一日目① 契約
私の中で、何かがカチッとハマる感覚が沸き上がった。頭がもう起きる時間だと告げるように一気にクリアになり、私は本能のまま目を開けた。
「お、やっと起きたか。ったく、待たせやがって」
「これでもだいぶ早い方だぞ。ヒューマノイドの魂と魔界で創った肉体はなじみにくいんだ」
目を開けて飛び込んできたのは意味が分からない会話をするイケメンの男性二人組の立ち姿。それも、私の大好物なカップリングの容姿――眼鏡系×ワンコ系――をしている。
私のすぐ横に立っているのはワンコ系の方で、ワインレッドの髪にルビー色の柴犬のようなクリクリした瞳が特徴的だ。更に攻めに従順でとっても尽くしそうなその可愛らしい顔つきは受けの要素バッチリと言っても過言ではない。
そのワンコ系のすぐ後ろにいるのが眼鏡系で、さらさらストレートのシルバーロングの髪と、冷静沈着という言葉が似合う切れ長のアイスブルーの瞳を持つ、こちらもまた攻め要素バッチリの雰囲気漂うご尊顔だ。眼鏡はもちろん銀縁眼鏡である。
身長差もばっちりで、受けのワンコ系の方が頭一つ分低い。そんな二人はファンタジー世界の神官のような服を着ており、禁断の愛を彷彿とさせるのはやむを得ないし、義務と言ってもいいくらいだ。
「わわわわわ……!!!!――」
私は嬉しさのあまり勢いよく身体を起こし、にやける顔を両手で隠しながら二人をまじまじと見つめる。
これは夢だ。完全に夢だ。ホテルのスイートルームみたいな部屋に、イケメンが二人。おまけに私は今までその部屋のベッドで寝ていたのだ。身体を起こした時に鳴ったベッドのスプリングの感覚がやけにリアルだったが、夢でしかあり得ない。そうじゃなければ――。
「――天国……?」
「天国じゃねーよ。ここは魔界……人間にとっては地獄みたいな場所だ。お前、さっきまで魂だったんだぞ。それをわざわざオレ達が肉体を創って入れてやったんだ。感謝しろよ」
外見だけは理想の受けにぴったりのワンコ系が偉そうにそう言った。人懐っこそうな外見なのに、まるで小学生男子のようなヤンチャさが垣間見える。
だとしても、私としては眼鏡系にだけ甘く尽くしまくるのであればなんら問題はない。
「肉体を創る……? つまり、一度死んだってこと……?」
「そうだ。覚えているか?」
と、今度は中身も理想でありそうな攻めの眼鏡系に真面目なトーンで問いかけられ、私は一旦にやけるのをやめて記憶を辿ってみることにした。
「……そういえば……マンションに入る前、ミナミ……いとこのストーカーっぽい男に、ドカッ、グサッ……ってやられたような……」
「ま、それだけ覚えてりゃ十分だろ。名前は言えるか?」
「……日野……美咲」
私がそう答えると、ワンコ系がにやっと笑った。
「よし。じゃあ簡単に説明するぞ。いいか、美咲、お前はその男に殺されその男の魂と一緒に地獄へ来ちまった。だが、本来お前は天国へ行く魂だ。よって、迎えが来るまでオレ達堕天使がお前を保護する。でだ……保護してやるから迎えを待っている間オレ達とゲームしないか?」
「……へぁ?!?? ちょ、ちょっと待って!! 情報処理が追い付かない!! だ、堕天使ぃ?! ゲ、ゲームぅ?!」
「そうだよ。堕天使なのはこの格好を見りゃわかんだろ――」
……わかりませんけど、禁断の愛の香りはプンプンしていました。ええ、それはもう。
「――んで、ゲームはゲームだ。迎えが来るまでどのくらい時間がかかるかわかんねーし、待ってる間の暇つぶしにはちょうどいいだろ」
「……ひ、暇つぶし……えーっと、ちょっと整理させて……私はすでに死んでて、ここは地獄だから天国に行かなきゃいけない……」
「その通りだが、正確に言えば天国へは迎えが来なければ行けない。天国へ行くには時空間を開ける力が必要となる。もちろん、ヒューマノイドの美咲にその力があるなら別だが」
そんな力、あるわけない。
「……でも、あなた達二人は、その……堕天使、なんでしょう……? あなた達にはその力があるんじゃ――」
「――いや、ない。だから美咲はここ地獄であちらからの迎えが来るのを待つしかない」
「そうそう! でも、迎えが来るまで安全に過ごしたいだろ? だからオレ達が保護してやるかわりにゲームしようぜって話だ!」
「…………はぁ……」
なるほど。二人の話から状況はほぼほぼ把握できた。ここが本当に地獄であれば、保護してもらうのはありがたいのでこちらからお願いしたいところだ。
しかし、相手は堕天使と名乗る男性二人組――ゲームと偽って、何か危険なことをさせようとしている可能性は否定出来ない。正直に教えてくれるとは限らないが、一応ゲームの危険性は確認しておく必要があるだろう。
「……ちなみに、ゲームの内容は……? 危ないことは、ちょっと……」
「危なくなんてねーよ。オレ達二人対お前で惚れた方が負けってゲームだ」
やはり堕天使というのは本当らしい。やる前から私の負けが確定しているゲームの時点で、私の答えは決まっている。
「丁重にお断りいたします」
「おいおいおい! なんでそーなるんだよ?!」
「お二人のようなイケメンがこんな地味顔に惚れるなんて100パーセントありえません」
「は?! 地味顔だとぉ?! お前、鏡見てから言ってみろ! オレ達の最高傑作なんだぞー?! こっち来い!」
「うわっ?!」
私はワンコ系に腕を引っ張られて、部屋の壁にかけられた大きな楕円形の鏡の前まで連れてこられる。
「っ?! 誰?!」
そこには、本当にびっくりすることに、以前の私とは似ても似つかないくらいの美少女が映っていた。
腰まである栗色のストレートロングの髪、パッチリ二重にバサバサのまつ毛。少しつり上がり気味のアメジスト色の目はちょっときつそうに見えるが、ラベンダー色のワンピースとよく似合っている。黙って立っていれば、良家のお嬢様のようだ。
「な、言っただろ。すげぇ美形にしてやったんだぜ。あ、その服はサービスな」
自慢げに笑うワンコ系を横目に、私は自分の新しい顔を確かめるようにぺたぺたと触る。肌の質感は人間の時と変わらない。いや、人間の時よりも肌質は圧倒的に良い。
「まぁ、顔の部分はオレが創ったんじゃないんだけどな」
そう言って、ワンコ系は眼鏡系の方をちらっと見た。
「……私が創った」
「……あなたが?」
眼鏡系は私を直視しないで「ああ」とだけ返事をする。
「グラスの美的センスは天界で指折りに入るんだぜ」
「グラス……」
「そうか。まだ自己紹介をしてなかったな。オレはレオナルド、通称レオだ。で、こっちの眼鏡が――」
「――グラウスだ。みなはグラスと呼ぶ」
「グラスさん……ありがとう」
「グラスでいい。それにその完璧な身体を創ったのはレオだ。私だけの手柄ではない。二人だからできたことだ」
「ん、だなっ!」
「!!」
突然のナチュラルイチャつきに、私の肉体は二人の愛の結晶であるという爆弾発言。相手が堕天使でなければ、簡単にスイッチを腐女子モードに切り替えていただろう。
しかし初対面の女の前でいきなりイチャつき始めるとは、私が腐女子と知ってやっているのか、それとも天然なのか。できれば後者であってほしい。そしてあわよくばすでにデキてる関係であってほしい。
私ははぁはぁしたい衝動を抑えながら、平静を保って二人に絶対に確かめないといけないことを聞いた。
「あの、お二人はどういったご関係で……?」
「関係? ……そういや考えたことなかったな。友達……なんていうなまっちょろいもんじゃねぇし……グラス、オレ達ってなんていう関係だ? 腐れ縁ってやつか?」
……ほっほう。そちらも腐っていましたか。
「……重くて底がない……そうだな、死なばもろとも、という関係に近いだろうか」
「あー確かにな! 闇落ち時代からずっと一緒だし。オレ、お前がいないとやってける気がしねーわ」
「!!――」
……ああっ! これはもうデキている!! 万が一デキていなくても、私の妄想でデキさせるので全く問題ない!
「――神に感謝を……!!」
「神がどこにいんだよ?! 感謝するのはオレ達にだっつーの!」
「ヒューマノイドは神と堕天使の区別さえつかないのか?」
「いえいえ、ちゃんと区別ついてますよ。今のは前世の癖? でして……お二人には感謝してもしきれないくらい感謝してます!! ええ、それはもう!! ふへへっ!」
「……まあいい。つーことで、満足しただろ? そろそろゲームを始めようぜ! これ、契約書な! 保護することとゲームのことが書いてあるから確認したらサインと血判をくれ」
ワンコ系改めレオはそう言って契約書と書かれた用紙と羽ペンを差し出した。どうやらレオの中ではゲームをやることはすでに決定事項らしい。
危険な内容ではなかったし、まあいいか――と思いながら、私はそれらを受け取った。
「……本当にやるのか? たかがヒューマノイド一人の魂だぞ?」
「いいんだよ。暇つぶしになれば」
何やらまた二人でイチャイチャとこそついているが、私はその姿を見ているだけで妄想が始まりそうだったので、日本語で書かれた契約書に集中してざっと内容に目を通し問題なさそうなのを確認する。
そして、フルネームでサインをし、眼鏡系改めグラスに右の親指を針で刺してもらって血判を押すと――契約書が空中に浮かび上がり、赤黒く光ってそのままスッと消えていってしまった。まるでファンタジー世界のようである。
「これで契約成立だ。言っておくが、契約の解除条件は大天使が迎えに来るまでだ」
「わかりました」
「それじゃあ、ゲーム開始といくか」
そう言うと同時に、レオは不敵な笑みを浮かべながら私をいきなり壁ドンした。




