四日目⑥ 洞窟とモップ
「――どわっ?! っとぉ?! …………た、助かった……?」
つい十数秒前、火山の頂上からキレイに落下したはずの私は突風に運ばれながら、軌道途中にあったらしい葉が大量に生い茂った普通の木々の枝をクッションにして落下速度を下げ、どういうわけか吸血木の串刺しを免れるどころかかすり傷一つなく、ポツンと突き出ている岩の上――人ひとりが寝ころべそうな広さ――に見事尻もちをついて着地していた。まさしく九死に一生を得る、だ。
私は助かった命に感謝するとともに、こちらも奇跡的に無事だったスマホのロック画面を開く。こういう時は動かずに助けを待つのがセオリーと決まっている。
「連絡するならショタ……? ……いや、やっぱりビビにしよう。うん。心配かけてるかもだし!」
ちなみにショタを選ばなかったのは決して怒られそうだからというわけではない。
「よし、じゃ早速……って、あれ……? 繋がらない……? 嘘でしょ……?! でぇっ?! けけけ、圏外?!」
監視塔では電波が通じていたことを考えると、私が今いる場所はそこから電波が届かない位置――つまり、だいぶ距離があるのだと予測出来る。ということは、私は誰かが見つけてくれるまで、ここで待つしかないの一択だ。
「……ここにいるって気付いてもらえるといいけど……って、いや、ちょっと待って……その前に助けに来てくれるかわからなくない……?!」
そもそも悪魔が人助けなどするのだろうか。心細さからふと湧き出た疑問と不安。更にそれを煽るかのように、私の頭の中でビビとアサコが意地悪く笑う妄想が駆け巡った。
「……ないないないない!! そんなこと、ないっ……!」
私は半分自分に言い聞かせる気持ちでそう叫ぶ。こういう時こそ冷静にならなくてはいけない。
「……まず、根本的に悪魔だからこうだ~っていう思考回路になるのが間違ってる……うん、その通りだ……!」
よく考えてみれば、人間でも見捨てる人は見捨てるし、裏切る人は裏切るのだ。それも出会って数時間であろうが何年であろうが関係なく、だ。
「……二人はそうじゃない、と思う……私が人間って知ったらどう変わるかはわからないけど……あ、そう考えたらショタは私のことを知ってる分、探しに来てくれ……いや、微妙なラインだな……」
ショタはBLや私のおもりを嫌がっていたので、これ幸いと放置を選択するかもしれない。
「……ってことはレオ? いや、忙しくてそれどころじゃないか……となると、残りはグラスだけど、家からは出られないだろうし……あ、でも心配はしてくれるかも……!」
私の思い違いでなければ、グラスとはここ数日でだいぶ信頼関係を築けている。それを思い出したからだろう――この魔界に私の心配をしてくれる人が一人はいるかもしれないという希望のおかげで、私はホッと息を吐き、冷静さを取り戻すことが出来た。
「……とにかく、私がすべきなのは助けが来ることを信じて静かに待つ……それだけ……よし!」
私はそう言いながらすぐ後ろの岩の斜面にドッと寄りかかり、願いを込めるようにまだ日が暮れそうにない空を見上げる――と、その瞬間、背中を預けている部分からカチッという音が響いた。そして、間髪を入れずに私からその部分全てを奪い取ったのである。
突如寄りかかるものが無くなった私は、当然のことながら後ろにひっくり返り、
「ぬあっ?! ぎゃっ?! って、なんでぇえええ?! くっ、下り坂ぁあああ?! あああぁぁぁ~~~…………」
どうやら隠し扉だったらしいそれの奥に続く急な傾斜を、ギャグ漫画のように転がり落ちて行ったのだった――。
――それから数分後。現在私は転がり着いた先から広がる一本道を、スマホのライト一つ頼りに進んでいるところだ。
広さはそれなりに――悪魔が飛んで進めるくらい――あり、天井には等間隔でランプのようなもの――ただし、灯りは点いていない――がぶら下がっているので、ここが人工的に作られた洞窟なのは明白だろう。
いったい何のために作られたのか、誰か一人でもこの洞窟にいるのか、そしてこの先に出口はあるのか――私にはどれもわからないが、助かる糸口を掴むためにあがける内はあがくしかない。そう思って、私は湧き上がる恐怖を即興で作った歌を口ずさむことで抑え込みながら歩を進めている――。
「――やおい穴~は~どこですか~……受け、右、下だよ……ワンコ系なら歓喜だよ……」
そして、そんな努力が報われたのは、その歌を――正しくは同じフレーズを――何十回、もしかしたら何百回と繰り返した時だった。なんと、私が歌った「やおい穴~は~どこですか~」というメロディに、アンサーソングが返ってきたのである――!
『……ここ……デシ…………けて……デシ……』
「っ?!」
その声は少し前の方の、おそらく右側の壁の中から響いているようで、私はその声が空耳でないことを確かめるためにも、もう一度歌う。
「……やおい穴~は~どこですか~……」
『ここ! ここ! ここデシ! 助けてほしいデシ!』
「!!」
間違いない。この洞窟に、私以外にも誰かがいる――そうわかった瞬間、私はその声の主の正体を疑うことなく何の変哲もない壁に向かって声を張り上げていた。
「姿が見えませんけどどなたかそこにいるんですよね?!」
『そうデシ! 隠し扉になってるんデシ! 親切な方、どうか助けてほしいデシ! 開けるためのスイッチは下の方にあるはずなんデシ! 蹴れば開くと思うデシ!』
「スイッチ……探して蹴ってみます!」
私は言われた通りにスマホのライトで壁の下の方を照らしてみる。すると、壁と地面の境目辺りに周囲と比べて微かに凹んでいるような箇所があった。
「……それっぽいところがあったので、蹴ってみますね! ……エイッ! って、あっ?! 動いてる?!」
どうやらそこがスイッチで正解だったらしい。カチャリという金属音の後、目の前の壁がゆっくりと引いていき――その奥から声の主である三頭身ほどの男の子が、コーラルピンクのねこっ毛に光る輪を浮かせ、白いチュニックとかぼちゃパンツという姿でビュンッと飛び出してきたのだ。
「やっと出られたデシ~~~!!」
その男の子は感慨無量とばかりにそう叫びながら、洞窟内をグルグルと飛び回る。その喜びようから察するに、相当長い間閉じ込められていたようだ――が、それ以上に私が気になった点はこの男の子の正体。頭の輪といい、姿形といい、どこからどう見ても悪魔ではない。というか、天使にしか見えない。
しかし、ここは魔界である。魔界に天使なんているはずがないのだ。
「フゥ~~~!! やったデシ~~~!! ……あ、そういえばお礼がまだだったデシ」
男の子はそう言うと、私と目線が合う位置まで降下し、空色の瞳で私の顔をじっと見つめてくる。そして、驚きの表情でこう言い放った。
「地獄に仏とはまさにこのことデシ!――」
仏――つまり死者ということか。そんなことがほんの一瞬でわかるとは、やはり目の前の男の子は――。
「――ぼくは天界のキューピッド課所属、モップン! 見ての通り天使デシ! この度は助けてくれてほんとにありがとうデシ!!」
――やっぱり天使だった。またご丁寧にどこからか弓を出し、背中の筒からハートの矢を一本取って射るポーズまでしてくれた。
「……いえ……その、お役に立てたようで良かったです」
「とっても助かったデシよ~! そしてぼくのことはモップちゃんって呼んでほしいデシ! それであなたのお名前は何て言うんデシか?」
「私は日野美咲と言います。ご覧の通り普通の人間です」
「みさきしゃん……! なんて素敵な響きデシか! あのクソ犬っころをドカンと砕けそうな名前デシ!」
「どうもありが……ん……?」
褒め言葉に交じって物騒な言葉が聞こえた気がしたが、聞き間違いだろうか。
「それにみさきしゃんはなんだかいい香りまでするデシ! でもこの香り……ジンジャーじゃないデシか?!」
「えっ? ジンジャー? あっ! もしかしてダスボで飲んだジンジャーティーの匂いかな?」
「……ジンジャーティー……そうデシよね……そんなことあるわけないデシから――」
モップちゃんはそう言って、寂しそうに、でもどこか懐かしさを感じさせる顔で小さく笑った。
「――それはそうと、みさきしゃん。なんで人間がこんなところにいるんデシ? まさかみさきしゃんも堕天使に嵌められたデシか?!」
「ううん、私は自分の行動の結果、今に至っただけで……っていうか『も』ってことは、モップちゃんは堕天使の誰かに騙されてここへ?!」
「……そうデシ……今思い出してもはらわたが煮えくり返るデシ……! みさきしゃん、聞いてくれるデシか?!」
「私で良ければ、もちろん」
「ありがとうデシ! それじゃあ順を追って進みながら話すデシよ。こんな所、一秒でも長く居たくないデシからね!」
その意見には私も激しく同意だ。
ということで、私はモップちゃんの話を聞きながら、未だ変わらぬ一本道を更に奥へと進んで行く。私の隣では、モップちゃんが私の歩く速度に合わせて小さな翼を実に可愛らしくパタパタさせている――それで、そのモップちゃんだが、なんとこの魔界に顔見知りがいるらしい。
今回ここに閉じ込められる羽目になった原因もその顔見知りが関係しており、ある堕天使に「そいつが洞窟で会いたがっている」と言われたので素直についていってしまったんだそうだ。
その時の怒りや悔しさを吐露したモップちゃんの荒ぶりようはすごかった。だが――。
「――でもこれであのクソ犬っころに報復する動機が出来たデシ……! ひーっ、ひっひっ……! 次に会った時はこの特製の矢をお見舞いしてやるんデシ! キューピッド課の特権デシ……!」
――こんな感じに、数十分前とはガラリと変わって、今はだいぶ憤りも収まってきた様子である。それも悪代官のような笑みを浮かべて、愉快そうに矢筒を鳴らすほどに。
なお、堕天使相手には矢の効果――射られた人物は恋に落ちやすくなるんだとか――は期待出来ないとのことだが、当てるだけでスカッとするからいいそうだ。
――と、そんなこんなで、モップちゃんと楽しく会話をしながら進み続けて数十分。その辿り着いた先で、私達の短い冒険のような旅路は、ついに終わりを迎えようとしていた。
「空が見える――モップちゃん、ここって……」
「きっと出口デシね……!」
そう……そのモップちゃんの言葉通り、ついに私達は、最初から最後まで一本道だったこの洞窟の、出口らしき希望の光を見つけたのである。それも、遥か上の方に――!
次話投稿は明日8/17の15:30です




