102日目① 告げられた二つの決定事項
「――う~~~ん……今日もよく寝た……!」
朝だ――。ホテルのスイートルームばりに豪華な部屋の中、私は自分が寝ているベッド横の窓のカーテンから漏れる陽光を浴びながら身体を起こし、ぐんと伸びをして大きく深呼吸した。
カーテンを開ければ、その光は当然の如く部屋の中へと降り注ぎ、それと同時に私の身体を一気に目覚めさせる――これが私のいつもと変わらない朝である。
ただし、そこにはもう一つの修飾語、『死後の世界の』もしくは『魔界(地獄)の』が付くけれど。
魔界(地獄)――そうと聞くと、普通はネガティブな、暗いとか苦しいとか、そんなイメージを思い浮かべると思う。でも、私が居るところはそれとは真逆の、進歩的な明るい場所で、基本的に平和そのもの。
と言っても、犯罪や事件が一つも無いというわけではない――実際、約二ヶ月前に吸血木暴走事件という大事件が起きたばかりだ(でも、あれは魔界始まって以来の大事件らしいのでノーカウントだろう)。
まあ、とにかく……平和がスタンダードなこの魔界において、唯一の人間である私は新たな身体――アメジスト色の少々つり上がり気味の瞳と栗色のパッツン前髪ロングヘアーが特徴の美少女系――をもらってからすでに三ヶ月以上も暮らしており、その暮らしぶりは生前日本でしがないOLをやっていた時とは比べ物にならないほどだ。
職場はホワイト中のホワイトだし、時間的にも金銭的にも余裕があるし、おまけに腐女子の私と同じ趣味趣向を持つ大切な友人らもでき、魔界には無かったBLという概念を持ち込んで啓蒙活動にも励めている――等々、挙げ出したらキリがないくらい大変充実したものとなっている。
そして、その充実度を何倍にもしてくれているのは、何と言っても、私の胸を高鳴らせてやまない大好物の推しカプ(推しのカップリング)――眼鏡系堕天使のグラスとワンコ系堕天使のレオの存在が大きい。
更にこの二人は私が理想とする外見をしており、控え目に言って最高の推しカプなのである――!
ちなみに、私の中ではグラスが攻め、レオが受けだ。まあ、実際はどっちがどっちになるのかはさておき、二人がくっつくことはほぼ決まっている。なぜなら、グラスがレオへの愛に目覚めているからだ!
となれば、私がするべきは二人がくっつくよう画策し、グラスの恋のシューティングアシストを決めるだけ、なのだが――実は最近、そのことで悩みを抱えている。
それは二人をくっつける以前の問題――二人は忙し過ぎてプライベートはおろか、仕事中でさえ二人っきりになれそうなタイミングが滅多に無い。
それに加えて、グラス自身も疲れているからなのか積極的に動こうとしないので、二人の関係は良き相棒止まりの膠着状態というのが現状なのだ。このままではいつまで経っても二人のラブストーリーは突然に始まらない。
このなかなか進展しない大好物の推しカプの関係にヤキモキしない腐女子はいるだろうか? いや、いないだろう――!
というわけで、本日もその二人と総務省で仕事をする私は、二人が二人っきりになれるその機会を、チャンスを見逃すまいと、自分自身に気合いを入れる――左手は腰に、右手は握りこぶしを作って高々と上げながら、窓の外に見える魔界の太陽に向かって。
「よっし……! 今日も一日、全力で――」
『――みさきしゃーん! もうすぐ朝ごはんができるデシよー!』
おっと。今日は気合いのタイミングが悪かったらしい。
私は部屋の外から聞こえてきた天使のモップちゃん(正式名はモップン)――グラスの天界時代の元部下で、私と共に現在このグラスの別荘にて世話になっている――の元気な声に、負けないくらいの大きな声で返事をする。
「はーい! ありがとう、モップちゃん! 着替えたらすぐ下りまーす!」
『了解デシ~!』
……ってことで、仕切り直しだ。
「……今日も一日、全力でいきますか!! レッツエンジョイ死後ライフ、ア~ンド、BLぅ~~~!!」
――こうして、魔界へ来て本日で102日目となる私の一日が、爽やかに幕を開けた! そう、そのはずだったんだけれど……。
なんと今から約二時間後、私は勤務先の魔王城に着いて早々、サタンとの話し合いでお馴染みの謁見室へと連れて行かれ、その結果、今日という私の一日は、爽やかとは程遠い事態を迎える羽目になってしまったのである――!
◇
「――わ、私がサタンの秘書室勤務ぅ?! そっ、それも明日からぁあ?!」
私はたった今告げられた内容が信じられなくて、半分取り乱した声でそう叫びながら、腰かけていた椅子から思わず立ち上がった。
ここは魔王城最上階の謁見室――。
スカイバルコニーからも出入り出来るその部屋は豪華絢爛という言葉がまさしく当てはまり、中でも特に天井から垂れ下がるいくつものシャンデリアと、壁を覆う深紅の幕、それから国宝級の顔面を持つサタンをはじめとするイケメン堕天使達七名分の立派な肖像画の、この三つが室内の煌びやかさをより一層増幅させている。
そして、そんな室内と同じく煌びやかで圧のあるオーラを纏った玉座の男性――高貴な者に相応しい神官のようなヒラヒラとした服とマントに身を包み、真っ赤な瞳と漆黒の長い髪が特徴の魔界の王サタンによって、先ほどの私の台詞の内容を何の前置きも無しに決定事項として告げられた、というのがここまでの展開である。
また、時刻は朝の9時45分を過ぎた頃になるであろう現在、私をここまで連れて来たグラス――銀縁眼鏡から覗くアイスブルーの瞳とシルバーの長い髪を持ち、その姿は半分大天使に戻ってはいるがサタンと同じような服に身を包んでいる――を交えたサタンとの謁見開始直後のことだ。
「そうだ。其方には明日から私の秘書室での勤務を始めてもらう。三日に一度の頻度でな」
もう一度繰り返されたサタンの言葉に、私は自分の聞き間違いでもなんでもなく本当のことなんだと理解して、顔を引きつらせた。
頻度はそこまで多くないとはいえ、人間の私に魔界のトップの秘書業務だなんて大役だし、荷が重すぎる。
それにサタンの秘書となれば、ピチピチギャルか一軍キラキラ女子の集団に違いない。そんな中で陰キャの私が一緒に働くなど、今の職場――推しカプのグラスとレオの二人とモップちゃんだけ――と比べたら、天国から地獄だ。
「ちょ、ちょっと待って下さい!! 異議あり!! なんか普通に決定事項として話を進めようとしてますけど、そもそも人間の私がサタンの秘書業務だなんておかしくないですか?!」
私が右手を真っすぐ上げながら正論でそう訴えると、今度はサタンではなくその横で控えるグラス――私から見て10時の方向――が口を開いた。
「美咲、その件は私から説明しよう。実は……下級悪魔街の復興復旧作業の関係でサタンの仕事も当然急激に増えることになってしまってな――」
そのせいで、サタンもサタンの秘書も基本毎日残業の日々を送っており、そろそろ誰か補助で一人は入れないとまずい状態になってきたそうだ。しかし、サタンにじっくり人選する暇はない。
ところがそんな中、サタンはうってつけの人材の存在に気付いてしまう。役職を与える必要が無く、かつ好きなタイミングで解雇でき、後々面倒事にもならない、人間の私に――!
「――そういう理由から、美咲が選ばれたんだ。もちろん、美咲には明日にでも大天使の迎えが来るかもしれないという不安な面もあるが……サタンの見立てではまだ大丈夫だろうとのことだったんでな」
グラスにそう言われて、私は心の中で「あっ!」と声を出す。
魔界に来たばかりの頃は『大天使の迎えがいつ来るのか』と身構えていた時もあったのに、サタンから聞かされたタイムリミットを過ぎても大天使の迎えが来なかったからか、最近ではそのことをすっかり忘れていた。
なお、私にとってこの大天使の迎えとは『天界(天国)へ行く』ことを意味し、それは即ち『魔界生活が終わる』ことに他ならない。
そして、天界へ行くチャンスは一度きりだ。もしそれを拒んだ場合は?!――どうなるかは聞いていないが、おそらく良い結果にはならないだろうなと薄々勘付いている。
しかし、迎えが遅いだけなら、私は何のリスクも無く、引き続きこの楽しい魔界生活を送れるということであり、それはもちろん大歓迎だ!
「まだ大丈夫なら私としては正直うれ……いえ、あの、待つだけですけど……! え、えーっと、ちなみにその見立てでは、具体的にどのくらい大丈夫なんですか……?!」
私がそう訊ねると、サタンは一瞬グラスに目をやってから、予想よりも早い期日を口にした。
「今期が終わるまで……来月の末日までは大丈夫だろうと思う」
「らっ?! 来月の末日ぅ?!」
ということは、あと残り一ヶ月と数日……正確には34日である――! 前回告げられたタイムリミット――一週間――と比べればだいぶ猶予はあるが、それでも短すぎる。
そして、そう思ったのは私だけではなかったようで、グラスも「それは流石に短すぎではないか?」と少し驚きの混じった声を上げた。
「少なくとも、だ。そこから更に数ヶ月と、もっと延びる可能性はある」
「っ!!」
「更に数ヶ月……だいぶアバウトだな」
グラスはそう言うが、延びる分には私にとってはアバウトでも何でもいい――!
「それは天界側の遅れの理由がハッキリしていない以上、仕方あるまい。だが、まあ……その理由が――」
サタンはそこで言葉を切ると、グラスに向けていた顔を私に戻し、小声で「――こちら側にあるとするなら話は別だがな」とかなんとか続きを言って、右の眉を少しだけ上げてみせる。
それが私にはなんだか意味ありげに感じたのだけれど、私の意識は次のサタンが発した台詞によって、一瞬にしてそちらへと持っていかれてしまった。
「とにかくだ。美咲が明日から秘書室勤務を始めてもらうのはすでに決定事項である。詳しい内容は追って連絡しよう。そして用件はもう一つある。それは……其方が提出した企画書の件、第二回魔界公式同人誌即売会についてだ」
「っ!!」
なんと――! 企画書は四日前に提出したばかりだというのに、サタンはもう目を通してくれたらしい。
さすが魔王なだけある。仕事が早い出来る男だ。これなら私の補助なんていらないのではないだろうか――?
……うん、まあ、そのことは後でもう一度進言してみるとして、今は第二回魔界公式同人誌即売会の方に集中だ!
私は待ってましたとばかりに瞳を輝かせながら姿勢を正し、元気よく「はい!」と返事をしてみせる。
ところが――。サタンの口から出て来た言葉は、私の予想を裏切るものだった――!
「結論から言う。第二回魔界公式同人誌即売会は――開催しない」
次話投稿は9/27の15:30です




