101日目② 定例報告会(グラス視点)
本日、二話同時掲載です。こちらは後編となります。
「このセシルが初手を見誤ったのも原因だ」
「……と言うと?」
「つまり、こいつは下から報告された動機を聞いて、何を思ったのか自ら罪を犯した者の元へと出向き、優しい言葉で二言三言注意をしてやったんだ」
「なるほど……そういうことか」
「はぁ?! 嘘でしょ?!」
「セシル、それ、完全に悪手じゃねぇか!」
「……ははっ! だよねぇ~」
「いや、笑い事じゃないだろう……?!」
「うん、まあ、そうなんだけどさ……一人目だったし、思い切って罪を犯したその熱い気持ちを汲んであげたくなっちゃってね。それに、どうやら動機の半分は僕とルシファーの本当の関係を確かめたかったのもあったみたいでさ。『もしそうならセシル様のことは諦めて二人の仲を応援します』なんて言われちゃったら僕も出て行かずには――」
「――それはちゃんと否定したんだろうな?! な?!」
食い気味にそう叫んだルシファーは、言うまでもなく必死の形相だ。
「まあ、そこは一応、ね。でも、僕とルシファーの関係を妄想して楽しんでいる子も沢山いるから、ここでの話は全部二人だけの秘密だよって言ったんだよ。だから、まさかこんなことになるとは思わなくて――」
その後の展開は、当然というか必然だろう――。
その一人目の罪を犯した上級悪魔はセシルに特別扱いされたと受け取り、そのことを知人に話を盛って吹聴したり、SNSでセシルとの深い関係を匂わせたりした結果、同じように法務省へやって来ては罪を犯す者が次々と出てきてしまい、現在は誰がセシルの本命かという内容で炎上しているそうだ。
なお、ルシファーとの仲の件については、なぜか律儀に黙っているとのことだった。
「――そうなるに決まってるでしょ?! レオじゃないんだから、それくらいの予想はつくでしょーがっ!!」
「そうだぞ! セシルは魔界一モテる男なんだから……って、おい、ショタ! オレだってそのくらいわかるからな?!」
……要するに、恋心の暴走が起こした事件、ということか。まあ、恋心に限らず、感情のコントロールは難しいからな。
私も約三ヶ月と少し前の突然半分大天使に戻ってしまった数日間は、心の内をとにかく吐き出さないとしんどい状態で、感情のおもむくままにツブヤイターを使っていたことがある。
これは私の中でワーストスリーに入る黒歴史だ。やはり早々にアカウントごと消して正解だった――っと、今は私の過去の話はどうでもいい。話を戻そう――。
「――事件のあらましは理解した。それで、今はどう対処しているんだ? もちろん今はセシルが出向くことはしていないと思うが……」
「それはもちろん! 今は法務省の罰金回収課のみんなが対応してくれてるよ。けどまあ……ごねる子が多くてみんな苦労してるみたい……『あの子が良くて私がダメなのはおかしい』って感じでね……!」
この答えにはみんな同じ反応だった――ただし、ルシファーを除いて。
「……だが、ごねるということは、それなりの見返りがあるからということではないのか? セシル……もしや口頭での注意だけでなく、手を出し――」
「――出してない、出してないっ! なんなら指一本だって触れて……いや、手は握ったかもしれないけど……でもそれ以上のことはホントに何も! それに罰金回収課のみんなも同席してたから! 間違いなんて何一つ起きてないよ!!」
セシルは頭と両手をブンブン振りながら全力で否定してみせる。まあ、実際手は出してしまっているが、それはルシファーが言うような意味ではないのは、セシルの必死さを見れば一目瞭然だ。
そんなセシルに対し、ルシファーは短く「……そうか。わかった」とだけ言って、視線をセシルからスッと外し、また顔を下に向ける。その時、「ちっ」という舌打ちが聞こえた気がしたが、多分私の空耳だろう。
「……とにかく、今は罪を犯した者に対してはセシル以外の者が毅然とした態度で諭し、自然と事態が収拾するのを待つしかないわけだな」
私がそうまとめると、今度はしばらく黙っていたサタンが口を開き、「そうしたいのだがな」と言いながら、ちょうどサタンの右手の下辺りに置かれた黒いバインダーを人差し指でコツコツと叩いた。
まるで、ここからが本題だと言いたげな様子だ。
「そうもいかない案件が舞い込んでいる」
「案件?」
「おいおい、なんかきな臭い言い方だな」
「何それ……よっぽどヤバいやつなの?」
「そうだ。それも、この案件を適切に処理しなければ魔界の風紀は今以上に乱れるだけでは済まないぞ。魔界全体へも影響を及ぼしかねない……いや、すでに影響は出始めている」
サタンのこの台詞にいち早く反応したのはルシファーだった。ルシファーは素早く顔を上げ、若干青白くなったその顔をサタンに向ける。
「サタン、まさかっ……?!」
「ああ、そのまさかだ……三日前、美咲から『第二回魔界公式同人誌即売会』の開催打診と企画書が届いた」
サタンがそう言った瞬間、ルシファーが両手で頭を抱えて天を仰ぎ、レオとショタのシンクロした「はっ、はぁ~~~?!」という声が会議室に響き渡った。
「冗談だよね?! だってついこの間一回目をやったばかりだよ?!」
ちなみに、一回目を開催したのはほんの一ヶ月前のことだ。それでもう二回目の開催を考えているとは、美咲は本当に同人誌即売会が好きらしい。
「ショタ、私が冗談でこんなことを言うわけがないだろう。なんなら企画書を見るか? ああ、あとそれに、セシルとルシファー、二人にも出演依頼がきているぞ。その会でフリートークショーをしてほしいそうだ」
「フリートークショーだぁ?! なんだそれ?! そんなもん、やる意味あるのか?!」
「なるほど……! つまり、公開罰の代わりに、ということか。美咲はうまいことを考えたな」
私は思わず感心した声を漏らす。すると、それを聞いたルシファーが椅子から勢いよく立ち上がって、テーブルをバンッと叩いた。
「んなっ?! そっ、そんなものに出るわけがないだろぉおお?!」
まあ、ルシファーにとっては当然の答えだろう。
その一方で、セシルはと言うと、断るような気配は全く無く、そのなんだか嬉しそうな表情からして美咲の依頼を受ける気持ちがあるようだ。
だが、その顔はサタンをチラリと見るなり、瞬時に困り顔へと変化してしまった。
「僕は美咲の頼みだし出来れば出てあげたいんだけど――」
「「「――いや、出るなよ?!」」」
「サタンのその表情を見る限り、ダメなんでしょ?」
「いや……むしろそれ以前の問題だ。私は『第二回魔界公式同人誌即売会』自体を開催させるつもりは無い」
「「「「「っ?!」」」」」
まさかの発言に一同が驚愕する中、サタンは続ける。
「何をそんなに驚いている? 私は先に言っただろう。この案件は適切に処理しなければならない、すでに影響は出始めている、と」
それに対して、一番に言葉を発したのは私だ。
「それはもちろん理解している。だが、同人誌即売会自体を開催させないというのは……少々厳し過ぎるのではないか?」
そう――確かに美咲の本が発端で魔界が多少ざわついたり、罪を犯す者が出てきてしまったりはしているが、イベントの開催を禁止するような、そこまで深刻になるほどの問題レベルではない。
私たちが上手い策を講じれば、対処できる範囲内なのだ。
「その通りだよ! 美咲が聞いたらどんなに悲しむか……! サタン、同人誌即売会を禁止するって言うのはちょっとやり過ぎだし、下手したら暴動が起こるかもしれないよ?」
「グラスにセシル、いや、他の皆もか……私が言った言葉の意味を正確に捉えられていないようだな。私は『同人誌即売会』を禁止するとは言っていないぞ。ダメなのは『第二回魔界公式同人誌即売会』の方だ」
「ダメなのは第二回魔界公式……なるほど、そういうことか……!」
つまりサタンは、公式ではやらないと言っているだけで、美咲が個人的に開催する分には構わないということだ。
だが、そうだとしても――。
「――それはまた違った意味で厳しくないかい?」
「私もそう思う。サタン、なぜ同人誌即売会自体を抑制する必要があるのだ?」
「それを今から話す……いいか、ここからが本題だ――」
サタンはそう言うと、レオから順に私たち全員の顔をぐるりと見渡した後、その視線を最後のセシルから一つ前のルシファーに戻し、こう問いかけた――。
「――ルシファー、其方は現在、昼夜ずっと火山で現場監督を務めていると思うが……最近の火山は夜でも異様に暑く感じないか?」
「……そうだな。確かに最近は以前と比べてかなり暑く感じる。だがそれは、俺が本来投入すべき凝固剤の数を減らしたからだとおもっ…………待て。まさか、違うのか……?!」
「違う。その暑さの原因は……『ゆらぎ』によるものだ」
「「「「「!!」」」」」
ゆらぎ――そう聞いた瞬間、会議室の空気が極限まで張り詰め、一気に破裂した。
「それはちょっとまずい事態だね」
「いやいやいやいや、ちょっとじゃないでしょ?!」
「暑いってことはあれだろ?! 陽に偏ったってことだろ?! ん?! 逆か?!」
「くっ……なぜこんな時に……?!」
この言葉をサタンの口から聞いたのは、数百年ぶりではないだろうか? いや、今はそんなことより、正確な現状把握が先だ。そのために、まずさしあたって聞かねばならない項目は――。
「――サタン、ゆらぎの範囲はどの程度だ?」
その答えによっては、私たちを含む関係者全員の仕事量に大きな影響が出てくる。
だが、私が推測するに、程度はそこまで酷くないはずだ。その理由は、そのゆらぎが起こってしまった原因が何なのか――今までのサタンの話の内容から、その予想が十中八九付いているからである。
そしてサタンの答えは、思った通り許容範囲内のものだった。
「陰に4、5パーセント、といったところだ」
「なるほど。対応出来ない数値ではないな」
「うん、これならギリいける感じだね」
「だが、凝固剤の投入量が増えることに変わりはないじゃないか……!」
「あ~良かった! でもゆらぎなんてすごい久しぶりだから、結構焦っちゃったじゃん!」
「そうだ、思い出した! 陰に偏ったから浄化が強まったってわけだな!」
しかし、安心するのはまだ早い。それは現状の数値であり、場合によっては――特にゆらぎの原因の特定やそれに対する処置を間違えば更に偏り、ゆらぎの数値がグンと上がってしまう。
ということで、私は自分が予想する原因を思い浮かべながら、もう一つサタンに訊ねた。
「また、念のため確認だが、サタン……そのゆらぎの原因は、やはり――?」
「ああ、其方が予想している通りだ。その原因はほぼ間違いなく、美咲が広めようとしているBLだ」
「……やはり、そうか――」
だがしかし、それだと少々疑問が残る。美咲はBLのことを愛の物語であると言っていたはずだ。
それなら陽に偏ると思うのだが、どうして陰に偏ったのか……? いや、今は深く考えるのは止めておこう――。
――かくして、私たちは突如サタンから報告を受けたこの件に関し、話し合いをみっちりすることになった。
ちなみに、その話し合いが終わったのは翌日の朝方4時だ。いくら堕天使とは言え、全員ヘロヘロである。私も早く帰って少しでも寝たい。
ところが、報告会が終わって席を立とうとした瞬間、私はサタンに呼び止められてしまった。ついでにレオも――。
「――グラス、少しいいか」
「ん……ああ、どうした?」
「それとレオ、其方も一応残ってくれ」
「……へ? オレもか? いったいなんだよ?」
「総務省のことで少し聞きたい。二人は今、美咲にどのくらいの仕事を任せている?」
ああ、そうそう、言い忘れていたが、美咲は現在、私とレオが総務大臣を務める総務省で一緒に働いていて、これが美咲の二つ目の例外事項だ。
「そうだな……美咲に任せているのはほぼ書類系なのだが、割合にして約四割といったところか……うん、そのくらいだ」
私がそう答えると、サタンは独り言のように、
「約四割……なるほど。それなら頼める余地は十分あるな――」
と、呟き、そして、前代未聞の申し出を、それも美咲の例外事項がもう一つ加わる内容を口にしたのである――!
次話投稿は9/20の15:30です




