四日目② セシルとの初対面
「――レオ、入るよ……ってこれはまた派手にやってるねー」
「美咲です。失礼しま……ひゅ?!」
総務大臣執務室の扉を開けてすぐ、私は目の前に広がる光景を二度見した。つい昨日の午後に全部の調書を片付け終えたはずの作業用テーブルの上にはまた新たな書類の山が積んであり、更に床にまで書類の入った段ボールやファイルなどが点在しているという有様だったのだ。
「ショタ、わりぃ。手間をかけさせたな……」
レオは作業用テーブルの書類の山から徹夜明けの顔を覗かせ、「もうそんな時間か」と呟いた。
「……で、昨日誤って削除したっていうデータは復元出来たの?」
「ああ。なんとかな――」
どうやら昨日の夕方にレオが緊急で魔王城に戻ったのは、それが理由だったらしい。
「――だが、そのおかげでとんでもねぇ仕事が増えちまった」
そう言うなり、レオは溜息を吐いて大きなクリップで留められた紙の束――表紙には『第四五六六回 魔界会議 総務省資料①』と書かれている――を掲げて見せた。その紙の束からは尋常じゃない数のピンクの付箋がはみ出している。
「会議の資料? が、どうかしたの?」
「しかもそれ去年のやつじゃん……って、まさか……?!」
「そういうことだよ……見ろよ、この付箋の数……数値の部分の半分は一個ずつずれてるとか入力ミスとかなんだぜ……」
「……半分も……」
「……一応聞くけど、それを作ったのって――」
「――ヤンだよ」
初めて聞く名前だ。私が頭にクエスチョンマークを浮かべていると、レオは「堕天使の一人で休暇中の奴だ」と教えてくれる。
「なのにあいつ、電話に出ねーし、折り返しもかけてこねーんだ……!」
「だろうね。ヤンはグラスの件でさえ連絡無視してるから。代理で修正出来る人材がいる資料ごときじゃ動かないと思うよ」
「くそっ! 次の魔界会議までもう二ヶ月切ってるし、グラスはいねーしで、こっちはめちゃくちゃ忙しいっつーのによー! 飯だってほとんど食えてねーんだぜ?! こんなんじゃ昼までもたねーよ!」
「……それは何て言うか……ご愁傷様」
ショタは私の持つ箱に一瞬目をやり、不快感丸出しの顔を私に向けた。そうなる気持ちはわからなくもないが、露骨すぎである。レオが感づいたらどうしてくれるのだ。こればかりは相手が堕天使だろうと、決して邪魔はさせない!
私は急いでドーナツの箱を自分の胸の位置まで持ち上げ、レオにニコリと笑いかける。
「それはちょうど良かった~! 実は私、レオに差し入れを持って来てたんだよね」
「はっ?! マジかよ?! 美咲のくせに気が利くじゃねぇか! って、これ『惑うなツウ』のやつじゃん?! オレここのドーナツ大好きなんだよー! 美咲、実はお前エスパーだろ~?!」
レオは大喜びで冗談交じりにそう声を上げて興奮気味に私からドーナツの箱を受け取ると、作業用テーブルに箱を置く場所を作っていく。
その様子を諦めたような目で見つめるショタが「単細胞ほど怖いものはないな……」と呟いた。怖いではなく、操りやすいの間違いではないだろうか。
なお、その操りやすいレオは、すでにドーナツの箱を開いて中を覗き込んでおり、そしてついに、一つドーナツを手に取って、それを口元へと持っていった――!
して、そのドーナツは――?!
「っ!!――」
――白くて細長い、見る人によってはナニを彷彿とさせる形状のもの……つまり、私が絶対選んでほしかったドーナツだったのである!
「――やっぱり受けぇ~!!」
私の直感(願望)は正しかった! それが今ここで証明されたのだ!
私は歓喜のあまりその場で膝をつき、天に向かって祈るように両手を挙げる。この喜びをすぐにでもビビと共有したい!
ちなみに私のこの奇行だが、目撃していたのは真横に居たショタ――現在汚物を見るような目を向けられている――だけで、幸いにも作業用テーブルに積み上がっている書類たちのおかげでレオには見られるどころか気付かれることもなく済んでいる。
で、そのレオはというと、無我夢中で二つ目のナニ風ドーナツに食らいついていた。
……いいぞいいぞ。その調子でもっと欲しがりさんに育ってくれたまえ!
「あ゛~~~! マジうめぇ……疲れてる時こそホワイトチョコレートだよなぁ……生き返るわぁ~~~」
「うんうんそうだよね~! これから毎日差し入れするからね!」
「マジかよ?! それはありがてぇ!」
ということで、ドーナツを使った攻めか受けかテスト及びサブリミナル効果作戦は思っていた以上に好調な滑り出しを見せた。私自身、まさかここまで上手くいくとは思っていなかったが、おそらくレオが徹夜明けだったことが功を奏するのに大きく影響したのだろう。
「……ホント憐れで草」
「あ、ショタも良かったらドーナツ食べます?」
「はぁ?! 食べるとかあり得ないんだけど?! どう考えたらそんな不可解な台詞が出てくるわけ?!」
「……ただの純粋な気遣いですよ?」
「いいや、絶対に他意あるでしょ?! もし本当にそうだったとしてもあんたから施しを受ける義理なんて一つもないから!」
本当にただの気遣いだったのだが、ショタは私の腐った趣向を知っているせいか警戒の姿勢を崩さない。自分も私の餌食になる可能性があることをわかっている顔だ。まあ正解である。
すると、その時だった。突然私の背後から
「――じゃあその施しは僕がもらってもいいかな?」
という、レオでもショタでもない男性の声が降ってくる。どうやら、いつの間にか執務室に入って来た者がいたらしい。
……えっ、誰?!
その声に私は普通に驚いて、仰け反りながら後ろを振り向くと、そこにはグラスと同じくらい長身で大人の色気を放つセクシー系の金髪の男性が一人、その緑色の瞳で私の顔を覗き込むようにして立っていた。レオ達と同じような服を着ているので堕天使で間違いないだろう。
「セシル!」
「やあ、ショタ。レオも」
「ぼー(おー)! ぜびぶか(セシルか)!」
「それで君が噂の美咲だね? 初めまして。僕は堕天使の一人でセシリアンスキー。セシルって呼んでね」
セシルと名乗る目の前の堕天使は、そう自己紹介をしたかと思うと同時に泣きぼくろがある左目の方でウインクを寄越し、スーッと顔を近付け、右手で私の顎をクイッと軽く上げた。
「君はまるで冬に咲くラナンキュラスのようだね。一瞬で男性を虜にするような魅力を放っているよ。このまま連れ帰ってしまいたいくらいだ」
「!!」
さすが堕天使――いや、チャラ目のセクシー系と言うべきか。出会って早々人を花に例え、更に拉致予告までやってのけるとは、恋をブーストさせる当て馬キャラとしての逸材オーラが半端ない。
「……おや? ラナンキュラスはお気に召さなかったかな? それとも……黙っているということは、僕にもっと口説かれたいって意味かな?」
これは私の主観だが、こういうタイプの当て馬キャラに合うのは、言葉を飾らずストレートな愛情表現をしてくれるタイプの子だと思っている。そんな子がいればいいのだが――。
「……いいよ。お望み通り、今日の夜、ゆっくり口説いてあげる……お店と時間はまた後で連絡するから、まずは君の連絡先を教えて?」
「……!」
――いや、いる! どストレートな言葉の応酬が得意なセシルにピッタリな子、今ここにいる!
「あなたにピッタリな子がいるので是非紹介させて下さい!!」
「……うん? 紹介? ……僕の聞き間違いかな?」
私は自分の顎をセシルの右手から解放させると、私達の成り行きをずっと隣で見守っていた堕天使を紹介すべく、ジャーンという効果音が聞こえてきそうな手振りで指し示した。
「こちらのショタです!!」
「ぶっ?!」
「……ええと……?」
「見た目はうさぎのように可愛いですが中身はすっごくサバサバしてるんですよー!」
「はーーー?! ちょっとやめてよね?! それと次に可愛いとか抜かしたらその口にドーナツ詰め込んでやるから!!――」
「――と、まぁこんな感じに、打てば響くストレートパンチをくれるんです! どうですか?!」
「……いやぁ、どうって言われても……」
セシルは困惑した様子で私とショタの交互に目をやり、少し迷ってからショタに顔を向けた。
「……ショタ、これってどういう状況……?」
「知らないよ!! っていうか知りたくもない!!」
ショタは無関係だとばかりに顔を左右にブンブン振って、私とセシルから距離を取るように後退っていく。
「二人共美形だから絶対絵になりますし、性格的にも相性抜群だと思います!」
「あーあーあー聞こえなーい! セシル! 自分の蒔いた種なんだからなんとかして!!」
「……僕、口説いている最中に他の子を紹介されたのは初めてだよ……」
「そんなことくらいで動揺してる場合じゃないでしょ?!」
「動揺……? この僕が……?!」
どうやらセシルは、私にショタを紹介されたことでかなり心が動いているようだ。突然頭を殴られたような顔で固まってしまっている。
「っていうかレオ!! レオも食べてばかりいないでなんとか言ってよ?!」
「なんとかって……そんな必要あるかぁ? 美咲はただ単にセシルのナンパを斜め上にかわしたってだけだろ?」
「えっ?! そんなわけ……! いや、そうだよね?! 俺もそう思う! いや、そう思ってた!!」
絶対嘘だろう。不自然な程に熱を込めて同調しすぎだし、それ以前の言動からしてショタが私の腐った思惑を汲み取っていたことはバレバレである――が、レオもいるので私もそれを追求することはせず、逆に同意するような雰囲気を醸し出しておく。
そんな中、その解釈に納得出来ないと口を開く人物が一人――セシルである。
次話投稿は明日8/13の15:30です




