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四日目④ 火山とルシファー

「……そ、それホント?! っていうか現場って何……?!」


 そう言って私が期待を込めた目でビビを見つめると、ビビは少し頭を悩ませながらもわかりやすく説明してくれた。


「えっと……まずは美咲の質問に答えるわね。その現場というのは火山の頂上のことよ。で、その子が言うにはそこで働いている下級悪魔達が仕事終わりに逢瀬を繰り返しているって話だったの」


 その逢瀬を頻繁にしているのは、ゴブリン系の悪魔とドワーフ系の悪魔で、ビビは最初にそれを聞いた時は「ふうん」としか思わなかったそうだ。と、そこで、うっかり私達の会話に参加してしまっているショタのコメントが入る。


「……待って。火山には男の悪魔しかいないはずだけど?」

「ええ。私もそう思ったから聞き間違いだと思っていたの。でも今日も会った時にやっぱり二人共火山で働いてるって言っていたから……きっとそういうことで間違いないはずよ」

「は? いやいやいや、絶対間違いでしょ?!」

「あなたはあの子の感性を知らないからそう言い切れるのよ」


 確かにゴブリン系とドワーフ系という絵面の逢瀬を見に行っている時点で、その子が腐女子でなかったとしても、常人とは一味違う感性の持ち主なのは明らかだ。


「聞いてる限りだと、正統派ではなさそうだね」

「ええ。完全にイロモノ派ね。というか、同じ中級悪魔のわたしから見てもイロモノ中のイロモノ派よ……あの子はね、醜悪で残虐なものに芸術性を感じる子なの」

「なるほど……!」


 あの組み合わせを芸術に昇華するとは、素晴らしい才能である。これは是非ともこちら側に引き込んで存分にその能力を発揮してもらいたい。


「……いや、謎に感心してるけど、俺からしたらあんたも似たようなもんだからね?!」

「え? 私ってそんな芸術性が高いですか?」

「どうしてそうなるわけ?! あんたも十分残虐だって言ってんの!!」

「美咲、どうする? 癖はあるけどいい子よ。もし会ってみたいなら今から連絡を取ってみるけど……って、そんなこと聞くまでもなかったわね」


 ビビは私の顔を見てフフッと笑い、私も笑みを漏らして答えを返す。


「もちろん! 会う一択でしょ!」

「よね! じゃ、早速! あ、どうせなら今日の逢瀬の見学も同行可能か聞いてみましょ」

「は?! 今日?! 同行?! 俺にはそんな予定ないんだけど?!」

「ですよね。だから私は帰宅してからビビと二人で行くので安心して下さい」

「はぁ?! 二人で行く?! あんた、俺がなんで一緒にカフェについてきたかわかってないでしょ?!」

「えーと、なんででしょう?」

「監視だよ! あんたが予測出来ない行動をしたせいでね?! 実際すでに火山に行こうとしてるわけだし?!」


 火山の件は理解出来るが、それ以外に予測出来ない行動なんてしただろうか。そう考えていると、ビビが歓喜の声を上げる。


「美咲! やったわ! オッケーだそうよ! 五十分後、火山の監視塔の前で待ち合わせですって!」

「やった!」

「は?! だからなんで勝手に決めてるわけぇー?!」

「……そういえば美咲、数分前から会話に参加してるこちらの殿方は……いったいどなたなのかしら?」



   ◇



 魔界上空。ビビの先導で私達三人は魔界の西側に位置する火山――正式名称魔死山(ましざん)――の頂上にある監視塔を目指して飛んでいた。無論、私はショタに抱えられての飛行なのだが、いつもと違って今回は命綱ありの飛行となっている。その理由は、火山の面々に植えられている鋭く尖った銀色の木々だ――。


『――あの木は吸血木《きゅうけつき》と言って水分を含むものはなんでも吸うけど、名前の通り特に血を、それも人間の血を好んでいて、人間の血を吸うと堕天使でも手が付けられない程狂ったように暴れるんだ。だから俺は絶対美咲を落とすわけにはいかない。それに奴らは嗅覚も敏感だからね。今は干からびて眠ってる状態だからいいけど、起きてる時はかすり傷の血の匂いさえキャッチする。そういうわけだから、美咲も吸血木には絶対近寄らないようにしてよ』


 ――というのがショタの説明で、とにかく危険な木らしい。そんなに危険な木なら全部抜いてしまえばいいのでは? と私が言うと、魔死山は年に一度絶対に噴火するので、その噴火によるマグマを受け止めるのに吸血木は必要不可欠なのだという。また、噴火は毎年同じ日に起こると決まっていて、それはまだ一ヶ月以上先とのことだった。


「噴火する日がわかっていて、更にマグマを吸収する木もある……魔界って上手く出来てるんですね~」

「……あのねぇ、それだけで被害が抑えられるわけないでしょ。下をよーく見てみなよ」

「下……? えっと……人が、いや悪魔達が、大きな袋みたいなものを運んでますね……運んでる先は……噴火口? あ、袋を投げ入れました!?」

「そーいうこと。あの袋の中身は凝固剤だよ。人間界のマグマがどんなものかは知らないけど、魔界のマグマはすごくなめらかな液状なんだ。だから少しでも固めることでマグマが流れる速度を遅くさせて、街に流れ込む前に吸血木に全部吸わせるってわけ――」


 実にシンプルで合理的である。


「――で、その仕事を指揮しているトップが堕天使のルシフェルで、通称ルシファー……あ、ちょうど今監視塔のてっぺんに立ってる!」

「あ、あの人……!」


 ここからでは後ろ姿しか見えないが、あのダークブルーの髪には見覚えがある。最初の魔王との謁見の際にいた、美少年系の堕天使だ。


 そのルシファーという堕天使は、ショタの言う監視塔――いくつものコンテナハウスを積み上げたような高い建物――の上から噴火口の方を向いており、私達が近付いていることには気が付いていない。


「でもトップ自ら監視なんて珍しー。何かあったのかな。よし、挨拶がてら聞いてみよーっと」


 ということで、私達は監視塔のてっぺんに、ビビは監視塔そばの地面に降り立つことが決まった。


 ちなみにビビには火山へ行くことになった時点で、私が人間であることは伏せたまま、ショタの正体――堕天使であるということ――だけを明かしている。


 ビビはそれを聞いた時、少し驚いただけで特段気後れする様子もなく、あくまでクールに受け止めただけだった。堕天使という存在は悪魔にとって憧れの的であるそうなのだが(魔王城での勤務中にレオの部下から聞いた)、腐悪魔女子は例外なのかもしれない。


 ……ということはつまり、堕天使に憧れの念を抱いていない悪魔女子は、腐るポテンシャルを秘めている可能性が高いってことじゃない……?!


 そうして、私がそんな風に思考を巡らせていたちょうどその時、気が付けば、私とショタは監視塔のてっぺんにふわりと舞い降りていた。


「……こんなところまでパトロールとは随分な遠出だな」


 そう言ったのはもちろんルシファーで、その美しい顔を無表情に保ったまま、身体をこちらに向けて私達をじっと見つめている。さすがに私達が着地する前には気配を察知していたらしい。


「パトロールだったらよかったんだけどねぇ――」


 ショタはテキパキと命綱をほどきながら、自身と同じ位の身長の私の後ろにいるせいで隠れてしまっている顔を私の左肩から覗かせ、「――美咲のおもりだよ」と答えを返した。


「……おもり? 面倒はレオが見ていると思ったが……?」

「いやー、それがさー。レオが忙しくって、おもりをパスされてねー。で、美咲が火山に行きたいって言うから仕方なく運んできたんだよ」

「……火山に来たがるとは変わった人間だな……しかし、レオはそんなに忙しいのか」

「うん、そうみたい――よし、ほどけた~っと」


 私とショタを繋いでいた命綱がするりと下に落ち、完全な姿をルシファーの前に現わしたショタはどこかスッキリした顔だ。


「……グラスの容態はどうなんだ? レオがその様子ということは、まだ仕事にも復帰していないんだろう?」


 その問いに、私は今朝のグラスの様子を思い浮かべる。回復は順調どころか、キラキラの恋するオーラが日に日に増していっているくらいだ。


「そこの美咲の話によると、容態はかなり落ち着いてきてるみたいだよ。でしょ?」

「あ、はい……眩しいくらい元気になっていますよ。この調子なら仕事復帰も近いかもしれませんね」

「そうなのか……意外と早かったな」

「ね。苦しむ期間が短くてホント良かったよ。で、そういうルシファーはどうなの? 堕天使自ら監視なんて珍しいじゃん」


 ショタは好奇心溢れる瞳でルシファーを見つめた。それをルシファーは一瞥し、噴火口の方に顔を向ける。つられて私もそちらに視線を向けると、現在は仕事じまいをしている悪魔達の姿が目に入った。


「……特に何かあったわけじゃない……ただ、凝固剤の投入もそろそろ大詰めだからな。そういう時こそミスが生じやすくなる。その未然防止策として俺が立っているというだけだ」

「なーんだ。そんなことかー。なんか事件でも起こったのかと思ったのに」

「……凝固剤を投入する作業に事件なんて起こりようがないだろう」

「まあそうだよねー……って、いや、前に一個あったよ! ほら、ヤンが環境大臣の時に下級悪魔達が度胸試しとかで噴火口にダイブするって事件があったじゃん?!」

「……そういえば休暇明けにそんなバカな事件を聞かされたことがあったな……」


 しかし、この事件、当時は生還出来ずに全身炭になる悪魔が相次いだことで、噴火口にダイブすることが法律で禁止されるまでになったそうだ。度胸試しではなく、ただの自殺行為なのだから妥当な判断である。


 それにしても、このヤンという堕天使の名前を聞くのは今日で二度目だ。他の堕天使の逸話は聞かないので、ヤンは堕天使の中で一番のドジっ子系らしい。


「あの時と比べると今は悪魔達も随分丸くなって、平和になったよねぇ……」

「……ああ……そうだな……」


 そう言った二人は黙って遠くを見つめたまま動かない。きっと、昔の出来事を色々思い出しているのだろう。


 と、その時だった――。突然下からカンカンカンカンという高い鐘の音が鳴り響き、それをバックに何千もの悪魔の大群が一斉に空へと飛び立っていったのである。


 その光景に私はハッとし、慌てて自分のスマホを取り出した。

次話投稿は明日8/15の15:30です

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