101日目① 定例報告会(グラス視点)
本日、二話同時掲載です。こちらは前編となります。
魔界の北東部、小高い丘の上に堂々と聳え立つ巨大な城、魔王城――。この城はその名が表すまま、魔界の王、サタンが牛耳る城であり、それと同時に魔界の政が行われる中枢でもある。
そして、その政は深夜0時を回ろうとしている今も、ここ魔王城の最上階、堕天使のみが入室出来る窓の無い小さな会議室においてひっそりと、非公式に行われていた。と言っても、何か陰謀を企むなどというものではなく、至って普通の定例報告会だが。
ただし――。今日はいつもとはひと味違い、会議室の空気が独特と言うか少々重たい。その原因は、私たち堕天使が囲むテーブルの中央に置かれている二冊の本……いや、正確には漫画で、正式名称はBL同人誌だったと思うのだが、とにかくそれらだ。
その二冊はどちらも同じような絵柄の男性二人組がくっつきあっている表紙からなっており、それらがテーブルに置かれた瞬間、報告会の参加者六名の内の半数から「う゛っ」という呻き声が思わず上がってしまうほどの衝撃作、男性同士の愛の物語となっている、らしい――。
「――それでは最後に私とセシルから……これらに関連する事項について其方らに報告がある」
そう言ったのは、その『これら』を自らの手で置いた張本人のサタンである。その声は微かに疲れを含んでいて、私は報告の件よりもそちらの方が少し気にかかった。
……疲れていることを表に出すなど、サタンにしては非常に珍しい……!
しかし、それに気が付いたのは私だけのようで、他の者はサタンの様子を気に留めるような素振りはなく、むしろ自分自身のことでいっぱいいっぱいといった様子だ。
だが、それも致し方ない――私たちは、同じテーブルに座る堕天使ルシファーが企てた吸血木の暴走事件以降、毎日朝から晩までずっと下級悪魔街の復興復旧作業に当たっている。
そしてその中でも負担が一番大きいのは、私と同じく総務大臣を務める堕天使のレオだろう。そのレオは私の右横に座っており、自分の少し手前に置かれた『ふたりはコンビネーション』というタイトルの本を絶対目に入れないと言わんとする顔でサタンの方を向き、口を開いた。
「なんだよ……まさかまた美咲が何かやらかしたんじゃねぇだろうな?!」
その台詞に、私の脳裏に美咲の顔が浮かび上がり、私の眉が反射的にピクリとする――。
この美咲とは先述した本の作者で、本名を日野美咲といい、人間界に渡航していた下級悪魔によって強制的に魔界へと連れて来られてしまった迷い魂の人間だ(私たちの間では美咲のような魂を迷い魂と定義している)。
そして、その迷い魂は天界から迎えが来るまでの間、保護することが魔界と天界の条約で決まっているため、美咲のことは初日から今日に至るまで私の別邸で保護しているのだが――二つだけ、例外事項がある。
その一つは、美咲に肉体を与えていることだ。これは通常では滅多にしない。その理由は色々あるが、一言でまとめるなら非常にコストパフォーマンスが悪い、という感じだろうか。
しかし、私たちは美咲に肉体を与えた――そのわけはレオの暇つぶしという名の企みが発端なのだが、その企みは私が半分大天使に戻ってしまった故に有耶無耶な状態となり、むしろ当初の企みとは真逆の、仲の良い家族の様な関係を築く事態になってしまっている。
だからだろう――私はふと、本日も定時きっかりに退勤し私の館に戻った美咲の身が気になって、あれこれ考えてしまった。
例えば、夕飯はしっかり食べたのか、とか、戸締りはしっかりしてから就寝したのか、とかだ。戸締りに関して言えば、三日前の夜に帰った際には、厨房の裏口の鍵が開いていたのだから、尚更心配である。
……まあ、モップが必ず戸締りの確認をすると言っていたから大丈夫か……いや、モップが確認した後、美咲が鍵を開けて閉め忘れる可能性も……っと、いけない……! また過度な心配をしてしまっている……! ついこの間、レオから美咲に対して過保護過ぎると言われたばかりじゃないか……!
無論、レオに指摘されずとも、私自身その自覚はあるにはあった。
しかし、過保護になってしまうのは、私の性格上、無理もないと思う。それは今まで私の過保護を一身に受けていたレオ自身が一番よくわかっているはずだ。
と、私がそんな風に考えていると、先ほどの叫ぶようなレオの問いに対するサタンの返答とそれを聞いた驚きの声で、私の脳内は現実の会議室へと引き戻された――。
「…………鋭いな。まあ、既にやらかしているのか、やらかす手前なのかは微妙なところではあるが」
「って、おぉいっ!! マジかよ?! 今度はあいつ、何をやらかしたんだよ?!」
「嘘でしょ?! だってこの間、ツブヤイターの件が片付いたばっかじゃん?!」
ツブヤイターの件、と言ったのはサタンの真正面に座っている堕天使のショタだ。
このツブヤイターとはちょっとした言葉を気軽に呟ける魔界のSNSなのだが、ある日を境に卑猥な言葉ばかりが溢れ続けるようになってしまい、最近になってその波がようやく落ち着いた、というのが事の次第である。
なお、そんな事態が起こってしまった主な原因は、テーブルの上に鎮座している本――特に『お仕置きされたい甘美な夜』というタイトルの方――と、私の正面に座るルシファーが受けた公開罰、この二つの影響が大きい。
そのルシファーは、先ほどから両手を額の前で組み、下を向いてしまっている。おそらく、いや、絶対そうだと思うのだが、レオと同じように自分がモデルとなった本を目に入れないようにしているのだろう。
ところが、そんなルシファーの顔をルシファーの隣に座っている堕天使セシルの言葉が上げさせた。
「……それが、実は片付いてないんだよね」
「は……?! 片付いてない、だと……?!」
「……うん。あ、でも、正しくは、ちょっと発展したせいで、ちょっと炎上しちゃってるって感じなんだけどね」
セシルはなんてことは無いというテンションでそう言うも、その表情は半分苦々し気だ。
「はぁ?! 発展して炎上?! いったいどういうこと?!」
「つーか、それ、絶対片付いてないってレベルの話じゃねーだろ?! もっと悪くなってるってことじゃねーか?!」
「……嫌な予感しかしない……っ!!」
口々に騒ぐ面々の声を聞きながら、私は「なるほど、そういうことか」と思った。
最初にサタンが言った、サタンとセシルの二人から報告があるという話は、このセシルの言う発展と炎上の件に違いない。そして、セシルの今期の担当は法務省だ。となると――。
「もしや、法務省で何かまずい事件が起きたのか?」
私が自分の行き着いた答えを口にすると、サタンから「正解だ」という声が返ってくる。
その声のトーンから事の重大さが伝わってきて、会議室の空気は一瞬にしてピリッとしたものに変わった。全員の視線がサタンへと集中する。
「結論から言う。ここ数日間、法務省で器物損壊罪を犯す者が極端に増えている――」
サタンはそう言った後、自分の斜め右に座り苦笑いしているセシルをひと睨みし、言葉を続けた。
「――性別は全員が女、その内の八割は上級悪魔が占め、動機は全員同じだ」
「「「「っ?!」」」」
私は聞いたことがない数字に、思わず自分の耳を疑う。魔界の模範的な市民のトップである上級悪魔が八割を占めるなど、そんな事件は未だかつて聞いたことがない――!
それに、犯す罪と場所が一つに集中すること事態異常であり、動機まで全員同じなのもそうだ。
この違和感しかない事件について、サタンは詳細を、時にセシルのコメントも混じりながら、語り出した――。
「発端はツブヤイターだ。卑猥な言葉がトレンドに入ったおかげか、ツブヤイターで公開罰の内容が広く知れ渡っただろう。それが正しく広がったなら良かったが、こういう卑猥なゴシップネタのようなものは必ずと言っていいほど尾ひれがつく」
「例えば、罪を犯せばルシファーのように僕から直接叱ってもらえる、とかそういう風にね」
「それを真に受けた者が割合多く出てしまったのだ。特に、そもそも公開罰の観覧に興味が薄い上級悪魔の、それもセシルに好意を寄せている者達がな――」
そこまで聞いて、私は事件の成り立ちに納得しつつも、「はたしてそんなツブヤイターの情報だけであの上級悪魔が罪を犯すまでに至るのだろうか」という疑問を抱かずにはいられなかった。動機の決定打としては弱すぎる。
ということは、他にも何かもっと、強烈な起爆剤のようなものがあったはずだ――そう思った私は、その答えを探すかのように、サタンの顔、セシルの顔と、順に視線を走らせ、そして最後に、テーブルに鎮座している二冊の本に目がいった。
その瞬間、私の中で全ての点が繋がると同時に、私の視線に気付いたらしいサタンが、ルシファーとセシルがモデルの表紙の方を手に取って皆に掲げて見せた。
「――そして、それに一役も二役も買ったのがこれだ。皆もこの本の内容は把握していると思う」
……う~ん……! やはりか……! なんせこれは……公開罰と似通った内容の物語らしいからな……!
ちなみに、私は諸事情により読んでいないので詳しくは知らないが、簡単に説明すれば公開罰をもっといかがわしい感じにしたルシファーとセシルの愛の物語である――と美咲から聞いている。
また、この本は公開罰の直後に開かれた販売会、『第一回魔界公式同人誌即売会』にて一番に売り切れてしまった人気作品であり、その部数はなんと一万越えとの噂だ。
「ほら、実際の公開罰の様子は観ていなくても、これを読めば……公開罰の内容がだいたいわかるじゃない? それで――」
「――おいっ!! 俺はこんなっ……この本の内容にあるような下品なことはされていないぞ?!」
「ああ、うん、そうなんだけどね。まあとにかく、女の子みんなは、自分も罪を犯せばこの本の内容と同じこと、とまではいかなくても……それに近い感じのことを僕にしてもらえるかもって思っちゃったみたいなんだよ。要は、僕との擬似恋愛を味わいたかったってことだね」
「冗談でしょ?! って言うか、美咲のせいでめっちゃ風紀乱れてるじゃん?!」
「どいつもこいつも発情期か何かなのか?! つーか、普通に考えればそんなことはありえねーってわかるだろ?! あ! オ、オレは読んでねーから詳しくは知らねぇけどな?!」
「何と言うか……久しぶりに、非常に悪魔らしくわかりやすい欲望が出てしまったのだな」
私が自分の感想を交えてそう口にすると、サタンは「それだけではない」と言って軽く頭を振った。
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