五十日目④ 作戦とダイブ
「えっ……?! ルシファーがこの騒動の犯人だったの?!」
ということは、ルシファー発端の私への嫌疑は純粋な嫌疑ではなく、罪をなすりつけるためのものだったということだ。まあ、それにしては随分お粗末ななすりつけ方だったけれど。
私はその事実に少しショックを受けつつも、縄で縛られているルシファーの顔をチラリと見てみる。その顔からは自分の犯行がバレてしまったことに対する焦りなどは一切感じられない。まるで何事もなかったかのような、いつものクールな感じのままだ。
そんなルシファーに全員が視線を奪われる中、魔王は声を張り上げて「会議は一旦中止だ」と宣言した。
「これより下級悪魔街へ急行し、逃げ遅れた悪魔らの救助およびバリケードの設置をする! 指揮はショタがとれ!」
「了解!――」
その後はあっという間で、ショタの号令により悪魔ら全員がショタに続いてわっと出て行き、室内には私とグラス(と外套の中のモップちゃん)、魔王とレオとセシル、そしてルシファーだけになった。
「お前の尋問は後だ」
「……ふん。勝手にすればいい」
魔王はふてぶてしい態度でそう返事をしたルシファーを一瞥し、レオとセシルに「連れて行け」とだけ命じる。
「「了解」」
「私は先に行く」
「わかった」
「ルシファーを置いたら僕らもすぐ向かうよ」
そうして、四人も大会議室を後にした――。
「――もう出てきても大丈夫デシか?」
扉がガチャンという大きな音を立てて閉まって数秒。モップちゃんがそう言いながらグラスの外套からひょっこり顔を出す。
「ああ、大丈夫だ。息をひそめるのは大変だっただろう。モップには苦労かけたな」
「全然そんなことないデシよ! それよりも、ぼくはみさきしゃんが嫌疑をかけられた時に我慢して黙っている方が大変だったデシ!」
「モップちゃん……!」
「みさきしゃん、疑いが晴れて本当に良かったデシね!」
「うん、ホントに……! あの時、私の嫌疑を否定してくれたグラス達や、ビビのおかげで――」
私はそう言いかけてハッとし、まだ巨大スクリーンに映し出されている中継に急いで視線を向ける。中継は定点カメラらしく、今映っている下級悪魔街はほぼ壊滅状態だった。
「――って、ああっ!!」
「どうした、美咲?」
「グラス! 中級悪魔街は?! 下手したら中級悪魔街にまで被害が及ぶかもしれないって言ってたけどやっぱりそうなの?! 中級悪魔街には友達が……ビビ達がいるの!!」
「……この進行速度から予測すると、おそらく……中級悪魔街の半分は下級悪魔街のような惨状になると思う」
「半分も?! えっ……だってショタ達が向かったのに……?!」
「下級悪魔街までは距離があるからな。光速は大天使にしか使えない技なんだ。だから――」
――ショタ達に出来るのは、避難し遅れた者を救助するくらいだ、と、グラスは無念そうに言った。
「吸血木に弱点はないの?!」
「ない……いや……あると言えばあるのか」
「本当?! それって……?!」
「血だ。それが吸血木を強くするものでもあるが、同時に血だけを求めて酔っ払うという弱さにもなる」
「血だけを求めて酔っ払う――」
その瞬間、私の脳内に一筋の方法が閃く。
「――グラス、私いい作戦を思い付いた……!」
「なにっ?」
「でもそれにはグラスの力が絶対必要なの……!! お願い、グラス!! 協力して……!!――」
それから私はグラスにこの思い付いた作戦を説明するも、「危険すぎる」と一蹴されてしまう。けれど、私は譲らない。中級悪魔街には友達が居るのだ。ビビが私を助けてくれたように、今度は私がビビを助けたい。
「――お願い!! それに私には大天使の加護もあるでしょ?!」
私はそう言いながら右手で前髪を上げ、自分のおでこを見せる。そこにはつい一ヶ月ほど前――そう、あれはセシルとのデートから帰った夜のこと――何の前触れもなくグラスに再び大天使の加護という名のキスをされた証拠(ジンジャーの香り)が、まだ発動されることなく残っているはずなのだ。
それを見たグラスは一瞬固まり、数秒後、仕方ないという風に小さく息を吐いた。
「……わかった」
「グラス!」
「ただし一つ条件がある。私が危険と判断したら即撤退だ。それでもいいか」
「……うん。それでいいよ。グラス、了承してくれてありがとう!」
「……それからもう一つ」
「え? 条件は一つじゃなかったの?」
「これは別件だ――」
グラスはそう言うと左手で私の前髪を上げ直し、もう一度露わになった私のおでこに顔を近付ける。そして――優しくて柔らかいキスを落とした。それも、五秒間くらいの長いやつを。
「――加護の二重がけだ。これなら危険な目に遭うことはほとんどあるまい」
グラスは微笑し、満足そうに一人頷いている。けれど、こちらは全然満足ではない――!
「……どっ……でぇっ……!!」
「さあ、美咲。準備に取り掛かるぞ……ん? どうした? なにやら顔が熱っぽい色をしているが……」
……いや、『どうした?』じゃないんですけど?! あなたのせいで顔が赤くなってるんですーーー!!
「……そっ、それは、その……!――」
「――グラスしゃま。みさきしゃんは、今から対峙する吸血木への闘志で燃え上がってるんデシよ」
「っ!」
「なるほど。そうだったのか、美咲」
「あ、う、うん?! そ、そうなんだよ!!」
……モップちゃん、ナイスフォロー!!
「気合十分だな。それとモップ、助っ人を頼めるか? 」
「もちろんデシ!」
「モップちゃん……! ありがとう!!」
「よし、それでは作戦の準備を始めるぞ――」
――その作戦名は『吸血木×魔死山』、略して『きゅうまし』。作戦名からお判りいただけるように、この作戦の内容は緊急事態を収めるだけでなく新たなカップリングも誕生させてしまうという、実に腐女子らしい作戦内容なのである――!
◇
下級悪魔街と中級悪魔街の境界線上の上空――。
私はグラスと命綱で結ばれた状態で宙に浮きながら、真下に広がる光景にゴクリと唾を飲み込んだ。破壊された建物の残骸に、その上でドシンドシンとジャンプするでっぷり太って巨大化した吸血木らの姿が見える。私達は今からこの中に飛び込んで行くのだ。
けれど、身一つでというわけではない。私とグラスが握る両手の中には長さ一メートルほどの竿があり、その竿からは白くて薄い十メートルほどの布が垂れ下がっている。
それも先端部分だけ淡い赤で濡れ染まった布――つまり私の血が付いた布だ。これと同じものを私達の右隣りにいるモップちゃんも持っていて、私達はこの旗で吸血木らを惹きつけ、下級悪魔街をジグザグと飛び回ることで一ヶ所に――火山に集めていく作戦である。
「――どんどんこちらに集まって来ているな。これだけ距離があっても、血の匂いは易々とキャッチ出来るようだ」
グラスの言う通り、四方八方に散らばっている数キロメートル以内の吸血木らが血の匂いを嗅ぎ付けたような様子で、こちらに向かってドスドスと移動してきている。
「そろそろ二手に分かれた方がいいデシかね?」
「ああ。奴らの嗅覚の鋭さも確認出来たことだし、もう作戦を実行に移すべきだろう。モップ、右半分は任せたぞ」
「はいデシ!」
「じゃあモップちゃん、手筈通りによろしくお願いします。それと、気を付けてね……!」
「それはみさきしゃんもデシよ! グラスしゃま、みさきしゃんのこと、よろしくお願いしますデシ!」
「もちろんだ。絶対離さん。それでは行くぞ……三、二、一!」
グラスのカウントダウンを皮切りに、私達は左右に分かれて低空飛行を開始した。時速は六十キロ前後。布の先端部分が吸血木のてっぺんをかすらないくらいギリギリのところを飛び、ほぼ瓦礫の山と化した下級悪魔街を斜めに横切るように進んでいく。
しかし――。
「――グ、グラス!! 吸血木、私達のスピードに普通に付いて来てない?! それに変な音も聞こえるんだけど?!」
そうなのだ。吸血木らは脚力――脚と言うべきかは微妙だが、とにかく根っこの部分――も異常なようでずっとグラスの速度にピタリと付いて来ており、おまけにパンッという何かが弾き飛ばされるような音も一緒に聞こえている。
「その音はおそらく加護の効果だ! 一定以上の距離まで近付いてきた吸血木を危険と判断して弾いているのだと思う……!」
「あっ?! そうだったの?!」
……わ~~~!! 加護があって良かったぁ~~~!! 羞恥に耐えて良かった~~~!!
「だが、この調子だと加護の力もすぐに切れてしまうかもしれない……! 美咲! 予定よりも少し速度を上げていくぞ!」
「わ、わかった! お願い!」
そう答えた直後、私が見ていた景色の移り変わりのテンポがビュンッと速くなり、同時に吸血木らとの距離も大きく広がった。どうやら吸血木らの最高速度は先ほどくらいが限度らしい。グラスは自分のスピードに全く付いてこられない吸血木らとの適切な距離間を見極めながら、ちょっとずつスピードを落として、五メートル前後の距離になったところで速度を維持した。
このくらいの距離を保てるのなら、確実に作戦を遂行出来るし、加護も発動することはないだろう。グラスもそう思ったらしく、密着している身体の体温から少しホッとしたような感じが伝わって来る。私達はその速度を保ったまま、吸血木らを火山の頂上まで誘導していった――。
そして、時間にして約二時間半後――。私達はやっとのことでその目的地まで到着した――! ここまで出来たら、作戦も大詰めだ!
「――美咲! 両手を!」
「うん!」
私は旗の竿から手を放して、自分の胸の辺りで両手を構える。すると、その両手のすぐ真上の空間に魔法陣が現れ、そこから拡声器が出てきた。私はそれを両手でしっかりキャッチし、こちらに向かって飛んでくるモップちゃんに向けて「火口ダイブ三十秒前!」と叫んだ。
「モップ! 予定通り三十秒後の美咲の合図で同時に行くぞ! 最後まで気を抜くな!!」
「了解デシ!!」
頂上で合流した私達は、一瞬声を掛け合ってからまた左右に分かれ、火口の周りをグルリと飛び続ける。もちろん、吸血木らの大群も一緒に。
「二十秒前!――」
けれど、それもあと少しのこと――長時間に渡り追いかけっこをしていたこの銀河の如き大群とももうお別れだ。
私は『幸せになれよ』と思いながら、残り十秒のカウントダウンを始める。
「――十秒前! 九! 八! 七! 六! 五! 四! 三! 二! 一! そいやぁ~~~!!」
私がそう言い放った瞬間、グラスが方向転換して火口の空域に入っていき、吸血木らも私達を追随するように火口に脚をかけて飛んだ。
だが――言わずもがな、吸血木らは飛べない。なので、そのまま火口の中へ、いや、受けの中へと落ちていくのみ――。
そうして、全ての吸血木らは互いに絡まり合いながら、あっという間に、魔死山という名の受けの奥深くへと儚く消えていった――。
「――やった……! やったぞ……! やったぞ、美咲!!」
「……あ……う、うん……!」
「まさか……まさかこんなに上手くいくとは……! まるで全てが仕組まれていたかのようなスムーズさがあっ……っ?! いや、そうか……! 全てはめぐりあわせ、というやつか……! そうであるなら……私が半分大天使に戻ったのも――!!」
グラスが感慨深い声でそう呟く中、私も一人ポツリと「めぐりあわせ……」と呟く。めぐりあわせとは、言い換えればそうなる運命ということだ。
私は先ほど目にした光景――今が人生のハイライトと言わんばかりにキラキラ輝きながら、吸血木らが魔死山の中へと落ちていった姿と、残された魔死山の姿を思い返し、その切なさで胸がいっぱいになる。
……いや、わかってる……! そうなる運命だったっていうのは、私もわかってるんだけど……!
「悲劇のカップリングの誕生が運命だなんて……!! この世界にハッピーエンドの神様はいないの?!」
「…………ん? ……美咲、急にどうした? ……大丈夫か?」
「それも、一度しか愛し合えない……愛し合ったら二度と会うことすら叶わない、そんな最後を迎える運命だなんて……!!」
「……もしや火山の熱にやられたか……? いや、しかし、加護はまだ残っているようだが……とりあえず地表に下りて――」
「――グラスしゃまーーー! みさきしゃーーーん! 大成功デシねーーー!!」
「おおっ! モップ!――」
しかも、彼らは死ぬとわかって受けを愛することを選んだのだ――!
……ん? あれ? それを選ばせたのは私達か――? いや、まあ、その辺はおいておくとして。
「何年もずっと……ううん、もしかしたら何千年も側に居たんだもんね……ああ、そっか……八千、いや、四千年を過ぎた頃からもっと恋しくなって、そういう決断に至ったんだ、きっと……! そして残された受けは、攻めに一度だけ愛された思い出を胸に、これからも一人寂しく生き続ける……! はぁっ……! すごく切ないけど、それもまた尊いっちゃ、尊い……!!」
「……グラスしゃま、みさきしゃんはいったいどうしたんデシか?」
「うむ……私にもよくわからないのだが、何やら感じるところがあったらしい」
そんな風に私が一人腐妄想に耽っていると、正面から「美咲」「みさきしゃん」と私の名前を呼ぶグラスとモップちゃんの声が聞こえてくる。
「……へ……? あ、あれ……?」
私は目の前に突然現れた二人の姿と、いつの間にか自分が火山の地面に足をつけ、更に命綱も外されていたことに気が付いて、驚きの顔でその場に固まった。
「美咲……邪魔してすまない。だが、まずはこの場を締めてもらいたくてな。作戦を考えた立役者の美咲に」
「へっ?!」
「そうデシ! みさきしゃんの作戦があってこその大成功なんデシから!」
「……あっ……!」
「うむ」
二人にそう言われた私はハッとして、慌てて思考を現実へと戻した。確かにグラスの言う通り、締めの言葉は必要である。それともう一つ――この作戦に協力してくれた二人への感謝も、だ。
「二人共、ごめん! 久々の腐った展開だったから沸いちゃってつい……! って、そんなことより、締めの言葉だよね、うん……! ……えー、それでは、お言葉に甘えまして……こほんっ!――」
私は大きく息を吸い込み、にっこり笑っている二人の顔を交互に見つめる。
「――グラス! モップちゃん! 二人のおかげで悲劇の『きゅうまし』作戦で大成功を収めることが出来ました! 本当に本当にありがとう! ええと、それで、今夜は……今夜は、宴だーーー!! 酒を呑むぞーーー!!」
「ああ! 宴だな! 久しぶりに大酒をくらうか!」
「わーい! 宴デシーーー!!」
吸血木の暴走、これにて一件落着――!
次話投稿は明日9/3の15:30です




