二十四日目 ダスボで布教
それから一夜明けた次の日――。本日も魔王城での仕事を終えた私は、現在いつものダスボに来ている。
店内は常に満席状態の千客万来で、レジカウンター奥のヤギ太と三男は声を張り上げ、イチャつく余裕も、例のヤギ太の浮気相手らしい眼鏡のリーマン風悪魔(通称鬼畜の久々の登場である)が二人に近付く隙も無い程に次から次へと入る注文をこなしっぱなしだ。
そんな活気ある店の中で、唯一無言の団体客が一つ――無論、私が居る団体席のことである。
メンバーは椅子席に私とビビ、テーブルを挟んだその向かい側のソファ席に三人の女の子の合計五人。その三人はアサコの友人でゴブドワ同人誌の作画を担当したモネと、モネの友人、更にその友人の友人という、私達のBL同人誌に興味を示す貴重な腐悪魔女子候補ならびにBLの布教相手だ。
ちなみに、本来私達の仲介役を務めるはずだったアサコは逢瀬を見に火山へ行っているためここには居ない(昨日は残業のせいか逢瀬が無かったので、今日は絶対あると踏んで飛んで行った)。
まさかの仲介者不在という状況ではあったが、私達はつい五分程前に無事初めましての自己紹介を終え、今は三人に教本――私達のBL同人誌のデータが入ったタブレット――を読んでもらっている最中だ。
私は時たまビビと目配せしつつ、無言でタブレットの画面を読み進める三人の反応を窺う。その瞳に拒絶の感情が浮かんでいないか確かめるために。というのも、実は三人にはBLの説明を一切していないからだ。まあ、正しくは、説明は必要ないと言われてしまったのだが――。
『――読む前の前提知識……? ダイジョブ……! わきまえてる……!』
そう言ったのはゴブドワを描いたプロの画家のモネである。新進気鋭のデザイナーを彷彿とさせる黄緑色のぱっつん前髪のおかっぱ頭に、眠そうな黄色の瞳という悪魔の女の子で、ゴブドワを『新しい芸術』と称す、素晴らしい審美眼の持ち主だ。
モネの場合は既にゴブドワでBLを履修しているということもあり、説明不要なのは理解出来る。ただ、あとに続く二人も返事はモネと同じだった。
『あたし、新しい芸術はまっさらな状態で味わいたいタイプなの。だから知識や説明はその後でいいわ』
『セナも~! だって、なんにも知らない方がワクワクして読めるし~!』
前者はモネの古い友人で画家仲間のルルことルーヴルだ。水色のワンレングスロングの髪はきっちりセンターで分かれており、丸い眼鏡から琥珀色に光る切れ長の瞳が覗く、ザ・委員長という印象の悪魔の女の子である。一応、モネの付き添い(通訳)という形での参加だが、ルル自身も新しい芸術が何なのか興味があるとのことだった。
そして後者は、そのルルの友人で仕事仲間でもある恋愛小説家のセナだ。白髪のゆるふわパーマのロングヘアーに、きゅるんとした桃色の瞳とよく調和するピンクのカチューシャを着けており、悪魔の女の子にしては珍しいキャピキャピ系である。そんなセナは今日のことをルルから聞き、面白そうなので付いて来たらしい。
――ということで、本日は画家二名、小説家一名、計三名のプロの方にお越しいただいた次第なのだが、正直なところ、前衛的なものには寛容そうな方々とはいえ、軽い説明も無しにBLに触れてしまって大丈夫なのかと、私自身はかなり心配だったりする。
なぜなら、BLは絶対受け付けないという人も沢山いるからだ。もちろん、趣味趣向は人それぞれなので、モネ達三人の誰かが断固拒否派なのは当然構わない。けれど――。
私は隣に座っているビビの顔を横目で捉える。その顔は少し強張っていて、なんだか不安そうだ。多分、心の準備も無しに自分の小説をプロに読まれることになったためだろう。
全員にBLを受け入れられなくてもいいので、どうか、ビビの作品に対して厳しいダメ出しだけはありませんように――私はそんな風に祈りながら、目の前に座る三人が全ての作品を読み終わるのを待った。
そして、その約二十分後――。なんと私達五人は、他のテーブル席の客と同じくらいの盛り上がりを、いや、もしかすると店内で一番の盛り上がりを見せていた。そう、つまり、私の心配とは真逆の結果を迎えたのである――!
「――キタ……! コレ、芸術……! アタラシイゲイジュツ……!」
今の台詞は鼻をふんふん鳴らすモネだ。ただ、興奮のあまり言葉が出てこないようで、壊れたロボットのようにひたすら「アタラシイゲイジュツ」と繰り返している。どの辺が新しい芸術に感じたのか詳しく聞いてみたいのだが、それは通訳者が居ても不可能だと思われた。その理由は――。
「うっ、美しい……! なに、この絵……! ああっ……! はっ、はっ、はっ、はっ……でもっ……これ、禁書レベルよぉっ!!」
――モネの通訳者でもあるルルが委員長風の皮を脱ぎ捨て、突如変態モードへとメタモルフォーゼしたからである。
「フフッ! ルルちゃん、美形に目がないもんね~! 実はルルちゃんね、『儚い美少年シリーズ』っていう画集も出してるくらい、美しいものが大好きなの~! 堕天使様なんてまさに美の象徴だし~!」
そう教えてくれたのはBLを読む前と変わらぬテンションのセナだ。
「儚い美少年シリーズ……わたし、それ知ってるわ……! わたしのお客さんにファンが居て……確か、闇落ちさせた人間の姿絵が沢山載ってる本じゃなかったかしら?」
「そう、それそれ~! ルルちゃんが過去に闇落ちさせた人間の美少年の姿絵だけを集めた、言わばルルちゃんの性癖集だよ~!」
「せ、性癖集?! 全然違うわよ! あれは歴史的価値の高い芸術集なんだから!! セナったら、可愛い顔して相変わらず失礼なことを言うわね……! いったい誰があなたの小説の絵を担当してると思ってるのかしら……?! 全く……!」
ルルは心臓を抑えながら、セナをジロリと睨む。
「わかってるってばぁ! ルルちゃんの描く男の子の絵にはいつも感謝してま~す! でもねぇ……セナ、最近はそういう男の子が出てくる小説を書くのに飽きてきちゃったんだよね~――」
この『そういう男の子』とは、見目が麗しい上級悪魔の男の子のことで、セナの書く小説はそういう男の子らが階級差のある下級悪魔の女の子に恋して結ばれるというストーリーを専門としているらしかった。
「――だから、ビビちゃんの小説を読んで、対等な関係で結ばれるお話っていいなぁって思ったの! それにヤギ太くんと三男くんの初々しいやり取りにもきゅんきゅんしたし~!」
「っ! プ、プロの小説家のセナに、そう言ってもらえるなんて……あの、とても光栄だわ……!」
ビビは嬉しそうにそう言うと、私の方を向いてニッコリ笑って見せる。その笑顔に私も嬉しくなって、満面の笑みでサムズアップした。
「ちなみにこの二人のキャラクターはどうやって思い付いたの~?」
「あ、ええと、実は……この二人にはモデルが居て――」
ビビが小説のモデルの正体を明かしている間に、私も自分の作品の感想をプロに聞くべく、ルルとモネへと目をやった。
「それで、二人は私の描いた『ふたりはコンビネーション』はどうだったかな……? その、魔界では見られない絵の描き方やストーリー展開ではあったと思うんだけど――」
「――最の高よっ!!」
「アタラシイゲイジュツ!」
「あ、ありがとう……!」
「それにこれ、色んな堕天使様でシリーズ化出来るやつじゃない!!」
「っ?! すっ、すごいよ、ルル、よくわかったね?! その通りだよ!!」
これを読んだだけでそこに気付けるとは、ルルは潜在的に腐女子の才能があるのではないだろうか?! いや、そうに違いない――!
となれば、私がすべきことはただ一つ――BLの説明だ。私はルルとモネに――途中からセナも加わり――BLについて早口で説明していった。
そして驚くことに、それを聞き終わったモネ以外の二人は、堕天使だと誰が受けで攻めかを早速議論し始めたのである!
「――ルシファー様は絶対受けよ! これだけは譲れないわ!」
「ルルちゃんてホント美少年系が好きだよね~……ま~でも、うん……セナもルシファー様は受けよりだと思う~」
「解釈が一致して良かったわ。じゃあ次はセナが好きなセシル様ね」
「絶対攻め! いくらルルちゃんでも、セナだってこれだけは譲れないんだから~!」
「……そう言うと思ったわ。セナの推しだし、ここはあたしが折れてあげる。でもホントは受けにしたいけど」
「ちょっと~?! セシル様はどう考えても攻めでしょ~?! どうしてルルちゃんにはセシル様の大人の男って感じの魅力がわからないの~?! って言うか、セナは攻め以外のセシル様なんて見たくない~!」
セナはプリプリとした声を上げてそう反論したが、顔は笑っており、なんだか楽しそうだ。ちなみに二人の議論の結果は、レオはどちらも受け、グラスはルルが受けでセナが攻め、ヤンはルルが受けでセナが攻めという、なかなかあべこべ率が高いものになった。
と、そこで、私はあることに気が付く――。
「――あれ? ショタ、様は?」
魔王の名前が出てきていないのは理解出来るが(なんせ人間の私でさえ魔王のポジションを考えるのは若干まだ抵抗がある)、前出の面々を考えてもショタにだけ遠慮する理由がわからない。
「あ~……ショタ様ね……ショタ様はなんて言うか、可愛いが強くて……」
「背もセナとほとんど変わらないから、あんまり大人の男性って感じがしないんだよね~。あ、もちろん尊敬はしてるよ~?!」
「な、なるほど……?!」
ストレートに言ってしまえば、二人にとってショタは女の子枠もしくは子供枠ということか――。私は視界の端で、外のテラス席に座っているショタを捉える。
……ショタが側に居なくて本当に良かったーーー! でもああ見えて、ショタってなんだかんだ一番頼りになるし、結構漢っぽい性格なんだけどみんな知らないのか……!
「それにしてもBLねぇ……まさかあたしが堕天使様でこんなイケナイ妄想をする日が来るなんて思いもよらなかったわ……!」
「セナもだよ~!」
「それとこんなこと大声では言えないけど……これ、堕天使様ファンに絶対爆売れするわよ……! って言っても、そんなことしたら大事になるから無理よね」
「……実は、私達はそれを狙ってるんだ」
「はいぃ?!」
「え~?!」
私はビビと目を合わせ、力強く頷く。
「わたしと美咲は、それにアサコもだけど、このBLを魔界に広めていきたいと思っているの。そのためにはBLを共に楽しめる仲間が沢山必要で――」
「――だから、ルル、もちろんセナにモネも……! ちょっとでもBLに興味が湧いているなら……私達と一緒にBLを広めるために仲間になってくれないかな……?!」
「BLを広める……それって……それって――」
「――アタラシイゲイジュツ!!」
モネがそう叫びながら、瞼をパッチリ開け、キラキラと輝く瞳を私とビビに向けた。眠そうだったモネはもうどこにもいない。
「……あたしが一番に答えようと思ったのに、モネに先に言われちゃったわね――」
ルルはフッと笑い、私とビビを順番に見つめる。
「――それって、魔界史上最高でスリリングな芸術革命になりそうね! 当然仲間になるわ!」
「セナもセナも~! 仲間になるぅ~!」
「アタラシイゲイジュツゥ!!」
「みんな……っ!」
三人中三人が仲間になってくれるだなんて、こんな最高な展開があっていいのだろうか――! 私は胸に込み上げてくるものを感じながら、今は水滴だらけのアイスジンジャーティーのカップを手に持ち、高々と掲げた。それを見た四人も、同じように自分の飲み物を掲げてくれる。プラのカップで祝いの盃だ。
「BLと新しい仲間を祝して! かんぱ~い!」
「「「「かんぱ~い!!」」」」
カコッという鈍い音がして、弾けたカップの水滴がテーブルに舞っていく――。
「……美咲、やったわね!」
「ビビ……! うん!! やったね!!」
――かくして、私達の布教は大成功を収め、腐りし教団に新たな腐悪魔女子が三名入会したのだった。だが、話はここで終わらない――。
「――それで早速なんだけど、みんなに相談があるんだ。特にルル、アドバイスをもらえたら嬉しい」
「新参者のあたしに? 別にいいけど……美咲、いったい何についての相談かしら?」
「それはね、ルルが爆売れするって言ってくれた件についてだよ……! そしてルルの答えによっては、近々開催出来るかもしれない……同人誌即売会が!」
次話投稿は明日8/29の15:30です




