十四日目 仕事が回らない
早いもので、私が魔界に来てから二週間が経った。私は相変わらず館と魔王城の往復、たまに魔界大通りに寄り道してビビやアサコと遊ぶという日々を過ごしている。
また、不思議なことに大天使の迎えも一向に来る気配がなく、この事態を疑問に思ったモップちゃんから天界に戻って大天使を呼んでこようかと提案をされたくらいだ。それはもちろん丁重にお断りさせてもらったが――。
という前置きはさておき、簡潔にまとめるならば、『なかなか充実した日々を送っている』というやつである。
しかしその一方で、日が経つにつれ、どんどん精神的に不安定になっていく者も約一名――。
「――っ、だあーーーーー!!! だーかーら! 仕事中に花を降らすなって言ってんだろ?! ちらちら舞うせいで気が散るんだよっ!!」
――レオだ。今は執務室で残り四十日を切った魔界会議に向け、会議の準備を必死にこなしている最中なのだが、その進行予定は見事に遅れている。通常業務も合わせれば寝ている暇もない。にも関わらず、モップちゃんの嫌がらせが度々入るので、最近のレオはこんな風に叫び声を上げるようにまでなってしまった。
「イーッヒッヒッヒッヒッ……!! 断るデシ! 恋が始まる演出はキューピッドの矢の後に欠かせないんデシ!」
「こんにゃろ~……! くっ……! 落ち着けオレ……! クソモップに気を取られている時間なんて無いんだ……!」
というか、むしろそんなみみっちい時間を大事にするよりも、すでに助っ人が必要なレベルである。
「……レオ、やっぱり誰か派遣してもらったら……?」
見るに見かねた私がそう提案してみると、意外なことにレオからは「もう頼んである」という答えが返って来た。
「えっ?! あっ、そうなんだ?! じゃあその人はいつ来る予定なの?」
「……あー……いつだったか……? 確か一日の午後って言ってたな」
「一日?! それ今日だよ?! えっ、モップちゃんいるけど見られて大丈夫?! あと仕事する場所とか全然準備出来てないけど?!」
私はレオのそばで浮いているモップちゃんと乱雑とした執務室に目を走らせる。時刻は午後の二時過ぎ。どう考えても今から片付けていては間に合わないし、今すぐ来てもおかしくない。
「さすがに残り二時間も透明モードになるほどの力は残ってないデシよ。しょうがないデシねー……キッチンにでも隠れておくデシか?」
「いや、あいつには見られても大丈夫だからその必要はない……それに今日は様子を見に来るだけだ。仕事場はいらん」
「……わかった。で、誰が来るの? 私が知ってる人?」
「ああそうだ。この前――」
――と、レオが言いかけた瞬間、執務室の扉をノックする音が響き、「失礼するよ」という声と共にその助っ人となる人物が現れた。
「セシル~!! よく来てくれたな~!!」
「やあ、レオ、美咲。それに噂の天使くんも。仕事中にお邪魔するよ。だいぶ切羽詰まってる感じだね」
セシルはそう言いながら執務室の中をグルリと見回し、壁に貼ってある進行予定表を見つめる。
「そうなんだよ! 今のままだとホントにヤバいんだ……! 頼むから手伝ってくれ!」
「……そうだなぁ……ちなみに通常業務はどれだけ溜まってるの? あと、イレギュラー業務の方はどうなってる?」
「通常業務は……だいたい二日分ってとこだ……だが、イレギュラー業務の方は無いものと考えてくれて構わない。渡航違反者もめっきり減ったからな」
「へぇ? ということは、最低四日、余裕を見て一週間あれば進行予定表の方も結構先取り出来そうな感じか……」
「それはありがてぇ!!」
一週間も手伝ってくれるかもしれないと聞いて、レオはとても嬉しそうだ。しかし、セシルはにっこりと笑い、助っ人のためのいくぶん厳しい条件を突き付けてきたのである。
「ただし。美咲が半日デートしてくれるなら四日間、一日デートしてくれるなら一週間、助っ人として来てあげるよ」
「え゛っ」
「とんだナンパ野郎デシ」
「っ……! 美咲とデート、だと……?! お、終わった……!!」
レオは頭を抱えて執務机に突っ伏し、全てを諦めたような雰囲気を醸し出す。何と言うか、あの日のグラスを思い起こさせるような落ち込みっぷりだ。
「……僕だってこんな卑怯な手は使いたくなかったんだけどね……食事に誘っても毎回断られるからさ……美咲、どうする? 君次第だよ」
「う゛っ……!」
実はセシルの言う通りで、私はこの十日ほどの間、セシルからディナーのお誘いの連絡を何回かもらっており、それを全部断っている。だが、それも仕方ない。なぜなら大天使の迎えがいつ来るかわからない以上、私はグラスとレオをくっつけることが最優先だからだ。
「……もちろん、後悔はさせないよ。美咲にとって楽しいデートにすることは約束する」
「でたデシ。みさきしゃん、騙されちゃダメデシよ。これ、悪い男の常套句デシから」
「ふぅん? 君、天使なのにこういった男女のやり取りというか恋愛系に詳しい口ぶりだね?」
「当たり前デシ! ぼくはキューピッド課の天使デシから! 数多のカップルを成立させてきたデシ!」
「へぇ……! ってことは恋愛マスターか!」
「いやいやいや~! そこまではいかないデシよ? まあ、しいて言うならコンサルタントあたりデシかね?!」
私に注意を促しつつうっかり自分がセシルのおだてに乗っかり気味のモップちゃんにセシルの相手は任せ、私は現在死んだ目をしているレオに目をやった。
レオには仕事を理由にあの花火の誘いからずっと振られ続けている。ということは、その仕事が片付けば、グラスのいる館に来てくれる可能性があるということだ。
あまり気は進まないが、二人の仲を進展させるためにもここは腹をくくるしかない――!
「――わかりました……! 一日、デートします……!」
私がそう高らかに宣言すると、全員から驚きの声が上がった。
「本気デシか?!」
「……は? ……聞き間違いだよな……?!」
「……一日もいいのかい?」
ちなみに一番びっくりしているのはデートを交換条件に出してきたセシルである。
「……はい。それでレオの仕事が一気に片付くなら……さすがに今の状況は黙って見ていられる範疇を超えていますし」
「まあ……そうだね」
「みさきしゃんは本当に無欲で慈悲深いデシね。ぼくだったらこんなクソ犬っころのことは放っておくデシよ」
「ははは……」
……本当はめちゃくちゃ自分の欲のための行動なんだけど。
「ちょ、え……?! い、一日?! えっ?!」
だが、助っ人を一番必要としている張本人はまだ信じられないといった様子だ。私は先ほどから一人動揺しているレオに向かって、大丈夫だと頷いて見せる。
「私も仕事がどんどん溜まっていく様子はいい気がしないからさ。それにレオには何だかんだお世話になってるしね」
「……美咲……! くぅっ……!」
いや、そこまで感じ入るようなことは言っていない。逆にこんな簡単な言葉でコロリと騙されるなど、ちょろすぎてその隙を他の雄に突かれそうで心配になるくらいだ。
「……隙ありデシ」
「あ――」
――思ったそばからモップちゃんに射られた。
「……明けない夜はないって言うもんな……そうだ、その通りだ……! あいつのツブヤキも変わってきてるし……これはきっと現状から這い上がれる兆しだな……!」
私は頭上から花びらを浴びながら一人ブツブツ言っているレオを横目に、セシルへ向かって懇願のポーズをとる。
「――という感じで、最近のレオは情緒不安定でして……なのでセシルには可能であれば明日から助っ人に来てもらいたいんですけど、どうですか……?!」
「うん、そのようだね……わかった。美咲の頼みだし、明日から来ることにしよう」
「っ! あ、ありがとうございます!」
そうと決まれば、あとは簡単だ。期限は明日から一週間、勤務時間は定めずに助っ人に来てもらうことが決まった。また、デートは助っ人を終えた次の日、つまり八日後がいいとのことで、そちらもすんなり決定した――。
ちなみにこのことは、この日の終業後に魔王から「近況報告をせよ」と突然の呼び出しがあったので、その時に近況を交えて全て報告済みである。
これでようやくレオを館に連れ込む、もとい招待する機会が巡ってきそうだ――!
次話投稿は明日8/22の15:30です




