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四日目③ ビビからの緊急呼び出し

「ちょっと待って……? レオ、かわしたって何……? 照れ隠しとかじゃなく……?」


 セシルはレオに向かって笑顔で優しくそう問いかけた。だが、その笑顔は少し歪んでいるようにも見える。


 ……え、この人、もしかして闇属性も持ってるの?! ちょ、妄想が膨らんじゃうんですけど?!


「……セシル、あれが照れ隠しに見えるか? あれを可愛く感じる奴がいれば軽くホラーだぞ」

「……レオの言う通り、あれが照れ隠しだったら随分個性的だとは思うけど……美咲は人間だろ? 照れ隠しの仕方も悪魔の女の子と違って当然じゃないか?」

「人間なぁ……セシル、お前、三日前に話したこと忘れてるだろ?」

「……三日前?」

「そうだ。あのな、そもそもこいつは人間界で有名な壁ドゥ~ンが通じなかったんだぞ。んで、お前がそんだけ顔を近付けていたってのに、頬を染めるとか目を逸らすとかの動揺が一切ない。それだけで感覚が普通じゃないことはわかるだろ?」

「……!」


 その意見にショタもうんうんと頷いている。セシルも腑に落ちたという顔だ。全員で失礼極まりないが、ある意味核心をついているので否定はしない。


 ちなみに、いくら私が腐女子といえども全く動揺しなかったわけではないのだが、それ以上にセシルの潜在能力が高かったため、思考が腐った方に振り切ってしまったのである。


 しかし、そんなことよりも――。


「壁ドン、いいですね! 是非この場でショタに――」

「――あばばばばば!!」

「……ショタ、急に大声出してどうしたの?」

「つーか、なんかお前、さっきから変じゃねぇか?」


 鈍感なレオが気付くくらいだ。確かに今のはだいぶわざとらしかった。だが、本人としてはこれ以上私の餌食になるのは避けたい一心なのだろう。ショタはレオからの指摘を無視し、芝居がかった声で叫びながら一目散に扉へと駆け寄って行く。


「あーーー!! もうこんな時間かー! 俺はもう仕事に行くからー!」


 そして、


「へ? ……そういや、そんな時間だったな。あっ! ってかその前に、ショタ――」


 というレオの呼び止める声も聞かずに、ショタは「じゃあね!」と言って脱兎の勢いでこの場から退出していったのだった。


「――夕方もまた美咲の送迎を頼むって言いたかったんだが……ま、後で言えばいいか」


 せっかく逃げられたのに、その日の内にまた私に会わなくてはいけないとはなんとも不憫なショタ系である。


「送迎……! レオ、そんなに忙しいのかい?」

「ん? ああ、そうなんだよ。実はヤンの奴がさぁ――」


 レオはよくぞ聞いてくれたというテンションで、セシルに向かって先ほどよりも詳細に話してみせた。


 その話を要約すると、不運なことに増えた仕事は昨年度の資料の修正だけでなく、追加でヤンという堕天使が七年前にも担当した資料も念のため確認するよう魔王から言い渡されたということだった。


「――去年の分に今年の分だろ?! そこに七年前の分もとか、合わせて三年分だぞ?! せめてグラスがいる時に発覚してくれりゃあ良かったのによぉ……!」

「なるほどね。それは本当に大変だ……だからショタに送迎を頼んだってわけか」

「ああ」

「そうか……」


 セシルはそう呟いて何やら考え込んだ後、とびっきりの笑顔で「じゃあ、僕も美咲の送迎を担当する可能性もあるわけだね」と言った。


「ああ。ショタがダメなら仕事の持ち場と柔軟性を考えれば次は法務省のセシルだからな」

「だよね」


 ……へぇ。そういう基準で送迎係が決まっていたんだ。


「って言っても、今のところショタが防衛省の仕事で手一杯になることは――」

「――レオ、大丈夫。その辺は理解してるよ……ということでね、美咲、僕が君を送迎する可能性もあるんだよ」

「あ、みたいですね」

「うん、だからね? その時のために今僕と連絡先を交換しておかないかい? ね?」


 セシルはそう言いながら、すでに自分のスマホを私に差し向けている。私はノーとも言えず――そもそも拒否する理由はないのだが――、素直に頷いて連絡先を交換した。


 それから一分も経たない内にセシルは「じゃあ、僕もそろそろ行くね」と言って、部屋から出て行ってしまう。最後に「また近いうちに」という、レオと私のどちらに向けたのかはっきりしない言葉を残して――。



   ◇



 そして、その日の夕方――。今日も無事仕事を終えた私は、ビビから緊急の要件ということでいつものダスボに呼び出され、現在注文したドリンクの受け取りを待っている最中だ。それも、可愛い保護者付きで、である――。


「――ったく、緊急だか重要だか知らないけど、そんな話はとっとと終わらせて一秒でも早く俺を解放させてよね?!」


 と言ったのはその保護者こと、夕方もまた私の送迎を任されてしまったショタで、まだ朝の件を根に持っているらしくややご立腹だ。


「……それは相手がいることなのでなんとも言えませんが……あ、ドリンクの用意が出来たみたいですよ――」


 それらは三男によってカウンターへと並べられ、私はアイスジンジャーティーを、ショタはソイココアを手に取った。


 ちなみにヤギ太は本日も不在である。だからだろう、三男は少し不機嫌そうな様子だ。ラブラブでなにより――と、そんなことを思いつつ今日はだいぶ空いている店内を進み、私は瞳を爛々と輝かせて待つビビのテーブル席に、ショタはその後ろの席に腰を下ろしたわけなのだが、ビビの口から語られた話はまさしく緊急の要件だったのである――!


「――ヤギ太が三男との約束をキャンセルして別の男と遊んだだってぇええええ?! あっ?! だから三男は不機嫌なのね?! って言うか、それって浮気じゃない?!」


 ラブラブどころか、破局の危機に直面していたとは……! 無垢な顔して二人の男を弄ぶなど、とんだア〇ズレなヤギである!


「やっぱり美咲もそう思う?! だって、今日お店に来た時の三男のご機嫌ななめっぷりと言ったらすーごかったのよ?! あれは嫉妬とかいう次元を超えてたわね。うん。完全に彼女の浮気に激怒した彼氏だったわ。ヤギ太もずっと三男のご機嫌を窺ってたし」

「くぅ~……! それは是非とも生で見たかった……!」

「ところがね、話はこれだけでは終わらなくて……なんと!! そのヤギ太の浮気相手が店の中にいたのよぉ~!!」

「ぶっふぅーーー?!」


 ……まさかの頭部がヤギの男を取り合う三角関係の修羅場、ダスボで始まってたーーー!! なんという激アツ展開……!!


 しかもその相手は、私とビビが最初に出会った日に私達の後ろの席にいたスーツの鬼畜(私の勝手な設定)眼鏡系――私達の間ではこの彼を鬼畜と呼ぶことに決定した――だったそうなのだ!


「それでその鬼畜なんだけど、ヤギ太をかばうように三男に謝ってて。で、三男も鬼畜の弁解を信じたのか、一応謝罪は受け入れた感じだったわ」

「……へぇ~。間男の謝罪を受け入れたんだ……まあそれはいいとして、肝心なヤギ太の方はどうなったの?!」

「んっふっふっふっ……それがねぇ――」


 ――先に仕事を終えたヤギ太が三男の仕事が終わった後に二人で食事に行く約束をしたことにより、そちらも一応和解となったらしい、とビビは意味ありげに言った。


「デートの約束取り付けて仲直りって……!! ヤギ太、上手いことやったなぁ?!」

「でもね、三男の仕事が終わるのは結構遅いみたいなの。だから食事というのは建前でぇ――」

「――メインはその後……今夜は激しく求め合っちゃうわけですね?!」

「きゃっ! そーいうことっ! んふっ!」

「ぐっふぅ~!――」


 妄想が捗る展開に、私達の盛り上がりは最高潮だ。しかし、それに水を差す人物が一人――もちろん、ショタである。


「――頭のおかしい妄想もたいがいにしなよね……!」


 このショタの突然な登場に、私とビビは思わず互いの顔を見合った。確かにこの場で語り合うには少々きわどいラインだったかもしれない。が、だとしてもショタはBLというものを少し勘違いしている。そこは今ここで伝えておくべきだろう。


「……BLはれっきとした文化ですよ。それを題材にした様々な教本が一斉に売り出されるお祭り(同人誌即売会)だってあるくらいなんですから。まあ、ご指摘通り場所は選ぶ必要がありますけどね」


 私が正論でそう返すと、ショタとビビはそれぞれ同時に「祭り?!」「お祭り?!」と声を上げた。


「いや、やっぱ好きに妄想していいからそれ以上詳しい情報は口にしないで」

「美咲、そのお祭りって?」

「簡単に言うと創作物を売る会かな」

「あーあーあーあー、聞こえなーい」

「じゃあその教本というのは?」

「主に性描写てんこ盛りのBL漫画だね」

「俺はなんにも聞こえてなーい」

「BL漫画……! つまりパラダイスね?!」

「悪魔がパラダイスとか草」

「いや、めっちゃ聞いてますよね」


 ショタがボケるのでついツッコんでしまったが、今思い返してみればビビの言う通り、コミケは私にとって天国みたいな場所だったのだとわかる。ミナミと共に協力して買いに走った同人誌達、初めてサークル参加者として出展した日――大変だったこともいっぱいあったはずなのに、私の記憶にある感情は『楽しい』以外残っていない。


 そしてその感情を、今目の前にいるビビと分かち合えたらどんなに幸せだろうか――。


「――でもなぁ……魔界で開催するとしても、まずは腐女子仲間を増やさなきゃなんだよなー……」

「は?! なんでそーなるの?!」

「あら、美咲、そのお祭りを開催するならわたしも協力するわよ?!」

「あんたも火に油を注ぐのやめてくれる?!」

「それは心強いよ! でもさすがに私とビビの二人だけじゃ今とやることはほとんど変わらないから……まずは同志を増やす必要があって。そのためにはビビみたいにBLに興味がありそうな子に布教するのが一番なんだけど――」


 BLという文化が存在しなかった魔界である。果たしてBLに興味を持つ悪魔女子がビビ以外にいるのかどうかもあやしいと、私はそう思っている。


 ところが――。ビビは目をこれでもかと大きく開けて、その不安を打ち砕くどころか、ヤギ太達の三角関係以上に激アツ展開を予感させる台詞を口にしたのだ。


「――待って……そう言えば一人、いるかもしれないわ。その子、今日も現場に行くって言ってたもの」

次話投稿は明日8/14の15:30です

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