四日目⑤ アサコ登場
「……うわっ?! もうこんな時間……!」
なんと待ち合わせの時刻まであと十分を切っているではないか。人の礼儀としてせめて五分前までには待ち合わせ場所にいたい。
私が少し焦った顔でショタに視線を送ると、ショタはわかっているという風に頷いてみせる。
「ルシファーはこれから部下と共有会だよね。仕事の邪魔しちゃ悪いし、俺はそろそろ下りるよ」
「ああ……じゃあまた」
「うん、じゃね! 美咲、行くよ」
「あっ! はい!」
そんなわけで、堕天使二人があっさりした別れの挨拶を済ませた後、私は再びショタに抱えられて――今回は当然命綱なし――ビビの側まで運んでもらったのであった。それからは、ビビと並んで空を見上げて待つばかりだ。
ところが、そろそろ待ち合わせ時刻になろうとするのに、誰かが飛んでくる姿は一つも見えない。
「……どうしたのかしら。遅刻するような子じゃないんだけど……」
「反対方向から飛んでくる……ってのは絶対ないよね?」
「ええ。さすがにそんな遠回りしては来ないわよ」
私達がそんな風に話していると、ふいに後ろから「いや、半分正解だよ」という声が聞こえてくる。
その声に驚いて振り向いてみれば、そこには深緑色の三白眼の瞳を細め、口から鋭い犬歯を覗かせて不敵に笑う、オリーブ色のミディアムヘアーの女の子が立っていたのである。しかも、火山に生えている草木の色に合わせた迷彩服姿で、だ! これが覗きのガチ勢というやつか――!
「アサコ?! なんでそっちの方向から?! それも歩いて……?!」
「……念のため塔の上で監視してるヤツに見つからないためだけど?――」
服装だけじゃなかった。リスク回避のレベルも段違いである。
「――でも、今日はあんまり意味がなかったみたいだね……アタシら以外にギャラリーがいるとは思わなかったよ」
そう言って、アサコと呼ばれた女の子は塔の入り口の側でこちらを横目で捉えながら面倒くさそうにしているショタを顎で指した。
「……アサコ、堕天使様を顎で指すのはさすがに失礼よ。彼はね、訳あって美咲のお目付け役なの」
「へぇ……お目付け役……! もしかしてお宅もコッチ系?」
アサコは右手でピストルを作って、自分のこめかみに当ててみせる。どうやら私は「あなたも狂ってるの?」と聞かれているらしい。
「(魔界の)常識で考えればコッチ系に入るかもしれませんが……正しく表現するなら定番過ぎますけど腐ってる系でしょうか」
「腐ってるって……クククッ……! それも定番とか聞いたことない……! ビビ、この子面白いね」
「そうでしょう? それに二人は気も合うと思うわよ! ……って、わたしったら、紹介がまだだったわね――」
ここからビビによるわかりやすい他己紹介が始まり、私はこのアサコという悪魔の女の子――本名アサレア――が元々はビビのお客さん(ビビは独立開業した凄腕エステティシャンなのである)だったことを知った。それが今では友人の一人となって仲良くしているらしい。職業は意外なことにパティシエで、味だけを審査するコンクールではよく上位に入賞しているとのことだ。
一方の私はビビには身の内話は一切しておらず、基本的にBLの話ばかりだったため、腐った話が中心の紹介となってしまった。だが、それがアサコの琴線に響いたようで私はすっかり仲間認定され、出会って五分も経たない内にアサコと仲良くなることが出来たのである(もちろん連絡先も交換済み)。
「――それで今日の本題に入るけど、逢瀬はどの辺りで行われるのかしら?」
「ここから西に噴火口の周りを一キロちょっと行ったところだよ。そこにちょうどいい茂みがあってね……ククッ……ヤツらはアタシに見られているとは知らず、そこで毎日盛ってるんだ……」
「ほほう……ちなみにポジションは固定? それとも日によって入れ替わったりするの?」
「今のところ固定だね。美咲の言う単語を使うと、ドワーフ系が受け、ゴブリン系が攻めってやつだよ」
ということは、ゴブリン×ドワーフか。略してゴブドワだ。
「ゴブドワね、了解!」
「……すんなり受け入れられる美咲が羨ましいわ。わたしは二人の関係性が見えてこないとスイッチが入らないから……アサコはもちろん二人のそういったことも知ってるんでしょう?」
「まあね。でもそれは後。そろそろここを出発した方がいい。十分後には上級悪魔達が塔の中から出てくる頃合いなんだ……って、チッ! もう出てきた!」
アサコは苛立たし気にそう言いながら私とビビの首根っこを掴み、素早く塔の壁に張り付かせると、右手の人差し指を口に当て、左手の人差し指で塔を回り込むように合図した。私とビビはコクリと頷き、その指示に従って音を立てずに回り込む。
そうしている間にも塔の外は一気に騒がしくなり、ショタとルシファーの会話が聞こえてくる。
「――ショタ、火山から下りるんじゃなかったのか?」
「さっきのは塔から下りるって意味で言ったんだよ。残念だけど、美咲が帰るって言わない限り、俺はまだここにいなきゃなの」
「……その美咲が見当たらないが?」
「……ホントだ。でもさっきまでその辺にいたから、用を足しにでも行ってるんじゃない?」
「用を足すって外で、か?! なんて下品な女なんだ……!――」
これがルシファーの目から私達の姿を欺くためのショタ流の足止めなのか、それとも私の評判を落とそうとしただけなのかは確かめようもないが、とにかくルシファーの気は一旦逸れた様子だ。
その隙に、私達は三十メートルほど先にある凝固剤袋の山の裏まで全力疾走する。
「……よし。見つかってないみたい。ここまでくればもう安心だ。さあ、現場まで行こうか」
アサコはそう言うと、競歩に近い速度で歩き始めたのだった――。
「――それで話を戻すけど、その二人の関係性ってどんな感じなのかしら?」
「ああ。そういえばまだ話してなかったね」
ということで、アサコはこれから情事をする二人の悪魔について教えてくれた。二人はここの労働者の中でもかなりの力持ちで腕に自信があるらしく、事あるごとにどちらの方が強いか言い争っていたそうだ。そうなると、やはり決闘する流れになるのは当たり前で、仕事終わりに技の掛け合いをするのが日課になったらしい。
「ふぅん。仕事仲間でありライバルってわけね」
「でもさ、決闘が日課になるくらいだよ? それって余程仲が良くなきゃ難しくない?」
「確かに……! ってことは、仕事仲間と言ってもバディの線が濃厚かもしれないわ……! ふふっ……盛り上がってきた!」
「……話を続けるよ。ところがつい先月かな……ゴブリン系の技がドワーフ系の急所をかすめてね。それが相当気持ちよかったらしくドワーフ系が思わず艶っぽい声を上げたんだ――」
その後の展開は、お判りいただけるだろう。これはいいぞと思ったゴブリン系がどんどんドワーフ系を辱め、そしてその姿に自身も興奮してしまった結果――結合合体! ゴブドワ! が出来上がったのである。
「――それからは毎日だよ。最初は軽く殴り合ってから情事に入っていくんだ……アタシとしてはもっと血みどろになるまで決闘してほしいんだけど、ドワーフ系の屈辱なのに快感に抗えないって顔はかなりミモノでね……! 初めて見た日の翌朝、気付いたらアタシは職場で新しいドーナツを焼きあげてた……! その名も『ドワーフが溺れし淫虐のこん棒』ドーナツ! ちなみに今も絶賛発売中だよ」
つまりそれは、平たく言えばゴブリン系のイチモツを模倣したドーナツを売っているということだ。それを売るのもすごいが、それを買うお客がいるのもすごい。
「……よく上がオッケーしたわね」
「まあね。名前は違うから。確か『甘い二人を結ぶ白い橋ドーナツ』とかそんな名前だったはず。まあちょっと仕掛けを施したスティック型の焼きドーナツにホワイトチョコレートをかけて、上にアーモンドダイスをまぶした一見普通のドーナツなんだけどね」
「……えっ?!――」
待ってくれ。私はそのドーナツを知っている。
「――アサコの職場ってもしかして……『惑うなツウ』……?!」
「そうだよ。え、ナニナニ? もしかして美咲、それ買ってくれたの?」
「うん……今朝五個買って……ある人に全部食べさせた」
「っ! 美咲、それって……?!」
「……うん、それだよ」
「ナンの話?」
アサコにそう聞かれた私は、レオへの洗脳作戦の件と、そのためのドーナツを今日から早速差し入れし始めたことを手短に話して聞かせた。それを聞いたアサコは大ウケである。
「ヒーッ……! メッチャウケる! ゴブリン系のイチモツを食わせて洗脳とか……! 美咲、最高に残虐でイイね!! ……はーっ……久しぶりにこんなに笑った……あ、着いたよ。で、ヤツらがシてるのはあの岩のウラね――」
その岩は山の斜面から少しむき出している形で存在しており、私はドワーフ系がこの岩をどう使うのか瞬時にわかってしまった。寝そべるように寄りかかったり、手をついてみたりと、まあ便利そうである。
「――ってコトで、二人共、私語はここで終わり。隠れて静かにヤツらを待つよ」
そのアサコの一声で私とビビは顔を引き締め、アサコの指示に従って岩の裏がバッチリ見える茂みの中――実は後ろが崖すれすれ――に隠れたのだった。
そうして、私達が茂みの中にしゃがみ込んで約十分。私達の来た道から、ドスドスと歩く強面で大柄な男性二人組――先頭に白髪交じりの髭面のおじさん、その後ろに鶯色の肌に尖った耳が特徴のスキンヘッドのおじさん――が、やって来たのである。
体長はどちらも軽く二メートルは超えており、露出している上半身はボディービルダー並みで、私の知っているドワーフとゴブリンとは程遠い姿だった。
私は想像していた絵面とのギャップに面食らったが、即行で気を取り直すと、たった今始まったばかりの本気バトルに集中する。その中身はやはりアサコが見学するだけあってとても暴力的で痛々しい。重い技の応酬をくらい合う姿に、見ているこっちがギブアップしそうだ。
けれど、それはある時を境にして、ゴブリン系が仕掛けドワーフ系が受ける、という一方的なものへと変わっていった。開始直後とは違う軽めのジャブが続き、最後に頭突きをくらわせた後――ついに、ゴブリン系がドワーフ系をあの岩の裏で壁ドンしたのである!
その瞬間、誰もがこのまま卑猥な展開に入っていくと、そう思った。ところが――! ゴブリン系はなぜかドワーフ系を岩裏から引きずり出し、あろうことか私達が隠れている茂みの方へ向かってくるではないか――!
……もしかして、今日は茂みの草をベッドにして事に及ぶつもりなのかも……?!
しかし、事態は私のそんな呑気な予想とは違っていたらしい――私がそう思ったちょうどその時、なんと、アサコが『今すぐ逃げるよ』と言わんばかりに電光石火の勢いで私の左腕を掴み、そのまま後ろに、崖の方へと引っ張ったのだ。
「……っ?!――」
そして、そうなると、起こる未来はただ一つ――。そう、私は強制的に背中から崖下へと落ちていったのである……!
「――ったく……あんな動きをするなんて聞いてないよ……次からは隠れる位置を少し考えないと……」
「そうね。でも、結構いい体験だったわ。ねぇ、美咲? って、あら……? いない……?!」
「ン? そういえば美咲、ドコだろ。ビビと同じように落としたんだけどなー。風に煽られたとか? ま、そのうち戻ってくるっしょ」
「いいえ……その可能性は低いと思うわ……!」
「え? どーしてよ?」
「あの子、多分飛べないのよ!!」
「……マジ?」
次話投稿は明日8/16の15:30です




