五十日目③ 嫌疑と犯人
「――そろそろいいだろうか」
「っ! 申し訳ありません!」
「あっ、ごめんなさい!」
……おっと、いけない! 今は一刻を争う事態だった!
グラスに声をかけられた私達は急いで手を離し、私は小走りでグラスの元へと駆け寄り、ビビはその場で跪く。
「こんな時にまで敬意を表す必要はない。それよりも其方も早くここから避難するように」
グラスはビビにそう言いながら、私を軽々と抱き上げお姫様抱っこする。
「寛大なお言葉、ありがとうございます」
そう言えば、グラスにこうやって抱きかかえられるのは初めてだ。私を抱えるその腕は意外と逞しく、私は図らずもドキッとしてしまう。それと当たり前だが、顔も非常に近い。
……くっ……! 本来このポジションはレオのはずなのに……! うぐぅっ……! そう考えたらなんだか無性に恥ずかしくなってきた……!
「美咲、私の首にしっかり掴まっているんだ」
「あ、う、うん……?!」
「モップ、私と美咲の両方に触れられる位置へ」
「はいデシ!」
モップちゃんはそう返事をすると、グラスの外套の下からひょっこり出て来て、すーっとグラスの左肩の上に止まる。そして、「みさきしゃん、失礼するデシ」と言ってグラスの首周りに絡めている私の手に触れた。
「準備は出来た。行くぞ」
「う、うんっ……! ビビ、行ってくるね……!」
「美咲、気を付けて……!」
私はコクリと頷き、絡めている腕に力を入れる。そして、私達三人はビビに見守られながらその場を飛び立った。最後に「美咲のことは心配無用だ」というグラスの短い言葉を残して。
それから数秒後――。私達はまさしく光の速さで無事魔王城のてっぺんに到着した。
◇
魔王城、四階、堕天使専用通路を出てすぐのところにある大会議室。ここが、現在魔界会議が行われている会場だ。その大会議室の立派な観音扉には本日の進行スケジュールが張り出されており、今の時刻はルシファーが大臣を務める環境省について話が進められているらしい。
グラスはその張り紙を一瞥してから外套のフードだけ脱ぎ(外套の中にモップちゃんを隠れさせたため外套自体を脱ぐわけにはいかなかったのだ)、扉横のセキュリティーロックに触れてロックを解除すると、勢いよく扉を押し開いた。その途端、室内の騒めきが耳に飛び込んでくる――。
「――下級悪魔達が大移動してるって?!」
「いったいどういうことだ?!」
「急いで中継を映す準備を!」
そう言ってバタバタしているのは、三十名ほどの上級悪魔らだ。見覚えのある顔――レオやグラスの部下――も居る。
「どうやらたった今第一報が届いたようだな」
グラスはそう呟きながら、一点――室内の中央に鎮座する巨大な楕円形の会議テーブルの一番奥、上座に腰かける魔王とその周りに座す堕天使の皆――を見つめ、そこに向かって騒然とする室内を進んでいく。
しかし、その騒然としていた室内は私達が奥へと進むたびに静まり返っていった。なぜなら、悪魔らは大天使の煌めきを微かに放つグラスの姿に気付き、言葉を失ったからである。
また、それはレオ達堕天使も同じだった。驚き方に差はあれど、グラスの姿を見た瞬間、全員が目を見張り、特にレオやショタなんかは顔を苦々しく歪ませてみせた。
そんな中、唯一こちらを無表情で見据え、スッと椅子から立ち上がった人物が一人――魔王だ。魔王は音を立てることなく進み出て、私達を、いや、グラスを待ち構える。
そして――。グラスが魔王の前で歩を止めたその時、室内は静寂に包まれた。
「何しに来た。お前には外出禁止を申し付けたはずだ」
室内に響く魔王の厳しい声。更に魔王は刺すような鋭い視線をグラスに向けている。だが、グラスはそれを受け流し、冷静に「緊急事態を知らせに来た」と告げた。
「下級悪魔達の大移動の件ならもう耳にしている。それを確認するために今中継を繋がせているところだ」
魔王はそう言って、プロジェクターの側に立っている上級悪魔の方に視線を移し、早くしろと言わんばかりに顎をクイッと上げる。それを受けたその悪魔はハッと息を飲み、慌てて作業を再開させていく。
「その件ではない。いや、正しくはそれも関係しているが、下級悪魔達が大移動をすることになったその原因を知らせに来たんだ――」
そしてグラスは一瞬ルシファーに目をやり、続けて言った。
「――火山のマグマの堰き止めは失敗だ。吸血木が暴走し、現在はすでに街に下りてきている。下級悪魔街の崩壊はほぼ確実、下手したら中級悪魔街にまで被害が及ぶかもしれない」
グラスがそう言い切った瞬間――室内は騒然の渦が巻き起こると同時に、魔王の叫ぶような声が駆け巡る。
「ルシファー!」
その声に上級悪魔らはグッと口を結び、自分の名を呼ばれたルシファーが感情の読めない表情でこちらにやって来て口を開いた。
「例年通り全ての凝固剤は二日前に噴火口へ投入済みだ。吸血木が暴れるなどそんなおかしなことが起こるはずがない」
「だが、現に暴走している。それは私の目で確認済みだ」
「ふっ。笑わせるなよ、グラス。半分大天使に戻った奴の言うことなんて誰が信じると思うんだ」
「っ!」
その言い方に私はカチンときて、思わずルシファーを睨みつける。と、その時だ。
「おいっ、ルシファー! グラスはそんな嘘を言う奴じゃねぇだろ!!」
という、レオの声が室内に響いたのである。私は感動と興奮で声を出さずにはいられない――!
「レ、レオぉぉお~……!!」
……レオがグラスを庇った!! レオがグラスを庇った!! グラスに対して冷たい態度を取っていたあのレオが!! これはついにレオがグラスの愛を受け止めたって解釈でオッケーグー〇ル?!
「ふんっ。俺はごく普通の意見を言ったまでだ。それに俺はレオほどグラスとは親密な仲ではないしな」
「!!」
……親密な仲ですと?! それってつまり、魔界公認カップルってこと?! まさか二人はすでに世間的にはカップルだったなんて……!! 嬉し過ぎて昇天しそう!! って、いや、私もう死んでたわ。
「あぁん?! なんだと?! お前何が言いたいんだよ?!」
ところが、そんな私の心情とは反対にレオの顔には怒気が浮かんでおり、ガッと大きな音を立てて椅子から立ち上がると、ルシファーに向かってズカズカと一直線にやって来る。と、そこへ、魔王の「静まれ!」というストップが入った。
「仮に吸血木が暴れているとしたら原因は一つしかない。セシル、答えよ」
「ご指名どうも。ずばり人間の血だね」
そう答えたセシルは、気遣うような視線を私に投げかけてくれる。
「じゃあもう分かり切った話だ。グラスの言っていることが本当で吸血木が暴れているならその騒動を起こした犯人は――」
ルシファーはそこで一旦台詞を止め、私の方を指さした。
「――この人間しかありえない……!」
「っ?!」
その瞬間、室内に居る全員の目が一斉に私へと集中する。そのほとんどがルシファーの言うことを信じて疑わない、そういう目だ。
ビビが言った通りの展開になってしまった――!
「お前が火山に居る姿は俺もこの目で確認している。何度も火山に来ていた理由はこのためだったんだな。それも誤魔化すために悪魔も連れて来るとは随分策士だ」
「……ちっ、ちが……!」
「それに一度消えたことがあったと聞いているぞ。ああ、その時に仕込んだんだな」
「そっ……ご、誤解で……!」
違います、それは誤解です――そう言って否定したいのに、私は私を睨みつける悪魔らの視線に気圧されて急に息が上がってしまい、思うように言葉が出てこない。口の中も異様に乾いている。
私はまずは心を落ち着かせようと、なんとか息を吸い、両手を胸の前でギュッと握った。けれど、必死に落ち着こうとすればするほど、私の身体は緊張していく。足が小さく震え、歯がカチカチと音を立て始める――その時だ。
「「「いや、美咲は違う」」」
という、グラスとレオとショタによる見事な三重奏が室内に響いたのである。
「っ!!」
その声に私はハッとして顔を上げてみれば――目の前には穏やかな声色で「美咲」と私の名を呼び、大丈夫だという顔をしてみせるグラスの姿が。また、その少し奥で「言ってやれ」というように私に目配せして頷くレオ、更にその少し向こうで楕円形テーブルに両手を付いてちょっと心配そうな表情で苦笑いするショタの姿があった。
……ああ、そうか、私は一人じゃない。私には味方が居るんだ――!
そうわかった瞬間、私の足の震えは不思議と治まると同時に緊張がフッと解け、不意にビビの顔が頭の中に浮かび上がる。
『いい? ちゃんと否定して、証明してくれる友達がいるって言うのよ!』
私は自分の胸にふつふつと湧き上がってくる熱い力を感じながら、大きく息を吸い込む。そして、自らの潔癖を証明するために、室内の隅々まで響き渡るバカデカボイスで、自分の立派な趣味をカミングアウトした。
「私はやってません! なぜなら火山へは! ゴブリン系悪魔とドワーフ系悪魔の18禁逢瀬を覗き見しに行っていたからです! 男同士の秘めたる背徳な性衝動を見学しに! 私、そういうのが趣味なので! 証人に同じ趣味の友達もいます!」
……よっし! 言ってやった! 言ってやったぞーーー!!
しかし、どういう訳か室内は変な風に静まり返ってしまい、この私の反論に対して誰も何も言ってこない。真っ先に私を疑ったルシファーは口角をヒクヒクさせているだけだし、あんなに私を睨みつけていた悪魔らは鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして黙っている。
もしかしたら、表現をオブラートに包んだせいでしっかり伝わっていないのかもしれない。もっと直接的な表現に直すべきか――? そう、例えばドワーフ系の大事なホールにゴブリン系の大事なスティックがインする的な感じで。
そんな風に私が思案していると、すぐそばから「フッ」という笑いが漏れた声がした。
「それはまた……高尚な趣味だ」
魔王である。魔王はそう言うなり目線を左横にずらし、口元に手を当てて何回か咳払いをする。また、それに続いてルシファー以外の堕天使のみんなからも声が上がっていく。
「いや、サタン、どこが高尚なんだよ?! 他人のそういう行為を覗き見するとかおぞましいの一択だろ! つーか、男同士ってどういうことだよ?!」
「レオ、世の中には知らないでいた方がいいこともあるんだよ。まあ、でも、僕は初めて聞いた時、なかなか面白い趣味だと思ったけどね」
「面白い?! それ、セシル自身が餌食になってもそう言えるの?!」
「決闘の見学ではなかったのか……?!」
ちなみに最後の台詞はグラスだ。そういえば、グラスには決闘の見学と伝えてあったんだった。
と、そんな風に室内の雰囲気が少し軽くなった直後――。
「――ちゅ、中継カメラと繋がりました!」
先ほどのプロジェクター横に居た上級悪魔がそう叫び、室内の天井から吊り下げられている巨大スクリーンに下級悪魔街の様子がパッと映し出された。
そこには、噴火が終わった火山を背景に私達がギャラリーを出発した時よりも更に崩壊が進んだ街の有様と、暴れまくる吸血木の姿が映っている。その現状を見た上級悪魔らは大パニックだ。だが、魔王が大声で「静まれ!!」と怒鳴ったことで、室内はまた静かになった。
そして、魔王が真面目な表情で口を開く――。
「――吸血木がこれだけ暴れるには、ここにいる美咲一人の血だけでは到底足りん。それは例え美咲が毎日火山で全身の血を流したとしてもだ。更に火山の斜面の色具合からして凝固剤が全く足りていないように見える。となれば、凝固剤の代わりに人間の血が入っていたということに他ならない」
魔王はそう言い終わると、ルシファーを見て「捕縛せよ」と命じる。その瞬間、ルシファーの頭上に魔法陣が出現すると共に、四人――グラス、レオ、ショタ、セシル――がルシファーを取り囲んで、その魔法陣から出てきた太い縄でルシファーを捕縛した。
次話投稿は明日9/2の15:30です




