二十三日目③ レオとディナー
「……でへへっ! ありがとう! いや~二人にそこまで言ってもらえるなんて思ってなかったからすごく嬉しいよ! なんせ、言っちゃえば私の性癖漫画だからさ」
「それはアタシもビビも同じじゃん。ねぇ?」
「ええ。でも……美咲はわたし達とはかなりレベルが違うと思ったわ……!」
「え?」
「あー、まあモデルが堕天使様だからね」
「……それはそうなんだけど、わたしが言いたいのはそこじゃなくて――」
ビビはプルプルと肩を震わせながら、目をカッと見開いた。
「――この受けの堕天使様の正体よ……! このワンコ系堕天使様って、美咲が受けに洗脳中の彼のことでしょう……?!」
漫画を読んだだけでそれに気付くとは、さすがビビ。鋭い!
「……せ、正解!!」
「は?! それってゴブリン系のこん棒ドーナツを食べさせてるっていう、あの?!」
「そうよ……! そして彼は今日の美咲のお目付け役でもあるわ……!!」
「マぁジぃ?! 美咲、リアルでも堕天使様を受けにしようとしてんの?! やっ、やってる相手が格上過ぎてウケる……!! そりゃ、お目付け役をつけられるはずだわ……!! でもそのお目付け役が受けの洗脳を受けてるって……!! ヒッ、ヒーッ!!」
そう言ってアサコがお腹を抱えて引き笑いを始める中、ビビは感嘆といった表情で続けた。
「……わたし、それに気付いた時、度肝を抜かれたわ……! そして思ったの……さすがBLの始祖は突き抜け方が違う……でも、魔界にBLを広めていきたいならわたしもそうなるべきなんだ……って!!」
「ビビ……! 素晴らしいよ! まさにワンダ腐ルだよ!!」
「美咲……! あなたもよ!」
私達は見つめ合い、ガシッと両手を握り合う――まるで私達二人が初めてダスボで出会った時のように。
と、そこへ、まだ笑いが完全に収まっていないアサコが会話に入ってきたのだが……その内容は驚くことに今後の私達の活動を一気に押し広げるものだったのである――!
「そ、そう言えばさ……ッ! モネがっ……ア、アタシの漫画の絵を描いてくれた子が二人の作品を読みたがってたんだよね。魔界にBLを広める一助になるかもだし、近々読ませてあげてくれない?」
◇
それから一時間ちょっと過ぎた後。無事に『第一回魔界同人誌発表会』を終えた私はレオに連れられて、上級悪魔街にある高さ約六百メートルのロイヤルタワーの最上階、通称展望レストランに来ていた。
その名の通り、全ての席から魔界の景色を見渡せるレストランで、地上に広がるカラフルな星たち――つまり悪魔街のイルミネーション――を一流シェフが作る料理と共に味わうというのがコンセプトの、私には随分格式高いお店だ。料理のジャンルはフランス料理に近く、味も思わず唸ってしまうほど桁外れに美味しい(ちなみに今はオマール海老に似た海老の料理を堪能中)。
そして、新しい料理が運ばれてくる度にその料理に関連したウンチクや思い出などをレオが話してくれるので、なかなか楽しい食事風景となっている――。
「――それでよ、絶品のビスクスープを作る店が下級悪魔街にあるって話を聞いて昼休憩時に行ってみたのはいいが……出てきたのはスーパーで売ってるインスタントのやつだったんだよ! それも一番安くてイマイチな味の! あの時は自分の舌を一瞬疑ったぜ」
「ふっ……! 堕天使でも嘘の情報を掴まされることがあるんだ。それでその店は誰からの情報だったの?」
「ヤンだ」
私はその名前を聞いた瞬間、納得といった顔で頷いた。
「ああ……! 今休暇中の堕天使の! じゃあしょうがないか」
このヤンという堕天使の資料作成でやらかしていたミスの数々や、悪魔達を火口の中へと飛び込ませて炭にした事件の話は記憶に新しい。
「オレからしたら全然しょうがなくないけどな。あいつは何でも雑過ぎるっつーか……でもそれでいて悪魔達に対しては結構まめに対応してたりするんだぜ? 意外だろ? はぐっ!」
レオはそう言いながらお皿の上にある最後の一切れを口へと運び、顔をにんまりさせる。それと同じくして、私も別の意味で顔をにんまりさせた。
「ほっほう……? ドジっ子だけど民衆には近い距離で接するタイプですとな……?! ってことは、愛されドジっ子キャラか……!! う~ん! どことなく受けクサい香りがプンプンする……!」
と言うか、愛されドジっ子キャラというのは大抵受けと決まっているのである(私の中で)。ただし、眼鏡をかけている場合は除いて。
「むぐむぐ……また訳の分からねぇ独り言を言ってんな。もう慣れたけどよ……まー、とにかく、だ! ヤンがくれる情報は眉唾物が多い。だから気を付けた方がいいっつー話なんだが……美咲がヤンと関わることはねぇか」
「いや、そんなことはないでしょ。だってそのヤンって堕天使が帰って来たら一緒に仕事をする可能性もあるんだし」
それにヤンという堕天使の外見や性格を吟味して受けか攻めか考えたり、カップリングを考えたりしなければならないし。
「近いうちに帰って来るならな」
レオはテーブルに左肘をつき、その手の上に左頬をのせて遠くをみるように目を半分細めた。その目が『もう諦めた』と語っている。
「まだ連絡つかないんだ?」
「ああ……あいつはそーいう奴だからな。こればっかりはどうにもなんねぇ……」
「いや、そんな簡単に諦めないでよ。一日でも早く戻って来てもらわないと困るのはレオでしょ?」
「……まあ、それはそうなんだけどよ。でもオレは……このままでいいと思ってるんだよな……」
「はっ……?! えっ?! このままでいいって、なにゆえ?! もっ、もしかして仕事に忙殺されるのが快感になって……?!」
まさかそんな返事が返って来るとは思わず、私がだいぶ前のめりになってそう聞くと、レオは一瞬フリーズしてからすぐさま姿勢を戻し、視線を宙に泳がせた。
「……あー、いや?! ……ほら、考えてみろよ! ヤンが仕事に復帰してもなんか面倒ごとを起こしそうじゃん?!」
「……確かに言われてみればその可能性は否定出来ないけど……いや、でも、待って!」
「な、なんだよ?!」
「そのヤンって堕天使は眼鏡をかけてたりする?!」
「……は? ……眼鏡? ……いや? あいつ、眼鏡はかけてねーけど……?」
「……となると、受けの線が濃厚か……残念……!」
これがもし眼鏡系だったら、多少ドジな部分があっても本質的には頼りになる攻めの可能性があったはずなのだ。しかし、そうじゃないならドジっ子の受けでほぼ確定である。
それに正直なところ、グラス以外にもう一人くらい眼鏡系の攻めがほしかったのだが、こればっかりは仕方ない。
「眼鏡をかけてると何かあるのか?」
「へ?! あー、うん! 眼鏡をかけてる人ってめちゃくちゃ頭が良いイメージがあるからさ! 失敗は誰だってするけど、大切なのはそれを挽回するための頭でしょ? それでちょっと聞いてみたの! それ以外に他意はないよ?!」
「なるほどな……でも生憎ヤンはあんまり頭脳派じゃないぜ。むしろ挽回する前に失敗を重ねるタイプだ」
「あはは! 資料の数値を一個ずつずらしちゃう、とか?」
「ちょ、それこの間あったことじゃねーか! 不吉な話をぶり返すなよ?!」
レオはそんなこと二度とあってたまるかと目をカッと見開き、テーブルの上にあるワイングラス(中身はリンゴジュース)を掴んで、残りを一気に飲み干す。
そして、給仕が控えている方に一瞬目をやったかと思うと、だいぶ声を落として「眼鏡と言えば」という前置きの言葉を口にした。
「……最近はどうなんだよ……その、そっちの眼鏡とは」
そっちの眼鏡――グラスのことだ。
「っ、元気だよっ!!」
「いや、声デカすぎだろ?! もっとボリューム落とせ! 給仕に聞こえたらどうすんだ?!」
おっと、いけない……! レオの方からグラスの話題を振ってくれたので、ついうっかり心の興奮が言葉と一緒に出てしまった。
私は自分を落ち着かせるために一度咳払いをし、言われた通り声のボリュームをやや落として、でもグラスの元気な様子が伝わるよう楽し気に続きを口にする。
「レオが心配するようなことは何もないよ! 大丈夫! 笑顔の頻度もぐんと増えたしね! 精神的にもすごく落ち着いてるよ!」
だから、この後会うことにレオが何か身構える必要は全く無い。ただただ、唯一無二の親友との再会をワクワクしてくれていたらいい――そんな思いを込めて、私はニコニコと(ひょっとすると多少ニヤニヤしていたかもしれないが)レオに向かって微笑んだ。
「……そーかよ……まあ、楽しくやれてるようだし変わったところはねーか……だとすると……昨日のツブヤキの……過保護がどーのこーのってやつは何だったんだ……?」
「え? つぶ……何?」
「いや、なんでもねぇ……それより給仕が来るぞ! 次は口直しのソルベだ!」
「あ、うん――」
――そんなわけで、グラスの話はそこで強制終了となり、私は若干の消化不良を感じつつも、逆に話がヒートアップして余計なことを口走るよりマシだと自分を納得させて、この後に控えているお楽しみにぐふふと頬を緩めるのだった。
次話投稿は明日8/27の15:30です




