一日目② ゲーム開始
「……えっと、これはいったいどういう状況なんでしょうか……?」
「なんだお前、人間だったのに知らないのか? これは『壁ドゥ~ン』だ」
「ああ、壁ドン……」
「人間の女はこれに弱いんだろ?」
「……あ~……ドキッとする女の子は一定数以上いるとは思いますけど……」
「レオ、どうやらその女には効いていないようだぞ」
グラスの言う通りだ。いきなりのことでドキッとはしたが、理想の受けの壁ドンで惚れるほど私の恋愛脳はだてに腐っていない。
「なんだよそれ! 壁ドゥ~ンだけすれば人間の女はすぐ興奮して惚れるってセシルが言ってたのに! あいつ嘘つきやがったな?!」
「……レオ、セシルは堕天使の中で一番の魅惑の持ち主だ。セシルならおそらく一瞬で惚れさせることが可能なのだろう」
「くっ……! 仕方ねー、戦術を変更だ! おい、美咲! お前が興奮するものを教えろ!」
レオは私を壁ドンしたまま、悔しそうな顔を近づけてそう言った。私は堕天使とは思えないほどあけすけな質問にぽかんとして、思わず本当のことを口走る。
「……レオとグラスがイチャついてるのを見ると興奮します」
「は?」
「……?」
しまった! これは大失態だ! 二人の関係も結合もおそらくまだ完全体ではない時点で、このような発言をしてしまうと、くっつくはずの二人がくっつかなくなる可能性がある。
私は取り繕うように慌てて付け加えた。
「ほらっ、えーと、その……そう! 寝取られ、的な……!」
「ネトラレ……?」
この堕天使、結構ピュアなのかもしれない。
「簡単に言うと、好きな相手が自分以外の人を相手にしているのを見て、悔しいんだけどそこに興奮する、みたいな……?」
「なるほど……理解した」
「美咲、お前って魂によらず結構危ない趣味なんだな――」
あながち間違ってはいない。
「――つーことは、オレがグラスと親密そうにしとけばいいのか?」
「っ!! そうそうそうそう!!」
「おわっ! 急に興奮しだしたな!」
「……嘘は付いていないようだな」
私は鼻息荒く、レオに詰め寄った。
「ではではお二人の絡みはベッドでお願いします!! 私は……クローゼットに隠れて見ているので!! お二人は私がクローゼットに隠れているって知らない設定でお願いします……へへっ」
「お、おお……?」
「……レオ、とりあえず壁ドンはもう十分だろう。美咲から離れろ」
グラスはそう言って、虫を見るような目で私を一睨みし、レオを自分の方へと引き戻す。
「あ、ああ。そうだな」
なるほど。最初からなんとなくグラスは愛想がないとは感じていたが、おそらく動機は何にせよレオが私に興味を持っていることが気に入らないのだろう。レオと比べると独占欲が強いのかもしれない。
……グラスよ、安心したまえ。私は二人を真実の愛に導くために当て馬役を立派に演じてみせよう。
私はそう心に誓って、いそいそとクローゼットに向かったのだが――。
「美咲、待て」
「え?」
――グラスにグイッと腕を掴まれ、ベッドの近くへ引き戻されてしまった。
「ここは私の家だ。好き勝手にされるのは好かん。それに――」
「――オレ達は堕天使だぞ? 人間に言われたことを素直に実行すると思わない方がいいぜ」
レオがにやっと笑いながらそう言って、右手に持ったロープと布きれを私に見せつける。
そして私はあっという間にロープで手足を縛られ、おまけに口にも布を巻かれて、ベッドの横から少し離れた場所に設置された椅子に座らせられた。
「そこで見ているんだ。いいな?」
私に堂々と覗く趣味はなく、むしろ壁になってひっそりと遠くから推したちを見守りたいタイプなのだが……グラスに冷酷な視線を向けながらそう言われたら、私はコクコクと頷くしかない。
「よし、じゃあ始めるか。グラス、来いよ」
レオはベッドに腰かけると、妖艶な雰囲気でグラスを誘う。グラスはその指示に従い、無言でレオの隣に腰かけた。
「……で、オレ達はベッドの上で何をすればいいんだ?」
「とりあえず、レオが私をベッドで壁ドンするのはどうだろう」
「なるほどな。壁だけじゃなくベッドでも応用できるのか。よし、じゃあやってみるか」
いったい二人で何を話しているのか、私にはボソボソ話す声しか聞こえない。でも、場の空気感は抜群だ。これからナニが始まるのか全腐女子に聞いたのなら、きっとみんなが同じ回答をするだろう。
私は口に巻かれた布が苦しいわけでもないのに、はあはあと鼻息が荒くなり始める。
そんな中、突然レオがグラスを押し倒すように壁ドンならぬベッドドンをした。
「っ!!」
……ぐふ! 生BLのベッドドンご馳走様です! ああ、でも逆も! 逆もぜひお願いしたい――!
「グラスの顔、久しぶりにこんな間近で見たな」
「……そうか? いつも見てると思うが」
「いや、いつもは身長差があるからさ。でも今は顔が同じ位置だ」
「ふっ。言われてみればそうだな」
「……昔はいつかグラスの身長に追いつく気でいたんだけどな。結局いつまで経っても同じ身長差のままだ」
「ふっ……私は今のままで十分満足しているぞ。上からだとレオの寝ぐせがよく見えるからな」
「……言ったな? オレだってグラスの眼鏡の跡の具合とか、結構見てんだぞ?」
二人はその体制のまま、またボソボソと話しながら、レオがグラスに顔を近付けたりグラスがレオの髪をなでたりとスキンシップをしている。おまけにグラスは時折私の方へと優越感たっぷりの流し目をよこして。
……これは間違いなくグラスはレオのことを深く思っている! いいぞ、いいぞ、もっとやれ! もっとイチャつけ! そして愛に目覚めよ! 愛に目覚めよ!
私は目をギラギラに見開いて、二人のイチャつきを脳に刻み込んでいった。
しかし、そのギラついた目がグラスには私からの宣戦布告に感じたようで、なんとグラスはレオを抱きかかえてくるりと形勢を逆転させ、受けから攻めに換わったのだ。
「っ?!?!!!」
口を布で巻かれていなければ、私は『きたぁーーーっ!!』と大声で喜び泣き叫んでいただろう。
「もう少し用心した方がいいぞ。簡単に形勢逆転されるじゃないか」
グラスは少し口角をあげながら、レオに何かを耳打ちする。
「用心っつったって、何を用心するんだよ。オレ達堕天使に刃向かう奴らなんていないだろ」
「……美咲は私たちのことを本当の意味で理解していない。堕天使の提案を断ったのがいい証拠だ。お前が隙を見せれば簡単に刃向かってくるぞ」
「そしたら捻り上げるぜ」
「……じゃあ、こうされたらどうだ?」
「っ、あっ……ちょっ、耳を舐めるなっ、グラス……っ!」
……理想の攻めが理想の受けをとても積極的に攻めている……! やだ、泣きそう……!
遠くからひっそりと見守る派は、今から鞍替えだ。近くで見守る方が絶対いい。断然いい。
レオは数秒の間、「あっ」とか「くっ」とか「ふぁっ」などと言いながら顔を赤らめ、グラスからの攻めに必死に抵抗していたが、グラスがふっと顔を上げた途端、「お返しだっ」と言って、今度はグラスの脇をくすぐり始めた。
……っだーーーっ!!! その流れは違うでしょ?! 違うでしょ?! 今の流れ的に――!
「――ほほあふぃふへほ?!(そこはキスでしょ?!)」
私は思わずそう声を上げてしまい、二人が私の存在を忘れていたかのようにハッとした顔でこちらを見つめる。
ああ、またやってしまった。自分の願望が思わず口から出てしまった。黙っていれば、我慢していれば、二人の間に愛が生まれ、心も身体も深く結びつく光景が見られたかもしれないのに――。
「それで、結局美咲は興奮したのか?」
「……おい、なんだお前、泣いてんのか……?」
「……(ええ、とても……とても興奮しました……)」
私は悟った目からすーっと細い涙を流し、無言でゆっくり頷いて二人にそう伝えた。




