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堕天使は腐女子に翻弄されています?! ~楽しいBLライフは死後に魔界で~  作者: 藍川詩子
魔界を揺るがすのは身内か腐女子かそれとも両方か
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五十日目② 混乱の中で

 そう告げたビビの声はとても緊張しており、大勢の悪魔達がただこちらに向かって来ているだけではないということが容易に想像出来た。それに、なんだか嫌な予感もする。


 私はその場で「すぐ行く!」とだけ答えると会場を出て、ロビーに続く長い列の横を猛スピードで駆け抜け、自動ドアの前で急ブレーキをかけて止まった。


 そして、自動ドアが開く速度に若干のもどかしさを感じながら、開いた自動ドアを飛び出た瞬間――私は目の前に広がる異様な光景に驚愕した。空にはビビの言う通り、何千、いや、何万という悪魔が火山とは真逆の方向を目指して飛んでいたのだ。それも、だいぶ取り乱した様子で。いったい何が起こったというのだろう――?


 けれど、その悪魔の大群を見ているのは私だけで、外に居る悪魔の女の子らはもっと別の、他の場所を真剣な眼差しで見つめていた。それはもちろん、ビビも同じだ――。


「――ビビ?」


 ビビの隣へ駆け寄った私がそう声を掛けると、ビビはその方向を見つめたままこう答えた。


「美咲、火山の斜面を見て……」

「火山の、斜面……?」


 私は下級悪魔街の奥に聳《そび》え立つ火山に視線を移し、火山の斜面をジッと観察する。斜面の上半分は火口から噴き出すマグマによって紅葉のような美しい赤に染められており、その中で銀色の何かがキラキラと輝いていて、何と言うか、非常に神秘的だ。


 だが、最初はとてもキレイだと感じていたその煌めきは、何故かどんどん激しくなっていき、数秒後の今では、銀色に光る何かが斜面で荒々しく動いているのでは――と思ってしまう程までになっていた。更に、私の見間違いじゃなければ、その光る何かがマグマと一緒になって下へ下へと移動しているように見える。


 その時だ――。


「――吸血木《きゅうけつき》が暴れてる……!!」


 という、信じられないといった声がどこからともなく聞こえてきたのである。


 ……そうか――! あの銀色に光るモノの正体は吸血木だったのか。でも、今、暴れてるって聞こえた気が……?


 私がそう思って束の間、今度は恐怖で震え上がった悲鳴のような声がそこかしこで叫ばれ始め、ギャラリーの外は蜂の巣をつついたように一気に騒がしくなっていった――!


「だから下級悪魔達はあんなに取り乱してたんだわ!!」

「それに下へ向かって移動して来てるわよ?!」

「嘘でしょ?! 街に下りて来るってこと?!」

「ねぇ!! マグマも流れてきてるんだけど?!」

「どうして?! なんでそんなことになってるの?!」

「中級悪魔街も危ないんじゃない?!」


 四方八方から聞こえてくる混乱の声――私はそれらを浴びて、自分が見たものは決して見間違いなんかじゃなったことを理解した。


 ……じゃあ、荒々しく動いているように見えた吸血木は本当に暴れていて、マグマはやっぱり下に流れてきているんだ……! しかも、吸血木が街に下りて来る可能性まであるなんて……!!


 かなりの緊急事態だ。私はゴクリと唾を飲み込み、隣のビビに顔を向ける。


「ビビ、な、なんでこんなことに……?! これ、どうしたら――」

「――美咲、同人誌即売会は中止よ! こちらヴィヴィアン! 緊急事態発生!! 現在火山にて吸血木が暴走中!! マグマも街に流れ込んでくる可能性があるわ!! 直ちに会場内に居るみんなを避難させて!!」


 ビビはインカムでそう連絡すると一度口をキュッと結び、最後尾のプラカードを高らかに掲げてブンブン振り回しながら、「同人誌即売会は中止ーーー!! 全員一刻も早くここから離れてーーー!!」と叫び始めた。


 それが合図となり、その場に居た全員がハッとして一斉に翼を広げていく。また、それと同時にギャラリーの建物からも「わあっ」という声が響き、ドタバタ走る音と共に建物内に居た大勢の悪魔の女の子らが飛び出してくる。その中には、もちろんルルにセナ、アサコやモネ、それにこのギャラリーのオーナーさんの姿もあった。


 私はみんなが慌ててここから飛び去ろうとする様子をおどおどと見つめながら、自分も早く移動しなくてはと、チノパンのポケットに手を伸ばす。そして、大変なことに気が付いた――スクーターの鍵が無い!


「あっ……! そうだ、リュックの前ポケットに入れたんだった……!」


 私はクルリと踵を返し、建物内へ戻ろうと群衆の中に突っ込んでいく。


「美咲?! どこに行くの?!」

「控室! スクーターの鍵を取りに行ってくる! ビビは先に避難して!」

「スクーターの鍵ですって?! 美咲、そんなことしなくていいわ! わたしがあなたを運ぶ――」

「――キャアアアアア!!!」


 しかし、ビビの声は群衆の叫び声と遠くの方で建物が倒壊する音にかき消されてしまった。吸血木がもう街に下りて来たらしい。止めどない破壊音が聞こえる。非常にまずい事態だ。


 そんな中、私は群衆の間を潜り抜け、なんとか自動ドアの前に辿り着いていた。そして、建物の中に入ろうとした瞬間、それを遮るように私を呼ぶ声が後ろと左から飛んでくる。


「「美咲!!」」


 後ろからの声はビビだ。あの群衆の中、理由はわからないが私を追いかけて来てくれたようで、少し息が上がっている。


 一方、左からの声は――なんと、外套《がいとう》のフードを目深に被ったグラスだった。それも、数秒前まではまるで透明マントを被っていたかのように、忽然と姿を現したのだ。


「えっ……?! えっ?! えーっ?!」


 予想だにしていなかった人物の登場に、私は目を大きく見開き、口をパクパクさせる。


 ……どういうこと?! って言うか、なんでグラスがここに居るの?!


 そんな私の心の声を察したのか、グラスは簡潔に言った。


「モップに頼んで透明モードを使ってここまで来たんだ。禁を破るべきか迷ったが、美咲への心配が勝ってしまってな。長時間外出するというのにスマホを忘れていっただろう?」

「あっ……! そ、そうなんだよ! うっかりしてて!――」


 ……いや、ホントは忘れたんじゃなくて、私の位置情報を把握させないためにわざと置いていったんだけど……!


「――って言うか、よく私がここに居るってわかったね?!」

「……私も描く側だからな。魔界のギャラリーには詳しい方なんだ。このギャラリーも何度か使ったことがある」

「ひょえっ?! そ、そうなんだ?!」

「ああ。だが今はそんな瑣末《さまつ》な話をしている場合ではない。美咲、今すぐ城へ行くぞ。急いで皆に知らせなければ」


 グラスはそう言いながら火山の方に一瞬目をやり、次に自分の外套の下の部分へと視線を移して、「モップ、光速には耐えられるか?」と話しかけた。すると、外套の左足部分がもぞもぞと揺れ動き、「多分大丈夫デシ!」というモップちゃんの声が返って来る。


「でも、光速の状態で透明モードを使ったら、今日はそれ以降、透明モードは使えなくなると思うデシよ」

「構わない。私個人のことよりも魔界の住民の安全が最優先だ。それにどのみち、城へ向かえば私のことが露見するのは同じだしな。覚悟の上だ」

「!」

「民草を想うそのお心、さすがデシ!」


 どうやらグラスは自分の今の姿を魔界中に知られてしまうことになっても、この非常事態を直接伝えに行く必要があると判断したらしい。それくらい、この吸血木の暴走はヤバいということだ。


 現に、建物の倒壊の音は、先程よりもこちらにどんどん近付いている。吸血木の暴走は、治まるどころかもっと激しくなっているようだ。というか、そもそも、どうしてこんな事態になったのだろう。吸血木の暴走の原因はいったい――?


「さあ、美咲、こちらへ」


 その声に私はハッとして、慌てて思考を止めた。気付けばグラスは私に向かって右手を差し出している。


「あ、うん……!」


 私はそう生返事をしつつ、その手を取ろうと自分の左手を伸ばしかけた、その時である――。


 今まで私達のやり取りを黙って見ていたビビが余裕の無い声で「美咲、待って……!!」と、私を呼び止めたのだ。そういえば、まだビビの用件を聞いていなかった――!


 私はすぐさま後ろを振り向き、ビビと目を合わせた。その目は何故かひどく心配そうだ。そんなビビから、前置きも何も無しに衝撃的な一言が発せられる。


「城へ行ったら……ううん、城へ行かなくても、あなたが真っ先に疑われてしまうわ……!」

「へ……? 疑われる……? って、何で?」


 その不吉めいた物言いに少々びっくりしながら私がそう問うと、ビビは今まで見たことが無いくらい真剣な表情でその答えを言った。


「あのね、美咲……吸血木がこんなに暴れるということは、血が原因ってことなのよ……それも間違いなく、人間のね……!」

「人間の……? あっ……?!――」


 私は初めて火山へ向かった日のショタの言葉を思い出す――。


『――あの木は吸血木と言って水分を含むものはなんでも吸うけど、名前の通り特に血を、それも人間の血を好んでいて、人間の血を吸うと堕天使でも手が付けられない程狂ったように暴れるんだ――』


「――そうか……! だから吸血木はあんなに暴れて……! それでビビは私が疑われるって教えてくれたんだね……って、えっ?! ちょ、ままま待って?! そ、それってつまり、ビビは――」


 ――私が人間だと気付いていたということだ。その事実に、私の心臓が変な風にドキリと跳ね上がった。


 いったいいつからビビは気付いていたんだろう? どうして気付いたんだろう? いや、それよりも、そのことをずっと隠し続けていた私のことをどう思っていたのだろう――?


 私はひゅっと息を止め、驚きと不安が入り混じった顔でビビを見つめる。


「――ええ、そうよ。美咲が人間だってことは最初からなんとなく気付いてたわ」

「そっ、そんなに早い段階から……!」

「まあね。だって、そもそもわたしがBLの概念を知ったのは人間界なんだもの。でも、それが確信に変わったのは……って、ううん、そんなことはどうでもいいのよ」

「!」


 ビビは最後の方だけ早口でそう言うと、私の両手をギュッと握りしめ、コバルトブルーの瞳で私の瞳を見つめ返した。その澄んだ瞳からは、私が人間だということをずっと隠していたことを責めるような雰囲気も、そのことに対する怒りも感じられない。そこには、ただただ、私の身を案じるような想いだけが映し出されている。


「美咲、あなたに疑いがかかった時は、あなたは犯人じゃないってわたしが証人になるわ! いい? ちゃんと否定して、証明してくれる友達がいるって言うのよ!」

「っ……!――」


 ……私が人間でも、それを隠していても何も追及すること無く、そんな風に心配してくれ、更に友達だと言ってくれるなんて……!


 そのビビの想いが、言葉が、私の胸を優しく包み込んでいき、先ほどまで感じていた不安が一気に雲散霧消していった。


「――ビビ、ありがとう……!」

「礼には及ばないわ。友達を心配するのは当たり前でしょう?」


 ビビが微笑み、それにつられて私も半分間抜け面で「へへっ」と笑う。今は時間が無いけれど、この騒動が落ち着いた頃には、ビビに私の身の上話なんかを話す機会を作りたい。そうしたら私達は、もっともっと仲良くなれる――そんな気がした。

次話投稿は明日9/1の15:30です

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