人間界最後の日
思いもよらぬ人生最後の日というのは、複数の偶然が重なって起こるものらしい。私こと日野美咲の場合、それが見事にそれも全て重なったのはコミケへの参加を控えたとある真夏の夜、十一時過ぎから十一時半にかけてのたった二十数分間のことだった。
――その日の夜、会社員をしているしがない腐属性の私は、会社の同僚に強引に参加させられた飲み会での会話を反芻しながら、最寄り駅から自宅までの道をとぼとぼと歩いていた。
『ユーチューバーのミナミちゃんといとこ同士って聞いてたけど……顔は似てないんだね』
『顔は似てないかもだけど声は似てるじゃん。ねぇ、一回ミナミちゃんのオープニングの挨拶の真似してみてくれない?』
『あ、そのワンピース、ミナミちゃんに借りて着てきてくれたやつだよね? ルックブックの動画で見たことある……えーっと……君にも、似合ってる、よ』
全部の会話に登場しているこの『ミナミ』は、正真正銘私のいとこであり、チャンネル登録者数約三十万人超えの美容系ユーチューバーだ。
そして、私達は一般的ないとこよりもおそらくだいぶ遺伝子が近い。というのも、私達の両親は一卵性双生児同士で結婚している。
よって、理論上外見で似ている部分があってもおかしくないのだが、ミナミはアイドル並みの美貌の持ち主なのに対し、私はやせ気味な地味顔といったスペック。
おまけに一時間違いで生まれていることもあって、ミナミと比較されるのは当然慣れっこ――なのだが、この日の私は苦手な陽キャとの会話と気遣いで、心身のHPがすっからかん寸前になってしまっていた。
更に久しぶりのヒールで脚はクタクタだし、長時間によるコンタクトレンズの装着で目もシパシパしている。
「疲れた……けど、帰ったらすぐミナミの動画を編集して……そのあとちょっと原稿いじって……あ、ダメだ……脳がクラセオを求めている……!」
そう、こんな時は大好きな推しカプがイチャイチャしている漫画『倉岡くんと瀬尾くん』を片手にお酒を飲む、その一択しかない。
「……ってことで、Uターンだ、Uターン!」
すでに自宅のマンション近くまで来ていたがそんなことはお構いなしに、私はそこから一番近いコンビニまで歩いて缶チューハイやらおつまみやらを買い込んだ。
そしてまた来た道に戻って行ったその時――。私の背後から「あれ? ミナミ? 家で待ってるんじゃなかったの~?」という聞きなれた声が響いてきたのである。その不意打ちの声かけに、私は半分驚き半分呆れながら振り返ると、そこには予想通りの人物――ミナミの彼氏――が人懐っこい笑顔をこちらに向けて立っていた。
「え?! 美咲ちゃん?! てっきりミナミかと……!!」
「いやいや、どう考えてもミナミと間違えようがないから」
「えー……? でもさ、服もそうだけど後ろ姿がそっくりに見えたんだよ~。やっぱり遺伝子が近いからかな? カップリングの人選も似てるしさ~」
「……ちょっと待って、遺伝子の話がどうやったらカップリングの話に繋がるの?!」
「だってほら、ミナミも腐属性だし、ワンコ系と眼鏡系の絡みが大好きじゃん。で、美咲ちゃんもそのカップリングが大好物なんだから似てるとしか言いようがないよ」
そうなのだ。実は私達は二人揃って腐属性であり、なおかつワンコ系と眼鏡系の絡みが大好きなのである。
しかし、私は眼鏡系の攻めにワンコ系の受けが一番の大好物なのに対し、ミナミはその逆カプオンリーのため絡みの趣向は似るとは程遠いのだが、それでも容姿も性格も似ていない私達が今までずっと仲良くやってこられたのはワンコ系と眼鏡系のおかげだ。
「好みのカップリングは逆だけどね」
「でも美咲ちゃんはどっちでもイケる口でしょ?」
「まぁ……ベストは眼鏡系×ワンコ系だけど、そこに愛があるなら大抵のカプはウェルカムかな」
「僕的には愛がなくてもウェルカムって感じに見えるけどね。でさ、それはそうと……なんでミナミの服着てるの?――」
ということで、私は今日の出来事を話しながら、自然と二人並んで同じ目的地へと向かう。私とミナミは祖父が大家のマンションの部屋を格安で貸してもらっているのだ。
「――なるほどね~。ミナミの視聴者さんって人からミナミの服を着て来てって言われたら断る方が難しいよね」
「そもそも飲み会さえ断れない私にミナミの服を着て行くことを断るすべはないからね」
「確かに」
「男性陣で腐の妄想も出来なかったし、ただ疲れただけだったよ」
「男性陣で腐の妄想をする気概があったことに驚きだよ……で、そのコンビニの袋を見るところ、今から飲み直すんでしょ?」
「正解。クラセオをつまみにグイッとやろうと思ってね」
「あ~あのリーマンものか~。今度のコミケもその同人誌出すんだっけ?」
「いや、それが実は今回はオリジナルでね。ツブヤイターにちょっと載せてみたらフォロワーさんからのウケがよくって! もちろん眼鏡系×ワンコ系ものなんだけど! あ、内容は結構激しめだけど聞きたい?!」
「ううん、内容は大丈夫~。楽しそうで何よりだよ~」
「むふっ! どうもどうも」
そうこう話しているうちに、私達はファミリータイプのマンションが立ち並ぶエリアに入った。数十メートル先には祖父のマンションのエントランスの優しい灯りが見える。
「僕の合鍵で開けるね~」
「うん、よろしくー」
そして、これが私の最後に発した言葉だった――。
事が起こったのは、私がマンションの自動ドアの中に入ろうとした直前。私はどこからともなく現れた何者かに横から体当たりされると同時に、右腹部に痛みが走ったのだ。
「?!?!」
私はその勢いのまま吹っ飛ばされ、地面に頭と身体を強く打ち付ける。
「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――」
いったい何が起こったのか――それがわかったのは、その荒い息遣いの主の姿が目に映った時だった。そいつは全く知らない大男で、包丁のようなものを手に持っていたのである。
「――ミナミィ……! 彼氏はいないって言ってたくせに……! この嘘つき女がっ……!――」
大男はそう言うと、今度は自分の腹を刺し、私の上に覆いかぶさるように倒れこんでくる。
「――一緒に死ねば……おれのものだ……!」
しかし、この時点で私にはすでに言葉を発する力もなく――ただ、ミナミのファンかストーカーが私とミナミを間違えているんだということだけはぼんやりと理解しながら――やがて身体の感覚がなくなり、魂だけとなった。
『ミナミの彼氏と一緒に帰っていなければ』
『Uターンしてコンビニに行っていなければ』
『ミナミのワンピースを着ていなければ』
このどれか一つでも欠けていれば――こんな運命は避けられたのかもしれない。が、死んだ今となってはそんなことを考えても意味がないのである。
と、まあそんな風に、先述した偶然が重なったことで私は二十六歳と約九ヶ月で人生の幕を閉じ、天国へと旅立つ……はずだったのだけれど、その偶然はまだ続いており――。
一つ、この大男の魂が私の魂までも逃がさないと言わんばかりにぐるぐると蛇のように私の魂に巻き付いてきたせいで、私は大男の魂と一緒に夜空に浮かぶ闇より深い穴の中へと吸い込まれ。
二つ、吸い込まれたその先は堕天使達が支配する地獄の世界であり。
三つ、そこには私の大好物なカップリングが待ち構えていた。
察しのいい方はすでにお気づきだろう。そう、この物語は、私、日野美咲が死後の世界で、偶然から生まれた機会を最大限に楽しむ物語である――。




