリとやらでやった時のように、小規模の範囲であればな』ってね……!! 要は、小さな会場でやること、それが条件ってわけ……!!」
こちらとしては、二回目も一回目の会場と同じ円形闘技場――動員可能な観客数は一万人以上――でやらせてもらう気でいたため、個人での開催はOKと言われても小規模での開催となると、とんだ計算違いである。
私がそうこぼすと、モップちゃんは副菜のインゲン豆を刺そうとしていたフォークの手を止めて、驚きの声を上げた。
「みさきしゃん、円形闘技場でやるつもりでいたって……あの時は水泳大会と公開罰もあったからあの動員数だったんデシよね?! こう言ったらあれデシけど、同人誌即売会はおまけみたいな立ち位置だったと思うんデシが……」
「モップちゃんの言いたいことはわかるよ……! つまり、同人誌即売会だけで一万人以上なんて集まりっこないって言いたいんでしょう? でもね、それが出来ちゃうかもしれないんだな~、これが!――」
私はそこで一旦言葉を切り、お弁当のすぐ側に置いていた自分のスマホを手に取った。
スマホを何回かタップすれば、お弁当を食べ始める直前に見ていたSNSアプリ――ツブヤイターの画面が表示され、それを確認した私はまるで印籠を突き付けるかのようにその画面をモップちゃんに向けて見せる。
「――ジャジャーン! その根拠がこれだよ!」
「……なんデシか、これ……?」
「これはねぇ、魔界にBLを広める活動の一環として私と友達みんなで始めたツブヤイターの運営アカウントなの!」
その名も『魔界BL協会@腐るのは当然です!』だ。
まず、トップにくる背景画像はステンドグラス風に描かれた男性二人が向き合っている絵で、その次にくる六角形のアイコン――背景画像の左下に半分重なる形で表示されている――は白地にエレガントな黒字の『BL腐』と書かれたシンプルな画像となっている。
「いっ、いつの間にそんなこと始めてたんデシか?!」
「えーっと、ギャラリーカタツムリでやった同人誌即売会の数日前くらいからかな?」
「そ、そんな前からデシか……! みさきしゃんの悪魔の書を広めたい本気度がよーくわかったデシ……!」
「え? 今、なんて?」
「ううん、なんでもないデシ。それで、このアカウントのどの辺りがみさきしゃんの言う根拠なんデシか?」
「ああ、それはね……これ! ここのサポーター数!」
私はアカウント名の下に二つ小さく並んでいる数字の片方、左側の数字を指さした。それは、私がさっき見た時と変わっていなければ、五桁の数字――52349とあるはずだ。
「……サポーター数って……え゛っ、ごごご5万にせっ……?! み、みさきしゃん、この数字は、まさか……?!」
「うん、モップちゃんが予想してる通りだよ! この数字はね、BLに興味を持ってる悪魔の数なんだ! それも、かなり高い角度のね!」
「ひ、ひえ~~~?! そんなにいるんデシか~~~?!」
「ふっふっふっ……! まあね……! って言っても、ここまで急激に増えたのはここ一ヶ月の間のことなんだけど。最初の頃はサポーター数も100いくかいかないかくらいで……やっぱり大きな箱で大々的にやると拡散力が違うよ」
それもあって、二回目も大きな会場でやりたかったのだが、それがNGになってしまった以上、何か別の、上手い策を練らないといけない。
「……みさきしゃんの根拠、理解したデシ。でもそうなると、魔王が出した条件は一番のネックになるデシね。この数字の全部が参加するわけじゃないにしろ、小規模でやれっていうのは俗に言う無理ゲーってやつデシよ。みさきしゃん、どうするつもりなんデシか?」
そう聞かれた私は、モップちゃんに向けていたスマホを自分の方に戻しながら「それをこれからみんなで考えなきゃなんだよ」と答えた。
みんなとは、もちろん私の大切な腐った友人らのことである。そして、その友人らにもモップちゃんに話した内容を十分前に連絡しており、今は返事を待っているところだ。
……何かいい案が見つかればいいんだけど……いや、何とかして見つけなくちゃ……!! それも――。
「――一刻も早く、ね……!」
「え? どうしてデシ?」
「……実はモップちゃんにはまだ言ってなかったんだけど、今朝の謁見でサタンから近い内に大天使の迎えが来るかもしれないって予告されてさ……」
私が力ない声でそう言うと、モップちゃんはそんなに驚きもせず、「そうなんデシか」となぜか少し感心したような声を出した。
「じゃあ魔王は、大天使様が迎えに来ない謎がわかったってことデシかね。魔王は魂回収システムについてなにか言ってたデシか?」
「……へ? 魂回収システム?」
「そうデシ。魂回収システムというのは、簡単に言えば天界以外のどこかに迷い込んでしまったみさきしゃんのような魂を回収するシステムなんデシけど、実はぼくが魔王城に出入りするようになった頃、魔王から今の魂回収システムについて聞かれてたんデシよ――」
と言って、モップちゃんはそのシステムのことを簡潔に説明してくれた――。
どうやら天界には宇宙全体を映す巨大な何万というスクリーンで覆われた部屋があり、私のような魂が出てくると、その魂が居場所を知らせるためにスクリーンの中でうっすら光るそうだ。
そして、それを見つけた大天使は仲間に共有し、その時天界に居る大天使の中で誰が迎えに行くかを決め、天使を伴って回収に向かう――というのが、今から約千年前、モップちゃんが魂回収課に所属していた時点でのシステムだったらしい。
「――でも、回収先で大天使様達が鉢合わせする、なんてことも結構あったんデシよ」
「それって、ダブルブッキングならぬ、ダブル大天使ってこと? なんかコントみたいで面白いね」
「……たまーにトリプルもあったデシよ」
「わーお……だけどそれ、天界的にはオッケーなの?」
「まあ、あんまり良くはないデシけど……大半が大天使様の共有と確認の不足が原因デシから仕方ないんデシよ。回収前にスクリーンを確認すれば、誰かがそこに向かったかどうかわかるのに、それをしないで出発する大天使様が多いデシから」
「なるほど……?!」
「でも今は、システムがかなり変わってる可能性が大デシけどね……! それはそうと、みさきしゃん、そのお迎えはいつ頃だと魔王は言ったんデシか?」
「えっとね……サタン曰はく、早くても来月末までは来ないはずって話だったから……その通りなら迎えは再来月の頭になるね」
「へぇ、そうなんデシか……再来月の頭……って言うと、あれデシよね。魔界の各省はちょうど来期が始まる時期じゃないデシか?」
「え、そうなの? 私はそんな話、聞いてないけど……ん? いや、待って……そう言えば今朝の謁見で、そんな話をチラッと聞いたような……」
あの時は大天使の迎えのタイムリミットの方に気を取られていたため、あまり重要ではないと判断した情報は普通にスルーしてしまったけれど、思い返してみれば、確かサタンは今期が終わるのが来月末だとかなんとか言っていた気がする。
そうなると、モップちゃんの言う通り再来月から来期が始まることになるわけだが、それが大事なことであるなら、私はその話をとっくにグラスかレオによって聞かされているはずだし、ましてやそれが天界の迎えに影響する程のことだとは到底思えない。
そして、どうやらモップちゃんも私と同じ考えらしく、呟くように
「……でも、魔界独自の節目が天界に関係するとは全く思えないデシけど……」
と言った後、考え込むような顔でインゲン豆にフォークを刺し、口に運んだ。
それを見た私も同じくインゲン豆に箸をのばし、「でも、再来月に迎えが来るかもって言うのはあくまでサタンの予想だからね。もっと延びる可能性もあるみたいだし」と付け加えながら、つまんだインゲン豆を口の中にまるまる放り込む。
……というか、同人誌即売会の開催が一旦ほぼ白紙のような状態になった以上、絶対に迎えのタイムリミットがもっと延びてもらわないと困る……!
だが、延びて欲しい理由はもちろんそれだけではない。結局私はサタンの秘書室勤務を拒否出来ず、明日から三日に一度の頻度でその仕事を始めることになってしまったからだ。
となると、当然その分だけグラスとレオを二人っきりに出来るタイミングを見つけ出すという機会が減るわけで、今だって私が毎日血眼で探していても見つけられていないのに、それが更に厳しくなるのである――! 本当に信じられない――!
まったく、この状況をオーマイゴッドと言わずしてなんと表現すればいいのか――いや、魔界にゴッドはいないから、ノーマイゴッドか?
私はそんなことを考えながら、苦々しい思いと一緒に出汁のきいたインゲン豆を力いっぱい噛み潰し、それらを無理やり飲み込んだ。この条件下では文句や愚痴を言う時間さえ惜しいのだと、自分自身に言い聞かせて。無論、冗談も。
と、その時である――。
執務室の扉の外で誰かが何やら話しているような声がすると同時に、扉が開く音が響き、二人分の「作業の進み具合はどうだ?」「概ね良好といったとこだな」というハッキリした私もよく知る声が室内に入ってきた。
私はその片方の声の正体に半分びっくりして、結構な勢いで扉のある左斜め後方へと振り返ってみれば、そこには声の通りの人物――会議で離席中だったグラスと、その後ろにもう一人、グラスと同じような服を着たグラスより頭一つ分背の低い人物――ワインレッドの髪にルビー色の柴犬のようなクリクリした瞳が特徴の、見た目はワンコ系堕天使レオの姿があった。
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